家族 二
成績秀抜な者は、祈祷師助手から出発する。最下級の守門より一つ上の位に過ぎないが、祈祷師とともに悪魔払いをするのは若い聖職者にとって非常に有意義かつ興奮できる地位である。
それに、祈祷師の後について様々な神学上の知識を獲得できるし、どこそこの司祭は何が好き、というような裏情報もより早く入手できる。聖なる意味でも俗なる意味でも雲泥の差だ。
祈祷師助手は確実とされていた次兄は、しかし、卒業前の内示で今の地位を示された。
断って神学校の教師になる道もあったが、半ば長兄へのあてつけでそのまま進み、以来ワインを心の友とする毎日である。
「ランデル、いい加減にしろ。きちっと身なりを整えないと、食卓にはつかさないぞ」
サージの叱責が奥から轟いたが、ランデルはつま先だちでくるっと振り返り、わざと大仰に背中を折って挨拶した。
「仰せの通りに致します~。御待ちあれ~」
次兄が足をふらつかせて自分の部屋に戻った途端、自分にも命令が浴びせられた。
「ガロッド、どこへ行っていた? まぁいい、こっちへこい」
稀有なことだった。
年に何回かは、三男であるという理由から食卓から外されて残り物をあてがわれたり、場合によっては彼だけ食事そのものを抜かれたりすることがある。
貧乏貴族なので仕方ないが、それにしても長兄がわざわざ自分を呼ぶなど珍しかった。
「はい、兄さん」
大貴族なら兄上とでも言うのだろうが、さんづけでごく普通なのがまた彼らの階層を象徴している。
「何だ、その呼び方は。兄上と呼べ、兄上と!」
奥から怒鳴り声が投げ返されたが、ガロッドは別段恐縮などしなかった。
長兄も次兄も、否、家庭そのものがガロッドにとっては空気のようなものである。
精々風が荒れた程度のことで、どうということではない。
特にひがんでいるつもりはなく、家があてにならないのを幼少の折りから思い知らされているだけに、気にいらなくなったらいつでも出て行けばいいぐらいに考えていたからに過ぎない。
「失礼しました、兄上」
丁寧に言い直したが、皮肉を込めたメッセージでもあった。そこへドアを開けて次兄が現われる。
今度は僧服を身につけていたが、アルコールに暖められた息がとろんとした目の周りに漂っている。
「よぉ~し、ガロッド。お前も御相伴の名誉に預かって~いい~ぞ~」
ランデルがよれよれと手をガロッドの肩に回した。
「早くこないか、ランデル!」
酒の力は何より偉大であった。長兄に叱責されてもランデルは唇をわずかに上下させただけで、ガロッドに無理やり肩を組ませてよれよれと食堂兼居間に向かった。
「今晩は」
その台詞と、椅子からしなやかに立ちあがった女性が、ともどもガロッドたちの足を止めた。
掃き溜めに鶴とまでは言わないが、こんな貧乏貴族の家にどうして……と、言わざるを得ない。
さらには、ガロッドは女性の声に聞き覚えがあった。間違いなく干草小屋でサージと密談していた声だ。
味も素っ気もない暖炉の火でさえ、女性の後ろで喜んで燃えさかっているようだ。彼女の表情にはどこか自分たちを遥かに超える陰影がたゆたっているように思えた。
少し巻癖のある薄黄色の髪と、幾何学的な正確さを感じさせる楕円形の目、その中には青紫色の瞳がはまっている。
顎も鼻筋も、体の線と同様にほっそりと筋が通っていて、薄く白い絹織りのシャツから透けて見える薄緑色のキャミソールが良く似合っていた。
首からブローチを下げており、小粒の真珠が波模様の台座に収まって彼女の胸元をひきたてている。
「ルーゼ、向かって右側が次弟のランデル、左側が末弟のガロッドだ。二人とも、ルーゼ二等査察官に御挨拶しなさい」
「今晩は、ルーゼ様」
異口同音にガロッドとランデルは述べた。もっとも、ガロッドは密談を知っているだけに、平静さを装うのが一苦労だった。
二人が挨拶すると、ルーゼは微笑みながら軽く頭を下げたが座りはしなかった。二人が席につくのを待っているのである。
二等査察官とやら言う階級がどれほどのものか、ガロッドには良くわからない。
食卓では彼に発言が許される機会はさほどなかったので聞き出す機会も期待できない。ただ、ワインが進めば自分から喋る事はあるだろう。
そう言えば、サージが何をしているのかは具体的には知らなかった。街の行政官として働いているというだけで、それ以外のことはわからない。
「早く席につけ。料理が冷める」
ルーゼが待っている、と言わなかった辺りに地金が見え隠れしているサージの指示だが、ガロッドもランデルもおとなしく席についた。
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