第3話 約束うえの結末

 夢の中でだけ未来を選択できる能力。それさえあれば、今の僕も救われる。それに救われる命は一つでないかもしれない。二つかもしれない。であるならば、僕なんて。


 [SNSにて]

 『僕、今けっこう病んでるわ。一日中。配信辞めてもいいかな?』


 『辞めないでのコメントの嵐』、他にも体調を心配して復活を求める声に僕は全心を包まれた。もちろんその中にもアンチのコメントは存在していた。そのコメントを見るたびに『死』というものに苛まれそうになった。しかし、僕にはリスナーがいる。しっかりとした仲間が、今は休養して治ってから僕がいるべき場所に戻ろう。

 そう思った。切実にそう強く念じた。『もう来ないでくれ』と


 思いとは裏腹に、気持ちを察したように奴は僕の前に現れる。そうして、いつもと同じように何も言わずに五分間立ち尽くして去っていく。何がしたいのかわからない。いつでも僕のことを殺せるという恐怖がたまらなく『死』というものを身近に感じさせられた。どうしてもぼくでなければいけないらしい。


 

 『これで、百二十四度目の死です。』


 『これは約束された事象ですから、しっかりと全うしてくださいね。』


 『私の声は彼には届かない。けれど、脳を通せば軽い会話もできる。要するにいつでも壊せるってことですよ。ただ、脳を破壊してしまえば正常な行動が出来なくなりますからね。私の行動も制限され、慎重に事を進めなければならないわけですよ。』


 

 一度だけでいい。奴と会話がしたい。選択できる自由を僕は与えられたんだ。会話をしよう。この能力の限界使用回数などは全く知らない。けれど、このまま終わりたくはない。一度だけ話をする。


 

 「あなたの結末は『死』です。」


 「なあ、あんた。声が聞こえるか」


 「はい、もちろん聞こえますよ。」


 「それじゃあ、僕に未来を選択させてくれないか」


 「ええもちろん、構いませんが。ようやく選んでくれるのですね。」


 「僕から、あんたが消えるっていいう未来を選択するよ」


 「申し訳ございませんがそれは出来かねます。」


 「なんでだよ! 未来が選択できる能力じゃなかったのかよ」


 「ええ、そうですよ。けれど能力というのは『夢の中である特定の未来を選択できる能力』と、そう伝えたはずですが。」


 「え、それじゃあ......」


 「でも、もう遅いですね。あなたは自らの手で未来を選択したのですから。でも、カッコいいじゃありませんか。あなたのこの世にとって必要のない命をこの世に必要な命に変わるのですから。光栄なことですよ。」


 「......」


 「いただきますね。あなたの命。」


 

 はっとした。まだ生きている。おそらく、目が覚めたのだろう。目が覚めて奴の手から一時的にではあるが逃れることができたのだろう。けれど、次寝てしまえば確実に殺される。まだ死にたくない。なぜ僕は未来が選択できない。なぜだろうか。

 外は雨模様。窓に大きい雨粒が降り注ぐ。その大きな命が僕の命よりも大切そうで儚くて怖くなった。僕一人の命よりも雨という概念の方が遥かに大切であることが目に見えていたから、より一層怖かった。命を纏った雨粒の大群はまるで僕の命をすこしずつ削っているようだった。僕の命はせいぜいあと二日。眠らなければ、死ぬことはないが、眠らなければいずれ死ぬことになる。どちらにしても結末はかわらない。

 

 そう、僕の命は『約束』の上に立っている。


 抗うことのできない結末。


 それもこれも今までの僕の行いあってこその結末だ。もしかしたら僕は僕の命を。僕の使命を全うしなければならないのかもしれない。もしそうだとするならば、こんなちっぽけな命など投げ捨てて大切な命の下へと送り届けなければならないかもしれない。

 それもこれも僕の選択。確かにそこらへんにいる雑踏なんかより僕の方が自由に未来を選択できているな。『死』という莫大な答えがある以上、それからは逃れることはできないが、それ以外の細かな選択は僕に委ねられている。これ以上の自由とはあるまい。

 皆の言う自由とは、自由に見えて、見えない誰かからの拘束のうえに成り立っている。その見えない誰かとは自分かもしれないし、もうこの世には存在していないかもしれない。何にしろ、現代人に自由など存在しないのだ。であるのならば、私こそは真の自由人で何にも代えがたい自由を手に入れた。この世にいるべき人間なのだ。



 「あなたの結末は『死』です。」


 『どうですか、未来を選択できましたか。意外にも楽しかったでしょう。私もあなたを見ていてかなり楽しかったですよ。それではいただきますね。』




 幾年か過ぎて、僕は転生した。彼のもとに。

 僕の命は必要な命へと変わったらしい。いい命へと。

 それでは、私は仕事があるので、ここらへんで失礼します。今度は私が見つける番に回りましたので。では。


 『こんな命なんてどうでしょうか。なかなかに必要のない命だと思いますが。社会に取り残された産業廃棄物には然るべき廃棄の仕方というものがありますし。』


 『いいではないか。それでは卿が全て執り行え、奴の精神を喰ってこい。』

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約束された結末 ためひまし @sevemnu-jr

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