第32話 真名を明かす時
嵐が来そうだから泊まっていけばいい、俺の申し出を三人は聞き入れ、それぞれが好きな部屋を確保して眠りについた。
吹き荒ぶ風の音が、昼過ぎまでは惰眠を貪る事にしている俺の耳に届き、否が応にも意識を覚醒させてしまう。俺にしては早起きした方だが、世間一般にはそうではない。フィオ達はもうそれぞれの仕事に出掛けただろう。この程度の嵐など、手練れ三人にとっては
……"魔法は便利ですが、自然を歪めるような使い方は感心しません"とか、真面目っ子のレイが言いそうだな。
"勤勉が信条"な
「いい加減働け、クズ」 「怠惰が美徳とか、君は魔族か?」 「僕は復帰を待ってるからね!」
ダイレクトにクズときたか、フィオはホントに変わんねえなぁ。サイファー、俺はご指摘の通り、怠惰の魔王の血縁者なんだよ。それに比べて、エミリオの優しい事。
(フェッフェッフェッ。古エルフに半エルフに人間。三者三様、個性的な事じゃて。フィオ嬢ちゃんはともかく、若僧と小娘は相手が魔界の王子様じゃとわかっちょるのかのう。)
わかってる訳ないだろ。まだ話してないんだから。……!!……
(!!……若様、聞こえちょるかえ!)
聞こえてる!唸りを上げる風音に、悲鳴が混じってるのは何故だ!
安物の剣を握り締めて、通りに出てみる。目に映ったのは空中から通行人を襲うハーピーの群れ!なんだって王都のど真ん中に魔物がいるんだ!
魔力を帯びた歌声を聞いて放心した市民に、ハーピー達は容赦なく足の鉤爪を突き立て、流れる鮮血が街路を汚してゆく。
「おまえらは合唱だけしてりゃいいんだ!せっかくの美声を凶器に使うんじゃねえ!」
鷹の飛翔で空を舞いながら、安物剣でハーピー達を始末する。箱庭では歌声で皆を癒す合唱団だが、おまえらみたいに躾がなってない連中は、始末する以外にない!
ハーピーを始末してから、さらに高く飛んで街の全景を確認する。あちこちで上がる火の手、どうやら魔族の襲撃は、至るところで発生しているようだな。手近なところから潰していくしかあるまい。
駆け付けた市街地の一角では、見知った冒険者達がオーガロード数体と戦っていた。かなり分が悪い冒険者達に加勢してオーガどもを片付け、パーティーのリーダーに事情を訊いてみる。
「アムルさん、助かりました!」
「なんだって王都に魔族が湧いて出てきたんだ?」
「わかりません!ギルドマスターからの指示で、めいめいが応戦している状態です。王城の近くでは、かなりの数の高位魔族が現れたようです。A級以上の冒険者は、そちらに向かったはず!」
「わかった!王城だな!」
異界の門を集めていた輩が、行動に移りやがったに違いない。奇襲でヴィーナスパレスを陥落させ、返す刀でこの街に向かっている各国の王達を始末する。国王達は軍勢を率いて王都へやってくる訳じゃない。必要最低限の精鋭を連れているだけな上に、位置関係的にもそれぞれが別方向からやってくる。だったら、通る道もバラバラで孤立しているはずだ。全ての国王を討ち取る事は無理かもしれないが、何人かでも始末出来れば、その国は混乱し、時間は稼げる。……クソッ、この国の宮廷に首謀者がいるとすれば、王級会議は絶好のチャンスじゃないか!昨夜の時点でそれに気付いていれば……後悔は後だ。今は行動するべき時!
─────────────────
王城へ向かって飛ぶ俺の目に、市民達の集う広場での激戦が映った。もう
「みんな下がれ!君達には荷が重い!」
左手で放った火球で後続を牽制しながら、右手の魔剣で角持ち魔族と斬り結ぶサイファー。未熟な冒険者達を後退させた上級メンターは、手傷を負いながらも奮戦している。サイファーを援護したいエミリオだが、群れなすラミア達に阻まれて身動きが取れないでいる。彼らが懸命に戦っている戦場には、兵士と市民の遺体が散乱していた。冒険者達と王国軍は力を合わせ、逃げ惑う市民達を懸命に逃がそうとしているが、苦戦を余儀なくされている。
「サイファー、そいつの相手は俺がやる!エミリオを援護しろ!」
「任せろ!」
サイファーと入れ替わって角持ちと戦い、数合斬り合った末になんとか仕留める。ラミア達の始末に向かったサイファーも、エミリオに援護されて、なんとか無事だ。王国兵士と冒険者達が逃げ惑う市民を誘導しているものの、混乱は収まる様子を見せない。
サイファーの傷を癒しながら、エミリオが叫ぶ。
「アムル、中央市街から逃げてきた冒険者の話によると、アイシャは"友達を助けに行く!"と言って王城に向かったらしい!アイシャのパーティーは嵐の来ない王城近くの高級宿に宿泊していたみたいだ!」
友達……セリス姫か!
「俺が救出に向かう!サイファー、この角持ちは相当高位な魔族だった。おそらく…」
「超高位魔族の手下だな。クソッ!もう新手が来たのか!まだ市民の避難が済んでいないのに!」
数体の高位魔族に率いられた魔物の群れが、広場に殺到してくる姿を見たサイファーは舌打ちした。背後からは王国の援軍も来ているようだが、到底歯が立つまい……
「ここは僕とサイファーでなんとかする!アムルはアイシャ達の救出に行って!」
エミリオ、おまえ達だけでは無理だ。さっき殺した高位魔族と同等と思われる奴が数体もいる。……俺がやるしかないようだな。
「……エミリオ、サイファー、友達になってくれて、ありがとう。」
この連中のボスである超高位魔族がいるのなら、どのみち封印を解くしかない。悲しいけれど、お別れだ。
「こんな時に、何言ってるんだよ!」
「……やっぱりそうだったか。エミリオ、ここはアムルに頼るしかない。」
サイファーは気付いていたんだな。それでも、友達でいてくれた。
「サイファー、アムルがSS級に匹敵する腕があっても一人じゃ…」
「彼は
俺は刃毀れした安物剣を投げ捨て、神殺しの魔剣を召喚した。魔方陣から現れた柄を掴み、引き抜いて構える。
「フェッフェッフェッ、えらい騒ぎになっとるのう。」
しわがれ声で笑いながら愉悦に浸る魔剣。久しぶりに戦いらしい戦いになるとわかっているのだ。
「……ベル爺、封印を解く。」
「若様、よろしいのですかな? 封印を解かれては、もう二度と……」
偽名を名乗って封印をかけられるのは一度きりだ。だが、選択の余地はない。
「解くと言ったはずだ。」
「ですかえ。まあ、あの小娘が死んだら、バエルゼブルを滅ぼせなくなりますしのう……」
「世界を救うとか知った事か。……俺は友達と生徒を死なせたくないんだ!」
偽名は捨てて、二度と名乗る事はない!親父殿と交わした契約は終わりだ!
飛翔した俺は、眼下にひしめく王国の軍隊、逃げ惑う民衆に向かって、名乗りを上げた。
「聞け!我が名はアムルファス・アムルタート!
叫び終えるのを待っていたかのように、俺の体を中心に巨大な六芒星が描かれる。ただならぬ気配を察した魔族と魔物達は宙を見上げ、逃げ惑う市民達と彼らを庇う兵士達の足も止まった。魔力に乏しい
身を包む六芒星が、薄皮を剥ぐように封印を解いてゆくのを感じる。破壊と殺戮の為に造り出された最終兵器"魔王"、父より受け継いだ力を……見せてやろう。
……悔いはない、他に選択肢はなかったのだから。王都を救ったとしても、魔王の子である俺がどう処遇されるかは、想像に難くない。それも覚悟の上で、解いた封印だ。
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