読み切り
にはじま
冗談
「ウォール街の男を3人殺した。」
アーサーは落ち着いた面持ちで言った。観客の数人がどよめく。ちらほらと呟きがもれる。これでは完全に放送事故である。
彼の口元には変わらず笑みが浮かんでいた。しかし、そこにあるのは、確かな負の感情、怒り、憎しみ、憂い。圧倒的な負の感情。
「それで?オチは無いの?」
マレーは一呼吸置いて彼を見る。
その目は教師が問題行動を起こした生徒を叱咤するような、そんな、目だ。
そんな目である。
「オチなんて無いよ。」
「これは冗談なんかじゃない。」
顔をきゅ、としかめてしまう。マレーは会場のざわめきを遮って身を起こす。
目は。
彼に。
向く。
「本当に?あんたがあの地下鉄で3人を殺したってこと?」
「そうさ。」
「それをどう信じろって?」
アーサーは表情に浮かべる。
「自分に失うものが何も無いからさ。」
「誰も、もう何も僕を傷つけられないよ。」
彼は彼を嘲笑うのである。
「僕の人生はコメディさ」
観客のブーイングに包まれている。
僕は、怒りに震えて、笑顔を浮かべている。
「ちょっと待ってくれ、あの3人を殺したことが面白いことだと思ってるのかい?」
「そうさ。もう演技するのはうんざりさ、コメディは主観的、だよねマレー?ここにいる人たちもそうだ。皆も分かってるだろ?皆が善悪を判断するよね。コメディも同じで、何が面白くて、何がつまらないかを決めるのも君たち。」
怒り。
「なるほど...大体分かったような気がするんだけど、これから何かのシンボルにでもなりたいのかい?」
「よしてよ、マレー...。」
失望。
「こんなピエロが何かのシンボルになれると思う?単純に彼らが最低だったから殺したんだ。」
「このごろ皆酷いよ。こんなんじゃあ狂ってもおかしくないよ。」
「それで?あんたは明らかに狂ってる。あの3人を殺したことを正当化するってわけなのかい?」
「いいや。」
「奴等は「死ぬほど」音痴だったんだ。」
皆が怒った。
「あぁ、皆はなんであいつらを守りたがるんだ?僕が歩道で死んでようが、皆はただ踏みつけていくだけだろう?もし僕が皆の前を横切っても、君らは気づきもしない。ただトーマスウェインがテレビであの3人を惜しんだから皆も惜しむのか?」
「トーマスウェインと何か問題でも?」と、マレーが口を挟む。
「ああ、そうさ。」
憎しみ。である。
「マレーは外の世界がどんな様子か知っているかい?実際にスタジオの外に出たことある?誰もがただ叫んだり暴れまわったりしている、あんなの市民なんかじゃない!誰一人として他人の身になって考えようとしないんだ。トーマスウェインみたいな奴が、僕の身になって考えてくれると思うか?いや、しないね。従順な子供みたいに言うことを聞くだけだと奴らは思ってる。暴れもせずに従うと思ってやがる!」怒り。怒り。怒り。怒り。怒り。怒り。怒り。
「終わり?君こそ自分の事しか考えていないように思うけど。」
「僕にはあの3人を殺した言い訳をしているようにしか聞こえないけどね。」
「これだけは言っておくけど、みんなが悪い人間ではないよ。」
「......お前は最低だ。」
「私が?私のどこが最低だって?」
「僕の映像を流した。」
「この番組に招待した。」
「僕を皆の笑い者にしたかっただけじゃないのか?」
「お前も奴らと同じじゃないか。」
「君に私の何がわかる?あんたの行動が何を引き起こしたのか見てみなさい。外では常に暴動が起きている。」
怒り。怒りである。僕は満面の笑顔になった。
「2人の警官が危険な目にあっているのに」
僕は笑って手を挙げた。
「あんたはただ笑ってるだけだ。あんたの行動のせいで今日も人が死んでいるんだ。」
「そうだね」
僕は強く頷きながら、怒りでどうしようもなくなった笑顔に声が弾んでいた。
「もう1つジョークはどうだい?」
「もう君のジョークは沢山だね」
「孤独な精神障害者と」
「いいや」
「そいつを見捨ててゴミみたいに扱う社会を掛け合わせるとどうなるか分かるか!?」
「警察を呼べ」
「教えてやるよ」
「こんな報いを受けるんだよ、クソ野郎」
銃声が響く。
マレーは血飛沫をあげ、椅子の背もたれに体を預けた。手足をだらりと下げ、口は開いたまま。マレーは動かなくなった。真っ赤な色が汚く、光を反射させている。マレーの頭部には1つの大きな穴があき、そこから大量の血が漏れだしていた。
アーサーは立ち上がり、間も置かず、マレーの胸を撃ち抜く。
悲鳴はもう遠ざかっており、場は異様な静けさに包まれていた。
読み切り にはじま @nihajima
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