逢い引き 二

 幾筋もしわが入っているのは、さきほどまでの二人の行為の跡だった。


 初めてこれを広げ、初めてしわを作った時は、彼女から滴った赤い染みが出来て落とすのに苦労した。


「その時がきたら、俺が言うさ」


 その時と言うのが、兵役につく前なのか後なのかははっきりしなかった。


「あたしのとこ、貴族が好きなのかどうかわらない。それとも、あたしが貴族になっちゃうのかな?」


 二人にとって切実なようでいて、その癖余りにも漠然とし過ぎる話題だった。


 ガロッドの家は貴族と言っても男爵家の分家で、爵位を持たない。血筋から名誉称号的に『卿』がつくだけである。


 なおかつ彼はその三男に過ぎない。長男は後継ぎ、次男は坊主、三男以下は槍一筋と言うのが貴族子弟の将来であった。


「どっちでも関係ないさ。俺は義務兵役の1年間にできるだけ手柄を立ててやる。軍に残るかどうかはその後に決める」

「残らなかったら……どうするの?」


 台詞の途中に折りこまれた沈黙から、レゼッタの落ちつかなさげな眉根をガロッドは感じ取った。


「親から手切れ金をふんだくって冒険商人になる。いっそその方がレゼッタん家の眼鏡にかなうかもな」


 無知の蛮勇を惜しげもなく披露したが、具体的な計画が浮かんでいないのに無責任な結論を……と言う意識はない。


 貴族の三男以下は、本当にそのぐらいしか選択がないのだ。


「ガロッド。あたし、貴族でも軍人でも冒険者でも、とにかくあなたの御嫁さんになるわ。だから、浮気しないでね」


 恋人としての切なくも熱い願いをかけたその言葉に、奇妙にも小屋への道すがら目にしたオレンジを思い出す。


 あれは簡潔で美しい形をしており、食べると甘酸っぱい。


 目の前にも、オレンジと似たものが二つあった。色こそ違うが、美しくて甘酸っぱいのは同じだ。


「もう、どこ見てるのよ」


 返事を保留したまま彼女の胸を見つめつづけるガロッドだが、せっかくの鑑賞が阻まれた。


 両腕で胸を隠したレゼッタは、怒ったような照れているような、何とも言い表せない具合に唇を縮めている。


「浮気なんてするもんか。レゼッタこそ、俺が帰ってくるまで待ってろよ」

「ふんだ。偉そうに」


 そっぽを向いたレゼッタのうなじをなでると、くすんだ藁色が幾条か指にからみついた。


 それは彼女の体に何か見えない力を注ぎ込み、滑らかな緩い曲線で造られた全身はかすかに震えながら受け入れた。

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