第27話 竜人族の掟



様子見を済ませた母さんとフィオは一緒に賢者の塔に赴くようだ。一人になった俺は、ソファーに寝転び、考えを巡らす。


アイシャ達は今、自分で学ぶべき段階にいる。もう少し成長するまでは、さほど手はかからない。だったら異界の門を集めている輩の調査に俺も加わるべきだろうか?……とはいえ、コネもなければ盗賊でもない俺が調査に加わって何が出来るってんだ。何の役にも立ちゃしない。


いや、待てよ? コネならあったな。リリア達が王都に立ち寄った時、小型の遠話球を渡しておいた。日陰倶楽部の人気コンテンツだった「ドルさんのお料理教室」は、「ドルさんのキャンプ教室(通称ドルキャン)」に改称し、引きこもりがちな会員達に野外生活の楽しさを伝えてくれている。もっとも、筋金入りの引きこもりが多い日陰倶楽部の会員達は"ドルキャンを視聴して野外生活を楽しんだ気になるだけ"みたいだが……


古代人は遠話球や記録球を利用したグルメ・旅番組を楽しんでいたとかいうから、それに近いノリだな。とにかく、ドルさんに連絡をとってみよう。世界に名を馳せた竜騎士なら、各国に有力なコネを持っているかもしれない。


「やあ、アムル氏。旅は順調じゃよ。」 「あっ!アムルさんだぁ!」 「……こんばんわ。」


焚き火を囲んで魚を焼いてる最中だったか。切れ目を入れたパンに挟まれたチーズと山菜、そこに焼き魚をサンドするんだな? ドルさんは単に美味しいだけではなく、栄養バランスにも気を配った料理を作るシェフ様なのだ。


「夕餉のメニューはホットフィッシュサンドか。旨そうだな。」


冒険者時代の俺なんざ、焼いた魚や野鳥に塩をふって囓ってただけだからな。腹に入ればなんでもいいとは、侘しい食生活だった。


「リリア嬢、メイベル嬢、チーズを炙ってから挟んでもいい。トロ~リとしたチーズが香ばしい魚とハーモニーを奏で、そりゃもうたまらん旨さじゃ。」


「やってみよっと!ホントだ!とってもおいしいですぅ!」 「……うまうま。」


お嬢二人も冒険生活を満喫してるようで何よりだ。


「飯を食いながらでいいから、俺の話を聞いてくれ。実は…」


瞬く間に飯を平らげた三人は、ドルさんお手製のハーブティーを飲みながら、思案顔になる。


「異界の門を集めとる者の話は大賢者殿から聞いておったが、6つの門があれば、超高位魔族の召喚が可能なのは初耳じゃ。特に目的のある旅ではないし、竜公国ドラガニアに行くべきかのう。ワシの伝手はかの国に集中しておるし……」


「そうしましょう。私達もドルさんの故郷を見てみたいですぅ。ね、メイちゃん?」


「……うん。……ドルさん、行こ。」


「では次なる目的地はドラガニアの王都"ドレイクグラード"じゃな。じゃがアムル氏、あまり期待はせんでくれ。竜人のほとんどは高位魔族の恐ろしさを知らん。とかくプライドの高い連中ゆえ、"竜人の方が上"じゃと思うちょる。」


「だろうな。大抵の竜人は高位魔族を見た事がないはずだし。」


「でもドルさんの竜魔法ってホントにスゴいですぅ!」 「……うん。……私も覚えたいけど、無理。」


リリアもメイベルも竜人専用魔法の威力を目の当たりにしたようだな。竜人こそが最強の種族と思い上がる輩が多いのも、竜魔法があってこそだ。


「え、無理なの? メイちゃんの才能なら、どんな魔法だって…」


「リリア、素質や才能の問題じゃないんだ。竜魔法は、"竜人でなければ使えない"んだよ。」


「そうなんですか!」


「ああ。竜魔法は、厳密に言えば魔法ではないんだ。塔で特訓した時に習っただろう? 竜人とは、竜が知性簒奪の大魔法"竜滅の呪い"から逃れる為に、人に姿を変えた者だと。」


「はい。」


「……便宜上、魔法と呼んでいるけど、竜魔法とは"本来あった力を行使する術"なの。……竜の息吹ドラゴンブレス竜の鱗ドラゴンスケイル竜の翼ドラゴンウィング。……ね?……全部竜の力に起因してるでしょ。」


さすが魔法図書館の司書。博識ぶりはレイに匹敵するな。


「そうなんだ。メイちゃんってば物知り!」 「……ふっふっふ……」


そこはニッコリ笑え。闇笑いするんじゃない。かがり火が顔を下から照らしてるから、マジで怖いだろ。


「じゃから竜魔法の種類は少ないのじゃ。その分、効果は強力で、詠唱もいらん。純血の竜人にしか使えぬとされているが、竜人には混血がおらんから、定かではないがの。」


「ハーフ竜人はいないんですか?」


ハーフメデューサに問われた元竜騎士は首を振った。


「純血主義の竜人族は、他種族との婚姻を禁じておる。禁を破れば死罪じゃ……家族ごとな。」


「ヒドい!他種族を好きになったら死刑だなんて!」


「……ワシの親友がその禁を犯した。妻を亡くして独り身になった友は、身の回りの世話をする為に雇った人族の娘に惚れてしもうた。以前から馬鹿げた決まりじゃと思うておったワシは、陛下に"法を変えるべき。愛に種族や人種は関係ないはず"と申し上げたのじゃが……」


それで王の不興を買い、竜騎士ドラグモットは野に下ったのか。ドルさんは竜人族最大の禁忌に触れてしまったらしい。


「……それで、ドルさんのお友達はどうなったんですか?」


「自害した。そうせねば、王命で死刑にされていたじゃろう。人族の娘は国外追放、今はどこでどうしておるやら……」


結婚した訳ではないから、人族の娘は追放処分で済ませたか。それにしたって酷い話には違いないが……


「変える事なく守り続けるべき伝統もあれば、時代に応じて変えた方がいいしきたりもある。竜人族の純血主義は後者だと思うが、竜大公レームヴルムはそう思っていないようだな。」


苦み走った表情を浮かべたドルさんは、歯に挟まった魚の小骨と、心に刺さったわだかまりを吐き捨てた。


「フン!しきたりの理由が実にくだらん。"いつか竜の体を取り戻す日に備える"じゃと? 懐古主義もあそこまでいくともう病気じゃな。」


なるほど。かつて世界の覇者だった竜に戻らんが為の純血主義か。混血児は竜に戻れないと考えているんだな?


「ドルさんにそんな顔は似合わないぞ。」


「そうじゃな。じゃがかつてのワシは、種族の垣根を越えて互いに尊重し合い、この世界に生きる皆が共存する世界を夢見て戦ったんじゃ。ワシの戦いは……なんじゃったのじゃろう……」


常日頃は気さくな竜人の見せる懊悩。世捨て人となった今も、ドルさんは自問自答を続けているのだ。


「ドルさんの戦いは無駄じゃありません。だって私達がドルさんの夢見た世界、そのものじゃないですか!」 


力説するリリアにメイベルが相槌を打った。


「……だよ。……だから元気を出して。」


「む?」


半魔クローグは"こんな世界はぶっ壊してやる"と言いながら、自分の本心に気付かないでいた。養母を殺してしまった罪悪感から、自身の破滅を渇望していた心に気付いたクローグは、自ら死を選んだ。……なあ、クローグ、俺は俺が望んでいたモノを見つけたぞ。墓参りに行った時に、教えてやるからな。


「竜人、半魔、人間が、種族の違う三人が共に旅をして助け合う。小さな世界かもしれないが、ドルさんの夢見た世界は夢物語じゃない。実現可能な"理想"なんだ。」


だから世界を魔王バエルゼブルに渡す訳にはいかない。俺が似合いもしない勇者になって、魔王と戦った理由は多分……ドルさんと同じなんだ。


親父殿は人界への不干渉を貫いている。だが俺は……ドルさんのように、あらゆる種族が共存する世界を夢見てる。最初は母さんの故郷を見てみたいだけの物見遊山の旅だった。その旅の途中でバエルゼブルが人界に現れ、好き勝手に奪い殺し始めた。そんな魔軍にムカついて、半魔でありながら俺は奴らの反目に回った。


……そしてフィオと出逢った。あの古エルフは俺が魔王の息子と知っても、何も変わらなかった。


少しの間だけだが、フィオと一緒に旅をした。世界を支配しようとする魔王、その脅威が世界を揺るがす中で、同じ魔王の血を引く男と旅をするフィオの気持ちがわからなくなり、俺は"魔王の息子が怖くないのか?"と聞いてみた。ハッキリ言えば"魔王バエルゼブルを打倒する為に、魔王アムルタートの息子を利用しているのだろう"と疑っていた。そんな俺に、フィオはこう言った。


「魔王の息子? なにそれ自慢してんの? アンタが魔族だか魔王だか知らないけど、アンタは私のでしょ?」


魔王の箱庭には気のいい連中がいる。だが、友達はいなかった。俺は魔王の息子で、仕えるべき相手だったから。


初めて出来た友達を失いたくない俺は、一人で魔王に戦いを挑んだ。その事ではいまだに恨み言を言われるが、それでいい。


かけがえのない者が暮らすこの世界。フィオやドルさん、リリアにメイベル。ファルケンハインの爺さんやレイも俺を恐れてはいない。日陰倶楽部の連中にエミリオ、アイシャ達が俺の正体を知ればどう思うだろうか?……たとえ忌み嫌われ、恐れられようとも、俺はこの世界を守る。



今は無理でもいつか……水晶球に映るこの小さな世界がもっと広がり、種と種が共存する世界が実現すると信じて……



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