第24話 封印は一度きり



ブロンズゴーレムと半魔王と古エルフが卓を囲むお茶会か。シュールな光景だな。


「この依り代には、味覚機能を追加しておくべきね。」


お茶を飲んではいるようだが、やっぱり味がわからないらしい。ま、付き合いは大事だ。


「お母様、依り代のゴーレムにそんな事が可能なんですか?」


「それはやってみないとね。でも私、付与魔術に関しては、やろうと思って出来なかった事なんてないのよ?」


「さすがお母様です!」


だからなんでお母様なんだ? それに国王相手だろうが平常運転の高ビーはどこにいった?


「フィオ、相談事ってのはなんだ?」


「例の"異界の門"についての続報よ。誰かが、異界の門を集めている。それは間違いないわ。」


……異界の門を集めて何かを企んでいる奴がいる、か。どうせろくでもない企みなんだろうな……


「……それはマズいわね。」


呟きながらティーカップを置いた母さんに、フィオが質問する。


「お母様、ファルケンハインの爺さんが"異界の門を6つ集めて六芒星を描けば、魔王は無理でも超高位魔族なら呼び出せるかもしれん"と言っていました。確かでしょうか?」


「……可能でしょうね。もちろん、半端者が超高位魔族を召喚なんかしたら、魂が引き裂かれる事受け合いだけれど。」


「……身の破滅と引き換えなら召喚可能、か。……どこの誰よ、はた迷惑な……」


爪を噛む古エルフ。異界の門を集めている奴の調査は順調とは言えないようだな……


「フィオ、おそらくその誰かを唆している魔族は、身の破滅を招く事まで教えちゃいないよ。魔族は契約者に"嘘をついてはならない"が、"知ってる事を全て話す必要はない"んだ。」


隠した事実が契約者を破滅させるとしても、な。だから大概の契約者は、魔族の召喚によって身を滅ぼす。あるのは、直接的か間接的かの違いだけだ。


「真正の魔王じゃない事だけが救いね。アムル、前にあなたから聞いた話じゃ、大抵の魔王は"自称魔王"で、実際は超高位魔族なんだってね?」


「そうだ。7体の魔王のうち、存命なのは3体。魔王アムルタート、ゼンムダール、バエルゼブル。だが、滅んだ魔王の眷族には生き残りがいる。主を失った魔族の力ある者が、魔王を僭称する。自称、魔王の後継者だな。」


滅んだ4体は女神と相打ちになった。親父殿は女神に打ち勝ち、滅ぼしたと言っていたから、女神がいたとしても最大で2体までだ。……ん? ベル爺が囁きかけてきたぞ。


(フェッフェッフェッ。若様、魔王様が儂を"神殺しの魔剣"と呼んでおるのは、そういう訳なんじゃよ。もっともその頃の儂は自我に目覚めておらなんだから、女神を殺してのけた記憶がない。返す返すも残念な事じゃて……)


ベル爺は本当に神を殺していたのか。……爺も母さんに会うのは久方ぶりのはず。顔を拝ませとかないと、後でうるさそうだ。俺は魔方陣をテーブルの上に描き、神殺しの魔剣を召喚する。


「奥様、久しぶりですのぅ。お変わりないようで、安堵致しましたわい。」


しわがれ声で笑うのがベル爺の性癖だが、さすがに母さんの前では畏まるようだ。まあオレも、女神や魔王より母の方が恐ろしい。


「ベル爺も相変わらずで何よりだわ。これからもアムルさんの事をお願いね。」


「有難きお言葉ですじゃ。万事、この爺にお任せあれ。」


ベル爺は俺の保護者だったのか。まあ、保護者兼後見人みたいな魔剣ではある。


「お爺ちゃん、自称魔王ってどの程度の強さなの?」


フィオに問われた魔剣は、あっさりと答えた。


「若様よりは弱いのう。」


「お爺ちゃん、アムルは1対1で真正魔王を倒した超勇者でしょ!もっとわかりやすい例えでお願い。先に言っておくけど、"魔王様よりも弱い"なんて返答はナシだからね!」


「フェッフェッフェッフェッ。フィオ嬢ちゃんも魔族のあしらい方がわかってきたようじゃのう。先々を考えれば、よい事じゃて。」


齢200を超える古エルフが"嬢ちゃん"かよ。まあ、齢数千年の魔剣から見れば、お嬢ちゃんか。


魔剣のレリーフは思案顔になり、しばらく考えてから、長い髭に覆われた口を開いた。


「……そうじゃのう。SS級とか称しとる冒険者が束になれば勝てるんではないかの? 超高位魔族もピンキリじゃから、極々稀に真正魔王に迫る者もおるでな。迫りはしても、決して追い着く事は出来んのじゃが……」


「魔王を超える魔族はいない。でも迫る者はごく稀にいる、か。アムル、もし自称魔王が出現したら、手を貸してくれる?」


「……魔王に迫る力を持った奴なら、封印を解かなくてはいけないな。」


SS級が束になれば勝てる、だからな。今の俺の力がSS級を超えるとはいっても、必勝とは言えない。必勝を期すのならば、封印の解除は必須だ。


「公衆の面前で戦うならまだしも、私と二人でなら問題ないでしょ? その時だけでいいから封印を解いてよ。」


それがそうもいかないんだよ。俺に施された封印は、解いたり戻したりが自在に出来るような代物じゃないんだ。


「フィオさん、旦那様アムルタートがアムルさんに施した封印は、一度解いたらもう戻せないのよ。」


母さんの言葉を聞いたフィオは素っ頓狂な声を上げた。


「えっ!?」


「自らの意志で真の名を明かし、。俺がそう誓えば、封印が解けて魔王化出来るようになる。"名を偽ってはならない"は魔王だけの掟なんだ。」


「……なるほどね。真の名を明かすのは問題ないけど、"二度と名を偽らない"が引っ掛かるのね?……そっか。だからあなたは仲間を持たず、たった一人で魔軍と戦った。半世紀前、封印を施されていなかったあなたは、偽名を名乗る事が出来なかったから。"名もなき勇者"は"名乗れない勇者"だったのね……」


角は引っ込める事も出来るが、紫の斑目パープルオッドアイは隠せない。勇者時代は眼帯をしなきゃ街にも入れず、苦労したなぁ……


「そうなのよ。そういう縛りで限定化しないと、旦那様の力をもってしても、アムルさんに封印をかける事が出来なかったの。そういう訳で、いくらアムルさんが再度、封印をかけて欲しいと願ってもダメ。魔王の力を封印出来るのは一度きりよ。……フィオさん、ありがとう。母親としてお礼を言わせて頂戴ね。魔王の息子だと知っても変わらず接してくれたあなたに、私もアムルさんも感謝しているわ。」


おい、母さん!そんな事をバラさないでくれ!フィオは調子ノリなんだから!


「……そうなの?」


「ま、まあ、感謝してるのは本当だ。とはいえ、俺が真の名を明かす羽目になったのは、魔軍に囲まれて大ピンチのおまえを救う為だったけどな……」


魔王専用の魔界魔法を行使する際には、真の名の下に詠唱する必要があるんだよな。


「助けてくれなんて言ってないでしょ!あの程度のピンチ、私の魔法でちょちょいのちょいだったんだからね!」


「はいはい、夫婦喧嘩は所帯を持ってからにしなさい。」


へ!? 母さん、なに言ってんだ?


「いやいや、俺とフィオはそんなんじゃ……」


「そうです!今のはただの痴話喧嘩です!」


「フェッフェッ、フィオ嬢ちゃん。痴話喧嘩も夫婦喧嘩と似たようなもんじゃがのう?」


これ以上、話がヘンな方向に流れる前に、元に戻そう。


「ゴホン!とにかく、俺の封印は一度解いたら戻せない。フィオ、ギルドマスターを通じて、ランディカム王国、並びに主要各国に超高位魔族の召喚を目論む輩がいる事を警告しろ。事件を未然に防ぐ事が最良で、最優先されるべき事だ。万が一、超高位魔族が出現しちまったら、俺がケリをつける。そうなった場合は、フィオがアイシャ達を鍛えてバエルゼブル復活に備えてくれ。」


「了解よ。でも主要国に過度な期待は出来ないわね。数年で真正魔王が復活するって大賢者が警告してるってのに、各国の動きは鈍い。半世紀の平和が、人界を緩め切ってるわ。」


それは爺さんもボヤいてた。"誰もこの平穏が乱されると思うておらぬ。半世紀前の大乱の時もそうじゃった"と。


「平時において乱を忘れず、言葉にするのは簡単でも、実践するのは困難なモノよ。人間は数千年経っても進歩しないみたいねえ。」


母さんはしみじみと呟いた。まるで古代人が現世を評するかの如き台詞だな。……本当に古代人だったりしないか?


……あり得るな。俺が半世紀眠る為に使った魔法"氷の柩アイスコフィン"は母さんから習ったものだ。神域と称された魔法の数々は、現世よりも遥かに優れ、戦術兵器"魔王"や"女神"さえも産み出した古代の叡智だと考えれば辻褄が合う。異常に高い魔力も、超人類だった古代人なら当然だ。




ま、例えそれが事実でも、誤差の誤差の誤差の範疇だ。母さんが何者であれ、俺も箱庭の連中も気にもしない。怠惰な親父殿に代わって箱庭を切り盛りする、しっかり者の優しい母。大事な事はそれだけだ。


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