第30話 キザ男の真価
「僕にアイシャ君達の指導を受け持てというのかい?」
"たまたま近くを通ったから"という理由で、家にやってきたサイファーにアイシャ達の指導を頼んでみる。たまたまじゃないのは、俺の好きな銘柄のワインを携えてきたからわかっているが……
「そうだ。もうアイシャ達に指導の必要はないと思っているが、S級冒険者以外は指導メンターが付くのがギルドのルールだしな。」
「アムルがそう思っているなら、アイシャ君達にメンターが付く必要はない。近々、ギルドのルールが改正されて"メンターの指導はB級冒険者まで"に変わるんだ。SS級冒険者、アストリアの意見が採用されてね。」
「そういやアストリアのパーティーはSS級に昇格したんだったな。さっそく政治力を行使し始めたか。」
「そうらしい。彼はこの国の貴族達の覚えもいいし、各国の要人にもコネがある。A級冒険者ともなれば、それなりの実力者な訳だし、そういう意見は前々からあった。だから、すんなり規約は改訂される運びだ。僕は"指導を希望するA級冒険者には、メンター制度の活用を認めた方がいい"と考えているから、そう意見を述べたけど、黙殺された。自分の既得権に固執していると思われたみたいだ。」
サイファーって実は頭がいいのか?……悪い訳はないか。魔法戦士としての腕前は一流なんだしな。
「ご愁傷さま、日頃の言動が災いしたな。」
「……悪かったな。まあ、もう一つの改訂案はとてもいいと思うけどね。」
「もう一つの改訂案?」
「これも以前からあった意見だけど"メンター試験を受験する為の実務期間の短縮"が実施される事になった。これでエミリオは近いうちに上級メンターになれるはずだ。彼みたいに有能なメンターは、実務期間に囚われずに昇格すべきだよ。」
彼、じゃなく、彼女、なんだけどな。サイファーはエミリオに嫉妬している風に見えたが、実は評価していたようだ。
アストリアの裏の意図はなんだ?……狙いはおそらく、"現役冒険者にして上級メンター"になる事にあるな。まずは上級メンターになるまでの時間を短縮させておいて、その後に"現役冒険者でもメンターになれる制度"を成立させるつもりなのだろう。
「そりゃよかった。エミリオは優秀で誠実なんだから、ギルドの幹部になって然るべきだ。」
「誠実さはさておき、優秀さなら君もだ。勤勉さが欠けているのは問題だけど、サッサと復帰して上級メンターになれ。
コイツ、俺とエミリオに"僕を見習え、上を目指せ"と、顔を合わせる度に嫌味を言っていたのは"早く上に上がってこい"って意味だったのか!? 素直じゃないにも程があるだろ!やっぱりバカだ、コイツは!
「いやいや、俺はおまえやエミリオほど優秀でもないって。」
「安物の剣と冴えない風貌で騙される僕じゃない。有為な人材は、世界の為に尽力すべきなんだよ。どうせアイシャ君達は僕が田舎者だと喋ってしまっているだろうから教えてやるけど、ナザクというのは半世紀前まで実在した村の名前だ。滅んだ村の生き残りが、故郷を忘れない為に"ナザク"を名乗っているのさ。」
半世紀前まで実在した……つまり……
「サイファーの家族は、バエルゼブル戦役の犠牲になった村からの移民だったのか。」
「ああ。数年前に亡くなった祖父から、魔王軍の恐ろしさは散々聞かされた。バエルゼブルは滅んだけれど、ゼンムダールとアムルタートはまだ健在だ。彼らがいつ侵略してくるか、わかったもんじゃない。ナザク村の悲劇を再現させない為にも、人界は常に備えを怠るべきじゃないんだ!」
おまえ、本当にいい奴だな。……ん? 合言葉を唱えるあの声は、エミリオか。丁度いい、二人には事情を話しておこう。
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「あれ、サイファーがなんでいるの?」
「怠け者に奮起を促す為にだよ。訓練用のゴーレムを造ってるだけで仕事をしたような顔をされちゃあ、いい迷惑だからね。」
「珍しく意見が合うね。アムル、そろそろ復帰を考えたら?」
「エミリオ、サイファー、俺の話を聞いてくれ。」
俺が珍しく真剣な顔になったので、二人は怪訝そうな表情になった。エミリオがサイファーの隣に着座したので、ワインを注いでやってから、話を始める。
「半世紀前に魔王バエルゼブルを討伐した"名もなき勇者"の話は知っているよな?」
「もちろんだよ。」 「アムル、僕は冒険者ギルドのみならず、魔導学院でも教鞭を執っているんだぞ? いや、それ以前に常識問題だ。」
「その"名もなき勇者"ってのは、俺の爺さんだ。」
「えっ!?」 「な、なんだって!? 君が名もなき勇者の孫?」
「バエルゼブルは滅んでいない。魔王を滅ぼせるのは"女神の血を引く勇者のみ"なんだ。奴は近いうちに復活してくる。」
「う、嘘だろう。アムル、酒の席での冗談でも言っていい事と悪い事が…」
酒も入ってないのに問題発言を連発するサイファーに言われたくないな。
「こんな冗談、誰が言うか。サイファー、明日にでもギルドの面接室に行って、
「鏡? なんの鏡だ?」
「女神の血を引く人間だけを映し出す"女神の鏡"だ。回収するのを忘れていたから、ここに持ってきてくれ。」
「じゃあ君が中級メンターに留まっていたのは"冒険者志願の若者達から、女神の血を引く勇者"を探し出す為だったんだな!」
おまえ、本当に頭が良くて察しがいいな。今までずいぶん誤解していたもんだ。
「そうだ。今まで見つけた勇者候補は二人、アリシア・アリスティアとアイシャ・ロックハート。俺はアイシャこそが魔王を滅ぼせる勇者だと考え、"女神の剣"を授けた。」
「アイシャ君の魔剣は、女神の聖剣だったのか!……尋常な品ではないと思っていたけど、納得したよ。」
納得した面持ちで頷くサイファー、頬を伝う汗を拭って深呼吸したエミリオが口を開く。
「勇者の資質、という点からすれば、控え目で
「俺が教えられる事は全て教えた。アイシャ達はもう、自分達で学ぶ段階に入っている。だが、俺とは違う個性を持つメンター二人の目からみれば、俺の見落とした何かが見つかるしれない。アイシャ達の自主性を尊重しつつ、成長を見守ってやってくれ。サイファーは既に、エミリオは近々、上級メンターになるだろう。だから…」
「わかった。僕に可能な便宜は極力図る。エミリオも協力してくれるんだろう?」
「もちろんだよ。僕も協力は惜しまないけど、そういう事情ならアムルもギルドに復帰して、上級メンターになるべきだ。アイシャ達の
「そう出来ない事情がある。バエルゼブルを滅ぼした後に、その理由を教えるから、今は俺の言う通りにしてくれ。」
「……わかった。でも必ずだよ?」 「名もなき勇者が救国の英雄となった後に、姿を消した理由が判明しそうだね。興味をそそられるけれど、後の楽しみにとっておこう。」
サイファーは薄々察したようだな。名もなき勇者が"
メンター二人の協力は得られた。後は時間との勝負だな。アイシャ達が勇者パーティーに相応しい実力を備えるのが早いか、魔王バエルゼブルが復活するのが早いか、だ。
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