第23話 お母様はブロンズゴーレム



フェアリーフェンサーになったアイシャはパーティー1の戦闘能力を発揮し始めた。妖精剣士はフェアリーの加護を受け、能力全般が強化される。それに加えてフェアリーの操る妖精魔法フェアリーマジックの支援も受けられるのだ。


さらにフェアリーフェンサーには最大の武器、"瞬き移動ブリンク"がある。短距離を瞬間移動するブリンクは、フェアリーなら誰でも使える能力だが、聖約を交わした人間も使用が可能になる。ドルイド魔法の亜種と考えられている妖精魔法は、ドルイド魔法を極めた者なら使用可能とされているが、ブリンクだけは不可能らしい。俺の知る最高のドルイドマスター、フィオでさえブリンクだけは使えないと言っていたから、間違いないだろう。


詠唱不要の瞬間移動……妖精騎士、剣士は、これがあるから強い。危機を瞬時に回避し、相手の背後に一瞬で移動出来る。まだ数回しか使えず、連続で発動させる事も出来ないアイシャだが、それでも切り札としての実用性は圧倒的だ。


押しも押されもせぬ主戦力になったアイシャは仲間を率い、高難度の冒険への挑戦も始めた。新進気鋭のパーティーとしてギルド本部でも名を知られ始め、指導メンターとしても少し鼻が高い。この調子で成長してくれれば、巣立ちの日は思ったよりも早いかもしれないな。


中級メンターになったエミリオからは、しきりに"一緒に上級メンター試験を受けよう"と誘われているが、俺はのらりくらりと躱している。アイシャ達がA級冒険者になったらお役御免だ。そこからの手助けは大きなお世話で、成長を妨げるだけ。その日が来たら、俺は王都を引き払って姿を隠そう。もう一度アイシャ達の前に現れるのは、魔王バエルゼブルが復活した時だ。


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徹底指導から、要所でのアドバイスに方針を切り替えたお陰で、仕事は格段に楽になった。新たな生徒を取り、アイシャ達のようなパーティーに育ててくれというギルドからの要請をガン無視した俺は、今日も大好きな惰眠を貪る。


「アムルさん、起きなさい。もう日が高いですよ?」


誰だか知らんがもう少し寝かせといてくれ。……魔法錠マジックロックは掛けたよな? 合言葉ナシで入って来たって事は、俺の掛けた魔法を解呪ディスペルしたってのか!


闖入者は俺の手首を掴んでソファーに座らせる。このヒンヤリとした金属の手……ま、まさか!


「……母さん!?」


空いた左手でローブのフードをまくり上げる闖入者。青銅の彫像の目が、ギロリと放蕩息子を睨め付ける。


「ええ、貴方の母ですとも!アムルさん、私は"年に一度は顔を見せなさい"と、言いましたよね?」


「……そろそろ里帰りしようかなと、思ってはいたんですが……」


アイシャ達が急成長していくのが嬉しくて、ついつい先延ばしにしちまってたんだよな……


「言い訳無用!アムルさん、旦那様アムルタートが"魔族にとって契約は重要。決して破るなかれ"と教えたはずですね?」


魔族はそうですが、俺は半魔なので、とか言ったらダメだろうか?……ヤメとこう。箱庭の(実質的な)帝王の逆鱗に触れたくない。


「……は、はい。親父殿はそう言ってましたね。」


「魔王の息子であるアムルさんが契約を疎かにするようでは、眷族に示しがつきません!」


「と、とりあえずお茶でも淹れますから…」


「それは嫌味かしら?」


ゴーレムの体じゃ飲めませんよね、はい。


俺の母、"泉の魔女"ドルエラは、箱庭にある魔王の館で暮らしている。魔王と魔女が時空系魔法を駆使して建造した館の中では"歳を取らない"からだ。そして母さんは館の外へ出る時は、自分を模して造った女性型ブロンズゴーレムを依り代として使用している。もちろん、ただのブロンズゴーレムではない。その気になったら小さな街を単独で壊滅させられる程の力を備えた特別製だ。救いはただ一点、"本体よりはマシ"というだけ……


「……ふう。少し音楽でも聴いて気分を落ち着けるとしましょう。」


母さんはテーブルの上に記録球を置いて再生させる。


「……これは"ハーピー合唱団"の新作ですか?」


人間には出せない美しい歌声と旋律。魔的とも言える音色を奏でるのは、ハーピー達に違いない。


「ええ。私が作詞、作曲した"魔王アムルタートを讃える歌"です。旦那様も大層お気に入りで"アムルにも聴かせてやれ"と仰ったので、持って参りました。」


箱庭を統治する女傑は、魔王大好き人間なのだ。……好きじゃなきゃ魔王の嫁なんかやってられんか。


ま、親父殿も嫁さん大好きだから、お互い様と言えなくもない。


「切り盛りは全部母さん任せで、館で大酒飲んでるだけの親父殿の何を讃えるっていうんですかね……」


「お黙り。旦那様あっての"魔王の箱庭"です。異論は認めません。」


魔界の一部を切り取ったのは確かに親父殿ですがね。荒廃した領土を豊かにしたのは母さんでしょうに。


「そういえばこないだ、賢者の塔に行ってきましたよ。爺さんが"死ぬ前に母さんに会いたい"と言っていましたが?」


「ヨハン坊やが?……最後に坊やに会ったのは、三年前になるのかしらねえ……」


大賢者ヨハン・ファルケンハインを"ヨハン坊や"なんて呼んでるのは、母さんだけだろうな。


「爺さんが坊やなら、母さんは大婆…」


「アムルさん、攻撃魔法の実地訓練でもしましょうか?」


金属の手から火花が生じる。神域の付与魔術師と称された母さんだが、攻撃魔法が不得意という訳ではない。SS級の魔術師だって、母さんに比べれば可愛いものだ。俺みたいに半分魔王とかならともかく、純粋人族の母さんが、なんでこれ程の魔力を持ち合わせているんだか……


……多分、超人類だった古代人の血が異常に濃い、とかなんだろうな……


「遠慮しときます。三年前に会ったって事は、定期的には訪ねてたんですか。」


「当たり前です。坊やは私の唯一の弟子なのですから。」


「その坊やなんですが、"魔王の復活サイクルを短縮する秘術"の存在を知り、研究しているみたいです。」


「……とうとう発見されたのですか……」


された? 母さんは秘術の存在を"知っていた"という事だな。


「やはり実在するんですね?」


「ええ。秘術に必要な魔法装置を"造り出せる"のは、現在の世界では私ぐらいでしょうけれど、"既にある魔法装置を使用する"のは、未熟者でも可能でしょう。」


泉の魔女、マジでパねえな。だが、魔法装置を使うだけなら未熟者でも可能なのか。


「見つけ出してぶっ壊すしかないな。バエルゼブルに一年半で復活されちゃかなわん。」


「それがいいでしょうね。でもアムルさん、旅に出る時にも言いましたが、貴方が人界の為に自分を犠牲にする必要はありません。私の故郷を守ってやろうという気持ちは嬉しいけれど、厭気が差したら箱庭に帰っていらっしゃい。王子の帰還を皆も待ち望んでいます。」


バエルゼブルが人界を制圧しても、箱庭には手出ししてこないだろう。大酒喰らって寝てるだけの親父殿だが、正真正銘の魔王だ。魔王と魔王の戦いは、決して相手を滅ぼす事が出来ず、不毛極まりない。強欲の魔王バエルゼブルは支配欲の塊だが、そこまでバカではない。


「……それはそれで、面倒くさい。箱庭の統治とか、マジで勘弁。」


「旦那様のように働き者の嫁を娶ればよいだけです。あら、お客様みたいね。」


アイシャは冒険に行っている。エミリオでも来たのかな?


「アムル~、麗しエルフが訪ねて来てやったわよ~。あっ、お母様!お久しぶりです。」


エミリオよりも長い耳。訪ねてきたのは古エルフの昔馴染み、フィオだった。


「フィオ、なんで"お母様"なんだ?」


呼び方も問題だが、フィオが母さんと面識があった事にも驚きだよ。……フィオは賢者の塔に赴く事もある。そこで面識を得ていたのだろうか?……当たり前か。フィオは俺みたいに、半世紀も寝ていた訳じゃない。知己も増やすし、鍛錬もしてる。


「フィオちゃん、いらっしゃい。あばら家で恐縮だけれど、お茶でも淹れるわね。」


「あばら家は余計です、母さん。」


「丁度お母様に相談したい事があったんです。話を聞いて頂けますか?」


おまえ、普段は高ビーなのに、なんで母さんには馬鹿丁寧なんだ? そしてなんでお母様なんだよ!




……問題が起きても自己解決しちまうフィオの相談事ってのは気になるな。プライベートな相談事ならいいが、仕事絡みの相談なら、"国家レベルの危機"って事になるが……


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