第7話 かなりの強キャラ登場ですよ!


 本日も快晴! 身体がウズウズとしてしまいます。

 じゃぁ走って行けば良いじゃないかって? それはそうなんですけど、今はそれができない雰囲気なんですよね。

 ぁぁ、こんなにも朗らかな陽気なのに。我が愛しのご主人様とお庭でお茶の時間なのに……。


「えっと……」


 この声が物語るように、彼女たちを取り巻く雰囲気はどこか重々しいのです。


「貴女、私の言いたい事が分かっていますの?」


 そうなのです。いつもと違うものがあるのです。


いつもの中庭。

いつもの侍女長の入れてくれたお茶。

いつものエルフリーデの笑顔に、いつもの私。


 そこに現れたのは、銀の髪を靡かせる一人の少女。

 年齢はおそらくエルフリーデと同じくらいでしょうか。表情にはまだ幼さを残していますが、貴族然とした凛々しさを感じます。

 何よりも特筆したいのは声。少しトゲはありますが芯のしっかりとした声から、少女の心根の真っ直ぐさを感じさせます。


 しかし私は思うわけですよ。

 何でこのタイミングで出てきちゃうのかなーって。


「あーそ、それは」

「はっきりしなさい! わかりますの? それともわかりませんの!」

「わ、わかりませんー!」


 銀髪の少女の追及にタジタジになってしまうエルフリーデですが、いつもよりちゃんと喋れているじゃないですか。これもハルカと友人になった成果かもしれませんね。私は嬉しいです。


 まぁここでエルフリーデの気持ちを代弁してあげましょうか。


 ずばり、こうでしょう?



なんでこうなってるのよー!



 さて、時間は少し遡って数十分前のこと。




 本日はお稽古事の日。

流石にエルフリーデも貴族と言われる身分ですので、当たり前に身に付けておかなければいけない教養というものはあるのです。

 本日は朝からご両親が手配された講師の方々による音楽と他国の語学の授業。

なかなかのスパルタだったようで、エルフリーデの表情少し疲れているように感じられます。

しかしそれでも根をあげないというところが彼女の彼女たる所以なのでしょうか。


 まぁこの頑張りが『悪役みたいに目立ちたいから、スペックは最高のものじゃないと!』という、おかしな動機に由来する事が残念で仕方ない。



「今日のお稽古は……あ、夕方前まで時間がある! 少しお庭で休憩しようかなぁ」


 予定帳に目を通しながら、そう呟くエルフリーデ。今日はずっとお部屋の中で缶詰だったのです。

少しは直接陽の光を浴びた方がいいでしょうね。私も流石にお部屋の中にずっといると身体が鈍ってしまいそうだ。


エルフリーデのお話に賛成と言わんばかりに少し甲高い鳴き声を上げると、クスクスと「じゃぁ侍女長にお茶を入れてもらいましょう」という声と共に、優しい腕が私を包みました。

犬ならではの役得というものでしょうか。中々の抱かれ心地です。

ここで一点、本来私ってもう結構な年齢になっているわけなんですよ。前世のことも覚えているから・・・・・・あぁ、想像するのをやめることにします。


今はとにかく凄く身体を動かしたいのです! 


「ここにいるんじゃなくって! いいから早く連れてきなさい!」


 あー聞こえない、聞こえない。すごい可愛い声だったけど聞こえないー。


 分かっちゃうんですよね、これがフラグだって。

 だってねぇ、丁度お部屋から出てお庭に行こうかなと思った時を狙ったように、声が聞こえてくるわけですよ。本来ならば『何だなんだ!』と野次馬根性を見せるものですが……あーいやだなあ。


「ヒィ!」

 そう、この歩くフラグ製造少女が首を突っ込みに行かないわけがないのです。

 もうわざとじゃないの? と尋ねたくなるくらいの驚き方です。こんな反応をした人が様子を見に行かないなんて展開、私は知りませんよ。


「女の子の声だよね……一体なんなの?」


 ほらぁ、なんだかんだで興味津々じゃないですか!

 だからそういうのがフラグになってしまうんですって! まぁ誰が来たのか、私は大体察しはついているんですけど。


 そう、この声。中々忘れることはできません。


 私とエルフリーデみたいに、『ときめき☆フィーリングハート』を楽しんで見ていた立場からすると、この声の主も非常に大事な人物なのです。


 まぁエルフリーデの様子から察するに、どうやら覚えていないようですけど。


「ねぇなんだか嫌な予感がするんだけど、気のせいだよね?」


 そう呟きながらおそるおそるお部屋の扉を抜け、お屋敷の玄関へと向かいます。


 あ、ちなみにエルフリーデさんはこれを計算でやっているわけではないのでご注意ください。


 良くも悪くもなーんにも考えてない子なので。



 エルフリーデの自室からお屋敷の玄関まで、そんなに距離があるわけではありません。

実際、あの綺麗な声がすごくハッキリと聞こえてくるのですから。


 しかし、しかし何を怯えているのか! 彼女の歩みは牛の如し!仕方がないので、急かすように吠えると「分かってるよぉ」と今にも泣き出しそうな声。

あぁ、エルフリーデも言いましたが、今日は特に嫌な……いや、とっても嫌な予感がします。


 さて、あの曲がり角を曲がればもう玄関です。

おそるおそる影から玄関の方に首を伸ばしてみると……いましたよ! 綺麗な声の主。

あーやっぱりですよ。完全に見覚えのある姿です。こんな印象的な姿を簡単には忘れられませんね。


 そして姿を見とめ、ようやく声の主が誰であるのか思い出す事ができたのでしょう。あれ? なんだか口角が釣り上がっていますよ。この子の好みが少し理解できた気がします。


 ……いけないいけない! 私は思考停止、エルフリーデは声の主に見惚れてしまっていました。流石にこのままではいけないでしょう。それに声の主の対応をしている家令の方がかわいそうすぎます。再度ご主人様に向かって声を上げます。


「ご、ごめん! とりあえず行きましょうか?」


 いや、まだ口角上がったまんまですよ! それじゃ多分すごいことになっちゃうんで早くお顔を戻してくださいよ。

 しかしさすがは貴族の教育を受けた女の子。一歩踏み出しただけで緩んだ表情ではなく、頼りはないですが貴族然としたお顔をされています。


「ど、どうしたんですか?」


 まぁ声は弱々しいんですけどね。


 しかしその弱々しい声でも、あの綺麗な声の主はすぐさま反応し、こちらに顔を向けてきたのです。


 あ、これはやばいです。自分の語彙のなさに辟易してしまいますよ。

 ハルカさんの時もそうでしたが、本当に綺麗だと思うものには、中々言葉を当てはめる事ができないようです。

 全てを見通すような、吸い込んでしまいそうな深い藍色の瞳、それと正反対にたなびく長い銀髪は光を受けて輝いているよう。

 あぁ、この世の宝石を全部集めたみたいな、そんな女の子だ。

なんて綺麗なんだろう……おっといけません。ついつい自分の世界に入ってしまいました。


 しかし彼女は中々言葉を発そうとはしてくれません。じっくりとエルフリーデを見つめながら、何やら思案している様子。


 なんだかなんとなく思い出してきました。

 いえ、彼女が誰であるかは分かっているんです。しかし今のこの時点でエルフリーデと彼女に接点ができるはずが……いやあるじゃん。この間エルフリーデも言っていたじゃないですか。


「あなたがエルフリーデ・カロリングですか?」

 そう思い至った刹那トゲのある、でも芯のある声が小気味よく私たちの鼓膜を叩きます。


「は、い……貴女様は」

「貴女、公爵令嬢である私のことも知らないですか?」


 もう、初対面の人にそんな対応はいただけませんよ! でも可愛いからゆる……すわけにはいきませんね。いくら自分より身分が下の方であると言ってもつっけんどんな態度ではいけません。

しかし、もっと失礼な子が一人。


「あ、やっぱり」

「やっぱり? 無礼にもほどがあってよ?」

「も、もうしわけ、ありません。お初にお目にかかります。わたくしはエルフリーデ・カロリングと申します」

 やっぱりって! どうにか体裁を取り繕おうとはしているみたいですけど、もうあとの祭りです。

一体どんなお叱りの言葉降りかかってくるのかと覚悟したんですが、中々それはやってきません。


「こんな子が……」

 そう、さっきからずっとこの調子なのです。

 気になる事には反応すれど、それ以外はずっとエルフリーデを観察しています。


「…えっと」

「はぁ。まったく殿下はなぜこんな方のことを」


 まるで品定めをされているような、あまりいい気分ではないものです。


 正直私もイライラが募ってきました。

 それは私のご主人様も同じだったようで。


「あのー! わたくし、何か御用でしたか?」


 先ほどまでの弱々しさは何処へやら。びっくりするくらいの大きな声を出してしまうエルフリーデ。

自分がびっくりしてどうするんですかとツッコミを入れたくなりましたが、間髪入れずにかえる声が一つ。


「レオノーラ」


 ただこの一言だけ。



「え?」

 そりゃエルフリーデもびっくりしますよね。黙っていたと思ったら、いきなりその『名前』を口にするんですから。



しかしやはりそうでしたか。

私の、いえ私たちの想像は正しかったのです。


この少女、目の前にいるこの少女こそ、我々がある意味では『一番会ってはいけなかった』少女なのです。


「私はレオノーラ・フォン・アーレンベルクですわ」


 そう、この少女こそ『ときめき☆フィーリングハート』に登場する公爵令嬢。



 そして、ハルカさんのライバルとなる『悪役令嬢』、その人なのです!



 はてさて、なんでエレオノーラを訪ねてきたのでしょうか。




 それでは場面を、中庭に戻しましょうか。


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