確認 三

 問題は、ルーゼが自分の館にいるのをレゼッタがどう把握するかにあった。


 明日と明後日は週末であり、学校も閉じている。


 彼女に渡したメモには月曜日までにできるだけ詳しい情報を得るよう、そして、ついでながら新しく街にやってくる商人についても知らせて欲しいと頼んである。


 バイトの登録をするのはそれを吟味してからにしたい。サージの礼服を失敬するのは造作もないことなので考慮からは外しておく。もう一つ気になるのは救貧院だった。


 経済が急速に発達しつつあるログロッタ市では、年々貧富の差が拡大しており、それこそ行政当局にとっても頭痛の種になりかけていた。


 市民としての義務は都市そのものの防衛と治安の維持、そして小規模な利水や土木と言ったものがある。大抵は無償だ。


 だが、貧しさも一定の度合いが過ぎるとそんな義務よりその日その日の金銭が大事になってしまう。


 富める者は富める者で、儲けの機会を少しでも失うわけにはいかず、精々欠席課金と呼ばれる金をなにがしか納めて御茶を濁す程度だ。


 救貧院は、極度に貧しい人々を収容し衣食住の提供をする一方でこうした義務に人手を提供している。


 時々、レゼッタの家のようなところが大きなパーティーをすると、余ったものを分けて貰うのは暗黙の特権になっていた。


 そして、ログロッタの救貧院は、ガロッドの次兄・ランデルの勤める教区にある。寺院が直接運営しているから、ランデルも多少はかかわっているだろう。


 サージの指示では、ランデルはわざと鐘をつく時機を速くするようにとのことだった。どういう意味だろう?


 気になる点はもう一つある。干草小屋では、サージは『水晶を逆さにする』とルーゼに語っていた。


 隠語か符丁の類だろうか。それとも、水晶そのものが本当にレゼッタの家に飾られてでもいるのだろうか。間取り図をあれこれ調べたが、特にそれらしい記述はなかった。


 鐘が鳴り、昼休みの終わりを告げた。ガロッドは手紙をしまい教室に戻った。


 その日の講義が終わると、後は週末。


 学生たちは解放された気分を心から味わい、級友や恋人とどこへ遊びに行くのかを夢中になって話し合っている。


 ガロッドは再び図書室にこもり、時間ぎりぎりまで間取り図の暗記に集中した。


 ルーゼを尾行した時に直接目にしていたとはいえ、図面を前にすると改めて造りの複雑さに驚かされる。


 別館こそないが五階建て、各階ごとの床面積を合計すれば学校のプール十五、六個分ぐらいになる。


 最上階は家族か賓客しか入られない区画になっており、四階は遊戯室、三階は商売上の資料や個人的なコレクション、二階は一般の客室、一階はホールを始め食堂やキッチンなどに割り当てられていた。


 各階と客室ごとにトイレと洗面所がある他、客室には他にシャワーもある。特に1階にはスポーツジムとサウナまであった。


 ちょっとしたホテル並か。パーティーそのものは一階のホールで行う。立食形式で、市の楽団を招くそうである。


 とても時間が足りない。下校時刻にさしかかり、取りあえず帰ることにした。


 週末一杯は意外に忙しい。一つにはサージやランデルもまた休日で家にいる場合が多くあれこれと雑用を命じられるからで、さらには家の手入れや買い出しにも行かねばならない。


 それでも時間をひねり出し、どうにか間取りを暗記した。サージには簡潔に報告だけ行った。


 彼は黙って聞いたあと、月曜から金曜まで公務出張で家を開けるとだけ伝えてきた。ランデルについても説明があり、宗教上の儀式だとかでやはり月曜から金曜まで不在になるという話だった。


 月曜日、ガロッドは学校で再びレゼッタから手紙を受け取った。昼休みになってから図書室の片隅で広げる。


『ガロッドの家でそんな話があったの? すっごく驚いちゃった。ルーゼさんってね、最近家に雇われた人で父さんの秘書よ。


 母さんは別に何も言ってないし、あたしとはそんなに話とかしないなぁ。


 夜になったら自分の借家に帰るけど、どこに住んでるかまでは知らない。


 でもね、あの真珠のアクセサリー、とっても綺麗だよね。ずっと南の海で取れるって父さんが言ってた。


 そういえば前に雑誌で読んだけど、帝国の細工師でそういうのが得意な人がいるってさ。……あ、話がそれちゃったね。ごめんごめん。


 あたしが観察した限り、別におかしな風はないよ。でも、それじゃどっちかに嘘をついてるってことだよね。


 父さんはあの人を信頼しきってて、そういうことはちょっと話しづらいんだ。


 ガロッドの方で何かわかったら教えて。あたしも何かわかったら知らせるし。


 後ね、新しくくる御一家さんはランファルトさんっていう名前で、小さいけど鉄鉱石の鉱山と精錬所を持ってるって。


 お仕事の御話もあるとかで、何日か家族ぐるみで家に泊まるってお話よ』


 手紙を幾度か読み返してからポケットにしまい、内容をあれこれ検討した。明確な方向性はなかなかはっきり浮かんでこなかった。

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