第24話 だからそれも、告白です!


 今日グライナー商会でのことのあらまし、メインはハルカさんとのやりとりが中心になりますが、基本的に余すことなく話をしていくエルフリーデ。


 それにしてもエルフリーデさん、話をオブラートに包むとか省くとかということをほとんどしないのです。

押し倒された話なんてしなくてもいいのに……なんで言っちゃうかなぁ。



 最初はレオノーラ様もニコニコと話を聞いてくれていたのですが、少しずつ表情が厳しいものになっていきます。


 なんだかこの表情、少し前の時間にも見た覚えがありますよ。


「―――そうですの」


 そう言って何かを考え込むような仕草を見せるレオノーラ様。




「ね、ねぇ。なんでレオノーラ様、急に不機嫌になってるの?」



 不思議そうに私にそんなことを尋ねてくるエルフリーデ。

 多分これは不機嫌ではなく、拗ねているのだと思うのですが。

しかしこの子、天然でこれを言っているのでしょうか…・・そうじゃなかったらかなりの悪女なのですが。


 それにしてもレオノーラ様の拗ねた表情も良いなぁ。



「エルフリーデさん」


 おっと、いけないいけない。

 ぼんやりとレオノーラ様可愛いよなんて思っていたら、彼女から声をかけてきましたよ。


 その声にエルフリーデも、はいと一言だけ答えます。さすがに彼女は、レオノーラ様が次に一体何を言い出すのかと少し警戒している様子。


 まぁいつもの小言が始まるんだろうなぁと内心考えていました。


「その子、こちらに預けていただけません?」


 しかし突然私を指差しながら、レオノーラ様はそう宣われたのです。


 私、何かしちゃいました? ……うわぁ、この台詞言いたくなかったのに。


 いやいや、冗談を言っている場合ではありませんよ。正直巻き込まれたくないというのにいきなりレオノーラ様の側なんか行ってしまったらどうなるかなんて……想像したくないですよ。


 きっとそんな気持ちを我がご主人様は理解してくれているはず。

 期待の眼差しでエルフリーデの方を見上げるのですが……


「あ、はい……」


 私が見上げたのとほぼ同時に自分の意思と関係なく身体が持ち上げられ、ずいとレオノーラ様の側まで近づいていきます。


「ありがとう、ございます」


 ちょおい、このおバカさん! 何してくれてるんですか?

 しかしここで変に吠えようものなら更に話がややこしくなってしまうことは自明の理。今はこの状況を受け入れるしかありません。


 今すぐに逃げ出したいという気持ちを抑えつつ、彼女の腕の中に収まった私。

 ですがどういうことでしょうか。私を抱きしめたレオノーラ様の腕の力の弱さといったら形容し難いものがありました。


 むしろなんだか怯えて震えていらっしゃるようだと、そう私の身体には感じらたのです。



「ねぇ。私も……」


 彼女の声だけはいつも通りの芯の通った、決意を秘めた響きで私の耳に届いてくる。


「……私も、踏み込んで良いわよね?」


 その瞬間、彼女が何をしようとしているのか理解出来たのとともに、一つの疑問が浮かびました。

……うぇ! ちょっとお待ちなさいって! 別に私を抱きしめなくても良いじゃないですか? そのアクション必要でした?


 私のモットーは、少しでも外野から楽しく状況を見守るですよ?


 お話の中心に据えられるのはちょっと……むず痒くなるのでおやめいただきたいところです。


 まぁでも……なんだかんだと好みの女の子に抱き抱えられているということで今回はよしとしてあげようじゃないですか。


 こんな邪なことを考えている私をよそに、私を差し出したご主人様が立ち上がります。


「えっと、レオノーラ様?」


 いつもと違うレオノーラ様の様子を不思議に思っているのでしょう。

 テーブルの向かいから心配そうに彼女の顔を覗き込もうとした時、顔をあげたレオノーラ様の表情は決意に満ちておられました。


「ねぇ。エルフリーデさん」

「は、はい? なんでしょうか?」

「……いらっしゃいな」

「はい?」


 ですがやはり緊張を隠すことができていないのでしょう。言葉足らずのその台詞に首を傾げるエルフリーデ。


 きっと自分はこんな頑張っているのになんて、きっと考えていらっしゃるのでしょうか。それを示すように、私を抱く彼女の腕の力が少しずつ強さを増していきます。



 あぁ、いつものレオノーラ様が戻ってきた。そう思うと同時に少し安心感も私の中に芽生えてきました。



 やっぱりこの人は少しツンツンしているのが魅力なのです。

 正直デレはこの人には不要なのです! どんな時でもツンツン、少しだけしおらしい姿を見せてくれるのが魅力! 



 いけない、少し取り乱してしまいましたね。


「こちらにいらっしゃいと言いましたの。早く! 隣に!」


 自分の考えがうまく伝わらなかったのに腹が立ってしまったのか、喧々とした言葉遣いでエルフリーデをまくし立てるレオノーラ様。


 これ、非常に良いですよ。素直になれない女の子、私は大好きです。



 うん、とりあえず話が進まないので、一旦私の考えは言及しないようにしましょう。





「はい!」


 レオノーラの言葉に、今までにないくらいのハッキリとした物言いで、自分の椅子を持ち上げ、レオノーラの隣に腰掛けるエルフリーデ。


その動きのなんと機敏なことか、犬の私も脱帽してしまいそうなくらいです。まぁそれだけ彼女の言葉に力があったからというのもあるのですが。


 まぁ表情は引き攣っていらっしゃいますが背筋もピンとしちゃって、表情を見なければちゃんとお嬢様然としています。


「えっと、レオノーラ様?」

「……」


 それはレオノーラ様も同じようで、先ほどの喧々とした言葉が嘘かのように、急に黙りこくってしまわれました。


 もう勢いで行ってくださいよぉ! 恥ずかしがっていては何にも進みませんよぉ。

 思わずため息をつき、助けを求める思いでエルフリーデに視線を向けるのですが、


「どうしたんですか? なんだか顔を真っ赤ですよ?」


 そう言いながら自分の掌をレオノーラ様の額にあてながらそう尋ねます。ハルカさんの時にも思いましけど、この子こういうことを天然でやっちゃうんですよね。


 本当、何でこんな子に育ってしまったのでしょう。


「そんなことは……」

「もしかしてお待たせしすぎてお風邪を召されたんですか?」

「だからそんなことは……」

「大変です! 早く中に入って暖かくましょう?」


 本人は本気で心配しているんですよね。肩を抱いてお屋敷の中に入っていこうと促しています。


「だから何もないと言っているでしょう!」


 ですが肩を抱かれたレオノーラ様も声を荒げて思わずこの一言。

そりゃそうですよ、彼女も頑張ってエルフリーデを側に座らせたというのに、全然自分の思い通りにことが運んでいないのですから。


「ヒッ!」

「少しは落ち着いきなさいな。ほら、お掛けなさいな!」

「わ、わかりましたぁ」


 レオノーラ様の言葉に少しシュンとしながら、ようやく腰を落ち着けるエルフリーデ。

 声を荒げて少し気が紛れたのでしょうか。レオノーラ様も咳払いをしながら椅子に腰掛け、準備されていたお茶を一口。

 もうお茶も冷めているでしょうに。それでも口にせずにはいられないということはやはりまだまだ緊張している証拠なのかもしれません。


「……」


 うん、やはりまだ黙っていらっしゃる。先ほどの失敗があるので、エルフリーデも簡単に口を出したりはしません。

ですがこの膠着状態が続いていては、エルフリーデの言った通り風邪を引いてしまうかもしれませんよ。


 ここは、力を貸してあげるしかないでしょうね。私を抱きしめるレオノーラ様の腕を前脚でポンポンと、励ましの意味を込めて叩きます。


 一歩進む覚悟をしたのであれば、臆さずに進んで欲しい。少なくともこの気持ちだけは分かって欲しいのです。


 その気持ちが通じたのかはわかりません。

 ですが一瞬、レオノーラ様がこちらに視線を動かし、交わした時に何かを感じ取ってくださったように思います。


 そう思えるくらいにたどたどしくはありますが、話始めます。


「ねぇ、エルフリーデさん」

「どうされたんですか? なんだかさっきから様子が……」

「良いでしょう。たまには変でも」

「え、えぇー」


 いやいや、エルフリーデさん。普段なら完全に怒られている会話の流れですよ? 何でこの子は話を脱線させようとするのか。


しかし最早彼女はそんな言葉は気にしていません。



「いつもの私でなくても、良いではないですか」


 もうこれは開き直っているのか、それとも気にしていらっしゃらないだけなのか。いずれにしても、もうこれ以上は引かないぞという強い意志のようなものを感じます。


 もう言っちゃってください! そっちの方が私も楽しいので。




「だからこれも、一時の気の迷いですわ……」

「ん? え?」



 不意に重心がエルフリーデの方に傾いていきます。まるで恋人に甘えるように、自然とレオノーラ様は頭をそっとエルフリーデの肩に乗せていきます。


 ……ダメだ、予想はしていましたが、さすがにこんな甘々しい行動をするなんて。思わず顔を覆いたくなるような気分になってしまいます。あ、もちろんニヤけちゃうからですよ?


 そして彼女は考えに考え抜いたのであろう、そのセリフを呟くのです。


「エルフリーデさん。貴女は離れませんわよね?」



 だから! それはもうゴールの一言ですって!



「貴女は私の側を離れませんわよね?」



 また言った! もう何なんですか、今日は!

 ハルカさんもそうでしたが、何でお二人ともそんなにも積極的なんです?


 残念ですがレオノーラ様。

『それ』では言葉が足りなすぎます。

もっとストレートに言わなくては伝わりません。


 レオノーラ様の言葉に一瞬戸惑いを見せましたが、すぐに笑顔になる我がご主人様。ニコリと笑顔を見せながら、やはりレオノーラ様の本心は彼女には通じていない様子でこう返答します。


「も、もちろんですよ! だって私たちは友人じゃないですか!」

「……そうね。それなら、いつまでも一緒にいられますものね」


 ですがこの返答もレオノーラ様は理解していらっしゃったのでしょう。

 頭はエルフリーデに預けたまま、深い溜息をつきます。



「約束ですわよ。いつまでも、いつまでも一緒にいてくださいね?」



 聞くに人によっては完全にゴールなお話ではあるのですが、まだまだエルフリーデには早いお話のようです。


はてさて、この調子がわからないですが、いつまでも見続けていたいという気持ちもある。




 うん、とりあえずレオノーラ様……そろそろ離してくれませんか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る