第31話 嵐の前夜



隠棲生活を始めてから半年近くが過ぎた頃、アイシャ達はS級冒険者に昇格した。セリス妹殿下の依頼で"開拓地を襲った巨竜ヒュージドラゴンを討伐した功績"を認められたのだ。街角に立つ吟遊詩人がアイシャ達を称える英雄譚サーガを歌うのを耳にした俺は、フードで笑顔を隠した。アイシャ達もとうとう"竜殺しドラゴンスレイヤー"になったか。


冒険者なら誇りとする竜殺し、しかも相手は竜族最強の巨大竜だ。だが大仕事を成し遂げたアイシャはあまり嬉しそうではなかった。


「竜の領域ナワバリを開拓しようとしたから、巨竜が襲ってきたんです。新たな農耕地を得て穀物の生産量を増やしたいというセントリス陛下のお考えも理解出来ますけど、手放しで喜ぶ気にはなれません」、そう言っていた。


冒険者としての成功、富や名声は"アイシャの求めていたもの"ではなかった。アイシャは妖精王国からの騎士就任要請を辞退し、レイも魔導学院から受けた高位導師就任のオファーを断った。二人に習った訳ではないのだろうが、ルシアンはアステア神殿から提示された高司祭の地位を固辞したし、ルルも盗賊ギルド幹部の椅子を蹴り飛ばしたらしい。……生まれも育ちも性格も、モロにネコ科のルルは面倒を嫌ったに違いないな。


栄達出世を否定するつもりはないが、アイシャ達には栄光以外のモノも大事にして欲しい。そんな俺の願いは叶ったようだ。


「いずれ僕達は、"魔王討伐の英雄"になるんです。慌てて高司祭になる必要なんてありませんね。」


胸を張って宣言したパーティーの盾ルシアンは、アステア神殿の筆頭高司祭になったアリシアから神官としての指導を受けている。アストリアが提唱し、実現した"冒険者徒弟制度"を、良いカタチで使った例だ。もちろん、提唱した張本人アストリアは制度を悪用し、シンパ作りに勤しんでいる。上昇志向の強い奴だと思っていたが、冒険者ギルドを乗っ取るつもりなのかね?


アストリアの増長ぶりにはエミリオとサイファーも手を焼いているようだが、SS級冒険者として活動する傍ら、各国の要人に根回しと付け届けを欠かさない竜人の発言権は日増しに大きくなっているらしい。"SS級冒険者は富豪でもあるけれど、アストリアの動かしている金は、額が大き過ぎる。セントリス陛下あたりが彼のスポンサーなのかもしれない"、サイファーはそんな事を言っていたが……


上級メンターの同僚になったエミリオに意見され続けたサイファーの言動と態度は、ずいぶん柔らかくなった。もちろん別人になった訳ではないから、ナチュラルな嫌味さや高慢さが消滅した訳ではない。大抵の人間にとっての許容範囲に収まった、という話なのだが、以前のように反感を買う事はなくなったようだ。根っこが"いい人"である事がわかっているから、俺は余裕で友達付き合いが出来る。


そのサイファーがエミリオと一緒に我が家にやってくる。今日は月に一度の"集会の日"なのだ。


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集会の日とはその名の通り、俺の家にエミリオ、サイファー、フィオが集まる日だ。SS級冒険者として各国を旅しているフィオは不参加の場合もあるが、立ち寄れる時には必ず立ち寄ってくれる。雨戸を強く叩く風、今夜は風の妖精シルフも集会を開いているようだ。この分だと、明日は嵐が来るのかもしれない。休暇に入って以来、ほとんど家に閉じこもって生活している俺に、外の天気は関係ないが……


冷凍食材を解凍して酒の準備を済ませ、セリス姫と遠話球で話をしてみる。王城からなかなか出られない彼女は、暇を見つけてはアイシャやルルとお話しているらしい。俺はセントリス女王がアストリアの支援者ではないか、セリス姫に訊いてみた。


「いえ。姉上がアストリアさんに肩入れしているという話は聞いた事もありません。むしろ姉さんはアストリアさんを"竜公国ドラガニアからの回し者ではないか"と警戒していました。」


女王が支援者というセンは消えたか。じゃあ誰が奴に金を提供しているんだ?


「ありがとう。王妹殿下としての生活は大変だろうが、アイシャ達と仲良くしてやってくれ。」


「はい。姉上もアイシャさん達には期待しているようです。王国から依頼された巨竜退治も無事に達成しましたし、"近いうちに王城に招いてやろうか"と仰っていました。」


アイシャがランディカム人で、妖精王国アルフヘイムからの招聘を断ったってのが評価のポイントだろうな。ランディカム至上主義の女王なら、さもありなん、だ。……王城からの招待、レイとルシアンは大丈夫だろうが、アイシャとルルは問題があるような……


田舎育ちのアイシャは宮廷作法をろくに知らないだろうし、ルルときたら品行方正の真逆を行く。


「姫、招待が本決まりになる前に…」


「大丈夫、これから宮廷儀礼の通信教育をする予定です。姉上は礼儀に煩いですから。アイシャさん達の招待は、王級会議が終わってからになると思います。」


そういや4年に一度開かれる王達の会議、今回の会場はヴィーナスパレスだったな。会議とは言っても、バエルゼブル戦役が勃発した事がきっかけで結ばれた"ザイファーン同盟"の延長を確認するだけの儀式めいたものだ。だが、重要なセレモニーである事に変わりはない。各国から訪れる国王と来賓団、ただでさえ多忙な女王は、出迎えの準備に忙殺されているはずだ。一介の冒険者の招待は当然後回しになるだろう。


「粗相がないようにしっかり作法を教えてやってくれ。それじゃあそろそろ客が来るはずだから、失礼するよ。」


俺の客には作法や気遣いは無用だな。飯と酒を用意すれば、事足りる。


「はい。それではご機嫌よう。」


後回しとはいえ、アイシャ達も女王への謁見を許される身分になったか。SS級への昇格も、そう遠い話ではないな。


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「そうか。セントリス陛下がアストリアの支援者ではないとすれば、一体誰が……」


ワインのコルクを抜いて、エミリオと自分のグラスに注ぎながら、サイファーが呟く。蒸留酒エール派の俺と違って、サイファーとエミリオはワイン党だ。容貌だけなら繊細なフィオは"酒ならなんでもいい"という大雑把さを極めている。


「ちょっとキザ男、私のグラスにも注ぎなさいよ!ホント、気が利かない男ね!」


本家フィオと、男版フィオことサイファーは、顔を合わす度に口喧嘩をしている。毎度毎度、よく飽きないもんだな。


「むしろ気を使っているつもりなんだが。アムル、この大酒飲みの古々エルフには君が注いでやれよ。」


「誰が古々エルフよ!これからアンタの事は、"田舎っぺメンター"って呼んであげましょうか?」


「うんうん、それでこそ僕の"反面教師"だ。」


サイファーの言動と態度が丸くなったのは、フィオの振る舞いを見て"自分がどう思われているのか"を学習したかららしい。


「サイファーは嘘を言ってる訳じゃないと思うけど? 僕とアムルとサイファーの年を全部足しても、フィオさんの半分にもならないでしょ。」


おや、エミリオが同僚に加勢しましたか。口論が激化する前に、本題に入っておこう。


「アストリアの件は後回しにして、異界の門の件はどうなってる? 何か進捗があったか?」


俺の問いに、三人は首を振った。……おかしい。俺はともかく、S級二人とSS級が一人、それに王国が編成した特別班と冒険者ギルドの有志班が結構な期間、調査を進めているってのに、誰も有力な情報を掴めないのは、何か引っ掛かる。


「フィオ、王国特別班とギルドの有志班は誰に情報を上げているんだ?」


「冒険者はギルドマスターに、王国特別班は宰相のノスビリッシモス伯によ。」


「ギルドマスターは上がってきた報告を王国の誰に伝える?」


「ノスビリッシモス伯ね。彼がこの件の責任者だから当然じゃない? でも今までの事例から言って、宰相は名ばかりの責任者、決定権は女王にあるはずよ。それがどうかしたの?」


決定権は女王にあっても、上がってくる情報を管理しているのは宰相のはず。


「……調べる側の責任者が情報を隠蔽しているのなら、調査は難航するだろうな、と思っただけだ。」


「アムルの推論は、あながち的外れとは言えないぞ。セントリス陛下は家臣どころか、重臣の意見さえも聞き入れた事がないって噂だからね。執務も実務も全部自分でやらないと気が済まないご気性、そんな王の下では、宰相といっても御用聞きの小間使いに甘んじてるんじゃないか?」


サイファーは俺の推論を支持したが、エミリオは懐疑的だった。


「だから魔族を使ったクーデターを目論んでるって言うの? ちょっと飛躍し過ぎなように思うなぁ。手を組む相手が魔族じゃあ、クーデターが成功しても、絶対に裏切られそうなものだけど?」


「そこを口八丁手八丁で、上手く騙くらかすのが魔族の常套手段なのよ。"自分だけは特別"そう思いたい人間ほど、手練手管にコロッと引っ掛かりもする。御用聞きの小間使い扱いされてはいても、宰相となればそれなりの権限を持っているでしょう。少なくとも調査している人間を、明後日の方角に誘導する事ぐらいは出来るはず。女王からの指示を、デタラメに伝えればいいだけだもの。」


フィオの意見を聞いたサイファーが、皆に提案してきた。


「ここまで捜査が難航している以上、その可能性を疑うべきだ。ノスビリッシモス伯爵に限らず、この件に関わっている王国の人間を調査すべきだと思う。事が事だけに慎重さを要求されるけど、やらない訳にはいかないよ。女王から宰相にどういう指示が出されていたかと、彼がギルドマスターに何を伝えたかがわかれば、白黒の判別は可能なはずだ。」


方向性は定まったが、エミリオが最大の問題に言及する。


「問題はここにいる全員が、女王にコネを持っていない事だね。」


セリス姫を通じて探りを入れる手はあるが、姫の話によると、女王は実の妹といえど、政務に口は出させない主義のようだからな。やってはみるが、期待薄だろう。


「仕方ないわね。女王にコネのあるSS級のパーティーがいるから、彼らに頼んで探ってみるわ。サイファーとエミリオは、ギルドマスターの方をお願い。」


「わかった。」 「任せて。」


「俺はダメ元でセリストリス・ランディカム妹殿下にあたってみよう。だが、あまり期待はしないでくれよ。」


「ふ~ん、アムルはセリス姫に面識があるのかぁ……僕は初めて聞いたんだけど!」


「……私もよ。アムル、どういう経緯いきさつなのか、絶対に白状させるからね!」


糾弾すべきは王国に潜んでいるかもしれない内通者で、俺じゃないだろ!


「サイファー、助けてくれ!」


「……妖精工房のピザは僕の好物なんだ。冷めないうちに頂くかな。」


ピザカッターはフィオが凶器に使おうとしているだろ!エミリオ、ワイン瓶は撲殺用の鈍器じゃない!



まったく、俺の周りの女どもは、なんでこうヤバい奴ばっかりなんだ……


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