確認 七
ひどく頭がうずく。だが、痛みというただその一点で、自分が意識を保っていると知覚できる。
体が動くかどうか確かめたくなり、そして今どこにいるのかを知りたくてたまらなくなった。
「気がついたようね。具合はどう?」
目を開けると、椅子に座ったルーゼが自分を見つめている。周囲を見渡せば何のことはない、ガロッド自身の部屋だった。椅子そのものは下から持ってきたのだろう。
「頭が痛いです」
「それが二日酔いと言うものよ。御酒は初めて?」
そう言いながら、箱の上にある水差しからコップに水を注いで持ってきてくれた。
「はい。……ありがとうございます」
頭痛だけでなく、ひどく喉が乾いていたのですぐにコップは空になった。
「そう。ごめんなさいね、アブサンを一気に飲むなんて思わなかったわ」
その言葉で夕べのいきさつが蘇った。ルーゼはもうナイトドレスなど着ておらず、青白の格子模様に染めたコットン製のシャツと緑色のスカートをはいている。
「すみません」
「馬鹿ねぇ、謝ったりなんてしなくていいのよ」
世話好きな姉のような態度でルーゼは言ったが、どこかそらぞらしい。
一体彼女の正体は何なのだろう。
サージのような意味での役人ではなく、レゼッタの親のような商人でもない。
酒場でのあの姿も幾つかある顔の一つなのだろうが、棍棒男の言うように賭けで負けた者から胃だか腎臓だかを本当に抜き取ったのだろうか? もしそうだとしたらどうやって?
「それより、あなたを運ぶのは一苦労よ。取りあえず御店の二階で寝かせたけど、明け方になっても起きないからそこら辺の人に頼んで担いできてもらったわ。おかげで御店は大赤字ね」
「あ、あの、どれ位御金がかかったんですか?」
ガロッドとしては、自分のせいで起こった事態だけに自力で収拾をつけねばならなかった。
「そうねぇ。サージさんのお給料で言えば一週間分ぐらいかしら」
「そんなに……」
絶句するガロッドだが、ルーゼは改めて水を注ぎ、ガロッドに渡した。
「お金が払えないなら、別な支払いでもいいのよ」
「ええっ? ま、まさか腎臓と胃を……」
思わずついて出た言葉に、ルーゼはきょとんとしたが、突然派手に笑い出した。
「あなたにそんなことするわけないでしょ。でも、やろうと思ったらできるのよ。御覧なさい」
ルーゼはガロッドが寝ているベッドの下へ左手をかざした。
「我の欲する内なるものよ、とばりを破っていざきたれ」
術を唱えた途端、めりめりと籠が破れ、中に入っていた羽根ペンが宙を飛んでルーゼの手に収まる。
それを戻し、別な呪文で籠を直してから、にこやかにガロッドを見据え直した。
「それで、支払いなのだけれど。前置きはなしにするわ。あなた、バッフェルさんとこの御嬢さんとどんな計画を立てているの?」
彼女と恋仲なのはルウォンジーの生徒なら大抵知っている。学生同士の仁義で親やよその生徒には知らせないことになっていた。
ルーゼがどのくらいまで知っているのかはわからない。二日酔いで身動きもままならない状態では抵抗のしようもなかった。
「パーティーに忍び込んで彼女の両親がどんな人なのかを確かめるためです」
「それだけ? 隠すとためにならないわよ」
なるほど、彼女なら水を勧めたのと同じ表情でガロッドの内臓を手にするだろう。ようやくにもルーゼの冷酷な一面が理解できてきた。
「俺の目的は彼女と添い遂げることだけです」
「ふーん。……じゃあ聞くけど、私の任務についてサージが語った時、あなた、動揺したでしょ」
本当は、干草小屋で予備知識があった分たいしたことはなかったのだが、ガロッドは黙ってうなずいた。
「私を尾行したのはどうして?」
「レゼッタの家に、ひょっとしたらルーゼさんが損害を与えるんじゃないかと思いました」
それは正直な返事だった。
「あら、そうなの。あなたは自分の家には迷惑がかかるって思わなかったの?」
「いいえ」
むしろサージがガロッドに迷惑をかけている、と訴えたいところだ。
「それはどうして?」
「どうせ三男坊で、冷遇されていますから」
そんな言葉を赤の他人に言うのは、弱音を吐くような気がして自己嫌悪を禁じえなかった。ルーゼを納得させる方が重要だ。
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