確認 四

 ルーゼの目的がわからない。


 サージの口を借りて語られたところからすれば、ルーゼは情報収集のためバッフェル家へ潜った形になる。


 そう単純に割り切ってすむとはとても思えなかった。バッフェル、ひいては商人たちのためなら、市長なり司教なり、他にあたるべき有力者は山ほどいる。


 逆に言えば、パーティーに『出席』しないとそれらの情報は確かめようがないということでもあった。


 もう一つ、救貧院の線から貧民街をあたらねばならない。


 椅子の背もたれに重心をかけ、軽く首をのけぞらせて疲れをほぐす。考えごとばかり続けたせいか、眠気がたまってきた。


 午後の授業をかろうじて目を開けたままやり過ごし、放課後とともに中央広場へ。


 市の運営する斡旋所へは魚の噴水から南西に少し歩く。茶色い地に白抜きで斡旋所と書かれた四角い看板が立っているのですぐわかる。


 どちらかと言うと失業者に日雇いの仕事を与えるための場所なので、うらぶれてぼろぼろな服を着た人々の出入りが目立つ。


 中に入ると、カウンターが明確にある一線を仕切っていた。そこから奥は、とにもかくにも生活の安定した人々。


 逆に手前は、飢え死にしないために募集要項をピンで留めた板をじっくり検分して回らねばならない人々。


 板は全部で六枚あり、いずれもガロッドの胸ぐらいの高さだった。その裏表に、どこそこで誰それがこういう仕事のために人を募っていて期間はこれこれ、報酬はこれこれと書かれた紙がびっしりと並んでいる。


 安全で安定した仕事は概して少なく、例えば下水道の流量測定のために一晩中そこへこもって記録をつけるといったものばかりだ。


 ちなみにこの仕事については無償奉仕で城壁の歩哨に立った時に年配の衛兵から聞いたことがある。


 雨でも降ろうものならたちまち下水道は溢れ返る。ぎりぎりまで記録をつけないと貰える金が減るため無理をする者が後を絶たず、排水口が死体で詰まった事件まであったそうだ。


 彼らに混じってカウンターまで歩き、いかにも事務的な雰囲気を漂わせる中年の女性にバッフェル家のパーティーを手伝いたいと申し出た。


 女性がガロッドの右脇に備えてある紙を目で示し、必要事項を書いて欲しいと言うので適当に思いついた名前と住所を書き入れる。年齢だけは正確に書いた。


 相手はじろじろと値踏みするようにガロッドを眺めた。それでも、集合は木曜日の午後六時、バッフェル家の裏門。とても裕福な家なので良からぬ気を起こさぬように云々と注意した上で登録を認めてくれた。これで手筈が一つ進んだ。


 ささやかな充実感とかすかな良心の痛みを胸に帰宅した。期限つきとはいえ一人でいられる空間は非常にありがたい。


 まずはサージの部屋で礼服を調達せねばならなかった。ドアには鍵がかかっていた。几帳面なようでいてどこか間の抜けたサージは窓そのものが手で簡単に取り外せるのを知らずにいた。


 彼とランデルの部屋の窓はガラスがはめられており、それをふくのもガロッドの仕事の一つだった。軸がちびているのは小さい時から知っていた。しかも、ちょうど塀にさえぎられる位置だから他人に見られる恐れもない。


 いかに兄弟とは言え勝手に部屋に入る気にはなれなかったが、事情があれば別である。ガロッドは外からやすやすとサージの最も私的な空間へ踏みこんだ。


 最初の感想は、長兄の性格に似ていかにも面白味がないという甚だ勝手なものだった。きちんと整頓されてはいるが、それだけだ。


 本棚にあるのは行政官の職務に関連したお堅い内容のものばかりだし、ベッドまで素っ気無く思える。机の上には筆記用具があったものの、日記や手記などは置いてなかった。


 あちこち染みの浮いた黄土色のクローゼットを開けると、予備の制服と礼服、それに普段着が何着かあった。クローゼットの下に手を伸ばすと靴も難なく見つかる。


 上下ひとそろいに靴も拝借し、外に出てから窓を元通りにはめると、他にやるべきことは貧民街の探索を残すのみとなった。


 木曜から計画が実行されるとしても、今日から水曜日まで三日ある。それだけあればなにがしかの事情はわかるだろう。


 もう夕方にさしかかりつつあったが、構うことはなかった。腹ごしらえかたがた黒パンとチーズを水で流し込み、ガロッドは家を出た。

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