第28話 勇者よ、独り立ちの時だ
人任せにばかりするのもなんなので、異界の門を集めている者を自分なりに調べてみたが、
そして、俺も多忙になってきた。積極的に冒険をこなし続けたアイシャ達は、さらなる成長を遂げ、かなり高度な技術の指導が可能な状態まで仕上がってきたのだ。
異界の門の件を放置は出来ないが、アイシャ達の育成を疎かにも出来ない。脅威の大きさで言えば、高位魔族の召喚よりも、魔王の復活の方がより深刻なのだ。魔王襲来から半世紀近くの時が経ち、魔軍の恐ろしさを知る人間は少なくなった。老人達が魔王と魔軍の恐ろしさを子や孫に語り継いではいるものの、若い世代の危機感は薄い。彼らにとってはバエルゼブル戦役は、遠い過去に起こった悲劇に過ぎないのだ。
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「せあっ!とうっ!」 「アイシャ頑張れ!チルカも頑張る!」
妖精の支援を受けながら、淡い輝きを放つ魔剣を振るうアイシャ。出逢った頃の未熟さが嘘のような剣擊は、速さも重さも申し分ない。生徒の技を受け止める安物の剣の激しい刃毀れが、彼女の成長を教えてくれる。
魔族の剣術と人族の剣術を融合させた俺の剣術"魔人流"を、何人かの生徒には教えてきたが、アイシャほどの域に達した者はいない。素質的に言えばアストリアも修得可能だったはずだが、アイツは竜人族に伝わる剣技に拘り、俺の教える剣術には見向きもしなかった。そういう意味では奴の言う通り、"アムル・アロンダートの生徒などではない"のだろう。
「もう基本は完璧だな。高度な技の完成度も上がってきている。では、さらなる高みにある技を見せてやろう!」
ヴィーナスパレス郊外の森に、俺は
アイシャの成長を認めた俺は、加減をしながら持てる技の全てを見せてやる。
「わっ!っとと!」
ほう。加減をした甲斐があって、なんとか躱してのけたか。ではこれならどうかな?
剣を弾き上げ、胴払いと見せかけながら、体を反転させての足払い。反応しきれなかったアイシャは足を払われ、地面に倒れる。倒れたアイシャに追撃をかけようとしたが、その姿が一瞬でかき消え、消失する。
「もらったぁ!……うぐっ!」
連続移動で背後の背後に回ったアイシャの鳩尾に、安物剣の束頭がめり込んでいた。
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「参りましたぁ!やっぱり先生には敵いません。」 「ドンマイ、アイシャ。よく頑張ったよ!」
健闘した
「アイシャ、瞬き移動を駆使して死角から死角に移動するのは、実にいい手だ。だが、相手が一流なら、それを逆手に取られて移動位置を先読みしてくるぞ。これさえあれば、なんて必殺の戦法などない。相手をよく見て観察し、最善の戦法を選択するんだ。」
「はいっ!先生、最後に見せてくださった技は"対人間用"の技なんですね?」
「そうだ。人間用というよりは、"武器を操る人型用"というべきだがな。高位魔族やオーガロードのような得物を持った敵には有効だ。逆に四肢や牙、尻尾が武器っていう魔物にはあまり意味はない。」
バエルゼブルとの戦いは、配下の魔族との戦いでもある。高位魔族はほとんどが人型、対人用の剣術を極めずして、勝利は覚束ない。
「先生!次はルルの番なのニャ!」 「待って、僕の番だよ!先生に教わった護身槌術、自分でも驚くぐらいに上達したんです。ぜひ見てください!」
「おいおい、水ぐらい飲ませてくれよ。」
ルルもルシアンも見違えるほど頼もしくなった。レイもとうとう魔界魔法"アムルタートの槍"の修得に成功したし、アイシャ一行の実力は紛れもなくA級。いよいよ別れの時が来たようだな。
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山小屋の中に漂うビーフシチューの香り。今夜の夕餉はアイシャの得意料理か。得意と豪語するだけあって、本当に旨いんだよな。
焼きたての石窯パンと、ビーフシチューで腹を満たした一行は、食後のハーブティーを楽しむ。俺はもちろん
「アイシャ、ルル、ルシアン、そこに三つの棚があるだろう? Aと刻まれた棚には剣術の、Rと刻まれた棚には格闘術の、Lと刻まれた棚には槌盾術の技を映した記録球が収めてある。一通りの事は教えてきたが、記録球にはさらに高度な技を残しておいた。レイは言わずとも分かっているだろうが、ここにある魔道書は全ておまえの為に準備したものだ。この山小屋の周辺に張った結界の合言葉を教えるから、必要になった時にここに立ち寄り、各々の技を磨け。」
「待ってください!まるで先生とお別れするみたいです!」
「アイシャ。自分でももう自覚があるだろう。おまえ達の実力はA級に匹敵、いや、A級でも上位と言えるかもしれん。俺は中級メンター、指導はB級を卒業するまで、だ。」
「いやニャ!先生はずっとルル達のメンターなのニャ!」 「そうです!僕もまだまだ先生に教わりたい事があります!レイも何か言ってよ!」
「………」
魔王を倒す勇者を育てる、俺の目的を最初から知っていたレイだけはわかっている。おんぶに抱っこされているようでは、魔王討伐など叶わない。誰の庇護も受けずに、己の力で戦うべき時が来たのだと。
「この山小屋での特訓が、俺の最後の授業だ。」
「イヤです!絶対にイヤ!」
「アイシャ、永遠の別れと言っているんじゃない。おまえ達が一人前になった、という事なんだ。……そして、かつて魔王を倒した勇者の孫として、おまえ達に頼みがある。心して聞いてくれ。爺様は魔王バエルゼブルに打ち勝ったが、奴を滅ぼした訳ではない。あくまで、"仮の死"に過ぎないんだ。」
本当は俺が"名もなき勇者本人"である事を教えるべきだ。だが、魔族に故郷と家族を奪われたルシアンが、真実を知れば……
「なんですって!? じゃあ魔王バエルゼブルはいずれ復活するというんですか!!」
女神の敵、魔王。その言葉に激烈に反応したのは、やはりルシアンだった。
「ああ。復活の周期が近付きつつある。早ければ二年、遅くとも数年内に再び魔王が現れるだろう。」
魔王復活を知らされたパーティーの顔が緊張で強張る。遠い昔の惨劇と思っていた話が、現実に降りかかろうとしているのだから、当たり前か。
「魔王に勝つだけでは、滅ぼす事は出来ん。奴に"真の死"を与えられるのは、"女神の血を引く勇者"のみだ。俺はずっと、女神の血を引く勇者を探していた。そして、勇者は俺の目の前にいる。」
レイ、ルル、ルシアン、チルカ、4つの視線がアイシャに向けられる。
「私が……女神の血を引く勇者……なんですか?」
おずおずと訊いてくるアイシャに、俺は力強く頷く。
「そうだ。アイシャ・ロックハートこそ、地母神アイロアの血を引く勇者なんだ。」
「……先生は、私がアイロア様の血を引く娘だから、目をかけてくださったんですか?」
寂しそうな顔で、アイシャは問い質してくる。可愛い生徒に嘘を言う訳にはいかんが、正直な気持ちを言ってしまっていいのかどうか……
「最初はそうだった。だが、今は……」
「アイシャ、女神の血を引く娘は他にもいました。アリシア・アリスティア高司祭がそうです。でも、先生は彼女ではなく、あなたを選んだのです。」
レイにだけは最初から事情を教えていた事を察した一同だったが、咎める者はいなかった。パーティーの知恵袋として、あらかじめ使命を伝えられるとすればレイ。そう納得させるだけの働きを、この魔術師はしてきたからだ。
「……先生、本当ですか?」
「ああ。アリシアの才能は本物だった。だが、俺が世界を救ってくれる勇者だと見込んだのは……おまえだ、アイシャ。」
俺の言葉を聞いたアイシャの瞳に力が宿り、強く、明るく輝き始める。そうだ、その輝きに、俺は世界の未来を託そうと思ったんだ。
「……私、やります!先生の期待に応えて魔王を滅ぼし、世界を救ってみせます!みんな、お願い!私に力を貸して!」
「言われるまでもない。秩序神の御名において、魔王討つべし!」
「魔王を倒せば救国の英雄……美味しいものが食べ放題……やるのニャ!」
「私は最初からそのつもりですよ。世界を救うなんてガラではありませんけどね。」
「魔王が世界を支配すれば、森も姉妹達も壊滅。種子の姉妹がチルカに託した使命は、魔王討伐だったんだね!よ~し、妖精郷の守り手の仕事を果たすよ!」
よし。話はまとまったな。
この日の為に集めておいた武具を渡して、俺の役目はとりあえずお終いだ。だが、生徒達を死地に送る訳にはいかん。魔王が復活した時には、俺も魔軍と戦う。そしてアイシャ達がバエルゼブルに敵わないと判断すれば、封印を解いて俺が奴を倒す!
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