第10話 体育祭

 美穂の姿に戻って久しぶりに学食で食事をする。


 学食にある自動販売機で食券を購入してからトレイを片手に行列に並んだ。私はきつねうどんが大好物で、学食の時は必ずこれを食べることにしている。

 食券をおばさんに渡してうどんを受け取り席に座る。

 最近は、ナオミの姿で過ごす時間が多くて食事をする楽しみが激減している。


 バーニ達は、食事をしなくても良いように造られているそうである。

 ただし、味覚を感じる機能はあり食事をすることも可能だそうだ。なんでも、毒物とかが食品に含まれている場合などを判別する為だそうだ。まるで、お殿様の毒見役のようだ。そういえば、ムツミさんは四六時中口の中で飴玉を転がしていることを思い出した。あれは彼女のストレス発散の方法なのかと思う。


 割り箸でうどんを挟み引き上げた後、「フーフー」と息を吹きかけて勢い良く啜った。

「美穂ちゃん!お久しぶりー」その声が聞こえたかと思うと、背後から胸を揉まれた。

「ぶー!」突然の襲来にうどんを勢いよく噴出してしまった。向かいの男子がうまく避けた。

「なっ、なにを・・・・・・いきなり!」振り向くと有紀の顔が目の前にあった。相変わらず手は私の胸の上だった。

「やっぱり、ムツミお姉さまのボリュームには敵わないわね・・・・・・」そう呟くと手を私の胸から離した。

 あのクラブ見学から学校内では特工科は注目の的であった。

 休み時間などは、別館の様子を見ようと双眼鏡、望遠鏡などを駆使して大勢の生徒達が観察を続けている。ラブレターを渡そうとした男子生徒もいたが、MIBばりのガードマンに摘み出されていった。私にも特工エンジェルズの携帯番号・アドレスを教えて・・・・・・いや、売ってくれとの要望を承る。私はご丁重にお断りしている。案の定私の番号を聞いてくる者など一人もいない。これが現実だ。

 特工エンジェルズ・ファンクラブも結成されてシオリ推し、ムツミ推しなどの住み分けもされているようだ。そのうち、CDとかミュージックビデオが発売されるかもしれない・・・・・・なんてね・・・・・・。


 たくさんの生徒から、特工科へ編入したいとの要望が多く提出されたそうだ。ただし、特工科への編入は自主的には出来ず、学校からの推薦枠のみとの事であった。なんの取柄もない私が特工科にいることを快く思わない女子生徒もいるようだ。代われるものなら喜んで代わってあげるのにと私は苦笑いする。


「私は、きっと日本一不幸な少女だわ」ボソッと呟いた。その声は有紀の耳には届かないようであった。

「ところで、お兄ちゃんとの約束すっぽかしたんだって!」有紀は私の隣の席に腰掛けた。腕組をしてテーブルに体重を乗せる。

「そうなのよ、熱が出て行けなかったのよ・・・・・・」嘘です。やけくそのように、うどんを勢いよく流し込んだ。

「そういえばお兄ちゃんから、特工科のナオミさんのことをやたらと質問されたわ」どこから出したのか、割り箸を取り出すと二つの割り、私のうどんを奪い取ろうとした。それをかわしながら・・・

「ナオミ・・・・・・ちゃんのことを?一体、なぜなの?」箸を動かす手を止めた。

「この前、街であったらしいよ。その時に本人が防工の生徒だってお兄ちゃんに言ったんだって。それで私と友達だっていったらしいの・・・・・・ 私、そんなに、ナオミさんは知らないのに・・・・・・ 」それはそうだ、ナオミの姿で有紀と話をした事など一度も無い。

「そういえば・・・・・・、私がナオミちゃんに有紀の話したかも・・・・・・」誤魔化すようにうどんの汁をズズズと音を立てて飲んだ。

「それでか、ナオミさんに私の事を変な風に言わなかったでしょうね」なぜか脅迫でもされているような勢いであった。

「別に、なにも言ってないわよ」再びうどんを啜った。

「そういえば、来週は体育祭よね!特工のお姉様達の勇姿が見られるのね・・・・・・」なにを想像しているのかは解らないけれど、有紀はおっさんが妄想しているような顔をしていた。

 微かにヨダレを垂らしている風でもある。

「体育祭か・・・・・・皆、出るのかなぁ」揚げを摘み噛締めた。出汁が滲みていて大変美味であった。

「学校行事なのだから、そりゃ参加するでしょ!男子なんて体育祭に向けてカメラを買い替えた奴もいるみたいよ」そういえば最近、首から一眼レフの大きなカメラをぶら下げている生徒をよく見かける。そういう事だったのだと感心したと同時に呆れた。

「私はもう、ムツミさんの体操服姿を思い浮かべるだけで・・・・もう逝ってしまいそう!」有紀は頬にてのひらをあてて頭を激しく振った。

「一体どこに行ってしまうの?」私の質問に有紀に答えなかった。


「おはようございます」いつもの防工の入り口を守るガードマンに挨拶をするが、無反応だった。いつも挨拶をするだけ損をした気分になる。

「皆さんおはようございます」シオリさんが気品に満ちた貴婦人のように挨拶をする。

「シオリさん!おはようございます!」先ほど無反応であったガードマンが頬を赤らめながらシオリさんへ挨拶をした。完全な差別である。

「美穂おねえちゃん、おはよう!」ミコトちゃんが走ってくる。相変わらず可愛らしい。

「あっ生川さん、有村さん。おはよう!」ガードマンにミコトちゃんが挨拶をする。二人はそんな名前だったのだ。

「ミコトさん!おはようございます!」こいつら殺す!露骨過ぎるでしょう!

 デレデレしているガードマン二人を横目に私たちは、研究室へ入った。 

 バーニ達は、別館内に寝泊りしているそうだ。ナオミの体はカプセルの中で保管されている。活動中に出来た傷や疲れを早期に癒すためだと聞いた。ただ、ムツミさんの話によると、いちいちカプセルに入らなくても時間こそかかるが、目を瞑って横になっているだけでも同じ効果があるそうである。カプセルは時間短縮の為に使用しているらしい。

 研究室に入るとなにやら騒がしい雰囲気であった。研究員の男性達から歓声が上がっていた。


ムツミさん・フタバさん・イツミさんが体操服でポーズを極めている。まるでマニアックなファッションショーでも行われているかのようであった。

「何をやっているのですか!」私は大きな声で聞いた。

「今度の体育祭に向けて体操服の試着中や!」ムツミさんは腰に手を当てて自慢げに胸を突き出した「おー!」更に研究員の歓声が大きくなった。お前ら砕けすぎだろ!

「ところで、それは何なのですか?」私は彼女達の下半身を指差した。

「んー、これかぁ?」ムツミさんは自分の姿を上から下へ目で確認した。

「ブルマよ!」イツミさんが口を開いた。三人は緑色のブルマを装着している。

「今時、ブルマを履いている人は居ないですよ・・・・・・」防工の女子体操服は、白のシャツに緑のショートパンツである。

「そんな事あるかいな!うち等の時代はブルマ全盛期やで!なぁフタバ!」

「そうだな、俺もこれしか思い浮かばなかった・・・・・・ 」フタバさんは仁王立ちで答える。

「皆さん、体育祭に出るおつもりなのですか?」

「あたりまえやろ!うちらかて一応、防工の生徒やからな!」ムツミさんは腕をまくり上げて力こぶを見せる。

「体育祭なんて何年ぶりかしら、楽しみだわ!」

「燃えるぜ!」ムツミさん、イツミさん、フタバさんの順番で感想を述べた。

 生徒って、勉強している姿なんて一度も見たことが無いけど・・・・・・ まぁ私も特工科に移籍してからは、ほとんど勉強は出来てはいないので人の事は言えない。

「皆さんが本気を出したら、圧勝すぎて・・・体育祭・・・・盛り上がらないんじゃ・・・・・・ 」

「大丈夫よ!私たちも子供じゃないんだから! 」イツミさんが私の肩に手をかけ微笑んだ。

その後方では、ムツミさんが真剣な顔でクラウチングスタートの練習をしている。そして「気合だー気合だ!」連呼するフタバさんの姿があった。



 美穂は霧の深い森の中を歩いている。歩いても、歩いても周りは同じ景色。

「有紀・・・・・・、ムツミさん・・・・・・、ミコトちゃん・・・・・・、誰かいないの・・・・・・」美穂は顔をクシャクシャにして泣きそうになっていた。

「みんな、どこにいるの?」唐突に暗闇も中から声が聞こえる。

「美穂、こちらに来るのだ!」深い地の底から聞こえるような声であった。

「あっ、あなたは・・・・・・一騎!」美穂の姿がナオミの姿へとゆっくり変身していく。声のする方向に向かって身構えた。

「お前は、私と一緒に人間達に復讐するのだ!」声の主はマントで体を覆っている。唯一口元だけ露出している。

「復讐って?」ナオミは構えを解いた。

「お前の居る場所はそこでは無い。私と一緒に戦うのだ・・・・・・我が娘よ!」

「やっぱり、一騎。 あなたは、お父さんなの・・・・・・? 」

一騎の姿がゆっくりと消えていく。「ワハハハハハ!」笑い声だけコダマする。

「お父さん、お父さん、待って!」再び、美穂の姿に戻り一騎が消えていった場所へと駆けていった。

「夢・・・・・・か」ベッドの中で美穂は目を覚ました。

 その頬に涙が一粒流れていた。



 そして、皆さんが待ちに待った体育祭当日がやってきた。

「うおー!おらおらおらおらー!」運動場を疾走するフタバさんの姿があった。

 200メートルを駆け抜けていく。私の予想した通りの展開であった。たしか子どもじゃないとこの耳が聞いたような気がするのだが、あれは私の思い違いだったようだ。

「すごい!フタバさま最高!」フタバさんは女子のファンが多い。綺麗に日焼けした褐色の美しい肌、激しく揺れる胸、引き締まった健康的な足・・・・やはりブルマであった。すらりの長い脚が美しい。女子の黄色い声援が沸き起こる。中には失神して倒れる女子の姿も見えた。


 次は騎馬戦!土台は、ムツミさん、イツミさん・・・・・・なぜか、私。騎手は赤い体操帽子を被ったミコトちゃん。

「おらー!いくぜ!野郎共!」ミコトちゃん・・・・・・すでに人格が変わっている。

「あらほらさっさ!」ムツミさん達が答える。最近、皆の間で流行っている様子だが私には何のことかさっぱり解らない。

 凄い勢いで運動場を駆け巡り、ミコトちゃんは次々と白い帽子を奪い取っていく。私は二人の動きについて行けずにほぼぶら下がっているような状態であった。通常の3倍どころのスピードではない。まさに赤い彗星のようであった。この競技も圧勝であった。

 観客席からは、猛烈な歓声とシャッターの音が聞こえる。運動場はまさに、パパラッチだらけであった。出来るだけ私は写真に写らないように下を向いていた。


 ふと、特工科の待機場所に目をやると、日傘の下で優雅に本を読むシオリさんの姿が見えた。もしかしてそこだけ避暑地かなにかなのですか!?

 パパラッチ達のカメラは、シオリさんにも向けられていたが、彼女は優しい微笑みながら軽く手を振っていた。さぞ、素晴らしい写真が出来上がることであろう。 ちなみに特工エンジェル達の写真は校内で高値取引されているらしい。


 次は、シオリさんの出番。個人別走り高跳びが始まった。彼女の顔は先ほどまでの優雅な顔から引き締まったアスリートの表情へ変貌していた。

 参加者は、陸上部のエースを筆頭とした運動部の猛者たちであった。一メートル五十センチのバーが設置された。参加者達が順番にバーを飛び越えていく。ベリーロール、背面飛びと華麗な跳躍を見せる。シオリさんはパスを繰り返している。

 一メートル八十センチ。とうとう、陸上部のエースとシオリさん二人だけとなった。

呼吸を整えて、エースが走っていく。歩数を整えてジャンプ!見事な背面飛びでバーを飛び越える。しかし最後に踵が軽く当たりバーは下に落ちてしまった。エースは悔しそうに頭を抱えていた。

「よく頑張ったぞ! 」「すごいぞ! 」歓声が上がる。


 次は、シオリさんの番だ。ここまでパスを繰り返して、シオリさんはまだ一度もジャンプしていない。シオリさんは、目を閉じてから銀色の髪の毛をゆっくり掻き揚げた。時間が止まったかのように生徒達は静かになった。

「ゴクッ・・・・・! 」生徒が唾を飲み込む音も聞こえるようだ。

シオリさんがゆっくり走り出した。バーに近づくほどスピードを上げていく、軽くカーブを描いた後、背面でジャンプした。その姿は・・・・・美しい、綺麗、優雅、どの言葉でも言い尽くせない。まるで、彼女の周りを華が舞っている錯覚さえ覚える。

 そのまま、ゆっくりとマットがシオリさんの体を受け止めた。バーは微動だにせず二本のスタンドの上に横たわっている。彼女の背中に美しい翼が見えたのは私の錯覚だろうか。


「うおー! 」「きゃー! 」先ほどを上回る歓声が響き渡る。とその瞬間、運動場の中を爆音が響いた!


 運動場の四箇所で爆発が起こった。爆発した場所からはモクモクと黒煙が発生している。

「なんだ、隕石か? 」「UFO墜落か! 」生徒達は思い々の感想を発している。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る