第34話 魔王の息子と僭称魔王
案内役の魔界騎士は逃げ去った。俺は仰向けに寝かされている勇者の傍に片膝を着く。
「……アイシャ、大丈夫か?」
出逢った頃とは見違えるくらい逞しくなったアイシャの体を抱き起こし、傷の具合を確かめる。よかった、深手ではあるが、これなら命に別状はあるまい。
「先生は……魔界の王子様だったんですね?」
出来る事なら魔王化した姿を見せたくなかった。アイシャ達にだけは……見せずに済ませたかった……
「話は後だ。」
「………」
気を失ったか。深手を負った上に極度の疲労だ、無理もない。対の者のチルカも援護と止血でもう限界らしく、アイシャの胸ポケットで休んでいる。
「セリス姫、死にたくないなら、腰帯に掴まれ。」
「は、はい。」
躊躇う気持ちはわからなくもないが、死にたくないならそうするしかない。手段を選んでいる余裕なんざ、ないだろう。
腰帯を掴む手を引きちぎったシャツで結わえてから、アイシャを抱えて飛翔する。
城壁を越えてから俺はレイ達を千里眼で探した。……そこか。上手く後方に下がれたようだな。
最大速度でレイ達のいる場所まで飛んでみたが、俺の姿を見た王国兵士達は弓をつがえ始める。
「弓を下ろしなさい!彼は味方、しがみついてる人間をよく見なさい!アンタらの姫様ごと射貫くつもりなの!」
フィオが兵士達を怒鳴りつけると、混乱しながらも弓を下ろしてくれた。魔法もかかってない弓ごときはどうという事もないが、無駄に争ってる場合じゃない。
「姫様!ご無事ですか!」
抜剣した騎士達が駆け寄ってくるので警告する。魔王化している以上、おまえらを信用するのは危険だ。
「寄るな!すぐにそっちへ向かわせる。」
着地してアイシャを石畳の上に寝かせ、結わえた紐を外してセリス姫を騎士達の元へ送り出す。姫君と入れ替わりに、生徒達が駆け寄ってきた。
「先生!アイシャは…」 「無事に決まってるのニャ!」
気を失ったアイシャの傍らに寄り添うレイとルル。ルシアンは、唖然とした顔で俺の姿を見ていた。
「ああ、無事だ。ルシアン、手当てしてやってくれ。」
アステアの使徒の表情が、憎しみで歪んでいく。
「先生は……貴様は魔族だったのか!!僕達を騙していたんだな!!」
女神を奉ずる者らしからぬ、呪詛めいた糾弾の言葉。……やはりこうなるか……
「ルシアン、言いたい事はわかるが後にしろ!アイシャの手当てが先だ!」
「黙れ!よくも…」
「おっと、僕の友達に無礼は許さない。エミリオ、アイシャ君を頼む。」
メイスを上段に構えたルシアンの腕をサイファーが掴んだ。そのまま羽交い締めにして、俺から引き離す。
「離せ!コイツは魔族なんだぞ!人族の敵だ!」
喚くルシアンをサイファーは連行し、代わってエミリオがアイシャの手当てを始めた。半エルフの手から放たれる淡い光が、アイシャの傷を癒してゆく。治癒を継続しながら、エミリオは背後に立っている俺に質問してきた。
「アムルは魔族……ううん、魔王の息子だったんだね?」
「そうだ。隠していてすまなかった。」
おまえも女なのを隠していたんだ。これでおあいこにしといてくれ。……だがこれで、エミリオやサイファーに迷惑をかけちまうな。もちろん、生徒達にもだ。
「アムル、ここは私達が引き受けたわ。アンタはサクッと自称魔王を始末してきて。世界最強の勇者なら出来るでしょ?」
「ああ。フィオ、俺の生徒達を頼んだぞ。レイ、おまえならこの先の事は読めるだろう。最善を考えて行動しろ。」
「はい。先生の為に出来る限りの手を尽くします。」
俺の事はいいんだよ。おまえが取るべき最善とは、パーティーの行く末についてだ。
とりあえず、メレクエルとやらの始末が先だな。大物気取りの大将が、王城に向かって動き出したようだ。
──────────────────
「行進はそこまでだ。」
城門前の大橋に降り立った俺を、魔軍の先頭を走る魔界馬に乗った男が睨め付けてくる。脇の馬に騎乗しているのは、さっき逃がしてやった魔界騎士か。急ごしらえの腕を付けてまでお供をするとは、見上げた忠誠心だな。
「魔王様、此奴が先ほど話した男です!」
「ほう。……貴様は本当に怠惰の魔王の息子なのか?」
「まあな。おまえが魔王を僭称するイカレ男だな?」
「余はメレクエル、"悲嘆の魔王"メレクエルだ。」
嘘こきやがれ。悲嘆の魔王は神魔戦争の時に滅んでいる。滅びた魔王の眷族が、たまたま抜けた力を持って生まれてきただけだろう?
「おまえごときが悲嘆の魔王?
「憤怒の魔王とは話がついておる。余が人界の支配者、ゼンムダールは魔界の支配者、そう棲み分けようとな。」
ゼンムダールと会って話せるだけの力量は持っているようだな。ま、そんな事は見ればわかるが……
「少しばかりではあるが、彼の軍勢も借りた。無論、返礼は十分にするつもりだがな。余は
「なるほど。おまえは貢ぎ物を魔界に送る小作人って訳だ。魔王が聞いて呆れるぞ。」
女神の封印のせいで人界に行けないゼンムダールが、代理で寄越した"かりそめの王"か。まあ、何も手に入らないよりはマシという事なんだろう。
「余の眷族を殺めただけではなく、王である余への度重なる侮辱。その罪、万死に値する!」
「そうかい。俺は格別の慈悲を以て、おまえを殺すのは
聞きたい事はもう聞いた。はた迷惑な害獣を駆除しようとする俺の剣を、7枚の羽を生やして飛翔した僭称魔王は躱してのけた。なかなかやるな。
「余を舐めるな、下郎が!」
僭称魔王は羽ばたきながら魔剣の切っ先を向けてくる。7枚の羽を持つだけあって空中戦がお好きらしいな。魔王の息子と僭称魔王の空中戦か。面白い、受けて立ってやろう。
「尊大さだけは魔王級だと認めてやろう。久しぶりに本気で戦ってみるとするか。」
親父殿から聞いた話では、悲嘆の魔王は8枚の羽を持っていたらしい。コイツは悲嘆の魔王の高位眷族に違いなかろう。
「小癪な戯れ言をほざきおって!喰らえい!」 「喰らうか、バカ!」
魔剣と魔剣が火花を散らせ、空中で鍔迫り合いを演じる。
「やるではないか!余の剣を受け止めてみせるとはな!」
「親父殿ほどの力はないな。それでも魔王か?」
嘘は言っていないが、魔王を僭称しようというだけの事はあるようだ。SS級冒険者でも徒党を組まなきゃ勝負にならない、というレベル。大物気取りで勿体をつけてくれて、助かったぞ。王城に直行されていたら、フィオ達は死んでいたかもしれん。
そんな事を考えていたら、思いっきり蹴りを喰らってしまった。
高速で落下した俺は、民家の屋根を突き破り、寝室らしき部屋の床に叩き付けられる。
「ヒイィィ!ひ、人が降ってきたぁ!」
「爺さん、悪い事は言わんから、地下室にでも避難してろ。」
ベッドの上で毛布にくるまっていた初老の住人にアドバイスしてから、空中の戦場にとって返す。
「フェッフェッフェッ。若様、いい子ぶるのはもうよしなされ。若様には、
……俺が幼い頃、古参の眷族が親父殿の定めた掟を破った事があった。今戦っている僭称魔王のように力のある男だったが、その力に酔い、人界から人間を攫ってきたのだ。"奴隷として使えば、領土はもっと繁栄する"と言って。"抵抗した者は殺した"と嘯くその眷族に、親父殿は自らの手で鉄槌を下した。怠惰で自堕落、だが寛大な親父殿が、初めて見せた魔王の顔。
俺は……あの魔王アムルタートの息子なんだ!
「そうだな。……
憤怒を美徳とするゼンムダールより、俺の親父殿の怒りの方が恐ろしい。そしてそれは、俺にも言える事だ!
「余が雑魚だと? ぬおぉぉ!」
魔剣の切っ先をかろうじて躱した僭称魔王だったが、剣風の起こす鎌鼬で頬を深く切り裂かれる。
メンターになってからというもの、俺は無意識に本能を抑えていたらしい。だからヌルくなっていた。だが、思い出してきたぞ!
「貴様が余計な真似をしでかしたせいで、面倒な事になっただろうが!俺のぬるま湯生活を邪魔してくれた罪は、その命で
両手持ちの魔剣を片手持ちの魔剣で受け止め、空いた拳を顔面に叩き込む。折れた鼻から血を吹き出しながら、慌てて後退した僭称魔王は眼下にいる眷族達に呼びかけた。
「総掛かりで倒すのだ!此奴を生かして帰すな!」
主の命を受け、飛び立つ眷族達。
「有象無象が群れたところで何ほどの事がある!失せろ!」
群れなす眷族達に隕石の雨をお見舞いしてやる。何人かは残ったようだが、運良く難を逃れたところで、俺の敵ではない!
眷族達を血祭りに上げた俺に、僭称魔王は取引を持ちかけてきた。
「ま、待て!余とお主で人界を二分しようではないか!悪い話ではあるまい!」
「おまえと俺で人界と二分するだと? そんな寝言が言えんように、俺が永眠させてやろう。」
取引を持ちかけた時点で、おまえは俺の風下に立った。誰かの下風に立った時点で、もう王ではない。勝負は終わったのだ。
僅かばかりの抵抗は見せたものの、下風に立った王気取りを、俺は始末した。……だが、問題はこれからだ。
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