第14話 ナオミと美穂
今日は雲一つ無い晴々とした天気である。太陽の光が眩しい。
通学の電車は、今日も乗客で満員。少しづつではあるが電車で出会う人の顔も覚えてきた。
毎日、シルバーシートに座りおむすびを食べ、それが無くなると化粧を始めるお姉さん。まるで自分の部屋のような振る舞い。
携帯ゲームに没頭するサラリーマンのお兄さん。よくこの人混みの中で没頭できるものだと関心する。
「美穂ちゃん、おはよう!」背後から狩屋さんの声が聞こえる。
「純一さん!おはようございます」私は体を狩屋さんの方向に回転させてから、軽く会釈した。
「最近、よく会うよね!有紀は満員電車が嫌だって、いつも2本位前の電車で学校に行ってるようだけど、この電車でも十分に間に合うんだね」いいえ、実は毎日遅刻ギリギリセーフって感じです。決してこの事は言葉にしない。
私は、出来るだけ狩屋さんに会えるように、あえてこの電車で通学するようにしているのだ。
「そういえば、有紀に聞いたのだけどナオミさん達がコンサートをするんだってね」狩屋さんが興味津々といった様子で聞いてくる。
ナオミの話題が出ると少し複雑な感情に襲われる。私と同じく、ナオミが狩屋さんを好きなことは明らかだから・・・・・・。彼女と狩屋さんを取り合うなんて考えられない、完全なる敗北だ。
「ええ、この週末に学校の校庭に特設会場を作るそうです」私も、コンサートの件は先日聞いたばかりだった。私も一応は特工の一員であるのだが、皆と一緒に舞台に立つのは抵抗があるので裏方にしてもらった。ミコトちゃんは「お揃いの衣装も用意したのに!」と少し残念がっていた。ミコトちゃんが用意していた服はバニーガールのような衣装であった。
心臓に毛が生えていたとしても、あのメンバーと一緒にその姿で舞台に立つ勇気は私には無い。丁重にお断りして、私は裏方に徹する事を決めた。
「ちょうど、週末は休みだから俺も見に行こうかな!確か、部外者も入場できるんだよね!」狩屋さんの言葉で現実に引き戻された。
「はい!学校の行事なんですがなぜか入場料は取られるみたいですけど・・・・・・」当日は、特工科の秘蔵写真やグッズの販売もされるそうだ。一体、その売上げは何処に行くのやら・・・・・。
「防高は賑やかになったね。以前はお堅い感じの学校だったのに」外部から見るよりも比較的砕けた雰囲気の学校だったが、シオリさん達が現れてから、そのダラダラ感は更に度を増した。
「まあ、有紀も毎日楽しそうに毎朝、家を飛び出して行っているよ」最近、私は少し憂鬱なのですが・・・・・。
「私、チケット用意しましょうか?」特工メンバー用に何枚か入場用のチケットを貰ったが、特に渡す人がいないのでそのまま部屋の机の上に置かれた状態になっていた。
「いいの?なんだか悪いな」彼は申し訳なさそうに頭を掻いた。
「明日にでも、有紀に渡しておきます」
「ありがとう。美穂ちゃん!」狩屋さんはさわやかな笑顔を見せて礼を言った。
「どういたしまして・・・・・・」嬉しそうな狩屋さんの顔を見て、少しだけ気分が鬱になったような気がした。彼のお目当てはナオミなのだろうか。
翌日、校舎の屋上で約束通り有紀にコンサートのチケットを渡した。彼女と狩屋さんの分を二枚。今回は学生もコンサートを見る為にはチケットを手にいれなければならないそうだ。もう学校の行事では無くなっているようだ。
「美穂、ありがとう!」言いながら感謝の意を込めて背後からまたオッパイを揉まれた。
「もう!」顔を見る度、有紀は私の胸に執着する。段々、感度が良くなったのか、有紀に触られると少し気持ちがよい。依存症にならないかと不安になる。
有紀は、自分の胸でも揉んでいればよいのに・・・・・。
「うーん!でもやっぱりムツミさんの胸には敵わないわね!」ほっといて下さい。私だってこれから大きくなりますから、きっと・・・・・・。
「兄貴は、あまり歌とかコンサートとか興味が無いのに珍しいわ。特工のお姉様達がよっぽど好きみたい」有紀は焼きもちを焼くように頬を膨らませた。狩屋さんが言っていた通り彼女は重度のブラザーコンプレックスのようである。
「そうなんだ・・・・・・」なぜか元気のない声で返答をしてしまった。
「美穂、チケットありがとね!兄貴と二人で見に行くから、ムツミさん達にヨロシクね」
「うん、伝えておくわ」何を?と本当は心の中では思ったが。
「兄貴にもチケット渡しておくね!」有紀は大きく手を振りながら屋内に消えていった。
有紀の影が見えなくなるまで、彼女を目で追いかけた。
空を見上げると白い鳥が数羽空を舞っていた。屋上に設置されているベンチに腰を下ろして景色を眺めていた。青い空が一面に広がり気持ちがいい天気だ。
「なにをしているの?」不意に背後から声がした。風に流れるピンク色の長い髪を右手で押さえてナオミは立っていた。
「風が気持ち良いから、遠くの景色を眺めていたの」言いながら再び遠くに視線を送った。
「隣に座っても構わない?」
「どうぞ・・・・・・」言う前にナオミは既に座ろうとしていた。
「・・・・・・」何を喋ったら良いのか解らない。
二人の間に沈黙の時間が続いた。ナオミも遠くの景色を眺めている。急に激しい風が吹いて二人のスカートの裾が舞い上がる。またシンクロしたように二人は、同じ動作でスカートを押さえた。
遠くで男子学生がその光景を目撃して歓声を上げている。
「いやらしい風ね!」最初に口を開いたのはナオミだった。
「不思議ね。私達って一人の人間だったのに、こんな風に二つに分かれてしまった」なんだかその言葉を口にすると複雑な気持ちになった。
「そうだね・・・・・・これからは、貴方は美穂、私はナオミとして別々の道を生きていくんだよね」ナオミは空を見上げた。雲が出てきて太陽を隠してしまった。
「私には、あなたの記憶が残っているのに・・・・・・」二年に進級してから、ナオミ・美穂として生活した日々が私の頭の中で駆け巡った。
「私にも、美穂の子供の頃から記憶を覚えているのよ。有紀との思い出も、そして、純一さんの事も・・・・・・」ナオミの目が少し悲しそうな色に染まった。
「そうよね」狩屋さんの名前を聞いて胸を締付けられる思いがした。
「本当は負けないわよ!って言いたいとこだけど、私はもう人間ではないからなあ」ナオミは少し悲しげな瞳を見せたが、隠すように足元に目を落とした。視線の先に空き缶が転がっている。
「そんな・・・・・・」私はナオミに掛ける言葉が思い浮かばなかった。
「美穂は、純一さんの事好き?」覗き込むように私の目を見つめる。
「私は・・・・・・」答えは決まっている。
「愚問よね。貴方の気持ちは、私が一番判っているもの・・・・・・」彼女の瞳が寂しそうな色に変わった。
ナオミはおもむろに立ち上がったかと思うと足元に転がっていた空き缶を蹴り飛ばした。
空き缶は宙を舞い、近くに設置してあるゴミ箱の中に見事に納まった。
「よし!」ナオミは左手でガッツポーズをした。
「ナオミ・・・・・・」ナオミを背中から見ていた。彼女の表情は確認出来ない。
「少し前までは美穂ではなくなったという現実に直面しても、現実を受け入れることが出来なかったわ。正直いうと少し前までは、貴方に嫉妬というか、怒りみたいなものも感じていたわ。どうして私がナオミなのってね」彼女は空をじっと見つめている。
「・・・・・・」ナオミに返す言葉が見当たらない。
「でも、あなたを恨んだところで、現実は変わらない。私は、私として生きていくしか道は無いと特工科の皆に教えられたの」ナオミはゆっくりと私の目に視線を合わせて呟いた。
「・・・・・・ 」
「あのコンサートも最初は、シオリさん達が一体何を考えているのか解らなくって馬鹿らしかったけど、なんだか皆と一緒に練習しているうちになんだか楽しくなってきて、ああこの人達は何に対しても前向きに生きているんだなって感じた」ナオミは満面の笑顔を見せた。何かから吹っ切れた様子だった。
再び、太陽の光が挿してきた。その下をさっきの白い鳥が羽ばたいていった。まるで美しい絵画のように、ナオミの笑顔は輝いていた。
「私達は頑張るしかないんだよね!」ナオミは大きく背伸びをした。美しい髪が風にたなびく。
「ナオミ、私は・・・・・・」
ナオミは私の方向に振り向きながら、大きな声で言った。
「美穂!ボーとしてると純一さんを誘惑しちゃうわよ」少し色っぽい顔をしてスカートの裾を指で摘んで持ち上げた。白い綺麗な足が目に飛び込んできた。女の私でも釘付けになってしまう。
「えっそんな・・・・・・」ナオミと私では圧倒的に分が悪い。
「冗談よ!冗談、冗談!」ナオミはスカートから手を離し、口を覆いながらコロコロ笑った。
「ナオミ・・・・・・」
「でもね・・・・・・」少し言葉に間をあけた後、ナオミは元気に叫んだ。
「やりたいことをやる!それが私の生き方!そこんとこヨロシク!」二本指で額から下へ敬礼のような仕草をした。
「なに、それ?」
「ちょっとね」ナオミは微笑を私の心に刻み付けて、屋上から姿を消した。
「ナオミ・・・・・・」ナオミの気持ちを考えると、もう一度胸が締め付けられて切なくなった。
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