【吉報】魔法少女が生まれました 4

 帰り道。

 日夏は浮かない顔で母親の奈津子と一緒に歩いていた。


「いやぁ、あんたが魔獣に襲われたって電話が来たときはびっくりしたけど、なんともなくて安心したよ」

「ん」

「それに魔法少女になったなんてねぇ、我が娘ながら信じられないわ」

「ん」

「やっぱお父さんより私の遺伝が濃いのかねぇ」

「ん……んんっ!?」


 曖昧な返事を返し続けていた日夏だったが奈津子の聞き逃せない発言にガバッと顔を上げ、足を止めた。


「ど、どういう意味だよそれ」

「あれ?言ってなかった?

 私も魔法少女やってたの」

「初耳だっつーの!?なんだそれっ!?」

「まぁ人に話せるほど大した活動はしてなかったからね」


 アハハと奈津子は元気に笑う。

 日夏は己の母親の秘密を知って唖然としていたが、次第に先ほどの様に浮かない顔に戻っていった。


「……ねぇ母さん。

 私はどうすればいいかな」


 魔人と戦うことは確定している。

 だからと言って自分が魔法少女になるか迷わない理由にはならない。

 そのことを考えていた日夏は母親に問い掛ける。


「母親として、魔法少女だった先輩としては反対だよ」


 笑顔を消し、真剣に、日夏の顔を見て


「私はね、魔法少女やってたっていってもほんの短い期間だけだった。

 なんでだかわかる?」

「なんでって……」


 日夏の答えを待たずに言った。


「最初に変身して、地元のあれこれ手伝いする分にはよかった。

 けどね、初めて魔獣に遭遇した時に怖くて何もできなかったんだよ。

 その時は別の先輩が助けてくれたけど、問題はその後」

「それは?」

「変身できなくなったのよ。完全にビビって」


 魔法少女の身に着ける変身アイテムは、持ち主の精神に反応して起動する。

 だからか、本人の精神的な問題によってそれが起動できなくなる事例も少なくはない。

 奈津子もそのうちの一人だった。


「だからね、私としてはあんな怖くて危ないものと戦ってほしくないし、このまま普通の女の子として生活をしててほしいと思うよ」

「私だってそのつもりだよ。

 だから色々考えて」

「まっさかー、それはないでしょ」

「はぁ~?」

「今の日夏ね、私が憧れてた先輩たちと同じ目をしてる。 

 魔法少女になって大切なものを守るんだー!!!って感じの目」

「……」

「お母さんはね、とっっっっっても心配。

 けど昔から日夏は決めたら曲げない子だって知ってるからね。

 だから、頑張んな。誰にも負けないくらい強くなるくらいさ」


 奈津子は優しく日夏を抱きしめる。

 日夏は母親の温もりに安心しながら、腕を回してギュッと抱きしめ返した。


「それにしても日夏が魔法少女ね~。

 やっぱ例の後輩君を守りたい感じ?」

「んがっ!?」


 抱きしめていた奈津子を剥がし、少し後ずさる。

 奈津子は腕を組み、うんうんと頷きながら日夏を迎えに行ったときに一緒にいた優紀の顔を思い出していた。


「わかるわ~、確かにあれは守りたくなるオーラ全開だったもん。

 あれが未来の息子になるのかぁ……」

「何言ってんだこのババァ!」

「あらやだ日夏が怒った。さっさと家に退散しよっ!」

「逃がすかっ!」


 歳の割に軽快な動きをする奈津子を日夏は顔を真っ赤にしながら追いかける。

 果たして顔が赤いのは怒りでか、それとも……。


 ■


「ご迷惑をおかけしてすいません。

 迎えまで来てもらって」

「気にしないでー」


 優紀は車の助手席に座り、申し訳なさそうな顔をしながら隣を見る。

 そこは年若い女性が車を運転していた。

 雷同鏑木らいどうつみき

 母親を事故で無くし、天涯孤独になった後に幼い優紀を引き取ってくれた恩人であり、今住んでいるアパートの大家でもあった。

 そんな保護者としての立場もある彼女に迷惑をかけてしまったことに優紀の気持ちは曇り模様である。


「魔獣と遭遇するなんて事故よ

 気に病んでも仕方ないでしょ」

「それはそうなんですけど」

「じゃあなにを気にしてるのさ」


 優紀は「あー……」と声を出しながら悩む。

 悩んで悩んで、悩んだ末に鏑木に聞いた。


「その、自分の知っている人が魔法少女になるとして。

 その人が危険な目に合うってわかってたらどうしたらいいと思います?」

「どうもしない」

「えっ」


 鏑木の即答に優紀は困惑する。


「だって優紀くんは魔法少女じゃあないんでしょ。

 なら何もしないのが一番だと思うな」

「でも」

「納得できない?」

「その、理解はできるんですけど」


 優紀は言いよどむ。

 鏑木の言うことは確かに理解できることだ。

 だがそれはそれとして自分が納得できるというわけではない。

 優紀にとって日夏は大切な先輩で、恩人の一人でもある。

 そんな彼女に危険が迫っているというのに、それを知っているというのに何もできないのはもどかしい気持ちが押し寄せる。


「じゃあ応援したら?」

「応援ですか?」

「優紀くんの得意分野じゃない。

 魔法少女は応援されて、それを糧に頑張るんだから。

 知ってる?君が立ち上げたサイトね、あれ結構魔法少女たちも見てるんだよ?」

「えっ、そうなんですか?」


『【速報】魔法少女の活動』

 実はこれを作り上げたのは優紀自身であり、細かな運営も優紀一人で行っていた。

 と言っても大体は掲示板に近い内容なので、優紀が直接何かをするというのはほぼ無いに等しいのだが。


「ちょっと昔の伝手でね。

 そういう話は耳に入ってくるのよ」

「そうなんですか……」

「魔法少女は応援されて、応援してくれた人に支えてもらって初めて魔法少女やってよかったって実感を持つ人が多いの。

 だからさ、これまでみたいに精一杯応援してあげなよ。その知ってる人をさ」


 鏑木の言葉を聞いて優紀は深く考える。

 自分がいま日夏にできること。どう応援してあげられるか、どう支えてあげられるか。

 優紀は自分の荷物を確認して深呼吸をする。


「よしっ」

「おっ、すっきりした?」

「はい、ありがとうございます。

 あとすいません、一つお願いがあるんですけど」

「なになに?」

「お弁当箱って使ってないのあったりします?」

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