第16話 保健室

 ミコトちゃんが、控え室のベッドの上で眠っている。学校の保険室のベッドは失神者が続出した為、満席になってしまったそうだ。 

 ミコトちゃんは、生徒達の記憶を消去するために大量のエネルギーを消費し失神してしまった。ムツミさんに聞いた話によると今回は、バー二に関する記憶を出来るか限り消したそうで、前回の運動会での、エネルギー消費とは比べ物にならないそうだ。彼女はすでに二時間以上眠り続けている。

 隣のベッドでは純一さんが寝息を立てている。彼も疲れ果てた様子だ。

 純一さんの全身には包帯と絆創膏を貼られている。野澤さんが慣れた手つきで純一さんの体に処置を施した。傷は多いが幸い命に別状はないそうだ。

「狩屋さんには、大変な迷惑を掛けてしまったわね」シオリさんが子供の頭を撫でるように純一さんの頭を触った。純一さんは心地良さそうな表情をした。

「結局、黒幕は・・・・・・北島博士だったのね」イツキさんの声。

「確かに、運動会の無数の一騎、サーモバリック爆弾。 一騎が独自で用意出来る範囲を超えていたわね」シオリさんは、少し呆れたような声であった。

「どうして、こんなことを・・・・・・」私には理解不能なことばかりであった。

「マッドサイエンティストの考えることは、わからないわ。 きっと、私達の力を利用して世界征服でも考えていたのではないのかしら」シオリさんは長い髪を掻き揚げた。

「世界征服か・・・・・・、そんな事出来ると、ほんまに思ってたんかな」ムツミさんが鼻の下を人差し指で擦りながら呟いた。

「さあね・・・・・・」シオリさんが適当に返答を濁した。


 北島教官のお父さんは、有村さんと生川さんの二人組に連行されていった。 ついでに、北島教官も事情聴取の為、同行していった。バーニの開発計画も終わりそうである。今回の事件によりこの計画は危険だということは認識されたであろうということだ。

 部屋の中には、特工エンジェルズの面々と野澤さんがいた。


「もう、ウチらが、この学校にいる理由はなくなったな・・・・・・ 」ムツミさんは椅子に腰掛けて足を組んでいた。ゆっくりと背もたれに体重をかけながら、両手を頭の後ろで組んだ。

「えっ、どういうことですか?」不意に発っせられたムツミさんの言葉に私は驚いた。

「一騎を誘い出すためには、どこかに拠点をおいて私達の存在を知らしめる必要があったの。バラバラの所を襲われるのは本意ではないし、一騎の潜伏先を確定するのは困難だったから、出来ればこちらの準備が出来ている時に、一騎から襲いに来てもらうのが最善と考えたのよ」イツミさんが口を開いた。彼女は部屋の隅に背を持たれながら腕を組んでいる。


「この学校で、バーニ・プロジェクトが再開しているって聞いて、俺達の拠点にするのに都合が良いと考えたんだ。ただ、バーニの被験者が美穂だとは思わなかったけどな」フタバさんが暖かい視線を私に飛ばす。中身が私の父親だとは、未だに信じられない。


「少し派手だったけど、今回のコンサートに一騎が襲ってくる事を予測していたのよ。

今晩、一騎を私達の手で倒すつもりだった。でも最終的にはナオミさんが一騎を本来の姿に戻した。素晴らしいわ」シオリさんは、純一さんの眠るベッドから立ち上がるとナオミの座るソファの横に腰掛けた。

「それと北島の親父をロボットごと、やっつけてくれたもんな! あそこでナオミちゃんが一騎とシンクロしてなかったら勝てなかったかもしれへんわ」ムツミさんはまた飴玉を口の中で転がしていた。

「私は・・・・・・、出来るとは思いませんでしたけど、頭がカーッとしちゃって・・・・・」ナオミは恥ずかしそうに顔を赤くした。

「これからは、ナオミちゃんを怒らせんようにせんと怖いな」ムツミさんの言葉で、皆がどっと爆笑した。


 何気なく壁のポスターに目をやった。

「なんじゃこりゃ!」私は目の前のそれを見て仰天した。そこには特工エンジェルズの姿は無く、校長を筆頭にした教員コンサートの醜い告知ポスターに変わっていた。

 

 後で聞いた話だが、コンサートが終わる時間に合わせて、ポスターと配られたパンフレットの内容が変化するように初めから印刷されていたそうで、結果、委員のお兄さんのイベント会社は倒産に追い込まれたそうだ。ご愁傷様です。


「こんなコンサートだったら、誰も来ないわ」私は大きな声で呟いた。

「ムツミが言うとおり、そろそろ潮時ね」いつの間にかミコトちゃんが目を覚まして起き上がっていた。

「ミコトちゃん、大丈夫?」ナオミが、ミコトちゃんの身を心配した。

ミコトちゃんは微笑みながら頷いた。

「さっきも言ったけど、一騎がいなくなったから、ウチらはもうこの学校におる理由はないねん」ムツミさんが唐突に言葉を発した。

「学校にいる必要がないって、まさか?」私は少し嫌な予感がした。

「さっき、皆の頭の中から私達の記憶をすべて消去したわ。私達の事を覚えている生徒は、もういないでしょう」ミコトちゃんが解説してくれた。

「名残惜しいけれど、私達はこの学校から消えるわ。色々な意味でここに居続ける事によって皆のも迷惑がかかるでしょうし、本当は、北島さんの言うとおり私達はあまり目立つ事をしてはいけないのよ」その割には、体育祭とコンサートは必要以上に楽しんでいたなとシオリさんの話を聞きながら思った。

「私も、防高を去るのは寂しいけれど、シオリさん達と行くわ。私の分もしっかり勉強してね、美穂」ナオミは悲しそうにそう告げた。彼女には美穂として積み上げてきた思い出があるはずである。それを捨てて去っていく事は私には考えられない。彼女の思い出は私の思い出なのだ。

「ナオミ・・・・・・」ナオミは少し右手を口に当てながら、斜め下に視線を落とした。


「うっ・・・・・・」私は、ナオミの体に抱きついた。離れたくない気持ちが強くなって彼女の体を思いっきり抱き締めた。

「嫌!私は皆と離れるのは嫌!ナオミ、あなたとも別れるのは嫌よ!!」目から止めなく涙が溢れてきた。

 ナオミが私の体を抱き返した。暫くの抱擁のあと、ナオミは私の肩を握りしめてから、ゆっくり体を離した。


「私達も美穂と気持ちは同じだよ。それに、私は貴方と同じ・・・・・・心は美穂よ。だからあなたには本当に幸せになって欲しいの」ナオミは優しい笑顔で語りかけてきた。今まで見たナオミの表情で一番可愛らしい笑顔だと感じた。

「でも……」

「別れても私達はずっと二人で一緒だよ」ナオミはもう一度私の体を優しく抱き締めてくれた。

「・・・・・・うん、わかった」ナオミの言葉に私は答えた。目から溢れる涙が止まらなかった。

「ナオミちゃん・・・・・・、そろそろ行くよ」ムツミさんが私達二人の肩に手を添えた。

「それと、純一さんの事もヨロシクね」ナオミの目が少し涙ぐんでいるように見えた。

 私はその問いに無言で頷いた。


「すいませーん!兄がここに居るって聞いたのですが・・・・・・」有紀が勢いよく部屋のドアを開けた。狩屋が怪我をしたと聞いて慌てて駆けつけたようだ。

「有紀・・・・・・」

「あっ美穂、兄貴助けてくれたの? 全く、姿が見えなくなったと思ったら、倒れて怪我してたなんて・・・・・・」有紀は心配そうに、狩屋のベッドの横にある椅子に腰掛けた。

「貴方のお兄さんは、心配ないわ。全身に傷があるので大袈裟に見えるけれど、命に別状はないから安心してね」野澤が白衣のポケットに手を入れたまま有紀に説明をした。有紀は野澤の言葉を聞いて有紀は安堵のため息をついた。

 狩屋は安らかな寝顔をみせて眠っている。

「あぁ、なんでこんなコンサートに来ちゃたんだろう。全くついてないわ」有紀はそう言うとベッドの脇に設置された、小さな机の上にコンサートのパンフレットを放り投げた。

 有紀は、特工エンジェルズのコンサート、そして彼女達の存在も完全に忘れてしまっている様子であった。


 美穂は、有紀が放り投げたパンフレットを手に取るとパラパラと眺めた。 

 校長を筆頭に教員達のプロフィール、気合を入ったコスチュームを着た写真が掲載された、世にも恐ろしいものであった。

 これにお金を払った人達は気の毒だと美穂は思った。


 美穂はパンフレットの最後のページに目に釘付けになった。

「ナオミ・・・・・・!」なぜか、パンフレットの最後のページに一枚だけ特工エンジェルズの写真が残っていた。何らかのミスでこのページだけ、変わらなかったようだ。

 その写真を見つめているうちに、美穂の目から涙が溢れ出た。

「どうしたの?美穂」泣いている美穂を見て、有紀は首を傾げた。

 美穂はパンフレットを胸に抱きせめて首を左右に振った。

 泣きじゃくる美穂を有紀は心配そうに見た。


「美穂・・・・・・、そんなにそのパンフレットが気に入ったならあげるよ」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る