第15話 吼えろ!バーニング・エンジェルズ!!

 防高の生徒達が待ちに待ったイベントの日が遂に到来した。


 特設の舞台が作られた校庭は既に強烈な人だかりになっていた。校庭の舞台は本格的なものでもはや其処は学校の校庭でなく、コンサート・イベントの会場へと変わっている。

 運営委員長を買って出た学生の兄が、特工科のメンバーの写真を見てこれは金の匂いがすると直感が働いたそうだ。彼はイベント会社を経営しており、今回の設営を全面的にバックアップさせてくれと自分から弟に懇願したそうだ。

 普段従順な学生達も、学校側に負担をかけないとの制約を取り付けてイベントの実施を実現した。

 しかし、よく学校が許可したものだと、美穂は驚愕した。


 一応、学校主催の行事ということにはなるのだが、コンサートの実施には当然のように膨大な経費が発生する為、入場チケットを販売することが決まったのだ。

 防高の学生は千円。部外者は五千円!

 なお、チケットは売り切れてプレミアがついているそうだ。すでにそこには学生イベントの姿は影も形も無かった。

 チケットの販売の状況を見て、コンサートが始まる前から第二弾の企画が検討されているとの噂も流れているそうだ。


 第二弾は大きな会場を借りて大々的に興行して、地方局への売り込みも行われるという噂が流れていた。その先は武道館!夢は大きく膨らむものだ。


「うおー!わっしょい!わっしょい!」一部の熱烈なファン達が振り付けの練習を開始した。彼らのその手にはライトを持ち激しく上半身を振り続けて踊る。どこかのアイドルのコンサートのようになっている。コンサートが始まる前に体内のバッテリーが切れてしまいそうな勢いである。この情熱の半分でも学業に打ち込んでくれたらと教師は思うであろう。 


 テニスコートの審判席を陣取った、上下グレーのジャージを来た教師が腕組をして座っていた。ポケットから丁寧にチケットを出すとそれを見つめながら「このチケットは、絶対無二の一枚なり・・・・・・」と訳の解らないことを呟いていた。


「すごい、人だな・・・・・・」狩屋は猛烈な人の波で始まる前から疲労感を感じた。彼は人混みの中は苦手なようである。

「兄貴!こっち、こっち!」有紀が狩屋を見つけて大きな声を上げた。 

「おお、有紀!」狩屋は大きく手を振った。やっと妹を見つけて一安心した様子であった、

「あれ、美穂ちゃんは?」辺りを見回す。美穂の姿は見えなかった。

「美穂も一応、特工の一員だからコンサート手伝うみたいよ!裏方みたいだけどね」

「そうか・・・・・・」狩屋は少し残念そうな表情を浮かべた。

「そういえば最近、兄貴は美穂とナオミさんの話ばかりね。もしかして二股なの?」有紀は唇を尖らせてアヒルのような口をした。少し拗ねているようである。

「なっ、何を言っているんだ!そんな訳ないだろう」珍しく恥ずかしそうな顔をした。こんな兄の姿を有紀は、初めて見た気がした。 

 なんだか、彼のその態度を見て少し胸にモヤモヤした感じに襲われた。有紀はプーと頬を膨らませた。


 別館の入り口から舞台袖まで臨時の通路が造られている。その中にシオリ達の控え室が出来ていた。控え室の扉には「特工エンジェルズ 御一行さま」と書かれた張り紙がされてあった。

「騒がしくなってしまった・・・・・・」北島は張り紙を見て深いため息をついた。 

「先生、ここは部外者立ち入り禁止です!」北島の背後に二人の黒服ガードマンが立っていた。

「なっ、なに!」ガードマンは北島の両脇を持ち上げて連行していった。

「私が部外者だと!いつからお前達は・・・・・・」北島の声が虚しく廊下に響いていった。

「なんだか、外が騒がしいなぁ」ムツミは髪を丁寧にブラッシングしていた。

 何度かブラシの上下を繰り返してから両手で髪の毛を纏めて後頭部で束ねた。


「緊張するわね!」イツミが胸を押さえて深呼吸をしていた。珍しくイツミが顔を紅潮させて緊張している。いつも冷静なイツミのその様子を見て、ムツミは少し可笑しかった。

「掌に人を三回書いて飲むと、緊張が無くなるらしいぞ!」フタバは掌に人の文字を書いた。彼女は本当に三度書いてから、文字を飲み込む仕草をした。「あまり、変わんねえな・・・・・・」フタバは両手を天秤のように挙げた。

「古臭いなぁ!始まったら、そんなの吹っ飛ぶわ!」ムツミが飴玉を口の中に投げ込む。


「う~おトイレ!漏っちゃいそう・・・・・・、あっ、出ないんだった・・・・・・」ミコトは軽く舌を出した。

 バー二の体は食事、トイレの必要が無いのだが、味覚は感じることができるように造られている。空腹感はないがストレス発散等の為に食事をしたくなることはあるようだ。やけの大食いというやつだ。食べた物は体内で綺麗に消化されるように造られている。エネルギーは半永久的に活動できる機関を体内に保有しており、この構造はバーニ同士でメンテナンスが出来るように、それぞれが全タイプの構造を熟知している。


 シオリが三面鏡の前で丁寧に化粧をしている。唇に綺麗な口紅を丁寧に塗ってから言葉を発した。

「皆さん、浮かれているようだけど、本来の目的を忘れては駄目よ」

「判っているよ」ムツミはカラカラと口から飴を転がせる音を発した。


 ドアがカチャと音を立てて開いた。

「皆さん、そろそろ開演の準備だそうですよ」部屋の中にナオミが入ってきた。


 皆が一斉にナオミの顔を見た。なぜか、少しの間、沈黙が続く。

「えっ!どうしたのですか?私の顔になにかついていますか?」ナオミは驚いた口調で問いかけながら顔を手で確認した。

「いいえ。それでは皆さん、参りましょう!」シオリが皆を先導するかのように立ち上がった。

「あらほらさっさ!」ムツミ達は例の合言葉を気合を入れるように叫んだ。


 会場の照明が一斉に消えた。観客がざわめく。

 舞台の中央にスポットが当たる。そこには、可愛い赤いドレスも身に纏ったミコトの姿があった。

「きゃー!可愛いい!」 

「ミコトちゃーん!」会場から歓声が上がる。

 ミコトは少しの余韻を残してから、アニメヒロインのような声で語りかけた。

「みなさーん!こんばんは!」

「こんばんは!」練習したかのように、返答が返ってくる。

「今夜は、私達のコンサートの為に、貴重な時間を下さって・・・・・・ 本当に、ありがとうございます!」

「キャー!」再び歓声が上がる。

「応援していただいている皆さんの為に、精一杯頑張りますので、皆さんも楽しんでくださいね!」ミコトは会場に向かってウインクを飛ばした。

 一部の男子生徒が「俺を見た!俺を見た!」と騒いでいた。そこに上空からジャージを来た教師が飛び蹴りを男子生徒に食らわせた。

「ばか者!あのウインクは、俺のものだ!」ジャージ教師は相変わらず腕組をして仁王立ちしていた。「あれは、唯一無二のウインクだ!」

 伴奏が始まるとジャージ教師はそそくさと審判台へと上っていった。その姿はゴキブリが台所の隙間に逃げ込んでいくようであった。


 舞台の上では伴奏に合わせてミコトがマイクを片手に歌を歌い始める、まるで天使のような歌声である。観客はウットリとした目で、舞台を眺めている。彼女の特技は人心の操作である。これぐらいの事は朝飯前と言ったところであろう。クルクル回転して彼女のスカートのフリルが舞い、それに合わせるように曲のテンションが加速していく。観客席でコアな集団がバシッと息の合ったダンスを始める。 

「キャー!ミコトちゃーん!」歓声に向けて愛らしく右手を振る。曲が終わりに近づき、ミコトは投げキッスを観客席に投げた。 

 数人の男子生徒がヘタヘタと地面にへたり込んだ。初めの曲が終了すると同時に、舞台の上が激しい光に包まれる。赤を中心に青と黄色の光。


 眩い光で会場の観客は一瞬目が見えなくなる。少し時間が経ち、目が視力を戻してくると観客達は再び、舞台に視線を戻した。


 舞台の上には、三人の少女が立っていた。

 ミコト、フタバ、イツミ。三人はそれぞれのカラーのタキシードのようなスーツを着用している。

 三人は激しいダンスを繰り広げ、アクロバティックな技を披露する。

 フタバが舞台の中心に移動し、両手を床について足を回転し始めた。

 機械体操の床演技のように続くアクション。それは男性ダンサーのようにダイナミックなものであった。 

 続いて、イツミのパート、ブレイクダンスのような動きを見せたあと宙返りを繰り返す。 

 長い髪が宙を舞い美しい。さらに交差するように、ミコト、フタバ、イツミがバク転を繰り返す。その間、歌は途切れず、それぞれのパートを歌いきった。曲が終了すると同時に三人は、彫刻のように固まり動かなくなった。


 強烈な歓声が会場を包んだ。


「フタバ様!」「イツミ様!」「ミコトちゃん!」失神者が何名か発生した。

「すげー!こんなコンサート見たことないよ!」狩屋が拳を握り閉めて、興奮気味に感想を述べた。

 有紀は自分の兄が、こんなに熱くなる姿を始めて見た。

「もう!私も、中毒になりそう!」有紀も顔を真っ赤にして身震いをした。

続いて上空から大きな翼を広げては白鳥が飛来してきた。観客が気づき大声で叫びながら指をさした。

「おい!あれ鳥・・・・・・、じゃなくて、人だぞ!」

 舞台の上に、白く大きな翼を背負ったシオリが舞い降りた。

「一体どうやっているんだ! ワイヤーが見えないぞ!」

「すげー!」観客達は皆、驚愕の声を上げた。

全身白く美しい布を身に纏い、頭には見事な冠を乗せている。

 その姿は天使もしくは、女神のようであった。舞台に着地すると同時に、シオリの翼は華が散るように消えた。シオリは妖艶な微笑みを見せた。


「ちょっと、やり過ぎじゃないですか・・・・・」舞台袖から美穂は上空を見上げた。 

「結構、ああ見えてシオリも乗りがええからなあ」ムツミが美穂の肩に手をやった。

「そろそろクライマックスやから、気合入れときや!美穂ちゃん!」真剣な眼差しで舞台を見つめた。


 伴奏が始まる。 

 シオリは、舞台に置かれたマイクを拾い上げると歌い始めた。 

 シオリの後方でバックダンサーが二人踊り始めた。プロも顔負けの見事なダンスに観客は驚嘆した。

 しかし、一番驚いたのは、美穂であった。

「な・な・なんですか、あの人達は!」震える指先で美穂は舞台を指差した。


 舞台で踊っているバックダンサーは、よく見慣れた二人組み。黒服を着たガードマン。その名前はたしか有村と生川。人は見かけによらないものだ。白い天使と、黒服のダンサーが見事にシンクロしている。


「シオリ様!」更に失神者が増加した様子だった。曲が終盤に差し掛かったタイミングでシオリの体から激しい光が発生した。舞台は再び眩い光に占拠され、観客はシオリの姿を確認できなくなった。後方に設置された大きな階段から二人組の人影が見えた。 


 スポットライトが二人の姿を照らした。

 白い服を着て、緑の髪を束ねた男装の麗人と、豪華な桃色のドレスに身を包んだ貴婦人。

 二人は手をつなぎ階段を下ると、優雅なダンスを繰り広げた。伴奏が終了すると、男装の麗人は片足を付いてしゃがんだかと思うと、貴婦人の前に右手を差し出した。

 美しく良く通る声で男装の麗人が貴婦人に語りかけた。


「姫、あなたは美しすぎる。私はもう我慢することができません。私の愛を受け入れてください!」

「はい。私も貴方を愛しております。二人は永遠に一緒です」貴婦人は、麗人の手に手を重ねた。

 麗人は貴婦人の手を引き、貴婦人の体を抱き寄せ腰に手を回した。

 二人は見つめ合い、少し余韻を残してから唇を重ねた。

「きゃー!ムツミさんとナオミさんが!」女子生徒がその場に、フラフラと倒れた。

「素敵―!」男子の中にも失神者が続出した。

 唇を重ねたまま、二色の緑とピンクの閃光を発色した。

「眩しい!一体どうやっているんだ」狩屋は右手で目を覆った。 


 舞台に酔いしれる狩屋の背後に黒装束の男の姿があった。

「お前は狩屋純一だな」男は、他の観客に聞こえないほどの小さな声で聞いた。

「え!」その瞬間、狩屋は意識を無くした。有紀は舞台に熱中して兄の異変に気がつかなかった。

「あれっ兄貴?」有紀は周りを見回したが、狩屋の姿は消えていた。


 舞台の上の閃光が消え、ナオミとムツミが姿を現した。二人はアイドル顔負けのドレスに着替えていた。テンポの良い伴奏が聞こえてきた。彼女達はマイクを交互の口に差出して歌い始めた。

 歌いながら曲に合わせて二人は見事なダンスを披露する。観客のテンションは頂点に登りつめた。それはバーニの身体能力をフルに活用したものであった。伴奏が激しくなり二人のダンスがスピードを増す。 

「格好いいいぃ!」舞台袖の美穂も二人の姿に魅入っていた。 


 ふと、美穂は舞台の上を見上げると、そこには新たな人影が見えた。

「あれは・・・・・・、まさか一騎?!」空の上に、黒いマントを纏った一騎が浮かんでいた。その姿は、いつもより一回り大きく見えた。

 会場の観客は舞台の二人に集中して一騎の姿に気付かないようだ。


「やっと来たわね・・・・・・!」いつの間にか美穂の横にシオリの姿があった。

「一騎の狙いは、ナオミだと思った。それで一騎をおびき寄せる為に、このイベントの企画に乗かったて訳だ!」フタバが美穂に説明するように語った。フタバが美穂に話かけたのは久しぶりであった。

「でも、なぜナオミを狙うのですか?」

「前にも聞いたでしょう。元々、一騎は私達のマッスル・ウェアとして開発されたのよ。自分の力を強化する為には、バーニの体が必要なのよ。私達に固執し続けてきたのもその為よ。ただし、一騎がシンクロすることが出来るバーニは一体のみ。一度、選択を誤ると取り返しがつかないの」


 一騎はバーニ達が人間と決別する事を目論んで、彼女達の元の体を消滅させた。

 ただ、一騎の思惑は外れてシオリ達が一騎の味方になることは無かった。彼には人の心を理解する事が欠落していた。一騎は最強の力を手に入れるためにバーニ達を吟味していたのだ。

「ナオミさんの力は未知数だから、この先とんでもない力を発揮するかもしれない。一騎は、ナオミさんにターゲットを絞ったのよ。だから一騎を誘き出すために申し訳ないのだけど、ナオミさんを囮にさせてもらったのよ」シオリは一騎の姿を確認しながら、美穂に言った。

「囮ですか・・・・・・」ムツミとナオミは舞台で歌い続けている。


「ハハハハハハ!」会場に一騎の笑い声が響く。

「この声は、一騎!」ナオミが身構える。上空の一騎を探した。

「やっと、お出ましやな!」ムツミは待ち構えていたかのように言葉を発した。

「なんだ?なんだ!」観客が騒ぎ始める。

「あれは、何!」女子生徒の一人が上空に浮かぶ男の姿を見つけて悲鳴を上げる。

「人が浮いている!」

一騎はマントをひるがえしながら、ゆっくり舞台の上に降りてきた。 

「フハハハハ!ナオミ!お前を迎えに来たぞ!」一騎は徐に右手を上げて、手招きをするような仕草をした。フードが顔を覆い表情は見えない。

「なにを言っているの?私は貴方にそんなことを言われる覚えは無いわ!」ナオミの言葉を合図にしたようにシオリ達が舞台に集合した。

「お前と俺は一つになるさだめなのだ。喜ぶがよい!」

「馬鹿なことを言わないで!」ナオミはアカンベーと舌を出した。


「おー!次はアトラクションか!」観客が、舞台の様子を見て勘違いをした。一斉に歓声があがる。

「ファンタスティック!」他の観客もこの状況をイベントの続きと納得したようだ。

「一騎!待っていたわよ。今日こそ決着をつけましょう!」シオリは全員に目配せした。


 シオリ達の体が一斉に閃光を発する。六色の光が舞台を包む。

「まただ!眩しい!」観客は舞台から目を逸らした。

 閃光が治まると舞台の上に、戦闘用ユニフォームを身に着けた六人の少女が立っていた。


「格好いい!」


 バーニ達は、凛々しい表情で一騎を睨みつける。


「素敵!!」


 あちらこちらから、歓声の声が聞こえる。一騎が素早く動き、舞台の上から姿が消える。

「なっ!」言うと同時にフタバの前に一騎が姿を現す。一騎の口元がニヤリと微笑んだかと思うと、フタバの鳩尾に、一騎のアッパーパンチが命中した。

「ぐっ、この!」フタバが両手を組んで、一騎の頭に鉄槌を食らわそうとするが、そこに一騎の姿はすでに消えていた。

「なに!」フタバが驚愕の表情を見せた。消えた一騎を探すが見つける事ができなかった。

「早い!」ナオミは一騎の動きに驚愕した。

「きゃー」声のする方向に目をやると、イツミが一騎の蹴りを喰らい、舞台のセットに激突した。

「イツミさん!」舞台袖から美穂が飛び出してきた。再び、一騎の口元がニヤリと歪んだ。「美穂!来ては駄目!」ナオミが美穂の体に飛びつき、美穂の体を庇いながら転がった。


 ザックと何かが突き刺さるような音がした。

 美穂が居た場所には、一騎の体から飛び出した無数の太い針のようなものが突き刺さっていた。ナオミが助けなければ、美穂の体には無数の穴が開いていただろう。


 その光景を見た美穂は体を震わせていた。

「小娘が出る幕は無い!邪魔者は失せろ!」一騎は美穂を指差して、舞台から立ち去るように脅した。

「美穂。ここは私達に任せて逃げて・・・・・・」ナオミは美穂の体から離れると一騎を睨みながら立ち上がった。

 美穂は自分に何の力も無いことが歯痒くて涙を流した。

 舞台下の観客達は息を飲んで状況を眺めている。


「ふー!結構効いたわ」イツミが頭を振りながら立ち上がりフタバの近くに移動した。

「お返しするわよ!フタバ!」イツミはフタバに合図をして、一騎に向けて右手を差し出した。

「あいよ!」差し出されたイツミの右手にフタバは左手を重ねる。

重ねた二人の手から炎と水が絡み合い一騎に向かい激しい勢いで襲いかかった。

それはまるで赤と青の二匹の竜が踊るようであった。

「うおおおおおー!」一騎が激しい雄叫びをあげながら両手を前に突き出した。

二匹の竜は一騎の前方で弾かれて、激しい水蒸気と化した。

 水蒸気が霧のように立ち込めて舞台の上が白く濁る。観客からは舞台が見えなくなっている。


「おー!凄い演出だ!」一部の生徒が盛り上がっている。

霧の中から一本の矢が一騎を襲う。一騎は無駄の無い動きで体を反らして矢を避けた。

「ちっ!」シオリが舌打ちをした。その手には弓が握られていた。

「たー!」気合と共に、ナオミの飛び蹴りが一騎を襲う。一騎は蹴りをかわして、ナオミの顔面めがけてパンチ食らわせてきた。 


 両腕をクロスして上体を下げながらナオミは一騎の攻撃をかわした。

 そのまま、前蹴りを繰り出して一騎を攻撃するが、既に目の前から一騎の姿は消えていた。

 ナオミは加速の能力を使い一騎の姿を追う。

 シオリ達の前から、ナオミと一騎の姿が見えなくなる。

 ただ、舞台のあちらこちらから、破裂音のような音が響く。 

「どうなってんねん!」二人の姿を捕らえることが出来ず、ムツミのイライラが頂点に達する。


 次の瞬間、舞台の中央に利き腕を重ねて睨み合うナオミと一騎の姿が現れた。

「観念しなさい!一騎!」ナオミは少し肩で息をしながら一騎に警告をする。

「やはり、スピードではお前のほうが上のようだ。嬉しいぞ、ナオミ!」

一騎は歓喜で身体を震わせた。

「ナオミよ!これ以上、俺を攻撃するとお前の大切なものも壊れるぞ!」一騎はナオミに膝蹴りを発してきた。その蹴りを避けてナオミは後方にジャンプして宙返りをして着地した。

「なっ、なにを言っているの?」ナオミは、目の前でゆっくりと右手で手刀を切り、逆手を握り締めて脇の辺りまで引いた。


 一騎は体に巻かれたマントの端を強く握り締めたかと思うと一気に脱ぎ捨てた。

ナオミは自分の目を疑った。

「え!なぜ!」

「なんや?あれは・・・・・なんで!」ムツミ達も驚きで表情が歪んだ。


 そこにあった物は、マントを脱ぎ捨てた一騎の姿があった。

 ナオミは一騎の体を初めて目にした。

「どうして!」一騎と思われたその身体は、ジーパンとシャツを着用した体格の良い男性の姿であった。

 全身に黒い拘束具のような物が絡み付いている。

 男性は感情が消えたように、虚ろな表情をしていた。その男性はナオミが良く知っている、狩屋 純一であった。


「ナオミ!お前の弱点はこの男だ。これでお前は攻撃できないだろう!」声は拘束具から聞こえてくるようだ。 

 ナオミは、以前一騎がバーニのマッスル・スーツとして生み出されたと聞いた。理論的には、バーニ以外に寄生することも可能なのだ。

「この男の体をよく見てみろ!」

ナオミ達は一騎に言われるままに狩屋の体を凝視した。狩屋の体には細かい傷だらけであった。 

「純一さん・・・・・・その傷は!」

「この傷は、さっきのお前達の攻撃で負ったものだ!酷い奴らだ!このまま、お前達が攻撃を続ければ続けるほど、この男は傷ついていくのだ!ハハハハハハ!」そう言うと狩屋の体を乗っ取ったまま、ミコトに攻撃を仕掛ける。


 一騎の抜き手がミコトの二つの瞳に襲いかかる。ミコトは自分の目の前に手刀を立てガードした。一騎の仕掛けた攻撃が防がれた代わりに狩屋の手から血しぶきが飛んだ。

「純一さん!」ナオミの悲鳴が響く。

 ミコトはバク転の姿勢で後方に飛んでから着地した。


「凄い!でもいつの間にか兄貴まで参加して・・・・・・、それで、コンサートに来たかったのか」観客の中で有紀が呑気につぶやいた。


 激しいスピードで一騎は、シオリ達に攻撃を仕掛けてくる。狩屋の体は動くほどに傷つき骨のきしむような音が聞こえてくる。

「このままでは、狩屋さんの体がもたないわ! 」シオリが一騎の攻撃から身をかわしながら言った。

「どうしたら、ええんや!」ムツミは舞台の床を叩く。

「一騎!」ナオミの声が響き渡る。

一騎は動きを止めた。 シオリ達は構えを崩さず一騎の動向を窺っている。

「どうして、純一さんを巻き込むの!お前が欲しいのは私のはずよ!」ナオミは体からピンクのオーラを発しながら怒りに燃えている。

「そうだ!俺が欲しいのはお前だ! お前の体が欲しい!」

 一騎はナオミ目掛けて駆け出し体に掴みかかろうとする。ナオミは宙を舞い避ける。

 ナオミが着地する瞬間を狙い、一騎右手から槍のような物体が多数発射される。

 ナオミは動きを加速し一騎の攻撃を避ける。

「それだ!俺が欲しい力はそれだ!」一騎が叫びながら、移動するナオミを狙い執拗に槍を発射する。

「くっ!」ナオミの動きが更に加速していき、一騎の攻撃は全く当たらない。

 舞台を見上げる観客達は呆然としている。 ナオミの姿を目で捕らえられるものはいない。

 一騎は攻撃を止めて、ナオミ語りだした。

「そのまま、逃げ続けてどうするつもりだ。俺も、お前も無限に時間はあるだろう・・・・・・このまま闘い続けることはやぶさかではない。だが、この男の命はどうする?」ナオミは狩屋の様子を目視で確認する。

 常人を超えた動きについていけずに、狩屋の体は全身が真っ赤に染まっている。


「このままじゃ、純一さんが・・・・・・! 」ナオミは歯を食いしばった。

「ハハハハハハ!お前は俺のものになる運命なのだ!」

「ナオミちゃん!あかん一騎の言うことを聞いたら駄目や!」ムツミは大きな声で叫び、両手を前に構えて、いつでもエネルギー波を撃てるように準備している。


「駄目よ!ムツミさん!純一さんが・・・・・」美穂の声が後方から聞こえる。

美穂の瞳から涙があふれ出ている。

「畜生!」ムツミはゆっくり両手を下ろした。

「ハハハハハハ!」舞台の上を一騎の笑い声が響き渡る。


「解ったわ!一騎。私の体をあげるから、純一さんを解放してあげて!」ナオミは両手を開いて無防備の状態をさらした。


「ナオミ、何を言うの!」フタバが声を上げる。

「駄目!そんなことをしては、一騎は貴方の力を使って人々を抹殺するつもりなのよ!」シオリが両拳を握り締めて叫ぶ。普段、冷静なシオリからは想像出来ない姿であった。


「ナオミちゃん!」「ナオミ!」「お姉ちゃん!」ムツミ、イツミ、ミコトが叫ぶ。

「ナオミ!やめて!」美穂が涙声でナオミの名前を呼ぶ。


「やっと、俺の物になってくれる決心がついたのだな!」一騎は嬉しそうな声を上げた。

「さあ!私の体を好きなようにしなさい!」ナオミは一騎にまるで早く来いと言うかのように急かした。


 それに答えるかのように、一騎は狩屋の体を開放したかと思うと間髪入れずにナオミの体に張り付いた。開放されて落ちていく狩屋の体をムツミがジャンプして受け止めた。


「うっ!」狩屋が嗚咽を漏らす。

「あっ・・・・・・」ナオミの体からピンクのオーラが噴出している。

「ああ、やめて・・・・・、い、いや痛い!」ナオミの口から嗚咽がもれる。「うううっ」ピンクのオーラが徐々に黒色に変化していく。

(ハハハハ!観念するのだ!お前は俺のものになるのだ!)ナオミの頭の中の一騎の声が響く。激しい痛みに襲われて悶絶する。

「ああ、体が痛い!おかしく・・・・・なっちゃうわ」ナオミは激痛に耐えている。

「ナオミ!!」フタバが駆け寄ろうとするが、シオリがその行動を制止する。「待つのよ! 」

「でも、ナオミが!!」フタバは子を思う親の顔になっている。


 ナオミは頭を両手で抱えて苦しむ。全身の色が黒色に染まっていく。ピンク色の美しい髪も黒く染まり、全身を黒い拘束具で自由を奪われていく。さきほどまでの狩屋と同じ状態であった。


「ああああああああああああああああっ!」ナオミが絶叫する。

「シオリ!!」ムツミは狩屋の体を抱えたまま、シオリの名前を叫んだ。「ナオミちゃん、どうなってしまうんや!」ムツミがシオリに聞く。

「・・・・・・」シオリは答えようとしない。

 ナオミの様子を確認して、フタバ、ミコト、イツミが身構える。

(もうすぐだ、もうすぐ一緒に、ナオミ!)一騎の声が激しくなる。

「いや・・・・・、いやよ・・・・・」ナオミの呼吸が速くなる。

ナオミの体は更に、黒く変色していく。

「やめて・・・・・・」ナオミの声が々小さくなっていく。

 誰もがナオミの体が一騎に凌辱され占拠されたと思った、その時!


(なに!一体、なにが・・・・・・)唐突に一騎の苦痛に満ちた声が聞こえる。

「たぁー!」ナオミの気合を込めた声が会場に響く。両腕を全開して背筋を伸ばした。

 ナオミの体から黒い邪気が四方に飛び散る。代わりに金色のオーラが全身を包む。

 黒い拘束具は消えて、ナオミの体に新しい装備が装着されていた。


 見慣れたユニフォームではなく、上から下まで身体にフィットした白とピンクを基調としたスーツスタイル。ひと目でナオミの体のシルエットが確認できるようだ。そして急所と思われる、それぞれの場所にはガードするように、金色のパーツが配置されている。

 そこには、先ほどまでの邪悪な気配は完全に消滅していた。


「一体、なにが!」ムツミは訳が分からずシオリの顔を見た。

「ナオミさんは、一騎が寄生する直前にもう一度加速して、一騎の露出したAI部分を攻撃したのよ。まあ、出来るかどうかの確証は無かったのでしょうけど・・・・・・、ナオミさんは、ずっと一騎を自分の父親と勘違いしていたでしょう。彼女は父親のすべてを知りたい一心から一騎の構造を勉強していたのよ。そんな彼女だからこそ一騎の弱点が分かったのよ」シオリが解説する。


「なんか、凄いけど・・・・・・取りようによっては、なんか間の抜けた話やな」ムツミが安堵の声を上げた。その腕には狩屋が眠っている。

 舞台の中心には、全身から金色の輝きを放つ少女が凛々しく立っている。


「凄い!」「カッコイイ!」「ヒュー!」静まりかえっていた会場から、激しい歓声が沸き起こった。壮絶な歓声により狩屋の表情が少し反応する。


「純一さん!」ナオミは狩屋の元に駆け寄る。

「うっうう・・・・・」狩屋はムツミの腕の中で口を開く。

「みっ・・・・・美穂ちゃん・・・・・・」狩屋が美穂の名を呼んだ。 意識は朦朧としているようだった。

 美穂の名を呼ぶ狩屋の言葉を確認して、両手で自分の口を押さえてナオミは立ち上がった。


「ナオミちゃん・・・・・・」ムツミはゆっくりとナオミの姿を見上げた。フーとため息をついた後、ナオミはゆっくり舞台袖に移動し美穂の腕を掴んだ。


「・・・・・・やっぱり、貴方じゃないと駄目みたい」ナオミは美穂の顔を見つめてから優しく微笑んだ。

「ナオミ・・・・・・」美穂の両目に涙が溢れる。「ごめんなさい、ごめんなさい・・・・・・私」両手で顔を被い泣きじゃくる美穂。

「謝らないで。やっぱりあなたが幸せにならないとね!」ナオミは美穂の手を引き狩屋の元に連れて行った。相変わらず観客からの歓声は鳴り止まない。


 狩屋の近くまで来ると、ナオミは美穂の手を離して後ろから背中を押した。

 美穂は押された勢いで、小刻みに前に移動した。


「美穂ちゃん、早くこっちへ」ムツミが美穂に近くに来るように即す。美穂は狩屋の元にしゃがみこむと、狩屋の手を握った。

「美穂ちゃん・・・・・・。俺は一体?」狩屋が意識を取り戻した。

「淳一さん……」


「ハハハハハハ!」大きな笑い声が会場の中を響きわたる。

「なんや、誰の声や?」ムツミは辺りを見渡した。

「あそこよ!」シオリが校舎の上を指差した。そこには、白衣を纏った男が立っていた。風になびいて白衣がバタバタと揺れている。

「まさか一騎が取り込まれるとは思わなかった!私の失策だ!」男はズレ落ちる眼鏡を中指で持ち上げた。

「あの男は・・・・・・、まさか?」フタバが驚愕の表情を浮かべた。

「北島の・・・・・・親父や!」ムツミが履き捨てるように呟く。

「一騎が、おかしくなったのは、貴方の仕業ですね?」シオリは何もかも悟ったような口調であった。

「そうだ、最強のバーニと一騎を合体させて、最強のバーニを誕生させて、私の僕とするつもりであったが・・・・・・、その小娘にやられたよ!」北島の父は、ナオミを指差していた。


 会場にいる生徒達は、何が起こっているのか理解できずに沈黙を続けている。

「私が見たところ、君達は私の計画の障害になっていきそうだ。 今のうちに害虫は駆除させてもらうよ」北島父は、そういうと空中に飛び上がった。

 その体を吸い上げるように上空から青い光が発せられた。 北島父の体は得体の知れない物の中に吸い込まれていった。


「なに、あれは・・・・・・」イツミが目を凝らす。それは、身の丈5メートルほどのロボットのような、化け物であった。

 その化け物はナオミ達のいる舞台の上に着地した。

「すげー!」なにも知らない学生達は歓喜の声をあげている。

「これぞ私の、最高傑作、アーノルダー改だ! まとめて始末してやろう!」アーノルダーは右手を差し出すと、指先からマシンガンのように弾丸を連射した。 反射的にシオリは翼を広げて弾丸を防御した。 弾丸の雨が止んだ瞬間、ムツミはシオリの翼の傘から飛び出してアーノルダー目掛けて衝撃波を発射した。アーノルダーは目の前にシールドのような物を展開して、ムツミの衝撃波の矛先を変えた。


 フタバの炎と、イツキの激流が同時に襲い掛かる。が、その攻撃に軽く手を添えて効果を打ち消した。

「忘れたのか? お前達を作ったのは私だぞ! お前達の攻撃は全て対策済みだ!」北島父が自慢げに吼える。

「皆さん、退いてください!」シオリ達の後ろから、ナオミの声がする。

「ほほう、息子の作ったバーニ・ナオミか。 その力、試させてもらうぞ!」その声を発すると同時にアーノルダーは前方に歩み出た。

 アーノルダーが両手を前に差し出すと、ナオミはそれを、同じように両手で受けとめった。

「ナオミちゃん!」ムツミが、前に飛び出そうとする。 それをシオリが制止した。

「心配ないわ。 この戦いナオミさんが・・・・・・、勝つわ」シオリは確信に満ちた顔で呟いた。

 ナオミとアーノルダーの腕がミシミシと音を立てる。 ナオミが勢いよく両腕を外側に向けて回転させた。 アーノルダーの両腕は大きな音を立てて、千切れ落ちた。

「な、なんなのだ、その力は・・・・・・・、私の計算では、ここまで強くなるなんて・・・・・・不可能だ!」北島父は驚きを隠せない様子であった。


「・・・・・・失恋直後の乙女に、チョッカイ出すな~!!」ナオミは両足を揃えて飛び上がると、上空から勢いよく蹴りをお見舞いした。


 アーノルダーは大きな破壊音を上げると、勢いよく後方に飛んでいき校舎にめり込んだ。

 ナオミはゆっくりと、朽ち果てたアーノルダーの前に歩み寄ると、胸の辺りの金属を強力な力で引き剥がした。


 バキバキバキ!!


 その中には、頭から血を流し、失神寸前の北島父がいた。

 ナオミは北島父の首根っこを掴み引っ張り上げると、アーノルダーの中から彼を引きずり出した。

「息子の作ったバーニに、こ、こんな力が、信じられん・・・・・・」北島父はそういうと意識を失った。


「失礼しちゃうわ!ねえ、ムツミさ・・・・・・ん?」ナオミが言いながら振り向くと、そこには引きつった顔のバーニ達が立っていた。


「ナ、ナオミちゃん、あ、あんた怖いわ・・・・・・・」ムツミの口が自然と動いた。


 舞台の中央にミコトの姿がある。


 ミコトは目の前で両拳を握り締めて気合を込める。ミコトの体は真紅のオーラに包まれていく。 


「はあー!」ミコトが瞳をゆっくりと閉じてから深い息吹を吐いた。一気にオーラが増大する。

「おおおおおおお!」観客が驚嘆する。

 ミコトは、驚く観客達めがけて、赤いオーラを浴びせた。会場の観客達は赤い空気に包まれる。


 観客の中で舞台を鑑賞していた有紀達は、頭がクラクラしたような感覚に襲われて、意識を無くした。しばらくしてから目を開けると、舞台の上で校長や教師達が訳の分からない歌を絶唱している。


 その光景を目にした観客達は魂の抜けた表情で惨劇の舞台を眺めていた。


「私達は何故こんなものを見に来たのかしら? 」 

何故、夜の学校で、この悲惨な舞台を見ているのか自分でも理解できなかった。


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