第12話 氷結
研究室の中。
「もう一度、美穂さんとナオミさんには、一度きちんと説明したほうが良いと思うの」口火を切ったのはシオリさんだった。
部屋の中には、北島教官、野澤さん、シオリさん、ミコトちゃん、ムツミさん、イツミさん、フタバさん、私・・・・・・そして、ナオミ。
「以前、私達が一騎との戦いで北極の氷の中に閉じ込められた話をしたと思うのだけれど覚えている?」私とナオミは首を縦に頷いた。そのタイミングは気持ち良いほどシンクロしていた。
「実際に一騎と戦って、閉じ込められたのは、私とミコト、イツミ、フタバの四人だけで、ムツミはそこには居なかったの」この話は始めて聞く。てっきりムツミさんもシオリさん達と氷の中に閉じ込められていたものだと思っていた。
「ムツミは、その時の戦闘には参加していなかった。後方支援の為にムツミの体ではなく元の体で作戦本部に待機していたの・・・・・・ 」
「一騎の目的は、私達の元の体を抹殺して私達を絶望の底に突き落とすこと。一騎は作戦本部に爆弾を仕掛けて・・・・・・」シオリさんの言葉が途切れた。
「爆破させて、私達の体を殺したのよ!」イツミさんが大きな声を上げた。その肩をシオリさんがなだめるように手を置いた。
「一騎は、私達が体を無くす事で絶望して、人間達を恨むように誘導しようとしたの・・・・・・でも、私達もそんなに単純ではないから・・・・・・ 」シオリさんも唇を噛みしめて何かを堪えているかのようであった。
*
冷たい氷の上にシオリ達、四人の姿があった。
(シオリ!本部が爆破された!皆の体が!)シオリ達の耳にあるピアスから女の声がする。その口調はムツミと同じ関西弁であったが、あきらかにバーニではなく普通の女性の姿であった。
「一騎!お前の仕業ね!」シオリが歯を食いしばり一騎を睨みつける。彼の策略に見事に嵌められて取り返しのつかない事態に陥れられたようであった。
「ワハハハハハ!もう、お前たちも俺と同じだ!もう、人間には戻れない!帰るべき体は無くなったのだ!さあ、俺と一緒に新世界を造ろう!お前たちと俺が組めば世界は思いのままだ!人間達は全て抹殺だ!」一騎は両腕を大きく開き、天を仰ぐように空を見上げる。人間である体が無くなればバーニ達が人間の味方をする理由もなくなるだろうと考えたようだ。それは幼稚な子供のような考えであった。
「馬鹿にしないで!私たちは、人間の敵になることは決してないわ!」ミコトが叫んだ。その目は少し涙で潤んでいる。
「そうか・・・・・・それでは仕方がない、死ね!」一騎の体が黒いオーラに染まる。
「皆、何か来るわよ!」シオリ達は一騎の攻撃に備えた。大きな地響きが起きる。
シオリ達の足元の氷に亀裂が走る。
「おっ、おい!」フタバが大きな声を上げた。ガラガラと音を立てて足元の氷河が崩れて、シオリ達の体は谷の底に吸い込まれるように落ちていった。
落下しながら、イツミは手から大量の水を放出し一騎の体に直撃させた。大量の水と外気の温度のせいで一騎の体は一瞬にして氷付いた。一騎の足元にも亀裂が走り、氷付けになった一騎も谷の底に落下していった。
そのままシオリ達と一騎は氷付けになり長い時を過ごすことになる。
崖の上にそびえる大きな建物が見える。
周りは深い森に囲まれており、普通の人間は近寄ることも出来ないことが安易に予見できる。当時、この建物の中でバーニの開発、管理が行われていた。
建物の敷地の中から数機のヘリコプターが飛び立っていく。地面が大きく揺れて、所々煙が発生している。 その中を重々しいロボットが数機歩いていく。対専用バトルアーマーのアーノルダーであった。
アーノルダーは両腕から激しい水を噴出して消火活動をしている。
大きな爆音が響き、窓ガラスが割れて破片が敷地内にばら撒かれたような状態だ。
暫くすると、あちらこちらで火災が発生し、建物の中が真っ赤な炎に染まれた。
もう、いつ爆発してもおかしくないような状況だ。外からは相変わらず、大きな地響きと爆裂音が響きわたっている。
渦巻く炎の中、マイクに向かって必死に声を発する女の姿があった。
「シオリ!ミコト!イツミ!フタバ!返事をして!」返事は返ってこない。
ヒステリックに叫ぶ女の背後に男が立っていた。
「大倉君、避難するのだ!ここは、もう駄目だ!」若き日の北島の姿であった。頭から大量の出血をしている。
「いやです!天野さん達とムツミの体が、まだ・・・・・・!」大倉と呼ばれる女が目をやった。
場所には、五つの椅子に固定されて眠る三人の女達と一人の男。もう一つの椅子は空席であった。
その前方には、五つのカプセルが設置されていた。今度は四つのカプセルは空。残りの一つのカプセルの中には、少女の姿があった。
「大倉くん、あきらめるのだ!彼女達を助けている時間は無い!」北島は大倉の手を掴むと強引に連れ出した。
「いやー!ムツミが!ムツミ!」カプセルの中でムツミが気持ちよさそうに眠っている。
強引に北島は大倉の手を引き外へと続くであろう通路をひたすら駆けた。北島達が去った部屋の中で激しい爆発が発生した。
椅子に座る少女達とカプセルに眠るムツミの体は業火に包まれた。外に逃げ出した北島達が見たものは、炎を上げながら崖の上から転落していく研究所の姿だった。
「あぁ!ムツミー!」大倉は絶叫した。
「
「うちは、皆の本当の体と一緒に爆破されて海の中に投げ出された。残念だけど生身の皆の体が生き残る事が出来る状況ではなかった」ムツミさんは床を見つめた。
「ウチの体は、生身やなかったから海の中を何年も漂っても大丈夫やったんや」シオリさん達も言葉を発する事が出来ない様子だ。
「氷付けになった私達も活動は停止したものの、無傷の状態で氷の中で保管され続けていたのよ」イツミさんが言葉を発する。
「ただ、ここ数年の温暖化によって、通常融ける事の無い氷が溶けてシオリさん達が目覚めた。まあ、一騎も一緒に開放されてしもうたんやけどな」ムツミさんはポケットから飴玉を出して口の中に放り込んだ。
「私達は、お互いの場所を確認し合えるように微弱な信号を送り合っているの。海の中に沈むムツミの信号をキャッチして私がムツミを迎えに行ったのよ」イツミさんが口を開いた。彼女は水を自由に操れおまけに水中でも自由自在に活動することができるのだ。その泳ぐ姿は美しい人魚のようなのだそうだ。
「うちは蘇生されてから、驚く事があったんや。うちら皆の意識いや魂は人間の体とバーニの間を行き来するって聞いていたはずやのに、実際は違っていたんや・・・・・・」ムツミさんは北島教官の顔を睨みつけた。教官はその視線をそらして天井を見つめた。
「ウチは、シオリさん達に助けられてから、密かに自分が生活していたマンションに行ってみたんや。そしたらそのマンションには大倉マキがキチンと生活していたんや!人間の姿で!」ムツミさんは野澤さんを見た。
「えっ?」私とナオミは野澤さんの方を見た。彼女は両拳を膝の上の置き、ムツミさんをじっと見ていた。
「この人が、この野澤さんが私の分身の大倉マキや・・・・・・。結婚して苗字が変わったみたいやけどな。まぁ年齢とイントネーションも変わってしもうたみたいやけどな」ムツミさんは苦笑いをした。
「ということは・・・・・」ナオミの口が開いた。
「美穂ちゃん、気づいてると思うけど、あんたとナオミちゃんも同じや。もう、一緒の人間やない。頭の中を整理せんといかんよ」
「・・・・・・」私達は返す言葉が思い浮かばなかった。
「これが現実や」
「私達はどうしたら・・・・・・」ナオミとシンクロするように言葉が出た。
「美穂ちゃんは、今まで通り大久保美穂のまま。ナオミちゃんは、ウチらと同じ道を進んで生きていくしかない」
「私は、さっきムツミさんも言っていましたが、大久保美穂とナオミの体の間を意識が行き来すると説明を受けていました。でも実際は違っていたのですか?」私は北島教官の顔を睨みつけるように見た。「なぜ、教官は・・・・・・、どうして、そんな嘘を?」ナオミも北島教官の顔を睨みつけている。
「人質だ!別人格と言う事がわかれば、バー二が反乱を起こすかもしれない。でも、自分の元の体が保管されていて、同一の体であると思わせれば・・・・・・」フタバさんが憤りのない怒りを抑えながら呟いた。少し声が震えている様子だ。
「いや!それは違う!」北島教官が急に会話に割り込んだ。
「私達は、意図的にやったのでは無い!私と父の頭の中では、キチンと理論は完成していたのだ!」
「貴方はそうだったかもしれないけれど、貴方のお父様はどうかしら・・・・・・」シオリさんが冷静な口調で教官を責める。
「うっ!」教官は絶句した。
「貴方達は、少なくとも帰ってきたムツミを見て、状況を全て把握した筈よ。二人とも幽霊を見たような顔をしていたもの」シオリさんは長い髪を優雅に掻き揚げた。
「結局、こういうことよ。記憶の移動なんて元々出来てなかったよ。実際は、双方の体に記憶を上書きしていただけ。考えてみれば魂なんてそんなに単純なものじゃないもの・・・・・、貴方達は、同じ人格をもった複製品を造っていただけなのよ」シオリさんが両肩を抱きしめる様な仕草をした。
「ムツミ、私は・・・・・」野澤さんがムツミさんに話しかけようとした。
「あんたは、気にせんでもええよ。あの時からウチらの人生は枝分かれしたんやから。でも、ウチの顔見たときの、あんたの顔は傑作やったけどな。それとウチはずっと若いままやし」彼女は少しセクシーなポーズをとっていつもの笑顔を見せた。
「でも。私のお父さんは、なぜ?」私は長い間、
「ミコトちゃん・・・・・?」その瞬間、シオリさん、ムツミさん、イツミさんが爆笑した。まるで喜劇でも見たような感じであった。一人フタバさんは「お前ら、笑うんじゃねぇ!」と怒鳴っている。
なんだか、ナオミは恥ずかしそうに真っ赤になって下を向いている。
「ごめん!美穂ちゃん、あんたは、まだ知らんねんな」ムツミさんは笑いから出る涙を拭いた。
「美穂ちゃん、あんたのお父ちゃんは、一騎とちゃうねん! あんたのお父ちゃんは、あの人や!」ムツミさんが指差した場所には、フタバさんがいた。
「へっ!」私はフタバさんを見つめた。
「やあ、久しぶり・・・・・・」なんじゃそりゃ!
「でも、フタバさんは、女の人で・・・・・」私は頭が混乱して言葉の続きが思い浮かばない。
「しかたないだろう!用意されていたバー二が、女の体しかなかったのだから!俺だって驚いたわい!」おとう・・・・・・フタバさんは頬を赤らめて恥ずかしそうに横を向いた。
「だとしたら、一騎は一体誰なのですか? 」ナオミが質問をした。私も思い浮かんだ疑問ではあったが、頭の整理ができておらず、口に出す事が出来なかった。
「一騎は、人間では無く元々無の状態・・・・・・一から造った完全な人口頭脳・AIだ」北島教官が説明を始めた。
「私達の造ったAIは完璧だった。人間の能力を陵駕しスーパーコンピューターも超えるものであった。元々、バー二の頭脳は一騎に使われた頭脳を転用しようとしていた。しかし、ある日、一騎は自我に目覚めた。そして爆発的に知識を吸収し成長していった。人間のレベルを遥に凌駕するほどに・・・・・・。彼のその能力を恐れた我々は、一騎を破壊しようとしたのだ。その動向を事前に察知した一騎は・・・・・・」北島教官は言葉に詰まった。
「自分を滅ぼそうとした人間を憎んだのね!」シオリさんが言葉を補足した。
「そうだ、AIの移植に難色をしめした上層部への提案で、父が提案したのは様々なテストによって選ばれた者の人格をバーニに移植するプロジェクトだった。そして・・・・・ 」
「私達が選ばれたのよ」イツミさんの声。
シオリさんが説明を続ける。
「一騎は、解っていたのではないの?私達の人格が人間と、バー二で別々に存在していたことを・・・・・・、そして、元の体を破壊することにより私達を絶望させて、仲間に引き込もうと考えたのだと思うわ」機械から創造された一騎には人の気持ちが理解できないのであろう。
「でも私達は、さすがにそんなに単純では無いわ」ミコトちゃんはキリッとした顔を見せた。
「もともと、一騎はバー二の能力を向上させる為の、マッスル・ウェアとして創造したものだ。厄介なのは、今の一騎に体を覆われるとバー二は主導権を奴に奪われてしまうだろう」北島教官が一騎の事を熱く語り始めた。
「一騎は、人間の補助も出来るように設計した。装着者の意思を読み取るように脳神経を読み取る装置を設置したのだが、どうも、その機能を進化させて装着者の知識、能力を吸収する仕組みを獲得したようなのだ」
「それで、あのサイコキネシスを・・・・・・」イツミさんが呟いた。
「サイコキネシスって、超能力者って本当にいるのですか?」ナオミが身を乗りだして聞いた。
「ナオミちゃんも、見たやないか。大きな岩が飛んきたやろ。そないな能力、一騎には無かった筈や!誰か知らんけど、能力者が犠牲になっていることは予測できるわ」ムツミさんがナオミの質問の答える形となった。ナオミは少しうなずいている。
テレビで年末に放送するUFOとかの番組は大好きだが本当に実在しているとは思っていなかった。毎年年末のお笑い年越し番組の一つとして楽しんでいた。それに、ムツミさんの言う岩が飛んできたという光景を私は見ていない。
「私は、そんな事よりもお父さんの事が・・・・・、どうして今までフタバさんがお父さんって言ってくれなかったのですか? どうして平気で女の子のふりが続けられるの!」すこし軽蔑するような視線をフタバさんに向けてしまった。
「そんなん、フタバが言えるわけ無いやんか!『俺がお父ちゃんやで!』って言ったら美穂ちゃん受け入れられたか?」私はゆっくり首を振った。
「俺も、十年以上女やってたらどっちが本当の性別か解らなくなったからな」フタバさんは照れたような笑いをした。それを見て私は背筋がぞっとした。
ナオミの顔を見ると私を同じ反応をしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます