第22話 妖精剣士の誕生
賢者の塔での修行を終えたアイシャ達は王都への帰路に着き、リリア達は世界を見聞するべく旅立った。
王都に帰還したアイシャ達はいくつか冒険をこなし、依頼成功件数と獲得報奨金の条件を満たしたので、B級冒険者へとランクアップ。実務経験年数を満たして中級メンターに昇進したエミリオも交えて、祝宴を開く事になった。会場は広さに余裕があるレイの邸宅だ。
俺は地下の保冷庫で明日の祝宴に持ってゆく珍味を選ぶ。酒はレイがいい物を用意すると言っていたから、任せておこう。……飯はこのぐらいで足りるかな……いや、ルルとアイシャの胃袋を舐めるのは危険だ。あの娘達は、とにかく食い意地が張ってるからな。
ま、アイシャとルルは16歳で食べ盛りだ。体を作る為にも食欲は旺盛な方がいい。
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レイの家は貴族の別荘だっただけあって、広さもあるし内装も豪華だ。この本だらけの屋敷でレイは生活し、離れにはアイシャとルルが同居している。高司祭ではあるが質素な暮らしをしているファンバスティン司教の養子であるエミリオは、物珍し気に広い邸宅を見回していた。どうやら貴族の屋敷を訪れるのは初めてだったらしい。大食堂に一番乗りしたルシアンは、料理とワイン瓶が並んだテーブルの前で、女神に感謝の祝詞を捧げ始めた。敬虔なルシアンは、冒険時の食事でも秩序神への祈りは欠かさない。
「エミリオは祈らなくていいのか?」
「もちろん祈るよ。でもアステア様と違ってアイロア様の食前の祈りは簡素なんだ。豊穣祭の時だけは、本格的な儀式があるんだけどね。」
女神も様々か。ま、7柱の女神とは、選ばれし古代人が大規模儀式魔法で強化された超常的存在。つまり、元は
「ふう、結構重いものですね。」
ほのかに輝く鱗粉を発しながら、上下に分かれた大小4枚の羽で羽ばたく妖精は、俺を指差して宣った。
「わっ!レイ、怪しい人がいるよ!」
……怪しい人……俺の事らしい。
「チルカ、この人は私達の先生!失礼な事を言っちゃダメ!」
チルカと呼ばれた妖精は、パタパタ飛んで来てアイシャの肩に座り、真っ直ぐに俺の目を覗き込んでくる。
「そーなんだ。じゃ、あなたがアムルなの?」
「そうだ。アイシャ、この小妖精はどこで拾ってきたんだ?」
「森で野営してる時に突然目の前に現れたんです。"ずっと私を探していた"と言うんですけど……」
こないだの冒険の時に出会ったのか。……これも、天佑なのかもしれんな。
「みんな座ってくれ。祝宴の前にフェアリーについて講義しよう。」
席に付いた生徒&同僚に俺は小妖精と呼ばれる種族について解説を始める。解説といっても、ファルケンハインの爺さんからの受け売りだが……
「フェアリーは世界最小の知的種族で…」
「アムル、最古が抜けてるよ!」
いきなりチルカにツッコまれた。程度はあるが、かしましく、騒がしいのがフェアリーの種族特徴なのだ。
「最古は古エルフだというのが学会の定説だ。文句は魔道学院に言え。フェアリーの大きな特徴として"身分が二つしかない"というものがある。二つとは"女王と娘達"だ。」
「先生、男性のフェアリーはいないんですか?」
ルシアンが手を上げて質問してきた。当然の疑問だな。
「いない。ではどうやって種を維持しているのかと言うと、"輪廻を繰り返している"だ。
「ロマンチックだね!一度行ってみたいな!」
尖ったお耳が僅かに震える。これはエミリオが興奮した時に見せる仕草だ。
「残念ながら、それは無理だ。妖精郷にはフェアリーしか入れない。入ろうとすれば、妖精王国の精鋭騎士とドンパチやらかす羽目になるぞ。そもそも、森の場所も厳重に秘匿されているしな。妖精女王と国王の盟約によって成り立った国がアルフヘイムだ。」
「フェアリーは盟約を重んじるんだよ!一度、約束したら絶対に破らないの!」
角切りチーズに腰掛けたチルカが胸を張った。フェアリーは盟約、魔族は契約を重んじる。もっとも魔族の場合は、言葉巧みに騙くらかす場合もあるから要注意だがな。だが、魔族の契約にも嘘はない。捻くれた解釈を意図的にやる場合があるというだけだ。"美女に囲まれて暮らしたい"と願った男に、"オークの美女をあてがった"なんて笑い話がある。"人間の美女"と言わなかった男が迂闊なのだ。相手は魔族、正真正銘の悪魔なんだから。
「話を戻すが、花から生まれたフェアリーは基本的に老化しない。ただし、寿命はある。死期、フェアリーの表現に依れば"種に戻る時"が来たフェアリーは妖精郷へ戻り、姉妹達に見守られながら、種に戻る。そして姉妹達はその種を森に植え、また花が咲く、という訳だ。生まれたフェアリーは、断片的ながら以前の記憶を持っている場合もあるらしい。」
「なるほど、新たな命が誕生する訳ではなく、一つの種子が輪廻を繰り返すのですね?」
レイも興味津々のようだな。賢者とは知識欲の塊だ。
「そうらしい。ある
「そうなんだぁ!ねえねえ、チルカはどんな記憶があるの?」
チーズの椅子で体を1回転させてから、妖精は小首を傾げた。
「……わかんない。でも、遠い記憶が教えてくれたの。"このコについてゆきなさい"って。」
どうやらかなり前の記憶のようだな。アイシャは
「アイシャ、チルカを
「はいっ!袖すり合うも多生の縁、チルカが私を探していたなら期待に応えたいです!」 「チルカも頑張る♪」
「そうか。ではアイシャ、おまえは今日から、妖精剣士だ。」
「私は……妖精剣士……」
「そうだ。妖精と力を合わせてアルフヘイムを守る為に戦う騎士は妖精騎士、主君や王国を持たない者は妖精剣士と呼ばれる。騎士ほど縛りは多くないが、妖精剣士も妖精郷を守らねばならない。それが人間と妖精の聖なる誓約、聖約だ。儀式のやり方はチルカが教えてくれる。俺は基礎知識を教えておこう。アイシャは深く、フェアリーを理解しなければならない。」
「はいっ!」
「まず、妖精と人間は価値基準がかなり違う。例えば妖精には"私有財産"という概念がない。だから貨幣もない。全てのモノは姉妹達で分かち合う、それがフェアリーの社会だ。無論、貨幣経済を理解はしている。対外交渉をしているフェアリーは貨幣を受け取るが、買ったモノは姉妹達で分配している、という事だな。フェアリーは仲間内でキャイキャイ騒いで口喧嘩もするが、決して同族を殺めたり、傷つけたりはしないんだ。」
ゆえにフェアリーの社会には牢獄もない。犯罪がないなら、無用の施設だからだ。
「フェアリーは先進的なんですね。人間は富を巡って殺し合う事もあるのに。」
フェアリーの社会は秩序神の信徒には先進的に見えるらしい。
「同族で殺し合うなんて、チルカ達には理解出来ないよ。なんでそんな事するの? 仲間でしょ?」
フェアリーに問われた半魔、半エルフ、獣人、人間は答えられなかった。フェアリーに比べれば、俺達はずいぶん野蛮だよな……
「ま、とにかく全てのフェアリーは大きな家族だと思えばいい。母なる女王と娘達、それがフェアリーの社会構造だ。」
「貴族もいないのニャ?」
ルルは座学に退屈し始めたな。視線がご馳走に向いている。
「いないよ~。女王様以外はみんな姉妹。羽の数が違ってもおんなじ~♪」
そう、チルカは"4枚羽"なんだ。
「羽の数というのはな。普通のフェアリーは2枚羽だが、稀に4枚羽を持つ者がいる。4枚羽のフェアリーは、女王候補だ。女王に"種に戻る時"が来たら、4枚羽の中から次期女王が選ばれる。どう選ばれるかは、爺さ…ファルケンハイン師も知らなかった。」
希少な4枚羽は女王を守る親衛隊になる者が多いが、見聞を広める為に旅に出る者もいる。チルカは後者という訳だ。
「スゴい!じゃあチルカは女王候補なんだね!」
「別にスゴくないよ。姉妹には果たすべき役割があって、お仕事をみんなで分担してる。チルカのお仕事がたまたま"4枚羽"だっただけ。」
そう。人間だったら"貴族でござい"とふんぞり返るところだが、徹底的な平等社会のフェアリー達に、そんな傲慢さはない。だが4枚羽のフェアリーの能力は、2枚羽を大きく上回る。彼女達が"戦闘能力の高低"に重きを置かないというだけだ。
「じゃあ果実酒もあるし、儀式を始めよう!アイシャ、チルカの
ダブレットか。フェアリーはパートナーを"対の者"と呼ぶ。
「うんっ!チルカ、これからよろしくね!」
む!……チルカの雰囲気、目の色が変わったぞ。これは……チルカだけではなく、輪廻を繰り返してきた種子の姉妹達の意思が顕現しているようだな。
「……アイシャ・ロックハート、汝はチルカ・オベロンのダブレットとして、女王と妖精郷を守る責務を負います。聖約の名の下、チルカ・オベロンは、妖精剣士となった貴方に力を与えるでしょう。よろしいですか?」
「はい。私はチルカのダブレットとして、共に戦う事を誓います。」
チルカが祝福した果実酒をアイシャが飲み干し、聖約は完了した。
今日は最高の祝宴になるな。パーティーはB級冒険者へ昇格し、エミリオは中級メンターに昇進した。そして今日は、
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