支配型テレパス VS 後方支援型魔導師

 通学中にトラックに轢き殺され、この世界に転生して半月ほど。

 僕は、転生した際にどう云う訳か得た「能力」を使って、隊商の護衛の仕事をする事になった。

 とりあえずは、飯には困らず、この世界の情報も得られる。

 どうやら、この世界では僕みたいに「他の世界で死んだ人間が転生する」事は全く有り得ないとは言い切れないが……どうも、あくまでも「民話」「都市伝説」レベルの稀な事のようだ。

 ただ、途中の村の古老から、ちょっと、気になる昔話を聞いたんで……もう少し大きな町で学者か魔法使いを何かを探して真偽を確かめた方が良いかも知れない。

 今日は、さしてトラブルもなく、日も暮れた。明日は、次の村に着いて、屋根の下で寝れるし、風呂にも入れるだろう。

 気候からすると秋の終りか冬の初めごろ。

 森と草地が多い平原のようだ。山は有るが、かなり遠くの方だ。その山には中腹まで既に雪が積っているので、かなりの高さが有るのだろう。

 僕たちの一行は野営の準備を開始した。


「すまねぇ……新入り……ちょっと、用を足してくるんで……しばらく、代りに焚き火の番をしてくれねぇか?」

「あ……はい……」

 夜中に護衛の先輩である中年の戦士……通称「とっつぁん」から起こされた。

 当然ながら、元の世界と違い、この世界の夜は暗い。

 この世界にも、僕達の世界と同じ位の大きさ・明るさの月が1つ有るけど……今夜は、もう西の空に沈んでしまったようだ。

「とっつぁん、遅いな……大きい方なのか?」

 ふと、そう呟いた瞬間……。

「たすけてくれ〜ッ‼」

 暗い中でも下半身丸出しな事だけは判る「とっつぁん」が、こっちに逃げてくる。その背後うしろには……。

「みんな‼ 起きて‼」

「どうした?」

「どうなってるの?」

 護衛仲間のハーフエルフの女の野伏レンジャーが首をかしげる。彼女は夜目が効くので、何かに気付いたようだ。

「何か……変な事が?」

「ええ……『とっつぁん』を追い掛けてる連中は……オークにゴブリンに……あと、普通の人間の村人やチンピラにしか見えないヤツに……」

「えっ?」

「訳が判んないよ……色んな種族のヤツが出鱈目に入り混じってる」

「とりあえず、例のアレを頼むぜ、『新入り』」

「了解……」

 僕は呪文を唱え、僕の得意技「身体能力を一時的に上げる魔法」を仲間達にかける。


「どうなってんだ……一体?」

 「とっつぁん」を追い掛けてた連中は1人残らず死ぬか、気を失なうかした……。

 でも、例えば、村人にしか見えないのを1人気絶させるまでに、何発も攻撃をする必要が有った。僕の魔法が無ければ、護衛も隊商も、一見、「弱そうな連中が出鱈目に集っただけの奴ら」に皆殺しにされていただろう。

「体が温かい……。アンデッドじゃない……」

「どうなって……待って、誰か、来る……えっ?」

「どうしたの?」

「そ……そんな……貴方と、そっくりの顔をしてる」

「やあ、『僕』。ようやく会えたな」

 次の瞬間……顔は夜の闇で見えないが、どこかで聞いた声のヤツの目が赤く光り……。

「殺せ……そいつを……」

 たしかに聞き覚えの有る声だ……。その声は……僕の声を……邪悪にしたような感じの声だった。


 訳が判らないまま逃げようとした……。

 しかし、追手は、よりにもよって、元から僕よりも体を鍛えてる上に、僕が「身体能力を上げる魔法」をかけた人達だ。

 あ、そうだ、魔法を解けば状況は改善するかも……。

 ようやく、そう思い付いた時……僕は背中と胸に、同時に熱さと冷たさを感じた。ボクの胸から剣が突き出ていた。

 ……あ……あの……ハーフエルフの女レンジャーの剣だ……。僕の命を奪ったのは……僕がいつしか淡い想いを抱いていた女性だった。


 僕が、この世界に転生した時に生まれた何人もの「僕」の1人の体は消えていた。その代り……「僕」の喉仏の辺りには、淡く虹色に輝く宝石が出現していた。

「『他のヤツの身体能力を上げる魔法』か……」

 この世界の「転生者」についての伝説では、もし1人の人間から複数の「転生者」が生まれてしまった場合、他の「自分」を殺し、その「魂の結晶」を取り込めば……その能力を自分のモノに出来る……らしい。もし、その伝説が本当なら……今、殺した「僕」の能力は、僕が元から持っている能力と、非常に相性がいい。

 僕が最初に得た能力は……テレパシー能力。それも他人を支配するのに特化したもの。呪文なんかを唱える必要が無いので……「魔法」と云うより「超能力」に近いのだろう。もの凄く強いヤツを支配するのは無理みたいだが、弱いヤツなら何十人も同時に操る事が可能なようだ。

 ごくり……。

 僕は「僕」の「魂の結晶」を飲み込み、「僕」の「魔法の焦点具」である「指輪」をはめた。心の奥底から、聞いた事も無い筈の呪文、見た事も無い筈の呪印が浮び上がる。

 これで、僕は、支配した下僕達を強化する事が出来るようになった。

「這い蹲れ……僕の前に……」

 僕は、新しい下僕の1人である、ハーフエルフの女に命じた。外見は……端的に言えば、僕の好みそのままだ。

 ハーフエルフの女は、僕の命令に従う。

 続いて、僕は、別の下僕である人間の男の戦士に、身体能力増強の魔法をかけた。

「この女を殺せ……。それも……全力を出してな……。見てみたい……今のお前の全力を……僕が新しく得た能力が、どの程度のモノかを」


 僕は、素手で易々とバラバラにされた女の死体を見ながら、笑い、そして泣いていた。

 これは悲劇なのか? 喜劇なのか?

 悲しむべき事か? 喜ぶべき事か?

 他の「僕」の魂を取り込んだのに、僕が能力と引き換えに失なったモノを取り戻す事は出来なかった。

 殺す理由も無い相手を惨たらしく、自分の手ではないにせよ、自分の意志で殺したのに……。

 僕の心には、恐怖も罪悪感も嫌悪感も湧いてこない。

 僕は……転生した際に失なったモノを取り戻せなかった……。「良心」「思いやり」「優しさ」……そんな名前で呼ばれている「何か」を。

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