第36話 王級会議



王級会議の席には五大王国と呼ばれる主要国の王達が集っていた。


五大王国の内訳は……


魔法王国ランディカム女王、セントリス・ランディカム(人間・女性)

竜公国ドラガニア公王、レーゼ・レームヴルム(竜人・男性)

妖精王国アルフヘイム国王、リアン・エリアストル(人間・男性) 妖精女王、オデット・オベロン(小妖精・女性)

高原王国ドナーダン国王 ダルカン・ブリスボア(ドワーフ・男性)

五都市連盟ファイブチルドレン盟主 フー・フル(短軀族ショーティス・男性)


五つの王国による対魔軍軍事協定が"ザイファーン同盟"で、由来は高原王国の王都にある。半世紀前にバエルゼブル戦役が勃発し、かの地に集った王達によって成された共闘の約定は現在、五大王国による不戦不可侵の盟約へと実態を変化させていた。五都市連盟は単一王国ではないが、五つの小国が加盟する堅固な共同体であり、その盟主は国王に匹敵する権限を備えている。ゆえに"五大王国"と称されているのだ。


五人の最高権力者の集う王級会議には、立会人として冒険者ギルドの代表も参加するのが慣例である。大小六つの椅子が囲む円卓の傍にはギルドマスター、オズワルト・オズボーンの姿もあった。開会と閉会を宣言し、求められれば助言を行うのが彼の役目である。


「それでは、王級会議を始めましょう。」


慣例に則り、壮年魔術師オズワルトは王級会議の開会を告げる。最初に発言したのは二番目に小さな椅子に腰掛けた男だった。


「いつもは"喧嘩しないで仲良くしようね"みたいなお手盛り会議で終わるんだけどさぁ、今回ばかりはそうもいかないよねえ?」


子供のような体躯と顔立ちのフーは、子供のような悪戯っぽい笑みを浮かべている。だが、目は笑っていない。


「フー、何が言いたい?」


王級会議の場では敬称抜きで忌憚なく話す、それも慣例ではあるが、言葉を返したセントリスの目には親しさの欠片もない。五つの小国を束ねるこの短軀族の男が油断のならない相手である事が、よくわかっていたからだ。


「まずさぁ、宰相に謀叛を起こされるような人間が、この場に座っていていいのかなぁって思ってるのは、僕だけなのかな?」


相手に弱味があれば容赦なく突く。フーが五つの小国を代表してこの場にいるのは伊達ではない。彼は列席する四人と違って元は平民だった。小商いの旅商人から身を起こして、実力で盟主の座を勝ち取ったのだ。交易都市ならではの"有力商人による入れ札で国王を選出する"という仕組みが、彼をこの場に座らせている。


「……諸卿らには面倒を強いたが、反乱は完全に鎮圧した。手勢を率いて鎮圧に協力して頂いたリアンとオデットには感謝したい。」


セントリスが示したいのはリアンとオデットへの感謝ではなく、傍観を決め込んだ残りの三人への非難である事は明白であった。もちろん、三人の王は非難を黙殺する。自国の叛乱を自力で鎮圧出来ないようでは王ではない、とでも言いたげでな表情あった。もっと言えば、"叛乱を起こされる事が論外"とさえ思っていたかもしれない。


「本題に入りましょうか。セントリス、ヴィーナスパレスに出没した魔王を討伐したのはアムルファス・アムルタートという半魔……魔王の息子だったという噂を聞きましたが、本当ですか?」


妖精王国最強の騎士にして王であるリアンの問いに、セントリスは首を振った。


「そんな噂があるようだが、事実ではない。魔王メレクエルを討ち取ったのは、我が国の精鋭達だ。大きな犠牲を払いはしたが、見事に王都を防衛してくれた。その半魔は市街に隕石を放ち、損壊させただけだ。まったく、いい迷惑だな。」


「では魔王の息子というのも眉唾なのですね?」


「いや、ファルケンハインの話では、奴が魔王の息子なのは確かなようだ。そして、かの老人の話が本当ならば、もっと大きな問題が近々起こる事になる。諸卿も一度は警告を受けていよう。」


「……バエルゼブルの復活は近い、か。」


重々しく発言した竜大公レーゼは、若き女王セントリス、青年王リアンより一回り年上で、体格も一回り大きい。年相応の髭も蓄え、威厳という意味では、最も王らしい王であった。


「……何者かが"異界の門"を集め、大掛かりな陰謀を目論んでいるという話についても、儂らは警告を受けておった。儂も含めて皆が"また心配性の大賢者が、危機を煽ってザイファーン同盟を結束させようとしておる"としか受け取らなんだが、事実じゃったという訳じゃ。」


半世紀前の惨劇を直接知る王が口を開いた。髭の立派さではレーゼに負けず劣らず、しかし背丈はレーゼの半分ほどしかないドワーフ戦士のダルカンは、若き日に高原兵団を率いて魔軍と戦った経験があった。最年長の王は父である先王に第一王子だった兄、直系の親族のほぼ全てと、多くの高原兵ハイランダーを魔軍との戦いで失っている。あの惨劇がもう一度起こるとなどと言う大賢者の警告を、誰よりも認めたくなかったのは彼だった。


「事態は切迫していると見ます。善後策を立てる前に、直接大賢者殿からお話を伺いましょう。魔法王国ならば、前宮廷魔術師と話せる遠話球ぐらいはあるはずです。」


宙に浮かぶ蔦で編まれた椅子に座していた妖精女王オデットが提案し、セントリス以外の王達は頷いた。惰弱と評されていた先王と違って、セントリスは優れた魔法騎士である。だが、同盟相手としての信用は先王以下だった。自国中心主義を掲げ、相応の力を持った女傑よりも、軟弱ひ弱な事なかれ主義者の方が危険度は低いからである。武勇に優れた野心家は、いつの時代も信頼されない。


「よかろう。半魔ごときよりももっと大きな問題は、私の口から話すつもりであったが、ヘンに疑われてもかなわぬ。ファルケンハインに話を聞いてみるといい。」


情報を隠蔽しているのではないかと疑われるのはいい気分ではなかったが、ファルケンハインが事実を述べている可能性が高まった以上、妖精女王の提案を拒絶する事は難しい。


「リアン、貴方も私も、亡き先王も平和に慣れすぎていたのかもしれませんね……」


オデットはそう言ったものの、対の者リアンには責任がないと思っている。五大王国最年少の王は、王位を継いで一年と経っていないのだ。リアンの父が急逝した為に、王位継承は慌ただしいものとなった。先王の弟、ガスパール公爵が玉座に色気を持っていた為に生じた継承争いで、妖精王国には内紛が生じていた。先王の対の者であったオデットが明確にリアンを支持し、彼の対の者になった事によって諍いは沈静化したものの、まだ火種は燻っている。早い話が、若き王にはよそに目を向けている余裕がなかったのだ。


「かもしれないね。だけどまだ間に合うはずだ。」


リアンとオデットのみならず、半世紀前に滅んだ魔王が復活すると本気で考えていた王はいない。……そう、昨日までは。


──────────────────


「……と、いう訳じゃよ。納得がいったかね?」


かつての師から全てを聞かされたセントリスの口から出たのは感謝ではなく、怒りの言葉だった。大賢者は彼女に全てを話していた訳ではなかったのである。


「ではあの男が半魔と知りながら協力していたというのだな!なぜ今の今まで、この私に報告しなかった!」


王級会議の場で話そうと考えていたという事は、かつて仕えていた国の王を信用していないという事でもある。人一倍プライドの高い彼女には、到底看過出来ない侮辱だった。他国者ならいざ知らず、大賢者は生粋のランディカム人なのだ。当然、王である自分に忠誠を尽くすべきであると彼女は考えていた。ファルケンハインがなぜ宮廷魔術師の座を辞して、塔に引きこもったのかという疑問など、湧く訳もない。


「なぜ? 今のご自分のお顔を鏡でご覧になるといい。理由がおわかりになるじゃろう。」


言ったが最後、排除し殺そうとしたに決まっておるからじゃ、と大賢者は心中で呟いた。


「あの男が"名もなき勇者"だったとは到底信じられん!魔王を魔王の息子が殺したという事じゃぞ!」


「ダルカン陛下、人族が一枚岩ではないように、魔族も一枚岩ではない。」


「仮に大賢者殿の申す事が真実でも、魔族と儂らは相容れぬ。あやつの父、魔王アムルタートの命を受けて、魔王バエルゼブルを倒してのけたという事であろう。地上の支配権を巡る共食いという訳じゃ。」


ただでさえ頑固なドワーフが、身内を殺されているとなればこうなるか……ファルケンハインは無礼を承知でため息をついた。


「セントリス、魔王の息子は地下牢に閉じ込めてあるそうだな。」


レーゼの言葉にセントリスは頷き、説明を加えた。


「封魔の錠で幾重にも身を拘束し、特別あつらえの地下牢に入れておいた。いかに魔王の血を引く男といえど、何も出来ぬ。」


「だったら今の間に処分しておくべきだ。ダルカンの言う通り、言葉巧みに人をたぶらかすのが魔族。大賢者とはいえ例外ではあるまい。」


歳を重ねる度に勘気を落ち着きに変えてきた大賢者だったが、それにも限界がある。竜大公の言葉は大賢者の許容出来る範囲を超えていた。当然、声音も荒ぶる事になる。


「やめておきなされ!今、アムル君が地下で大人しくしておるのは、何も出来ぬからではない。彼が自分の意志で大人しくしておるに過ぎんのじゃ。殺そうとすれば、真正魔王を単独で討伐した男がどれほど恐ろしいか、おびただしい血を代償に知らされる事になる。」


「フン!仮に奴が"名もなき勇者"だったとしても、ここにいる五人の王と引き連れてきた精鋭が総掛かりで相手をすれば、勝てぬ訳はない。」


竜人最強の余一人でも十分だ、と言いたげなレーゼには見えないように、フーが舌打ちする。武力では他の四人に劣っているだけが理由ではない。盟主である前に商人である彼は、一文にもならない戦いに巻き込まれるのは真っ平なのだ。


「僕達全員が力を合わせれば魔王の息子にだって勝てると思います。ですが無傷とはいかないでしょう。精鋭を損耗させた挙げ句、この中の誰かは死ぬかもしれません。バエルゼブルの復活が近いというなら、あまり賢いやり方ではないですね。」


リアンの懸念は至極当然であり、王達は妙手を求めて考えて込んだ。


「ファルケンハイン、実際に奴の力はどの程度なのだ?」


セントリスの物事に対する考え方は"危険分子はあらかじめ排除する"という理念に基づく。蛇は卵のうちに殺せ、はファルケンハインの教えとは違うが、それが王たる者の責務であると彼女は信じている。


儂の教え方が悪かったのか、生来の気質が頑健強固だったのかはわからぬが、教育係を引き受けた事が失敗じゃったのは確かじゃな、老いた賢者は疲れた顔で元生徒の問いに答える。


「魔王を単独で討伐したと言ったはずじゃが……」


「もっと具体的にだ。」


考えてみれば、半世紀前の戦争に参加したダルカン陛下でさえ、魔王と直接相対はしておらん。各々の力に自負と自信を持つ者には、わかりやすく例えた方がよいか。そう考えたファルケンハインは、比較する例を出して説明を始めた。


「力においては巨人族を、剣技においては剣聖ルカスを、魔力においては…」


「魔女ドルエラを超える、ですか?」


会議の冒頭以降は黙って話を聞いていたオズワルトの発した言葉を聞き、ファルケンハインは沈黙した。


「………」


「やはりですか。彼が魔王と人間の間に生まれたというのなら、母親は誰なのだろうと考えていました。半世紀以上前に"魔王の箱庭"の調査に向かったという伝説の魔女が、彼の母なのですね?」


「知らぬ。知っていても答えたりせん。」


「その苦渋に満ちたお顔で十分です。国王方、彼の処遇については私から提案があります。」


"いかなる国にも属さない"が基本理念である冒険者ギルドは、国を跨いだ武闘派集団でもある。実力、この場合は自前の武力を備えているからこその立会人なのだ。



五人の王は、現役最強の魔術師でもあるギルドマスター、オズワルト・オズボーンの提案を聞いてみる事にした。


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