第9話 ナオミの力

 私は電車の中にいた。


 揺れる電車の中でドアの近くに立ち流れていく景色をボーと眺めていた。いつもと変わらぬ景色、パン工場の看板が目に映る。

(『日に一度、パンを欠かさぬ母の愛・・・・・・』なんのこっちゃ)昔からある看板だが、見る度に突っ込んでしまう。


(吉冨 健一・・・・・・)


 ふと、パソコンで表示されていた名前が脳裏に浮かぶ。 

(どうして、被験者の中にあの名前が・・・・・・)

「美穂ちゃん、おはよう!」唐突に挨拶の言葉が聞こえた。

「おは・・・・・・」脱力感が体から抜けずに呆然としていた。景色を眺めていた目を挨拶のする方へ移動する。視線の先には・・・・・・、狩屋さん!目が一気に覚めたみたいだ。

「あっ、純一さん!おはようございます!」大きく頭を下げてお辞儀をした。

「どうしたの?ボーとしていたけど、何かあったの?」心配そうな顔をしてくれる。

「いいえ、すいません!少し最近寝不足で・・・・・・ 」適当に誤魔化した。寝不足であることは嘘ではないが。

「そう・・・・・・、勉強も頑張りすぎると逆効果だよ。ほどほどにね」言われて気が付いたのだが最近学校の勉強がかなり疎かになっているような気がする。いやほとんど勉強など出来ていない。

「はい・・・・・・、気をつけます」ちょっと勉強をする時間も作らないといけないなと反省する。

「そういえば、有紀にきいたのだけど。特工エンジェルズってグループ結成したんだってね!」有紀と狩屋さんは仲が良い。学校であった事も逐一報告しているようだ。一人っ子の私には、二人の関係が凄く羨ましくて、有紀に激しく嫉妬してしまう時が多々ある。

「えっ結成って・・・・・・私は、たまたま同じ課にいるだけで、あの人たちとは違います!」あんな美女達に混ぜられたら堪ったものではない。いい晒し者だと思った。

「すごい美人揃いなんだってね!一度見てみたいなぁ」狩屋さんは手すりを両手で握りしめている。少し胸のあたりがモヤモヤしてくる。やはり男の人は顔とスタイルを重視するのであろうか。

「・・・・・・やっぱり、純一さんも美人が好きなんですか・・・・・?」

「いや、そういう訳では・・・・・・」狩屋さんは人差し指で鼻の頭を掻いている。まあ男の人なんて皆、ナインよりボインが好きな生き物なのだ。ボインなんて死語だけど・・・・・・。

「そっ、そうだ! 美穂ちゃん、今度の日曜日は暇かな? 」無理に場の雰囲気を変えるが如く狩屋さんが話題を変更した。

「えっ、はい、用事は特に無いですけど・・・・・・」さきほどの余韻を残したままだ。

「久しぶりに、日曜に休みが取れそうなのだけど、また、一緒に映画でもどうかなあ? 」

「純一さんと一緒に・・・・・・映画ですか?」先日、狩屋さんと見たアメリカのヒーロー映画を思い出した。あれから、私はレンタルで派生作品をいくつか見て、ヒーロー映画に少しはまっていた。

「うん!有紀と行くと恋愛物ばかり選ぶから、俺は見てられなくて、美穂ちゃんとは好みが似ているみたいだから・・・・・・ もしかして、嫌かな?」そういえば、私と一緒に映画を見る時も、有紀は恋愛物をチョイスする事が多い。夢見る乙女なのだ。正直いうと私も狩屋さんと恋愛映画を見てみたいと少し思った。

「とんでもありません!私で良ければお供させてください!」テンションがハイマックスに高まった。心臓はバクバクと鼓動を大きくした。

「朝十時に、前と同じ駅の、ビッグビジョン前でいいかな?」デートの待ち合わせ場所の定番だ。

「はい、朝十時ですね。 ヨロシクお願いします!」嬉しくて何度もお辞儀をしてしまった。

「じゃあ、日曜日に!」ちょうど電車のドアが開き、狩屋さんは人混みに消えていった。

 狩屋さんの姿が消えるまで視線を送った。


 指おり数えた日曜日がやってきた。


 今日は、狩屋さんと一緒に映画を見に行く・・・・・・筈だったのに・・・・・・。


「ああ……。」私はなぜか、ビルの屋上から屋上へジャンプを繰り返していた。飛び回りながら、眼下の人混みを眺めている。

 事の始まりは、シオリさん達が一騎と呼ぶ男が潜伏する拠点が判明したとの情報があったからだ。一騎が何かを引き起こす前に先手を打つということだ。


 シオリさんの話によると、一騎も元々はシオリさん達の仲間で一緒に訓練をしていたそうだ。本来、彼女達が誕生した目的は宇宙開発への進出を念頭においたものであったそうだ。


 宇宙服を着用せずに、宇宙空間で生身の人間と同じ動きを実現させる。それは飛躍的に作業の効率を向上すると期待されていたらしい。

 さらに個々の個体に特殊な能力を持たせることで、様々な状況に対応できるように設計されたそうだ。

 しかし、彼女達は一騎の反乱によって宇宙に出ることは無く、北極の氷のなかに十年弱の間、眠り続けることになった。

「ナオミちゃん・・・・・・」今回、ペアを組んだムツミさんが呟いた。

「えっ、はい!」唐突に名前を呼ばれて少し驚いた。

「この前、ウチが見ていたパソコンの電源を切るのを忘れていたと思うねんけれど・・・・・・あのデータを・・・・・もしかして見てもうたんとちがう?」なぜか申し訳なさそうな顔をして私を見る。

「あっ、・・・・・・ええ見てしまいました」画面に出ていた被験者の名前を私は覚えている。

「そうか、やっぱり・・・・・・そしたら・・・・・・」ムツミさんの言葉を聞いて彼女が何を言いたいのかなんとなく解った。

「バーニ被験者の名前の中に、一人だけ男性の名前がありました・・・・・・吉冨 健一」

吉冨 健一。その名は、私にとっては忘れられない名前だった。


「私の父の名前です・・・・・・」


 大久保は、母方の姓。

 父が亡くなった後、母も跡を追うかのように病で亡くなったそうだ。私はまだ乳飲み子だったので父母の記憶は全く無い。

 幼い私は母方の祖父母に引き取られて育ったために、大久保の姓を名乗るようになった。

「知ってしまったんやなぁ・・・・・・」ムツミさんの声のトーンが珍しく低くなっている。

「はい・・・・・・」一騎が自分の父親だと私は確信していた。 


 あの後、私は一騎に関して現存する資料を手当たりしだい調べた。ただ、私の知識では理解は到底不可能であった。

「あんたのお父さんは、信念を持った男気の溢れる人やった。それが、あんな事になってしまって・・・・・」少し目を伏せがちにムツミさんは言った。


「でも、死んでしまって、二度と会える事が出来ないと思っていた父が、まだ生きていると思ったら、・・・・・・私、考えがまとまらなくて・・・・・・」そう、話もしたことの無い父親とどう対峙すればいいのか私には解らない。

「運命は皮肉やなあ。まあ今は、仕事に集中することやわな」ムツミさんは私の肩をポンと叩いた。どうやら慰めてくれているようである。

「はい!」私は思いを切り替えて集中することにした。のだが・・・・・・「あっ!」

「どうかしたん? 」私の突然の言葉にムツミさんが驚いたようだ。

「いいえ・・・・・・別に・・・・・・」狩屋さんに行けないと連絡するのを忘れていた。

 そういえば、一騎が潜伏しているといわれる廃ビルと、ビックビジョンはすぐ近くだった。

 狩屋さんに連絡をしなくちゃ!今、ちょうど十時。指定された待機場所に到着するや否や慌てて、スカートのポケットから携帯端末を取り出して、狩屋さんのスマホをコールした。

 この携帯端末は、すべての通信網に侵入することが可能で、一般のスマホのように使用することも可能との説明を受けた。発信番号を偽造する事も可能で、さらに料金も掛からないそうだ。私の携帯通信費がかなり削減できるようになった。


「はい、狩屋ですけど・・・・・・」コール音が途切れて狩屋さんの声がスピーカーから聞こえる。

「ごほん・・・・・・ ごほん・・・・・・、美穂です」少し大げさに咳きをしながら話す。

「すいません・・・・・昨日から、熱が下がらなくて・・・・・・」下手な言い訳で対応する。

 ビッグビジョンのあたりが見える場所から、狩屋さんがいないか確認した。

「大丈夫かい!薬は飲んだのかい?」携帯を片手に少し慌てたような仕草をして喋っている男性の姿が見えた。

(純一さんだ!)

「はい・・・・・・家に、保管分がありましたので・・・・・ごほん・・・・・・ごほん・・・・・・」少し苦しそうに演技してみた。

「熱はあるの・・・・・・暖かくしているの?」優しい声で心配してくれる。

「はい、すいません。今日は、誘っていただいたのに・・・・・・行けそうに・・・・・・行けそうにありません・・・・・・」実は、すぐ近くまできているのですが・・・・・・。

「しかたないよ。今度また、改めて。ゆっくり体を休めるんだよ」なんていい人なんだ。

「ありがとうございます・・・・・・」電話の通話表示が消えた。ああ、もう二度と誘ってくれないかもしれない。狩屋さんの優しさに目がウルウルしてきた。

「あんた、何しているの?」ムツミさんが不思議そうな顔でこちらを見ている。

「ちょっと、私事です・・・・・・!」慌てて、携帯端末をポケットに収めた。


 廃ビルを囲み少女達は指定場所に待機している。

 彼女達はムツミとナオミ、シオリとミコト、フタバとイツミの三チームに分かれていた。


「どうして、避難処置を取らないのですか? 」日曜日の人混みを見ながら、ナオミはムツミに質問した。

「うちも同感や・・・・・・まぁガセかもしれへんからなぁ。ウチらも、こちらから攻め込むのは本当は、本意ではないんやけどな・・・・・・」耳に小指を差し込んで耳の穴をポリポリと掻いた。

 シオリから突入を意味するサインが出た。

 少女たちは三方より廃ビルの中へ飛び込み、体制と整えたあと攻撃に備えて構えを取った。

 少し長い沈黙の時間が流れた。

 人影は無く、いっこうに攻撃を仕掛けてくる様子は無い。


「やっぱり、ガセネタやったんや」ムツミが構えを解き前方を見つめる。

「ちょっと、まだ早くてよ。ムツミ・・・・・」シオリは構えを継続したままムツミと同じ方向に目を凝らして注視している。 


 赤い光がチカチカと点滅している。

「あれは?」ミコトが目を細めた。「サーモバリック・・・・・・!」暗い部屋の中央に大きな爆弾が固定してある。それは動物園の象ほどの大きさであった。

「罠よ!爆発までに時間が無い!あの規模だと一キロ四方は火の海になるわ!」ミコトが叫んだ。

 爆弾の表面に赤い文字がカウントダウンしている。


 残り時間は、十五秒!


「逃げている暇は無いわ!私の傍に集まって!」シオリの背中から大きな翼が現れる。

「これで、直撃は回避できるわ!」皆、シオリの翼の中に身を潜める。

「でも、下にいる人達は!」ナオミは狩屋の顔が浮かんだ。

「もう無理や。早く隠れるんや、ナオミちゃん!」ムツミがナオミの手を引っ張る。

「ナオミ、早く!」「ナオミさん!」口々にナオミの名を口にする。

「いや!!!」ナオミはムツミの手を払い駆け出した。

「ナオミお姉ちゃん!」

「間に合わない!ムツミ戻りなさい!」シオリの翼は大きく広がり、皆を包み丸いボールのように変形した。それはまさにシェルターであった。

「ナオミちゃん・・・・・・」ムツミは唇を噛んだ。 その肩をフタバ握った。


 爆弾のカウントダウンが進む。残り・・・・・5・3・2・・・・・・!


 ナオミの頭の中を狩屋の顔が走馬灯のように流れていく。

「いや、いや! 純一さん、皆を死なせたくない!」


 カウントが0!


「時間よ、止まって!」ナオミは自分の両肩を抱きしめて祈った。その瞬間ナオミの体からピンク色の強烈なオーラが発生した。


 同じタイミングで爆弾本体の中心から白い光が放たれた!


・・・・・・。


 爆発音はしなかった。 

 ナオミは恐る恐るゆっくり目を開けた。

 周りは無事である様子であった。爆発は回避できたのか・・・。

 ナオミは爆弾の方向に目をやる。


「えっ!」


 爆弾は弾けている途中であった。まるでスーパースローカメラの静止画のように止まっている。

 振り返るとシオリ達を包み込んだ丸いシェルターが転がっている。ビルの眼下の人々も静止画のように途中で静止している。時間が止まっているようだった。


「これは・・・・・・ まさか、私の力!」


 ナオミは両手を広げて凝視した。体からピンク色のオーラが湧き出るのが見えた。

「でも、このままじゃ・・・・・・ 」

 いくら、時間を止める能力があっても永遠に爆発を止めることは不可能だ。ナオミの視覚の中にカウントを数える文字が表示されている。


 三十秒。 


 それが時間を止めることが出来る限界のようだ。「止まっている時間の制限時間が存在するなんて・・・・・・」ナオミは素朴な疑問を口にした。

(何か、爆発を止める方法はないのから? )考えを巡らしながら、自然と右手を爆弾に向けかざした。その瞬間、爆弾を包むようにピンク色のバリアのようなものが表れた。

「なに、これは?」バリアは右手を移動させると同調して移動する。バリアの中の爆弾もナオミの右手の動きに合わして同様に移動する。


「いける!・・・・・・かも」掌を握ると爆弾を包むバリアの大きさも小さくなった。

ナオミはゆっくりと掌を握り小さくしていった。その瞬間時間が動き出した。

 バリアの中で爆弾が弾けた。爆発の振動が波となって微かに空中に響いた。

 一向に爆発する様子の無い爆弾を確認する為、シオリがゆっくりと翼を開いた。

 その中からムツミ達が姿を現す。

「爆弾はどうなったの・・・・・・お姉ちゃんは? 」ミコトが辺りを見回す。

そこには爆弾があった方向に手をかざしながら、疲れたのかその場に座り込んでいるナオミの姿があった。

「ナオミちゃん、あんたが・・・・・・、すごいやんか!」ムツミがナオミの体に抱きついた。

 ナオミは、力が抜けたようにその場にフニャフニャと倒れこんだ。


「きゃー!」外から悲鳴が聞こえる。皆、上空を見て逃げるように走り出した。


 上空を見上げると何か巨大な物がブラブラとぶら下がっている。

 爆弾が爆発した波動により、ビルに設置しようと吊るされていた看板のワイヤーが切れて、いゆっくりと下に落ちようとしているのだ。

「あっ危ない!」

 看板が落ちていった。その下には人形を抱いた小さな女の子が呆然と立っていた。

 女の子の頭上に看板が落ちていく。目を見開く少女に大きな影が近づいていく。

「あー!」母親らしき女性の悲鳴が響く。


 女の子の危機を察知した男が、看板の下に飛び込んだ。その瞬間、女の子の体が看板の下から弾き飛ばされた。ナオミの体が再びピンクのオーラに包まれた。


 時間が止まったように辺りの物体、人がオブジェのように動かなくなった。

 ナオミはフラフラになりながら立ち上がり歩きだした。

 シオリ達も動かないマネキンのように固まっている。

 ナオミはビルの上から看板の下に飛び降りた。そして、男の前にしゃがみ込み顔を見上げた。

「・・・・・・純一さん・・・・・・」少女を助けた男は狩屋だった。看板は狩屋に激突する寸前であった。

「助けなきゃ!」

ナオミはゆっくりと狩屋の体を抱えあげると前方にある路地に飛び込んだ。


 一気に時間が動き出した。大きな音を立てて看板は地面の激突した。その衝撃で壁が崩れて路地の入り口が塞がれた状態となった。

 路地の中で狩屋は落ちてくる看板から身を守る仕草をする。しかし、狩屋の上には何も落ちては来なかった。代わりに狭い路地の中で見知らぬ少女と二人閉じ込められたような状態になっていた。


「おい! 君大丈夫か! 」狩屋はナオミに声をかけた。

「うっ・・・・・・うう・・・・・・ 」ナオミは苦痛の顔を浮かべながら上を見上げた。

「君は、あの時の・・・・・・! 」狩屋はナオミの顔に見覚えがある事に気がついた。以前、担当した郵便局強盗事件で見た謎の少女。

 あの後、同僚にも話しをしたが女の子が空を飛んでいったと話すと決まって、夢でも見ていたのだろうと笑われるばかりであった。自分でも、あの出来事が本当だったのか、夢だったのか解らなくなっていた。

「やっぱり、君は実在したんだ・・・・・・」自分が見たのが夢ではないことを確信した。

「あっ、ここは・・・・・・」ナオミは目を覚ました。立ち上がろうとするがその場に倒れこんでしまった。

「大丈夫かい?」倒れる体を受け止めて狩屋は言葉をかけた。ナオミの体を抱き締めるような格好になってしまった。

「ええ、なんとか・・・・・・」右手で両こめかみを掴みながら軽く頭を振った。顔を上げるとすぐ目の前に狩屋の顔があった。ナオミの顔は一気に真っ赤に染まった。

「いやっ!」軽く狩屋の体を突き飛ばした。先ほど力を使い果たした為か、思いのほか力が出なかった。いつもの調子であれば狩屋は遠くへ弾き飛ばされているところである。

「ごめん! びっくりした?」尻餅をついた状態で狩屋は頭を掻いた。

「すいません、私ったら・・・・・・」ナオミは深く頭を下げて謝った。恥ずかしさでさらに顔が真っ赤に染まった。

「たしか、看板が落ちてきて、下敷きになったと思ったのだけど・・・・気がついたら、君と二人ここにいたんだ。一体なにがなんだか・・・・・・ 君は、何か知っているかい?」狩屋は自分の持つ疑問をナオミに問いかけてきた。

「えっ・・・・・・私も、私も解りません」ナオミはうつむいた。まさか自分に特殊な能力があることを言うことは出来なかった。

「そうか・・・・・・そういえば、君は以前・・・・・・ 」そこまで言いかけて狩屋は言葉を出すことを止めた。この少女には人には知られたくない秘密があるような気がした。それを暴いてはいけないような気がした。

「僕の名前は、狩屋 純一。君の名前は?」

「私は、ナオミです・・・・・・」

「ナオミさんか・・・・・・さて、ここをどうやって脱出するかだね」狩屋は路地の入り口辺りを見た。先ほどの看板落下により路地の入り口は、塞がれてしまった。反対側も見てみたが間の悪いことに行き止まりであった。

 土砂を上ろうかとも考えたが、手を出すと崩れ落ちてきそうな雰囲気であった。

「助けが来るまで、少し待とうか」狩屋はナオミの隣に胡坐をかくように座り込んだ。

「・・・・・・はい」ナオミは両足を抱え込み体育座りのような格好をした。今のナオミにはここから脱出する力も残っていなかった。

 念のため、スマホのアンテナを確かめたが、建物の狭間のせいか全く通話は不可能な状態であった。

「ナオミさんは、高校生かい?」気を使うように会話を始める。

「・・・・・・はい」

「そうか、僕の妹も高校生なんだ。ナオミさんは、どこの学校?」

「私は、防高です・・・・・」学校名を口にしてから、しくじったと思った。本当の学校の名前を言う必要はなかったのだ。

「へー!妹と同じ学校だ!狩屋 有紀って知っている?」狩屋は共通の話題を見つけた。

「はい、知っています・・・・・・」

「そうか、中学生の時に、急に自衛官になりたいって言い出してね。家族は反対したのだけど、強情で言うことを聞かなかったんだ。まぁ本人は楽しそうに学校に行っているから結果良かったのかもしれないけどね」狩屋は楽しそうに妹の話を続けた。

「そうだ!大久保 美穂さんも友達かい?」彼は思い出したようにその名前を口にする。

「あっ・・・・・・はい、同じクラスです」

「そうなんだ、今日、本当は美穂ちゃんと映画を見る約束をしていたのだけど、熱を出しちゃって・・・・・・大丈夫かな?」少し心配するような表情を浮かべた。この状況で美穂の心配をしてくれる事にナオ胸が熱くなった。そして、その心配する顔を見て仮病を使った事に強烈な罪悪感に襲われた。

「大久保さんは・・・・・・あなたの彼女なのですか?」この機会に狩屋の気持ちを確かめてみたいとナオミは思った。

「いやー!まさか?こんなおっさん相手にしてくれないよ。でも、あんなに可愛らしい子が彼女だったら、嬉しいけどね」照れたような表情で狩屋は否定した。

「そんな、可愛いなんて・・・・・・、いやだ」顔を真っ赤にして狩屋の肩をパン!と叩いた。

「痛って!君は力が強いのだね」片目をつぶって悲鳴をあげた。

「あっすいません!わたしったら!」更に顔を真っ赤に染めて自分の口を掌で覆った。

「あははは!そうか、君も美穂ちゃんと仲が良いんだね」さわやかな微笑みをナオミに見せた。

「親友です・・・・・」そう言うと、疲れが一気に襲ってきた。体を狩屋に持たれかけると静かに目をつぶり眠りだした。


「・・・・・・」狩屋はナオミの寝たのを確認してから、自分も目蓋を閉じて体力を温存することにした。

 女の子の甘い匂いが気持ちをリラックスさせてくれるような気がした。


 遠くのビルから、事故現場を見つめる一騎の影があった。

 一騎は、ボロボロになったマントのような布を羽織っていた。

「なるほど、あれが、ナオミの力か。素晴らしい!ぜひとも、手に入れたいものだ」


「まだ、お前は生身に近い体を欲するのか?」年配の男の声が聞こえる。

「当たり前だ。こんな中途半端な体では、俺は笑いものだ・・・・・・・必ず手に入れてやる。 バーニの体を!」一騎は声に反応して答えた。

「そうか・・・・・・」少し呆れたような男の声が響いた。

「・・・・・・お前たちには解らないだろう。 俺の気持ちを・・・・・・」

そう呟くと、一騎はジャンプを繰り返しビルの間を飛び回り遠くへ去っていった。


 ナオミの夢の中。

 見たことの無い父親の姿を追いかける美穂の姿があった。

 手を伸ばしても届かない。何度も父の名前を叫び続けた。

 父は振り向こうとせずに、遠くへ消えていく。


「お父さん・・・・・・」そう呟くと、ナオミは目を覚ました。

「えっここは?」ふと見ると、狩屋の肩に頭をもたれていた自分に気が付く。

「私、狩屋さんと・・・・・・」そこまで口にしてから、顔から蒸気が出そうなぐらい熱が発生する感覚に襲われた。

「いやーん!恥ずかしい!」

「なに、やっとんねんな・・・・・・」唐突に背後から声がした。

「ム、ムツミさん?」そこには、ムツミとシオリの姿があった。

「びっくりしたで!あんたの力。なにが起こったんか一瞬、解らんかったわ!まさか時間を止める能力があるなんてな」ムツミはナオミの体に肩をかけて立ち上がらせた。

「いいえ、正確に言うと時間を止めているのではなくて、ナオミさんの体感時間が遅くなったのと、体の動作能力が驚異的に上がったといえるでしょう。それで力を使った後で、激しい疲労に襲われたのよ」シオリが自分で分析したと思われる論理を展開した。

「うちも、大砲撃ったあとは暫く動けんようになるもんな」ナオミは以前、ムツミが手からエネルギー波のようなものを発射した後、動けなくなっていた事を思い出した。特殊能力を使用すると必要以上に体力を消耗してしまうらしい。

 先ほどのナオミの異常な睡魔も能力を消費した結果のようだ。

「ナオミちゃん、体は大丈夫か?」

「はい、なんとか・・・・・・」ナオミは無理に微笑んだ後、狩屋に目をやった。

 狩屋も疲れているのか目を覚まさない。

 きっと連日の仕事により眠る時間も少ないのであろう。

 シオリが、狩屋の体を持ち上げた。「素敵な殿方ね・・・・・・」そのまま、シオリの体が宙を浮いていく。

「あれ、シオリさん、翼がないのに?」

「ああ、なんかホンマは翼をださんでも飛べるらしいで。本人のこだわりらしいわ」

 ムツミはナオミの肩を抱えたまま、軽く屈伸をするような仕草をした。

「ナオミちゃん! ウチらも行くで!」

「はい!」そう言うと二人はタイミングを合わせてジャンプした。壁ジャンプを繰り返し建物の屋上に到達するとナオミはその場に座りこんだ。


 目の前を見るとシオリが狩屋の頭をひざに乗せて、膝枕をしていた。ゆっくりと頭をなでている。優しい瞳で狩屋の顔を見つめていた。心なしかシオリの頬が赤らんでいるような感じがした。

「ちょ、ちょっと、シオリさん?」

「あっごめんなさい!可愛くて、つい・・・・・・」シオリが珍しく舌を出しながら首を傾げた。

 ゆっくりと狩屋の体を地面に寝かせた。

「皆、狩屋君にはメロメロやな。ちなみにウチもタイプやけど!」こんな美人達が相手だと、美穂の時では太刀打ち出来ないであろう。ナオミは青い顔をしながらガックっと項垂れた。

「うっ・・・・・うっ!」狩屋が目を覚ましそうになった。

「やばい!起きる!起きるで!逃げるで!」そういうと、少女たちは蜘蛛の子を散らすように姿を消した。

「ここは・・・・・・、一体?」目を覚ました狩屋は、自分がなぜビルの屋上に放置されているのか理解出来ない様子であった。


 ナオミという少女との時間が、夢だったのではと疑心暗鬼に襲われた。でも彼女の甘い香りを彼は覚えていた。


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