第35話 魔界騎士からの忠告



魔軍といえども総大将を失えば、戦意は大幅に削がれるものだ。拠り所は消滅し、指揮系統も混乱する。富国強兵を治世の中核に据えてきたランディカム王国軍は決して弱くはない。奇襲を受けて混乱していたが、魔軍がそれ以上に混乱してしまえば、態勢を立て直すのは難しくない。戦いの趨勢は人族側に傾きつつある。


……だが、まだ軍団としての機能を維持している一団がいるな。おそらくゼンムダールが差し向けた連中だろう。超高位魔族だったメレクエルを掣肘出来る力を持った奴らだけに、放置すれば戦局を再逆転させかねない。


アイツらを潰してしまえば、もう逆転の目はない。乗りかかった船だ、始末しておくか。


「怯むな!王国騎士の手で王都を守るのだ!」


懸命に魔軍と戦う騎士団だったが、旗色は悪い。魔法王国の末裔を自称するランディカム王国は、魔法騎士、魔道士の育成に熱心で、国軍の主戦力としている。その反面、回復系魔法を使える神官やドルイドの登用には消極的だ。補助、回復要員が手薄となれば、必然的に軍団の継戦能力は低下する。ドルイドは国家への忠誠心が希薄な者が多く、神官の忠誠心は所属する神殿に向けられている。それを嫌っての事なんだろうが、今回は裏目に出たな。高位魔族となれば、嫉妬の女魔王メレディスの力を起源とする魔族専用回復魔法ぐらいは使えるものだ。


「むっ!新手の高位魔族か!」 「……マズいな。」


騎士隊長らしき男と、魔軍の長らしき派手マントが、飛来した俺の姿に気付いたようだ。


「魔族にしか見えんだろうが、俺は人族の味方だ。、だがな。」


「黄金の角……卿がアムルタート様のご子息だな?」


「ああ。おまえはゼンムダールの手の者か?」


「左様、私はゼンムダール様の騎士、バール・バーデッケン。……真正魔王の血族が王都にいたとは、メレクエルも運がない事よ。」


「決闘の最中にお喋りか? そんな余裕があるとでも…!!」


「最初から余裕だ。人族の剣術を見るのは初めてゆえ、少し見学していただけの事。」


苦笑した魔界騎士は、刃を交えていた騎士隊長を魔力の篭もった長い足で蹴り飛ばした。勢いよく民家に叩き付けられた騎士は、壁に埋もれて動かなくなる。


「運がないのはおまえもだ。」


魔剣を構えて臨戦態勢を取った俺に対し、魔界騎士は左の手のひらを向ける。


「それは待って頂けぬか? 我らは魔界へ帰還しようとしている。"メレクエルがしくじったら、疾く帰還せよ"と、主から命を受けていてな。此奴らが追い縋ってくるゆえ、相手をしていたまでだ。」


「いいだろう。帰ってゼンムダールに伝えろ。"欲をかかずに、魔界の王で満足しておけ"とな。」


人族にとってはゼンムダールの住まう魔界も、親父殿の暮らす箱庭も"魔界"で一括りだが、親父殿は魔界呼ばわりされるのを嫌う。


"元は別世界アウタープレーンであって、魔界ではなかった。ゼンムダールやバエルゼブルのアホウが血で血を洗う世界にしおっただけじゃ。魔族魔物が暮らす地であっても、楽園にする事は可能だ。……主にドルエラのお陰じゃがな"と、のたまっていたな……


「しかと承った。では御免つかまつる。」


「逃がすものか!」 「隊長の仇だ!」 「不浄なる魔族、撃つべし!」


踵を返した魔界騎士の背を、王国騎士達が追おうとするので間に割って入る。


「よせ。無駄な死人が増えるだけだ。」


「邪魔をするな!」 「貴様から殺すぞ!」 「どけ!どかぬか!」


おまえらの為に言ってやってるんだ。さっき騎士隊長が子供扱いされてたのを見てなかったのか?


「バーデッケン、サッサと行け。俺が抑えておいてやる。」


「魔界の王子ともあろうお方が、彼我の力量差も読めぬバカの世話とは嘆かわしい。魔界騎士として忠告しよう。人族への肩入れなどお止めなされ。我らのみならず、貴方にとってもロクな事にはならぬ。」


そんな事はわかってる。その"ロクでもない事"が、この後に待ってるんだからな。


──────────────────


「……セリスから話は聞いたが、魔族のおまえが妹を助け、人族に味方したというのはまことか?」


戦鎧を纏った女王の鎮座する謁見の間、その壁は焼け焦げ、立ち並ぶ柱にはいくつもの刀傷が残っていた。メレクエルの軍勢は王城最奥にまで侵攻してのけたらしい。


「まあな。目障りな奴らだったから、少し加勢してみた。」


「女王陛下の御前だ!膝を着き、こうべを垂れぬか!」


玉座の隣に立つ騎士団長が怒鳴りつけてくるが、生憎、その女は俺の王ではないのでな。膝を着くいわれはない。爺さんが"セントリス陛下は頑固頑迷じゃが、剣術魔術の才には長けておる。人族最強の魔法騎士ではなかろうかの"と評しただけあって、城内に侵攻してきた魔軍は自力で撃退したようだが……


「少し訂正しておこう。俺は魔族ではなく、半魔だ。詳しい事はファルケンハインの爺さんにでも聞けばいい。」


「おい、アムル。貴様は自分の立場がわかっているのか? 陛下の御前で不遜な態度を改めないのなら、俺が"身の程"を教えてやってもいいのだぞ。」


居並ぶ重臣達の中にはなぜか、アストリアと提灯持ちのシーラとミスト、それにアリシアの姿があった。


「なんでおまえが謁見の間にいるんだ? 王国に召し抱えられでもしたか?」


「アストリア殿は王級会議の警護役として王城に滞在しており、此度の戦いでも功を立てた。ゆえに、陛下が特別に列席を許されたのだ。わかったら膝を着かぬか!」


「よい。魔族に礼節など求めても無駄だ。」


青筋を立ててがなり立てる騎士団長を手で制した女王は、言葉を続けた。


「アムルファス・アムルタート、おまえには嫌疑がかかっている。身分を偽って冒険者ギルドのメンターとなり、何を目論んでいたのだ? 怠惰の魔王の尖兵として、人界征服を目論んでいたのではないか?」


なるほど。"魔族同士の覇権争い"と、この女王は見立てているのか。


「さすがは聡明なる女王陛下!そうに違いありません!思えばこの男はメンターとして働きながら、人界の戦力等を調べていた様子が窺えました。」


アストリア、おまえが"提灯持ちを従えるのが好き"なのは知っていたが、噂通りに"権力者の提灯を持つのも得意"だったんだな。


「なんて事を言うの!陛下、先生は密偵じみた行為などなさっていません!そんな勤勉さなんて皆無なんです!」


アリシア、弁護してくれるのは嬉しいんだが、"密偵をやれるほど勤勉じゃない"という論法は、ちょっと傷付くぞ。怠惰だった事は否定しないけどな……


「君は黙ってろ!陛下、この男にいかがわしさを感じた私は、パーティーリーダーとして距離を取る事を決めたのです!シーラ、ミスト、そうだったよな?」


「ええ、間違いありません。」 「この男の数少ない生徒達も、同じ証言をするはずです。」


魔族と関わり合ったなんて、冒険者としてマイナスでしかないからな。俺の指導してきた冒険者達も、証言を合わせてくるだろう。世知には長けてるアストリアは、事前に根回しするに決まってるしな。


「アストリアよ、私は参列は許しても、発言を許した覚えはないぞ。」


女王陛下の言葉を聞いたアストリアは、膝を着いて頭を垂れる。


「ハハッ!平にご容赦を!女王陛下の御為を思い、場も弁えずに無礼を働きましたっ!」


自分に追随しない冒険者達には傲岸不遜だが、権力者には平身低頭。宮廷で受けがいい訳だ。ここまで徹底して提灯が持てるのなら、いっそ立派だと褒めてやるべきなのかもしれんな……


「……さて、魔王の息子よ。おまえの処遇については王級会議の場にて、各国の王達と話し合った上で決定しようかと思う。それまでは地下牢で大人しくしておれ。つまらぬ事を考えれば、アイシャ・ロックハート一行に、面白くない事態が起きるぞ?」


やはりアイシャ達は身柄を拘束されているのか。……この女、なかなかに賢い。俺の泣き所をご存知のようだ。情報源はセリス姫あたりかな?


「わかった。では地下牢に案内してもらおうか。」


女王が指を鳴らすと数人の騎士が俺を取り囲み、魔法拘束アンチマジックのかかった拘束具を俺の手足に取り付けた。


「魔王の息子よ、ついてこい。」


壇上から降りてきた騎士団長が先導し、十重二十重に囲む騎士達と共に地下へ向かう道を歩く。


何重もの扉をくぐり、長い長い螺旋階段を降りた先の地下牢に俺は案内された。


「裁判を待つ間は、ここで大人しくしていてもらおうか。逃げようとしても、逃げられるものではないがな。」


騎士団長は、床にも壁にも天井にも魔方陣が描かれ、鉄格子には魔法文字が刻まれた特別あつらえの牢屋に自信がお有りのようだな。確かに、この牢獄なら魔族でも抜け出す事は不可能だろう。


俺が牢獄に入った直後に格子扉が閉じられ、申し訳程度の燭台に火が灯る。真っ黒だと不便だろうという気遣いではなく、囚人を監視する為に灯りが必要なのだろう。



最高レベルの結界が張り巡らされた牢獄ではあるが、親父殿直伝の時空系魔法を使えば脱獄は可能だ。だが、アイシャ達を人質に取られている以上、逃げる事は出来ない。腕を枕に石の床に寝そべった俺は、目を閉じて判決の時を待つ事にした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る