第29話 卒業記念品は聖遺物



「アイシャ、これをおまえに託す。」


長い木箱を覆う埃を拭き取り、アイシャに聖遺物を渡す。


「これは……魔剣ですか?」


「いや、魔剣ではなく聖剣だ。これこそ女神アイロアが残したグレイターアーティファクト、"女神の剣"さ。」


木箱から取り出した剣を、鞘から抜くアイシャ。地母神アイロアの姿を模した彫刻レリーフを持つ純白の聖剣、その刀身の輝きが増してゆく。長き眠りを解かれた白き聖剣は、担い手を得て喜んでいるようだ。


「この女神の剣なら、魔王に"真の死"を与える事が出来るんですね!」


「そうだ。ルルにはこれを。」


これも埃塗れだ。いくら俺が怠惰でも、アーティファクトを収めた木箱ぐらいはマメに掃除しておくべきだったかな?


「ニャ!鉄爪なのニャ!」


「鉄ではなく、アダマントだ。この"アダマンティンクロウ"を使えば、アイアンタートルの甲羅でさえも容易く切り裂けるだろう。」


「スゴいのニャ!鉄亀はアホみたいに硬くって苦労したのニャ!……身は柔らかくて美味しかったんだけどニャ。」


アイアンタートルを食ったのかよ!まったく、食いしん坊もほどほどにしとけよ?


「ルシアンにはこの盾を。」


盾を包む布を取り払ったルシアンは、光輝くヒーターシールドを構えた。


「スゴい盾だ!先生、これもさぞ名のある逸品なんでしょう?」


「ああ。聖戦の為に7つの神殿で祝福され、聖者エルク・ミルドレットが使ったとされる"エルクの盾"だ。極めて高い防御力を持つだけではなく、7柱全ての神聖魔法の効果を高める副次効果もある。」


「ありがとうございます!この盾を魔王討伐に役立ててみせます!」


「レイにはこの杖だ。鑑定してみるか?」


「アーティファクトの鑑定まではまだ出来ませんよ。」


「いくら勉強してもこの杖の鑑定は不可能だ。どの本にも載っていないからな。これは"ドルエラの杖"、付与魔術を極めたとされる泉の魔女が、持てる技を全て注ぎ込んで作製した物だ。」


この杖だけは、冒険して探し出した物ではない。母さんが"勇者を支える賢者用に"作製して、俺に渡してくれたものだ。


「世界最強の付与魔術師"泉の魔女"が精魂込めて作製した杖ですか。大切に使わせて頂きます。」


そうしてくれ。ぞんざいに扱うと作製者に報復されかねん。


「アホみたいな数の機能が搭載してあるから、全部説明するのは面倒だ。なので、この"取り扱いマニュアル"を読んでくれ。」


「取説付きアーティファクト……フフッ。面白いですね。」


面白くはあるが、そこいらの魔杖とは有意性と有害性が桁違いだ。賢者が使えば切り札に、愚者が使えば身の破滅を招く、そんな危険な品でもある。ま、賢明かつ慎重なレイなら大丈夫だろう。


「今託した"卒業記念品"だが、由来や性能は誰にも話すなよ。見る者が見れば、それらがアーティファクトだとわかってしまうだろうが、"運良く遺跡で手に入れた"で通せ。格上の装備を手にする幸運なパーティーもたまにはいるから、不自然には思われないだろう。」


一攫千金、それが遺跡探索の最大の醍醐味でもあるからな。確定報酬のないギャンブリックな仕事なのに、遺跡探索にハマっちまう連中が多いのも頷ける。


「はい。僕達は幸運なパーティーで通っていますから大丈夫です。」


最初に組んだパーティーでは不幸な目に遭ったルシアンだったが、アイシャ達に出会った後は、運気が向上したらしい。


「ところで先生、このまま失踪しようとか思ってませんよね?」


聖剣を腰に装備したアイシャが、胡乱うろんげな目で釘を刺してきた。


「………」


ギクッ……いいじゃんかよぉ。人界に来てからというもの、(自分基準ではあるが)ガラにもなくよく働いてきた。魔王復活まではのんべんだらりと暮らしたい。


「どうなんですか!まさか私達の前から姿を消そうだなんて思ってませんよね!」


そこまで鬼気迫る顔をする必要があるか? 鬼女顔負けの形相じゃあ、可愛い顔が台無しだぞ。


「失踪は人聞きが悪い。隠棲と言ってもらおうか。」


「隠棲するなとは言いません。でも静かな田舎ではなく、これまで通り、ヴィーナスパレスで暮らしてくださいね?」


「ドルさんに習った知識を活かして、田舎暮らしなんぞしてみようかと思ってたんだが……」


「お言葉ですが、先生。それは無理かと。実地で"黴毒の温床マイコニッドの研究"をされたいのなら、それもいいかもしれませんが……」


カビキノコのモンスター……レイ、おまえはどういう目で俺を見てるんだ?


かニャしいけど、先生はプライベートでは"ダメ人間"なのニャ……」 「うんうん、チルカもそう思う!」


おい待て、おまえら……


「先生、アステア神殿に体験入信されてみませんか? 規則正しい生活がバッチリ身に付きますよ!」


半魔の俺に聖別された神殿に入れと抜かすか!……面白い冗談だな。


「布教活動はよそでやれ。皆は誤解しているようだが、俺にはちゃんと独りで生活してきた実績が…」


「とにかく、パーティーの総意として引っ越しは認めません。身の回りのお世話は私がしますから!」


パーティーリーダーの言葉に深く頷くパーティーメンバー。これでは引っ越しするのは無理そうだ。


……まあいいか。独り立ちした勇者パーティーの成長ぶりを観察するにも都合がいいと考えよう。S級、SS級に昇格する際には壁にあたるかもしれんし、アドバイスしやすい場所にいた方がいいだろう。


─────────────────


王都に帰還したアイシャ達は、無事にA級冒険者に昇格した。勇者育成の仕事を終えた俺は冒険者ギルドに引退を申し出たが、残念ながら認可はされなかった。


"将来有望なアイシャパーティーを指導したメンターを手放す訳にはいかない。それに君ほどゴーレム造りに長けた魔術師の代わりもいない。引退ではなく、長期休暇にしたまえ。新たな生徒を指導しろとは言わんから、たまにギルドに顔を見せてくれればいい"、ギルドマスター直々にそう言われては、我意を張ってばかりという訳にもいかない。魔族魔物と戦い慣れた冒険者達を擁するギルドは、来たるべき魔王軍との戦いでは主戦力になる。喧嘩別れのようなカタチになってはマズい。


魔王化せずにアイシャ達の戦いをサポートしながら、冒険者ギルドのバックアップも仰ぐ、が最良のカタチだ。生徒は取らずに籍だけ置いて、ゴーレム造りのバイトでもしていようか。どのみちパレスで暮らすのだし。


ギルドマスターからの要請を受諾した俺は、半隠棲生活に入った。


───────────────────


隠棲したとは言っても、レイとルシアンはちょくちょく、アイシャとルルは頻繁に顔を見せる。どうやら孤高の引退生活とはいかないようだ。アイシャ達だけではなく、エミリオも"怠けてないで、早く復帰してよ!"としつこいしな……


意外だったのは高慢ちきのキザ男だと思っていたサイファーまで、"ギルドに何か不満でもあるのかい?"と様子伺いにやってきた事だった。アイシャの話では"サイファー先生は、付き合いの浅い人間には敬遠されてますけど、受け持った生徒達には慕われているみたいです。キザで空気が読めない人ではあっても、実力と生徒への思いやりは本物ですから"だそうだ。


上級メンター、サイファー・ナザクの実力は俺も認めていたが、キザで格好つけで口を開けば"自慢と嫌味"だから、これまで付き合いは避けてきた。だが、"実はいい人"だったらしい。


……ん? 誰ぞが玄関にかけた魔法錠マジックロック合言葉コマンドワードを唱えたようだ。


「ここが私の先生の家だよ!先生~、アイシャとルルが友達を連れて遊びに来ましたよ~!」


……遊びに来るのはいいが、なんで友達まで連れてくる。"友達の友達は、別に友達ではない"んだぞ?


ドタドタ=アイシャ&ルル、パタパタ=チルカ、しずしず=連れてきたお友達、の足音だな。お友達は上品な人間のようだ。


「お邪魔します。私はセーラと申します。アイシャさんとルルさんの友達です。」


セーラ、ね。絹の洋服を着たお嬢様っぽい娘なのに家名がない? 身なりだけではなく、育ちもえらく良さそうなのにな。


「アムル・アロンダートだ。アイシャとルルが世話になってるみたいだな。」


「いえ!お世話になったのは私の方です。少し前の話なのですが、危ないところをお二人に助けて頂きました。」


「ま、座ってくれ。茶でも淹れるから。」


指を鳴らして茶を淹れる準備をする。怠惰者に生活魔法は必需品だ。


「セーラちゃんが暴漢に絡まれていたのを、私とルルが助けたんです!」 「助けたのニャ!」


「そうか。いい事をしたな。……王族ともあろう者が、護衛も連れずに街中を出歩くのは感心しない。姉君はご存知なのか?」


湯気を立てるティーカップをお姫様の前に置きながら、そう訊いてみた。


「!!……あ、あの……私は……」


「俺が魔法戦士だとアイシャから聞いていないのかな? たぶん、嵌めてる指輪が幻影イリュージョン隠蔽ディスガイズの籠もったマジックアイテムなんだろうが、幻影隠蔽にも対抗魔法がある。"真実の目トゥルーサイト"を使えば、偽装を見抜けるんだ。」


魔王化して紫の斑目パープルオッドアイが発動すれば、真実の目を使うまでもないんだがな。封印がかかっている以上、魔法を使うしかない。余程の高位魔法でもない限り、俺に詠唱の必要はないが……


「……そうなのですか。勉強になりました。」


指輪を外したセーラの素顔が露わになる。ランディカム王国女王、セントリス・ランディカムの妹、セリストリス・ランディカム殿下のご登場だ。


「セーラちゃんって王女様だったの!?」 「ビックリなのニャ!」


「正確には王妹殿下だ。現女王が独身だから、王位継承権第二位の貴人だな。」


「アイシャさん、ルルさん、嘘をついてごめんなさい。初めて友達が出来たのが嬉しくて。市井の一市民として接して欲しかったんです。」


バカ丁寧に頭を下げる姫君。苛烈で知られるセントリス女王とは真逆の性分なようだ。宮廷魔術師兼教育係でもあったファルケンハインの爺さんから女王の人となりは聞いている。彼女なら、たとえ自分が間違っていても頭を下げたりはしないだろう。


「市井の一市民を装うなら、もう少し粗末なものを着て、偽りの家名ぐらいは名乗った方がいい。セーラってのは助けられた時に咄嗟に名乗った偽名なんだろうが、何度も会って友達付き合いをしてるなら、そこいらも考えないと。」


「はい。アイシャさん、ルルさん、チルカちゃん、私と友達でいてくれますか?」


「うん!」 「もちろんなのニャ!」 「人族の身分なんてチルカには関係ないし~。」


SS級冒険者のほとんどは、各国の王族貴族も見知りおきの名士でもある。例外は母さん以外にはひたすら高ビーなフィオぐらいだ。国王だろうがタメ口を叩く問題児…問題エルフだけに、宮廷からは敬遠されている。A級になったばかりのアイシャ達だが、いずれはSS級になるはず。先々を見据えて、貴人とのコネは持っていた方がいい。


「セリス殿下、侍女を丸め込んでいるのか、こっそり王城から抜け出しているのかは知らんが、"手練れの冒険者を護衛に王都をお忍び視察している体裁"だけは整えてくれ。今のままだと、事が露見した場合にアイシャ達にも火の粉が降りかかる。」


「わかりました。アムル先生がご理解のある方でよかったです。」


家臣ではなく、友達が欲しいって気持ちはわかるからな。俺も似たような立場だった。


「ところで先生、サイファー先生の続報なんですけど、田舎者疑惑は疑惑ではありませんでした。1週間ほど前なんですけど、王都一の高級宿に片田舎に住むご両親と兄姉夫妻をご招待して、もてなしてる現場に遭遇したんです!」


「口止め料だと言って、ルルとアイシャにもご馳走してくれたのニャ!」 「蜜漬け果実が最高だった!アイシャ、今度はレイとルシアンも連れて行こうよ!」


アイシャ、ルル、チルカ、"口止め料"の意味がわかってるか?


「その光景は是非とも見てみたかった。サイファーは本格的に"いい人"だったか。」


「はい。ご両親の話では"実家への仕送りを欠かさず、半年に一度は王都への豪華旅行に招待してくれる孝行息子"との事でした。ちなみに3男2女兄弟の末弟だそうです!」


どうやらサイファーは"男版フィオ"だったらしい。SS級とS級という違いはあるが、"言動が災いして、同格の人間からは爪弾きになっている"点もそっくりだ。


「面白そうなお方ですね。私もその上級メンターにお会いしてみたいです。」


セリス殿下もサイファーに興味を持ったようだ。



A級冒険者の指導は上級メンターの仕事だ。余計な差し出口を挟まれても問題だから、誰に頼むのがいいか悩んでいたが、ここは"いい人"であると判明したサイファーに頼んでみるかな?


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