第13話 祭りの前に

 暗い夜道。


 狩屋は勤務時間を終えて帰路の途中であった。


 先輩に「一杯、やっていかないか?」と誘われたが明日も早朝勤務の為、丁重にお断りした。


 ネクタイが苦しくなったので、首元に人差し指を差込みネクタイを緩めた。

なんだか、喉が渇いてきた。

(やっぱり、少しアルコールが欲しいな・・・・・ )

 途中で自動販売機を見つけて、狩屋はビールを一本購入した。 

 プルトップに手をかけて栓を開けようとしたところで人の気配がした。

 ふと暗闇の中に目をやると、電信柱の辺りに人影が見える。

 なんだか見覚えのある顔であった。


「君は・・・・・・!」その顔は、妹の有紀と同じ高校に通うナオミという少女であった。

ナオミは見覚えのある制服を着ていた。有紀と同じ制服だと狩屋は思い出した。

「ナオミさんだったね、どうしたの?こんな時間に」時計は夜の九時前であった。

「すいません、驚かせてしまって。散歩です」ナオミは、適当な言い訳をした。

「散歩か・・・・・・、こんな時間に制服姿で外出していると危ないよ」狩屋はビールをジャグラーのように両手の間で左右に投げた。

「すいません」ナオミは舌を出しながら会釈した。

「狩屋さんって、オジサンみたいですね」ナオミは狩屋が持つビールに目をやった。

「あぁ、格好悪いところ見せちゃったかな」狩屋は恥ずかしそうに後頭部を軽く掻いた。

「ちょっとだけ、狩屋さんとお喋りしたかったんですけど・・・・・・ 駄目ですか?」ナオミは後ろに手を組みながら軽く上目使いでお願いをした。

「俺は別に構わないけれど、家の人は大丈夫なのかい?」少し心配そうな顔をして彼女の顔を見た。

「ええ、お父さん・・・・・・達には、キチンと言って来ています」ナオミの頭の中に腕組みをするムツミの姿が浮かんだ。ナオミはその思いを掻き消すように頭を振った。

「そうか、それなら少し歩こうか」二人は、夜道を恋人のように並んで歩き出した。


初めに口を開いたのは、狩屋だった。

「有紀に聞いたよ。ナオミさんは学校で凄い人気物なんだってね。有紀は学校のアイドルだって言っていたよ」彼は眉毛の辺りをポリポリと掻いた。

「そんなことないですよ」ナオミは頬を赤らめて少し否定した。ナオミは、シオリ達のように目立った事はしていないが、そこがコアなファンを刺激して特工ミステリアスガールといわれているそうである。

 狩屋はプルトップを空けるとビールがプシュと音を立てて泡を吹いた。

「あわわわわ!」狩屋は慌ててビールの泡を口で拭った。

「うふふ!やっぱりおじさん」その様子を見て、ナオミは自然と笑いがこぼれた。狩屋はそのまま、ビールを一口飲んだ。

「おじさんが酷いな!あっ、ごめんね、俺だけ・・・・・・ナオミさんも何か飲むかい?」狩屋は立ち上がり、ポケットの中の小銭を探した。

「いいえ、私は結構です」ナオミは微笑みながら軽く両手を振った。

「えっどうしたの?」笑いつづけるナオミを見て狩屋は聞いた。

「いいえ、狩屋さんもビール飲むだって思って」ナオミは少し意外そうな顔をした。

「ああ、たまにね。でも家で飲むと妹がうるさくってさ」少ししか飲んでいないはずなのに、狩屋の頬は少し赤くなっている。本来アルコールは強くないほうなのであろう。

 狩屋とナオミは、公園の中へと足を運ぶ。少し園内を歩いてから、空いているベンチを見つけた。ベンチにハンカチを敷いて狩屋がナオミに座るように促す。そのフェミニストのような行動に感心しながらナオミはスカートの裾を両手で押さえ座った。その隣に狩屋が腰を下ろす。

「有紀さんはお兄さんの自慢ばかりするんです。まるで、自分の彼氏の話をするようですよ」少し口を尖らせるような仕草をした。すこしやっかみが入っているようである。

「あいつは昔からブラコンの気があったからな。彼氏でも出来れば変わるんだろうけどね」狩屋は、両肘を膝に付き前のめりの姿勢をしている。もう一度、ビールを口に含んだ。

「そういえば、この前は俺が眠っている間にナオミさんが屋上まで運んでくれたのかい?」狩屋がナオミの方に顔を向けた。

「えっ、いいえ、あれは・・・・・どこかの、男の人が助けに来てくれたんです」

ナオミは誤魔化すように目の前で両手の人差し指を、コンパスのように閉じたり開いたりしている。

「そうか、男の人か。なんだか柔らかい膝枕で眠っていたような感じがしたんだけど」

シオリが狩屋を膝枕で寝かせていたことを思い出した。少しナオミは嫉妬した感覚が蘇ってきた。

「狩屋さんは、美穂・・・・・・さんの事、どう思いますか?」ナオミは唐突に話題を変更した。

「美穂ちゃん?そうだな、妹の友達だけど、可愛い子だよね。なんだか、ほっとけないっていうか・・・・・・」

「ほっとけない・・・・・・ですか」

「なんだか危なっかしいというか、助けてあげなきゃって思わせる子だよね」ビールをもう一口飲んだ。狩屋は、「ふー」とため息をついた後、空を見上げた。

「美穂の事は、好きですか?」

「急にどうしたの? そうだな・・・・・・、彼女はもう一人の妹って感じかなぁ」

「そうですか・・・・・・、妹ですか」ナオミは足をブラブラさせている。

「今日は、星が見えるね。この辺でこんなに星が見えるのは久しぶりだ」狩屋は唐突に話題を変更した。

「本当ですね・・・・・・」ナオミの目には、天体望遠鏡で見るように、たくさんの星が見えている。


 バーニの視力は人間の数倍であった。 

 簡易なプラネタリウムを二人で見ているよな錯覚に囚われる。

「本当に、綺麗」夢見心地でナオミはウットリとした顔で空を見上げた。

「私、そろそろ帰ります」ナオミはベンチから立ち上がった。心地よい風が吹いている。

「大丈夫かい? 送っていくよ」狩屋も立ち上がり、飲み干したビールの缶を近くのゴミ箱に捨てた。

「大丈夫です。家は近くですから、それに送り狼って事もありますし!」

「ひどいな!妹の友達にそんな事はしないよ」

「冗談ですよ、冗談」ナオミは両手を顔の前で振りながら謝った。

「それでは、失礼いたします」ナオミはスカートの裾を軽くつまんでお辞儀をした。

二人は公園の入り口まで歩いた。

「そうか。それじゃナオミさん気をつけて。 お休み!」狩屋は右手を上げた。

「はい!純一さんも・・・・・・気をつけてください。お休みなさい!」もう一度お辞儀をした後、ナオミは駅の方向に向かって走っていた。その頬は少し濡れているようであった。

「面白い子だな・・・・・・純一さんか」狩屋は微笑みながらナオミの後姿を見送った。ナオミの姿が見えなくなってから、再び帰路に戻った。

 別れた二人を暗闇から見つめる二つの目があった。


「あの男が、ナオミの弱点か」そう呟くと、声の主は姿を消した。

 

 狩屋と交わした時間の余韻に浸りながらナオミは一人、防高を目指していた。

 美穂に戻る事が無くなってから研究室で寝泊りするようになった。

 シオリ達も一緒に生活しており、なんだか学生寮のような雰囲気になっている。 

 カプセルに入る必要もなくなり塔内に部屋をあてがわれた。ちなみにナオミは、ムツミと二人部屋であった。

 防高に到着したが、当然のように校門の扉は閉鎖している。ナオミは両目の涙を手の甲で拭った。 


 少し深呼吸をして、ナオミは軽くしゃがんでからジャンプをして学校の塀を飛び越えた。

 校内に着地すると、ゆっくり別館を目指してあるいて行った。

 別館の中に入ると、今晩も相変わらず二人の男が入り口を警備している。

 この二人は何時、家に帰っているのだろうとナオミは感心した。

「おかえりなさい! ナオミさん」男達はにっこりと笑い挨拶をした。

「あっ、ただいまです・・・・・・」あきらかに初めの頃と対応が変わっていた。いや、美穂の時と対応が全く違うといったほうが正解であろう。


 ナオミは、静脈認証の機器に手首を当ててから研究室の中に入った。

 バー二の体も人間と同様に静脈のような組織が存在するようだ。出来る限り人間と同じにという北島とその父親のこだわりであったようだ。

 扉を開けて研究室の中に入ると、マイクを片手に踊るミコトの姿があった。隅でため息をつく北島と野澤の姿が見えた。

「ミコトちゃん・・・・・、一体、何をしているの? 」

「あっ! ナオミお姉ちゃん、おかえり!」よく見ると、ミコトはフリルの付いた可愛らしい洋服を着ている。その姿は、流行りのアイドル歌手のようであった。

「可愛いい!」声を上げたのは、扉の外から覗き込む黒服ガードマンであった。ナオミは確認せずに馬のように後ろ足で扉を蹴り閉めた。

 周りを見ると皆、個性的な衣装で発声練習をしている。

 ムツミは、着物を羽織って演歌のようにコブシを回す練習をしている。その前にはろうそくが並べてあり火が灯されている。歌声で炎を消すそうだ。

イツミは、オーバーオールを着てギターを弾いている。哀愁の漂う歌を歌っている。

フタバは、バスタオルを肩に掛けて、マイクスタンドを持って熱唱している。

 なぜか昭和の臭いがプンプンする。


「皆さん、何をしているのですか?」ナオミは少し後ずさりしながら、先ほどミコトに聞いた質問をもう一度した。

「あっ、ナオミちゃん!おかえり!」ムツミがマイクを口に当てて言葉を発した。おかえりの言葉がエコーしている。

「ムツミさん!一体この騒ぎはなんなのですか? 」

「ああ、これや、これ!」ムツミが壁を指差す。 

その先には、今朝見た時には無かった筈のポスターが貼られていた。

(えーと・・・・・・、特工エンジェルズ・・・・・・ ファースト・ライブ? )

「なんじゃこりゃ!」ナオミは思わず叫んだ。 

そのポスターには、特工のメンバーが並び、コンサートの告知がされている。 

「なんですかこれは?」ポスターを指差しナオミは聞いた。指差した指が激しく震えている。

「いやー!学生の子らが企画したみたいやで。 知らん間にポスターまで作ってくれて、面白そうやからやってみよ!って話になったのよ」ムツミは、マイクを握りしめたままだ。 エコーがよく効いている。

「ちょっとムツミさん。マイクを離してください!私達、目立つなって言われていたんじゃないのですか?」バー二になった直後、北島にナオミは言われた事を思い出した。

「べつに、バー二としてではなくて、唯の女子高生としてなら、少しくらい目立っても構わないと思うけど」イツミさんがギターの弦を弾きながら意見を述べた。

「少しって・・・・・・」ナオミは少しの尺度が分からなかった。

「やりたいことをやる!それが俺達の生き方!そこんとこヨロシク!」フタバの事は無視することに決めた。


「ちょっと貴方達、騒がしくてよ」シオリの声が聞こえた。

「シオリさーん!なんとかしてください。皆が・・・・・・」そこまで言ってナオミは言葉を発する事を止めた。 


 ナオミの目の前に、聖子ちゃんカットのシオリが立っていた。

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