根なし草の勲
マスケッター
第一部 双葉色の媚薬
逢い引き 一
ログロッタ市の城壁を一歩出ると、青々とした草原や畑が風になびいて広がっている。
そして、街が管理していたのにいつの間にか忘れ去られた干草小屋は、太陽の香りを土のにおいで包んでいた。
魔法調整されていない天然の干草の香りがかすかに残っていて、柔らかく暖かい雰囲気をかもしている。
城門からほどほどに離れた立地と言うのも逢い引きを楽しむために都合が良かった。
「兵隊さんになっちゃうの、ガロッド?」
隣で横になっている女の子が聞いた。
彼女の髪はくすんだ藁色で、普段はきちんとそろえて肩まで伸びている。しかし、今はほつれて首筋にからんでいた。
髪をほつれさせたのは他でもない、ガロッド自身だ。黒髪黒目、肌まで浅黒い彼は、顔立ちこそ整っているが彼女のような華やかさはなく、それを悔やんだり羨んだりしたこともない。
彼女の服は脱がされ、腰を隠す下着以外は生まれたままの姿になっている。
もっとも、彼もそれに近い格好だったが。
少し離れた場所に置いてある二人の衣服は、どこか遠い世界のように思える。
しわ抜きの魔法がかかっていて、どんなにぐちゃぐちゃになろうとすぐに糊パリだったが、几帳面な彼女はいつもきちんと畳んでいた。ご丁寧にもガロッドの分まで。
すぐには答えず、ガロッドは彼女の瞳……つぶらな二つのすみれ色を見つめた。
どこにも行って欲しくない気持が、潤んだ両目に溜まっている。小さなバラ色の唇は、さっきから何度も吸い続けられたせいかわずかに腫れているようだ。
かすかにそばかすの浮いた可愛らしい鼻にも、よく見るとほんのり歯の跡がついている。すぐ元通りになるだろうけれど。
「貴族の務めだからな。休暇が入ったら必ず帰ってくる。心配するな、レゼッタ」
「あたし、もうそろそろ御婿さんを探しなさいって言われてるんだ。それが務めだからって。ガロッドのこと、まだ母さんにも言ってないのに」
ほっそりと伸びた白い喉が、言葉をつむぐ度に震えている。
その源をたどると、露な乳房にたどりつく。さらに延長していけば、くびれた腰に小さな臍が下着の少し上に顔を出している。
レゼッタは彼の視線に気づいてか気づかずか、壁の半ばほどから突き出ている足場をぼんやり見ていた。
机と椅子を一組置く程度の広さしかなく、本来は干草を積むスペースを少しでも浮かせるためにこしらえたものだ。
かつては帳簿をつけるために利用していたが、今はただ、古びた板が舌のように短く伸びているに過ぎない。
もうすぐ大人になる。
ラトアジャ大陸のどの国でも、十五歳からは子供でなくなる。
もちろん、ガロッドのいるベアボルタ王国でも同様だった。初夏と盛夏の中間に位置するこの時機に、彼は十五回目の誕生日を迎える。レゼッタはそれより一年遅れた、初秋の一日に大人になる。
去年の今ごろだったろうか。
親の代行でたまたま貴族専門の学校にインクと羽根ペンを納入しにきたレゼッタが、事務職が不在だったために品を受け取りに来たガロッドと会ったのは。
二回目の出会いは、雨の日に商品をこぼしてしまったレゼッタを見つけた時だった。手だけでなく傘まで貸したので、その日は濡れそぼって帰る羽目になったものの、後日苦労は十分に報われた。
傘を返しに学校まできた彼女は、彼の同級生たちから口笛を吹かれたり貴族の子弟にしては品格のない揶揄を受けたりしたが、彼が一睨みするとおとなしくなった。
体育の授業で発揮された実力が級友たちに自然と一目置かせていたためである。
この後二人は密会を重ねるようになり、体が触れ合う部分も次第に広く深くなっていった。そして、偶然見つけた干草小屋は、二人にとってたちまちお気に入りの場所となった。
二人と床の間に挟まれた広く薄い敷物は、レゼッタが持ち出してきたものだ。
こういう時のために、彼女が自分の小遣いでテーブルクロスを買っておいた。敷物だと余計な心配をこうむるかもしれないが、これなら問題ない。
友人の家に行くとき、自分のテーブルクロスを持っていくのはごく普通の習慣だ。
いささか場違いな用途に使うだけあって、模様は緑地に白い斜線が入っているのみ。いかにも簡素だ。しかし、麻織りで丈夫にできている。
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