家族 五
そこまで考えると、さすがに不安や緊張がひっきりなくおそってきた。
元々が、サージの打ち明けた話など今のガロッドが完全に噛み砕いて理解するには荷の重い話だ。
レゼッタと添い遂げたいという気持ちしか持っていなかったのに、おかしなところで責任の一端を押しつけられた気がする。
ではサージを憎悪するのかと言えば、それも少し違う。
奇妙なことに、さほど厚遇されてないにもかかわらず、サージ、否、家そのものに深刻な反感を抱いたことは一回もない。
一つには、幼少の折りから自立する他ないのを思い知らされた分、家族に期待するという概念が乏しい。
怒ったり恨んだりするというのは、より建設的な、または功利的な期待の裏返しであろう。
最初からこういうものだと割り切っていれば腹の立ちようがない。
無論、抽象的な説明を経ただけで陰謀めいた出来事に首を突っ込まされたのには困ったが、長兄が時として家を重く見ざるを得ないことも想像はつく。
それに、上昇志向そのものはガロッドにとって嫌悪するべき概念ではなく、むしろ好ましい発想だった。
などと思案する内、玄関からかすかに物音が聞こえた。一仕事の前になにがしかの睡眠をとっておかねばならないが、寝過ごしてはならない。
ガロッドは、そういう態勢に慣れていた。家からあれこれと用事を言いつけられる人生だったが、その中には城門の不寝番や市の祭事で見張りを指揮するといったものもあった。
いずれも貴族の子弟が社会勉強を兼ねて行うものだが、面倒がった兄たちは自分の番がきてもガロッドにやらせていたのである。こうした次第で睡眠をコントロールする術を自然に身につけた。
固く狭い寝床に潜りこんで目を閉じると、軽い脱力感に包まれて行く。だが視覚以外はごく薄い膜におおわれただけで、刺激があり次第いつでも警報を出す手筈が整っていた。
さほど時間がかかったようには思えなかった。開けたままの上げ蓋から、ドアが開くかすかな音が聞こえてくる。
速やかに、かつ出来るだけ静かにベッドから出て、窓から地面に降りた。二階からなのでうまく均衡を取って着地すれば怪我はしない。
家の壁にぴったり貼りついて玄関先を観察していると、案の定ルーゼが一人で外に出てきた。
髪や衣服に乱れたところはないが、時間をかけずに整えるくらい誰でも出来る。レゼッタもそうだ。
ただ、ルーゼが、恐らくは無意識に右手でうなじをかき上げた時、首筋にかすかな赤い印があった。サージも相当御執心だったようだ。
ルーゼが家から少しずつ離れ出した。頃合を見計らってガロッドは後をつけ始めた。
彼女はなかなかに歩くのが速く、その割には足音がほとんどしなかった。この時間帯、街はどこもかしこも静まり返っている。
城門の外では行商人や旅行者が開門を待っているものだが、往来が始まるのは少なくとも2時間は後だ。
薄い青紫色の、夜空とも明け方ともつかぬ空は、場違いにもルーゼの瞳を連想させた。
何やら得体の知られぬ策略を張り巡らしているようだが、どうにかその一端に食いついている。
食いついている、という実感がガロッドの全身をあわ立たせてもいた。彼女が二等査察官だろうとそうでなかろうと、本気で怒らせたらとても叶う相手でないのは容易に想像できる。
そもそも、曲がりなりにも一個の社会人たるサージとあんな風に接触しているだけでも自分が及ぶような存在ではなかった。
何度か角を曲がり、並木の下を過ぎたり彫像の側を通ったりする内にもルーゼを背中から分析し続ける。
どこへ行くかをただ確かめるだけでなく、より多くの情報を吸収しておく必要があった。
例えば、彼女は自分の左半身を建物や障害物でかばう位置につけながら歩いている。それに、分かれ道にさしかかった時は少し歩調が緩くなった。
どのくらい歩き続けただろう。ようやくにも朝焼けが東の空を焦がし始めた時、彼女はある大きな邸宅の正門前で止まった。
ポケットから護符か何かを取り出し、支柱の前にかざして一定のリズムに沿って小さく動かすと、門は一人でに開いた。
門から玄関へは、白亜の通路がまっすぐ一本伸び、向かって左脇に赤いバラが、右脇に青いアジサイが植えられている。
花に囲まれた道をルーゼが通り過ぎ、白い両開きのドアをノックせずに手で開けて入ってから、ガロッドは門まで歩いて表札を見た。
銀色のプレートに黒い文字で『セリウス・バッフェル』とある。その下に『ニファ・バッフェル』、さらにもう一つ、『レゼッタ・バッフェル』。
バッフェル。いつもファーストネームでしか呼んだことはないが、もちろんファミリーネームも知っている。街でも顔の知られた一家。
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