【吉報】魔法少女が生まれました 8
「ふっ」
氷の矢が数本、
フラワーサマーは一呼吸の間を置き、剣を振るって矢を弾き落とす。
それからもまた別の角度から矢が飛来し、同じように剣で防御した。
向かいにいる
矢は途中で割れてその数を増やし、まるで雹のように降り注いだ。
フラワーサマーは剣に魔力を籠め、炎を噴出させる。
「せぇぇい!!!」
その場で力いっぱい振りぬく。
すると剣から炎の斬撃が飛び、氷の矢を飲み込んで消滅させた。
スノーウィンターは着地して構えていた弓を消して肩で息をするフラワーサマーに近づいた。
「はぁ……はぁ……やっとできた……」
「お疲れ。
でもちょっと今のだと消費激しいわね」
「まだそんな微調整できねぇ」
「技の名前つけると結構変わってくるわよ?」
「えぇ?なんで?」
「それは……」
広い敷地。
どこかの特撮番組ででてきそうな印象を受ける場所で魔法少女たちは技の鍛錬をしていた。
フラワーサマーの能力を解析して何ができて何が出ないのか洗い出し、それから先輩魔法少女のアドバイスを元にして力を磨いている。
その様子を優紀と幸次郎は近場の岩に腰かけて見ており、隣には変身している
うっかり魔法の流れ弾が来てしまった時のボディーガードとしてそこにいた。
「新人さんはキラキラしてるねぇ!
ぜひうちに来てほしいよ」
「今は社長じゃないんじゃなかったでしたっけ?」
「おっと、これは失礼!」
幸次郎は元気よく笑う。
優紀もそれにつられて笑い、それから二人は魔法少女談義を繰り広げ始めた。
「最近注目しているのはこの方なんですけれど」
「お、いいとこ見てるね?
この娘は……」
楽しそうに話す姿を見てリーブスオータムは正直な所、気になっていた。
優紀が南幸次郎との繋がりがあったことにだ。
そんなホイホイと会えるような御仁ではなく、それもプライベートとなるとなおのこと会えないだろう。
休日は一人で過ごすのが好きだと、何かしらの雑誌で読んだ記憶がある。
だというのに幸次郎は歳の離れた少年を前に楽しそうにしていた。
「あっ、すいません。
ちょっと二人に飲み物渡してきますね」
「んっ?そうか。
行ってくるといい」
「え゛っ」
優紀がペットボトルを持ち、鍛錬している二人の元へと走り出す。
まさか幸次郎と二人っきりになるとは思ってなかったリーブスオータムは困惑しながら手を伸ばすが既に優紀の背中は離れていた。
伸ばした手を下ろし、ゆっくりと幸次郎を見る。
「あ、あははは。
お二人は、仲がよろしいんですねぇ?」
気まずさを感じながらリーブスオータムはいびつな笑顔を浮かべる。
幸次郎は大人の余裕とでもいうべきか、それを見ても朗らかな笑みを崩さなかった。
「彼とはちょっと縁がある付き合いでね」
「縁……ですか?」
「そうさ。
詳しくは言えないが、まぁ彼は心の底から信頼できる子だよ。
とてもいい子だ」
「は、はぁ……」
「はっはっは!
おじさんがこんなこと言っても困っちゃうよね!」
「えっ!?いやそないなことは!?」
「いいよいいよ。
少女も少年も元気が一番!
大人に振り回されてもつまらんだろうさ」
浮かべていた笑みが一瞬だけ、ほんの一瞬だけ悲しそうになる。
ずっと楽しそうで、優しい笑みを浮かべていた人がそんな顔を見せたことにリーブスオータムは面を喰らって、言葉を失った。
「さて、私はそろそろ行かねば。
いいお土産を貰ったことだしね」
幸次郎は手に持つ色紙をフリフリと振る。
そこには魔法少女三人分のサインが書かれていた。
なぜか色紙とサインペンを持ち歩いていた優紀が三人にサインを書かせて幸次郎に渡したものだ。
「君たちはとても優秀そうだ。
ぜひ頑張ってほしい……ってのはおじさんの勝手かな」
「いや、その……。
ありがとうございます。ウチらも精一杯頑張ります」
「うんうん!
あ、もし帰るときなったら優紀君に一本電話入れてくれてくれるよう伝えてもらっていいかな?」
「わかりました」
「じゃ!アデュー!」
幸次郎は豪快に笑いながらその場を歩いて去っていった。
不思議な人だったなとリーブスオータムは思い、後ろへ振り返ると優紀が丁度こちらへと戻ってきている途中だった。
「おかえり。
どうだったん?」
「燃費とか技の名前とか考えてましたよ」
「あぁ、技の名前って結構重要やしな」
「そうですね……って幸次郎さんは?」
「あぁ、帰ったよ。
ウチらが帰るときに連絡頂戴って」
「あっ、そうですか?
忙しかったのかな……ちょっと悪かったかも」
「……ねぇ優紀君。
ちょっと聞いてもええ?」
「はい?」
「あの人とどこで知り合ったん?」
「幸次郎さんですか?」
「うん、ちょっとそんなポンって仲良くなれる人じゃないよなぁ?っておもて」
「別にポンっと仲良くなったわけじゃないですよ。
ただ、僕の母親と交友があったみたいで」
「優紀君のお母さんと?」
「学生時代の付き合いだったらしいですよ?」
「へぇ~。
ということは優紀君のお母さんは魔法少女だったん?
いま管理局で働いていたりするのかな?」
なんとなく。
なんとなく聞き返しただけだった。
だが――。
「あー、魔法少女だったかどうかはわからないですね。
今はもう本人に聞くことできないんで」
地雷だった。
「……ごめん」
「あっ、別にいいですよ!
昔の話ですし!」
「いやほんと……かんにんな」
「いやいやいや」
「いやいやいやいや」
「いやいやいやいやいや」
「お前らコントでもしてんの?」
空気が沈んで重くなりそうなところに救世主の花が咲く。
フラワーサマーは汗だく汗だくになっており、その隣には対照的に涼しげな顔を見せるスノーウィンターがいた。
「あれ?もういいんですか?」
「いや、もうちょっと続ける。
ただの休憩」
「ずっと身体動かしっぱなしだから。
魔力もだいぶ使っているし……。
でも他の一般的な魔法少女に比べたら多いわね保有魔力」
「そうなんですか?」
「でも消費も激しいからどっこいね」
「意味ねぇじゃん」
「今後の課題やねぇ~」
先程の空気はどこかに消え、いつの間にかアレコレと意見を交換しはじめた。
次にフラワーサマーの相手はリーブスオータムに交代し、やがて夕暮れ時まで鍛錬は続いた。
□
それから二週間。
日夏の成長速度は目を見張るものがあり、めきめきと強くなっていた。
優紀が見せてくる魔法少女の資料を元に自分なりにアレンジした動きや魔法を形作り、放課後や休日に魔物退治に勤しみ、それが無い時は自己鍛錬をする。
「日夏ちゃんだいぶいい感じに仕上がって来とるねぇ」
「そうか?」
「えぇ、私もいられないわ」
「自分じゃよくわかんねぇな……」
「いや、先輩はすごいですよ!
今活動されている方々に負けないくらいです!」
「そ、そうか……まぁ、お前が言うんじゃな……」
目を輝かせる優紀に圧倒されて日夏は一歩後ずさる。
顔がほんのり赤いのは褒められている照れからだろうか?
美冬と紅葉はそれを見てニヤニヤと笑っていると携帯端末が鳴る。
二人が手に取ってみると魔獣が近場に現れたとメッセージが届いていた。
出現位置からして自分たちが一番近い。
「魔獣が現れたみたいね。
私たちが一番近い。
どうする?」
「……私たちが行ってもいいのか?
ほら、あの魔人の件もあるだろ?」
「日夏ちゃんて大雑把なところあるのに結構慎重派なところあるんよね」
「ほっとけ!」
とはいえ日夏の言うことも一理あるのは間違いなかった。
その魔獣を倒すために向かった場合、あの時の魔人が再び現れる可能性はある。
どうするかと考えていると日夏の手を優紀が取る。
日夏はそれに驚いて身体が跳ねた。
「お、おまえいきなり」
「行ってください」
「はぁ?」
間抜けな声に対して優紀は真剣な表情をしていた。
日夏はそれを見て大きくため息をつき、他の美冬と紅葉に顔を向けた。
目を見合わせるとコクンと頷く。
「わかった。
ちょっと行ってくる。
荷物預かっててくれるか?」
「わかりました。
そこの公園で待ってますね」
「よろしくね」
「ありがとなぁ~」
優紀は三人の荷物を受け取る。
彼女たちが魔法少女に変身して、目的地へと飛び立つのを見送った。
優紀は荷物を抱えて、公園のベンチへと下ろしてその隣へと座る。
街中で現れた場合、どこかしらのテレビ中継か誰からがライブ配信で撮っていることがある。
優紀は端末を取り出してそれを確認しようとして……ポケットに戻した。
三人の活躍や魔法は十分すぎるほど見せてもらったし、魔獣を相手にするとしても実力はしっかりしていて問題はないはず。
だから見守らなくても大丈夫だろう。
「……なんてちょっと上から目線かな」
優紀は自虐的に笑う。
魔法少女を応援することに『見守る』という表現は間違いではないだろう。
結局のところ、どこまで言っても魔法少女でない人間はそれしかすることしかないのだから。
「……」
「少年、ちょっと隣いいかな?」
「えっ?」
いかにも軽薄そうな男性がアイスクリームを片手に優紀に声をかける。
優紀が座るベンチは日夏たちの荷物で三分の一、優紀を入れれば三分の二を占領してしまっている。
座るとしたら優紀の隣しかない。
「あっ、いま退きますね」
「あぁ、座ったままでいいよ。
アイス食べるだけだし。もちろん君が迷惑じゃなければだけど」
「あー、はい。
大丈夫です」
「よかった。
では隣に失礼」
男性は優紀の隣に座り、アイスクリームを食べ始める。
何とも言えない空気が漂う。
だからといって話しかける話題も特にない。
優紀は日夏たちが早急に帰ってくることを願うことしかできなかった。
「何か悩み事?」
「えっ」
「いや、眉間に皺が寄りまくりだったからさ」
今まさにこの状況に悩んでます。
とは流石に言えるわけもないので優紀は困った。
だが何も言い返さないのは変だろうと思い、別の事を話す。
「僕の友人の話なんですけれど」
「なにその……いやうん、続けて」
「その、友人の先輩が魔法少女になりまして」
「ほう?」
それから優紀は、自分を友人と置き換えて男性にこれまであったことを話しはじめた。
最初は自分の事のように嬉しかったこと。
何か力になれないかと身近なところから応援するために奔走したこと。
力をつけていく姿を見て、どこか寂しい気持ちがあったこと。
話始めたら止まらなかった。
「力になれている気になっていただけで、結局のところ、応援するということに自己満足を感じているだけじゃないかって」
「きっと僕がいなくても先輩魔法少女がいい感じにサポートしてくれてたんじゃないかなって。
いまだってその人を支えて強くなっているのはその方たちのおかげですし。
僕自身は先輩の成長に何も役に立てているわけじゃない」
「だから先輩がずっとずっと、遠くの存在になる気がして……」
あれ?と優紀は思う。
そんなはずはないのに、そんなこと思ったことはないはずなのに。
言葉と気持ちが溢れる様に湧き出る。
沈む、沈む。
気持ちだけでなく、意識もゆっくりと沈んでいく。
いったい何を話していたのか、わからなくなる。
いったいだれにはなしかけていたのか、わからなくなる。
「大丈夫さ。
君はこれから彼女にとって大いに役に立つ存在となる。
誇っていいさ。そんなに落ち込むことはないさ!
さぁ、立ち上がって?彼女たちの活躍を一緒に見に行こうじゃないか!」
なにをいっていたのか、わからなくなった。
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