第37話 獄中の勇者



さて、王達は俺をどう処するつもりなのやら。自分の未来に関わる話なのだが、俺にはどこか他人事のように感じられる。"どんな結論が下されるにせよ、ロクなものではないはずだ"という割り切りというか、諦めが他人感覚を助長させているのかもしれない。


……誰かが階段を降りてきている。獄吏の交代時間にはまだ早い。いよいよ審判の時が来たかな?


「おまえ達はもういい。この男は俺達で監視しろと、陛下から命令が下された。」


男が羊皮紙を見せると、獄吏二人は助かったとばかりにそそくさと退散していった。それなりの腕自慢なのだろうが、魔王の息子はやはり怖かったようだ。


新たな監視役となった男女の顔には見覚えがあった。確かSS級冒険者のサリバン兄妹だ。フィオと交友がある数少ない冒険者で、この叛乱劇でも一緒に戦っていた。


兄のグラハム・サリバンが魔法戦士、妹のライザ・サリバンは野伏レンジャーでドルイド、二人で四役をこなせるこの兄妹をフィオは高く評価してたっけ。


「誰が監視役だろうと構わんが、無用な心配だ。俺は逃げる気はない。」


「それはわかっている。アンタがその気だったら、とっくに牢を出ているだろう。そもそも、捕まる事さえなかったはずだ。」


グラハムがそう言い、ライザは頷いた。


「私と兄さんは監視に来たんじゃないわ。まず差し入れを。何も食べてないんでしょ?」


提げていたバスケットから、ライザはローストビーフをたっぷり挟んだパンを取り出し、格子の間から差し入れてくれた。


「助かるよ。こりゃ旨そうだな。」


毒殺の可能性を考える必要はない。この兄妹なら"どんな劇毒であろうと、それだけでは高位魔族は殺せない"と知っているだろう。高位魔族でさえそうなのだから、魔王ならなおさらだ。実際、俺にはどんな毒も効かないしな。


「うん、見た目に違わず旨いパンだ。……どっかで食べたような味だが……」


考え込む俺に、グラハムが出所を教えてくれた。


「クィーンズアベニューにある、"小鳥のさえずり亭"のパンだ。何度か買いに行った事があるだろう?」


「そうそう、思い出した。旨いんだけどすぐに売り切れちまうから、早起きしなきゃ買えないんだよな。」


早起きは大の苦手だ。だからさえずり亭のパンを買えたのは、メンターになったばかりで忙しく、徹夜で仕事をした後だけだったりする。思えば中級に昇格してからは、すっかり疎遠になっていた。


「私と兄さんの実家なの。パンを焼いてるのはお婆ちゃんよ。」


「そうだったのか。パン作りの名人が身内にいるってのに、ずいぶんと血腥ちなまぐさい稼業についたもんだな。」


「俺も妹も料理の才能がなくてな。……アンタには申し訳ない事をした。婆様に代わって恩を返したいと思っていたんだが……」


「数年前にちょいちょい買い物したぐらいで恩返しは大袈裟すぎだろう。だいたい恩ですらない。パン屋がパンを売るのは当たり前だ。」


「俺達兄妹は、アンタの正体を知っていたんだ。」


「フィオが話したのか!?」


「いいえ。お婆ちゃんから聞いたのよ。お婆ちゃんは子供の頃に"魔王の箱庭"に連れて行かれた事があるの……」


親父殿の定めた掟を破った眷族が攫ってきた人達には、女子供も混じっていた!サリバン兄妹の婆様は、あの時の……


「おいおい、それじゃあ恩どころか恨みがあるんじゃないのか?」


「他の人間は知らんが、婆様は魔王夫妻に感謝している。継父に奴隷じみた扱いを受けていた婆様は、"飼い主が変わっただけ"だと思っていた。だが、掟を破った不心得者を粛清した魔王は、無力でみすぼらしい小娘をの手を握りながら、眷族の蛮行を詫びてくれたのだそうだ。"初めて私を人間扱いしてくれたのが、同じ人間ではなく、魔王様だったなんて笑えるでしょう?"、箱庭の話をする時の婆様は、いつも笑顔なのさ。」


「親父殿は攫ってきた人間達を人界に帰す前に、忘却オブリビオンの魔法をかけたはずだが……」


拐かされてからの記憶がないだけに、詫び料として渡された宝石類も、どうしてそんなものを持っているのかがわからなかっただろうな。


「お婆ちゃんは"私を初めて人として扱ってくれた魔王様の事を忘れたくない"と嘆願したの。魔王アムルタートはその願いを聞き入れた。だから、お婆ちゃんは箱庭で見た魔王の息子……あなたの顔も覚えていた。」


「記憶力のいい婆様だな。半世紀も前の光景を覚えていたなんて、大したもんだ。」


俺が気付かなかったのは仕方がないって事にしておこう。幼い少女が婆様になるまで齢を重ねてるんだ、俺じゃなくても普通は気付くまい。


「人界へ帰された人達は、魔女と大賢者が後々まで面倒をみたわ。お婆ちゃんは信頼出来る家の里子になって無事に育ち、箱庭でもらった宝石類を元手に自分の店を持てるようになったの。」


「アンタが店にやってきた時、婆様はすぐに正体に気付いたそうだ。魔王と魔女の面影があるその顔を、忘れた事はなかったから。そして孫の俺達に"あの方が困っているようなら、おまえ達が助けになっておくれ"と頼んできた。呑気にメンターをやってるアンタにさほど困った様子はなかったんで、特に何もしちゃいなかったんだが……」


「でも、その時が来たって訳よ。私達に出来る事ってある?」


律儀な婆様に育てられただけあって、律儀な兄妹だな。


「俺には何もしなくていい。だが、アイシャ・ロックハートと彼女の仲間の事を頼みたい。詳細はフィオが話してくれるだろうから、端的に言うぞ。俺が半世紀前に倒した魔王バエルゼブルが間もなく復活する。奴を完全に滅ぼせるのはアイシャだけなんだ。」


「魔王バエルゼブルが復活するだと!?」 「アムルさん、それは本当なの!」


「俺がメンターをやっていたのは、魔王に「真の死」を与えられる勇者を探し出し、育てる為だった。」


「……そういう事だったのか。」 「でも、魔王の息子がどうしてそんな事を?」


「さえずり亭の婆様みたいな人間が、魔王のせいで泣きをみるなんて業腹だろ?……"種族の垣根を超えて共存出来る世界"への憧れもあったが、それはもう捨てた。」


少しだけ、ほんの少しだけだが、希望を持っていた。謁見の間でセントリスに会うまでは、な。だがあの女王の見立ては"魔族同士の覇権争い、魔族はすべからく敵"だった。おそらく、他の王達の考えも似たり寄ったりだろう。


もう認めざるをえない。親父殿が正しかったのだと。共存出来ない者は、違う場所で、関わりを持たずに生きていくしかないのだ。


「魔王の息子なのに、地母神の信者みたいな夢を見てたんだな。」 「いい夢じゃない。捨てる必要なんかないわ。」


ライザの言葉に俺は首を振る。


「……俺に下される審判を見ていればわかる。」


魔王バエルゼブルも、魔王ゼンムダールも力の信奉者だ。同じ魔王である親父殿も同じだと思う者は多いはず。敵対する事は簡単だが、共存する事は難しい。……人は易きに流れるものだ。


「希望を捨てるな!王級会議に立ち会っているギルドマスターが、なんとか仲裁してくれるかもしれん。」


「そうよ!"私に出来る限りの事はやってみよう"と仰っておられたわ。」


いくらオズボーンが現役最強の魔術師だといっても、五大王国相手に喧嘩は出来まい。それよりも……


「監視役を任されるという事は、アンタら兄妹はセントリスから信頼されているって事だな?」


「俺達は生粋のランディカム人で、女王からの困難な依頼をいくつも達成してきた。今回も王城の防衛に貢献したしな。あの女王陛下の性格からして"ランディカム人ならば当然"と思っているかもしれんが……」


「腹の底から信頼されているとは思えないけれど、SS級冒険者の中では一番マシな部類だと思うわ。」


海千山千の強者だけあって、状況分析が的確だな。フィオが高く評価しているだけの事はある。


「アイシャへの助力の方法なんだが、あからさまにではなく…」


「わかった。その方がいいだろう。」 「任せて。王宮に出入り出来る立場の味方が必要なのよね?」


察しのいい事だ。王宮と対峙してでも味方する有力冒険者は、フィオがやってくれる。この二人には、高ビーのフィオには出来ない助力を担当してもらおう。


俺が大人しくしている限り、セントリスはアイシャを冷遇はしても害する事は出来ない。バエルゼブルの復活には半信半疑かもしれんが、事実だった時に困るからな。女神の血を引く者がゴロゴロいる訳もないのだから、冷遇するか懐柔するかのどっちかだ。セントリスの性格を考えれば、アイシャではなくアリシアを本命に据えようとするだろうが……


俺の正体が露見した時の事は、レイに指示してある。アイツならうまくやってくれるはずだ。




友や生徒の為に出来る事は全てやった。後は審判の時を待つだけだ。


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