第38話 公開裁判
「魔族め!角を隠さずに見せてみろ!」 「アンタの落とした隕石で、私の家は壊れたのよ!」
兵士に囲まれて被告席へ歩く俺に、怒号と投石が浴びせられる。王城前の広場に集まった市民の怨嗟に満ちた顔が、どんな情報操作をされたかを悟らせてくれる。狂騒する市民達とは裏腹に、王城外壁からせり出す演説台の上に並び立つ王達は、冷ややかな目で被告人を見下ろしていた。
「死ね!魔族なんか死に絶えろ!」 「父ちゃん返せよ、馬鹿野郎!」 「人でなし!何人死んだと思ってるの!」
処刑台に似た被告席への階段を上り、壇上に立っても渦巻く怒号は収まらない。そして壇上には見たくもない先客がいた。抜剣したアストリアと、シーラにミストの提灯持ちコンビだ。
「アムル、貴様も年貢の納め時だな。判決が出たら、俺が首を刎ねてやろう。」
心底楽しそうだな、アストリア。おまえは俺が嫌いみたいだが、俺もおまえが大嫌いだよ。アリシアが選んだ仲間だから、渋々指導していただけだ。
「俺の首を刎ねる、ねえ。おまえごときでは位が足りんな。」
「この期に及んで負け惜しみか。貴様と関わった事が、俺の人生唯一の汚点だ。」
「珍しく気が合うな。俺も同じ事を考えていた。」
額に青筋を立てたアストリアが剣を手に動こうとするのを、両脇にいた女二人が制止する。
「アストリア、落ち着いて。」 「首を刎ねるのは判決が下された後よ。」
「フン!神に、いや、悪魔に祈れ。"どうか命だけはお助けを"とな。」
"息子よ、おまえは余の「全ての能力」を引き継いだ。アムルファス・アムルタートは、人間の血を引く「8人目の魔王」なのだ"
親父殿の見立てが正しければ"魔王に真の死を与えられるのは、女神の血を引く者のみ"、このルールは俺にも適用されるはず。見立てが外れていれば……それまでだな。
「火炙りにしてしまえ!」 「八つ裂きだ、八つ裂き!」 「断頭台を持ってこい!」
壇上に上がってから投石は止んだが、罵声の嵐は収まる気配を見せない。
セントリスめ、いい加減に裁判とやらを始めろ。長ったらしい茶番劇など、マズくて高い料理と同じだ。
俺の心が読めた訳ではないのだろうが、王達の中央に立っていたセントリスが指を鳴らすと、後ろに控えていた騎士団長が最前列に歩み出て、拡声球で声を増幅しながら市民達に呼びかけた。
「静粛に!これより裁判を始める!」
……群衆を集めての公開裁判にした目的。セントリスは宰相に裏切られ、王都を戦場にしてしまった失態から、市民の目を逸らさせたいのだろう。人を見る目のなさと、叛乱計画に気付かなかった鈍感さ、為政者として犯した二重の罪を糊塗したいって訳だ。俺は体のいい
「被告人、アムルファス・アムルタートは魔王アムルタートの息子であり、父の命を受けて王都ヴィーナスパレスに潜入、人界侵略計画を目論んでいた。計画に則って宰相ノスビッリシモスを唆した被告人はランディカム王国への攻撃を開始、それが今回の事件の真相である。」
おいおい、俺が今回の事件の黒幕なのかよ。人質を取ってるからって好き放題しやがるなぁ……
僭称魔王のお仲間にぐらいはされているだろうな、と思っていたが、黒幕にされてるとまでは思わなかったぞ。おまえ達人間は魔族を悪魔呼ばわりするが、角はなくとも中身は似たり寄ったりだ。
「あの男、魔王の息子だってさ……」 「……悪魔の中の悪魔かよ。」 「……なんて恐ろしい。」
ザワつく市民達を慰撫するように、騎士団長は胸を張った。
「ランディカム王国の善良なる市民達よ、安心するがいい。悪魔の計画を見抜いた女王陛下の慧眼と、我ら魔法騎士団の働きにより、侵略計画は未然に防がれた。たとえ魔王であろうと、王国と王都を揺るがす事など出来ないのだ!」
よく言うぜ。恩に着せるつもりはないが、魔軍相手に青息吐息だったじゃないか。不意討ちされた事を割り引いても、十分釣りがくる不様さだっただろうに……
「我らの王であるセントリス陛下が、諸王を代表して魔王の息子に裁きを下される!王国の臣民達よ、おまえ達は歴史の証人だ。
王の中の王、と聞いた
主役気取りの女王陛下が演説台の最前列に歩み出て、聴衆の歓声を一身に浴びる。さぞ、いい気分だろうな。失態を功績に塗り替えるのに成功したのだから。
「……魔王の息子よ。判決が下される前に、何か言いたい事はあるか?」
尊大で勿体ぶった口調で問われたが、反論は出来ない。やれやれ、茶番もここに極まれりだな。裁判が始まる前に"陛下のお言葉に反駁すれば、アイシャ・ロックハート一行の命はない"と通告しておきながら、ぬけぬけと
「特にないね。判決とやらをサッサと謳え。」
背後に立っていたアストリアが後頭部に剣を突き付けてきたが、そんなナマクラで俺を殺せるか。例え殺されようとも、おまえやセントリスの風下にだけは立たん。
「本来ならば極刑に処するべき罪状ではあるが、格別の慈悲を以て、追放に留めてやろう。もちろん、"我が王国からの追放"ではない。魔族が住まうべき呪われし地、魔界への追放だ。穢れた大地を這いずる同族達に、"ランディカム王国には決して勝てない"と布告して回れ。それが貴様に出来る唯一の贖罪である!」
台車に載せられた"異界の門"が俺の立つ壇上の前に運び込まれてきた。少なくともセントリスは、俺が僭称魔王を斃した事を知っている。そしてファルケンハインの爺さんからは、"魔王の死"に関するルールを聞かされた事だろう。
"殺せるかどうか自信がない、殺せたとしても復活するかもしれない。だから宰相の隠し持っていた「異界の門」を使って魔界に追放する"とは考えたものだ。浅知恵女王にしてはいいアイデアじゃないか。誰かが知恵でも吹き込んだかな?
「セントリス、言葉を付け加えよ。"ドラガニア竜公国とランディカム王国には"だ。」
フフッ、豪華な衣装を纏ったプライドの塊、竜人王らしいな。セントリスの一人舞台に我慢出来なくなったか。力と我の強い王、竜騎士時代のドルさんはさぞ苦労しただろう。
「高原王国も加えてもらおうかの。」 「一応、五都市連盟も混ぜといてもらおうかな。……妖精王国は乗らないの?」
「ザイファーン同盟の結束を乱すつもりはないのですが、全ての事柄に相乗りするつもりはありません。」
「私は
「魔界への追放か。よかろう。」
「なんだその態度は!膝を着いて、
背後でがなり立てるアストリア。SS級に昇格しても、精神的には全然成長していないようだな。
「魔王の息子よ。罪を認め、私の裁きを受け入れるのならば、一筆もらっておこうか。"魔族は契約を重んずる"のであろう?」
シーラが羊皮紙を、ミストが羽根ペンを懐から取り出し、差し出してきた。俺が紙とペンを受け取ると、交互に耳元で囁いてくる。
「穢れし勇者アムルファス、契約書に記す内容とは…」 「……です。お分かりですね?」
なるほど、セントリスらしい小細工だ。俺を追放するだけでは飽き足らず、他国への牽制にも利用しようってのか。そして、俺は一つ考え違いをしていた。シーラにミスト、おまえ達は何者だ? ただの提灯持ちがこんな大役を言いつかるはずはない。見栄えと戦闘能力だけはあるアストリアの陰に隠れながら、何を企んでいる……
「……これでいいのか?」
ペン先で指を切り、血で記された文面を確認した女二人は、妖艶な笑みで頷き合った。魔術師のシーラはともかく、盗賊のミストまでが高位魔族語を理解している。何者かはわからないが、コイツらは提灯持ちなどではなかった。提灯を持つフリをしながら、アストリアを自らが望む方向に誘導していたのだ。
「セントリス、俺は親切な魔族だから、内容に不備があると教えてやろう。」
「なんだと!?」
シーラとミストの笑みを見て確信した。この状況は二人(とその背後にいる誰か)の思惑通りに進んでいる。だがな、俺も魔族だ。口八丁で相手を欺き、騙くらかすのは得意でな。この策が決定打になるかどうかはわからんが、少なくともおまえ達の計画に生じた不確定要素にはなる。
見てろよ。全部が全部、おまえ達の目論見通りに運ぶだなんて思っていると、痛い目に遭うぞ?
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