第21話 範囲殲滅型の魔王
「ギャイン!!」
大賢者の放つ
爺さんの攻撃魔法ならケルベロスごときは即死させられるはずだが、ドルさんに花を持たせたようだ。
余裕綽々の老人&壮年コンビと違って、若者達は必死だ。ケルベロスは迷宮のボスである事もある魔獣、しかも初見となれば苦戦は必死。だが、まだ俺が手を出すまでもない。なんとか戦えている。
拮抗する戦い、戦況を転換させるキーパーソンになったのは、やはりアイシャだった。
「レイ!私に
放った攻撃魔法を躱されたレイは、すぐさま修得したばかりのヘイストの詠唱を開始し、アイシャの強化を完了させる。
「よしっ!これならいけるっ!リリア、ルシアン、壁になって!」
壁になったリリアとルシアンの背後に回ったアイシャの姿を魔犬は見失ったが、素早く左右を見回し、襲撃に備えた。だが、アイシャは右からも左からも飛び出てこない。
「今だよっ!」
アイシャの合図で壁の二人は左右に分かれ、剣を構えたアイシャは正面から魔犬に攻撃を仕掛けた。元から速いアイシャの足は加速の魔法で速さを増し、渾身の突きが魔犬の額に突き刺さる。
断末魔の悲鳴を上げた魔犬の真っ黒な体が迷宮の床へと崩れ落ち、勝敗は決した。
「やったのニャ!」 「アイシャちゃん、すっご~い!」
若者達はハイタッチを交わして強敵を下した喜びを分かち合った後、申し合わせたように床にへたり込んだ。
「よくやった。ファルケンハイン師、この大門に封印をかけておこうか。」
「そうじゃな。アムル君、手伝っておくれ。」
俺と爺さんで大門に封印を施し、疲労困憊の若者達を連れて賢者の塔へと帰還する。アイシャ達がさらに成長した時にこの封印は解かれ、さらなる高みを目指す修行の舞台となるはずだ。
───────────────
翌日の朝、大賢者は皆を集め、水晶球を見せてくれた。遠話用の水晶球とは違うようだが……
「賢者様、この水晶球はなんですか?」
賢者の卵の質問に、大賢者は自慢げに答える。
「よくぞ聞いてくれた。これはセントリス陛下から依頼されて開発した"測定球"じゃよ。この測定球はの、映した人間の魔力や身体能力を数値にして表示してくれる。おおよそではあるが、戦闘能力を示す指標になるはずじゃ。」
爺さんも、とんでもない物を発明したもんだな。さすが最強の付与魔術師ドルエラの愛弟子で、大賢者の称号を持つ男だ。
「冒険者ギルドや主要国から、ウチにも欲しいと要望が殺到しそうなアイテムだな。」
「もう殺到しておる。セントリス陛下は渋ったが、こういうアイテムは各国で共有した方がよい。という訳で、これから量産に入る予定じゃ。」
爺さんはランディカム王国の宮廷魔術師だったが、その視野は世界の全てに向けられている。ランディカム王国第一主義の女王セントリスとは、ソリが合わなかっただろうな。あの女王ときたら、家庭教師でもあった爺さんがいくら共存の大切さを説いても、ランディカム至上主義を改めなかったらしい。ま、それも王国のトップとしては、正しい姿勢と言えなくもないが……
問題は彼女のランディカム至上主義は、国益優先からではなく、魔法王国の末裔としての民族主義に起因しているんじゃないかって事だ。女王の政策は、純血のランディカム人に対して有利になるものが多い。税金の減免や、王立学院、魔道学院などの学術機関での学費の優遇等を見ても、そう考えざるを得ない。
「賢者様!私の数値を見てみてもいいですかっ!」
好奇心旺盛なアイシャが真っ先に名乗りを上げ、水晶球の前に立った。
「いいとも。どれどれ……1105、じゃな。」
1105か。比較の対象がないから、なんとも言い様がないな。
「次はルルなのニャ!」
「うむ。……1201、と出たな。」
「賢者様、それはおかしいのニャ!アイシャはルルより強いのニャ!」
「剣の腕までは正確に数値化出来ておらんからのぅ。ネコ科の獣人は類い稀な敏捷性を持っておるから、こうなったのじゃろう。今後に向けて改良する必要があるようじゃ。」
思案顔になった爺さんだったが、自分の数値を知りたがる若者達が水晶球の前に並んでいる。
そして測定したそれぞれの数値はこうだった。
アイシャ=1105
ルル =1201
レイ =1524
ルシアン=1080
リリア =1682
メイベル=1289
「爺さん、せっかくの発明品にケチをつける訳じゃないが、魔力の評価が高すぎなんじゃないか? 剣の勝負では、ほぼ互角のアイシャとリリアに差がありすぎる。」
「そのようじゃのぅ。そこいらは改良すべきじゃな。」
「賢者殿、ワシの数値を見てもらえんかな?」
ドングリの背比べの若者達と比較するにも丁度いいな。S級以上の実力を持つドルさんの数値を見れば、参考になるはずだ。
「うむうむ。それでは竜騎士ドラグモット卿の数値は……5575じゃ。さすがにアイシャ君達とは桁が違うのう!」
同じ4桁だろ。まあ、桁違いの実力なのは確かだが。身体能力と魔力に秀でる竜人は、元から数値が高そうだが、それにしても破格ではある。
「先生は!先生の数値はどのぐらいですかっ!」
おっと。アイシャの好奇心は満たしてやりたいが、それはマズい。封印がかかった状態でも、俺の力はSS級以上だ。オマケに魔王の血を引く半人半魔、どんな数値が出るやらわかったもんじゃない。
「それは内緒にしておこう。どんな数値が出ても、今後の指導に差し障りがあるからな。」
「それがいい。この測定球にはまだ改良すべき点があるようじゃしのう。」
「みんな、ここでの修行は今日で終わりだ。夜になったら打ち上げの宴会を開くぞ。もうじき荷馬車を引いた商人がやってくる。迷宮で手に入れた戦利品の、不要なアイテムを売るといい。その商人は賢者の塔への出入りを許されているだけあって、高価な物や、珍しい物を取り扱っているからな。」
宴会と聞いた若者達は万歳し、塔の外に出て、売却するマジックアイテムの選別を始める。物品の選別なんて塔の中でやっても良さそうなものなのに、商人がやって来るのが待ちきれないらしい。
「ではワシは料理の準備でも始めるかの。まずは調味料の在庫を確認せんとな。」
ドルさんは炊事場に向かい、部屋には俺と爺さんだけが残された。
「爺さん、無理を言ってすまなかったな。お陰で見違えるほどにアイシャ達は成長したよ。」
「この世界の為じゃ、気にせんでええ。儂も久方ぶりに楽しかったしのう。」
「さらに成長し、一流冒険者になったアイシャ達は、いずれこの塔を訪れるだろう。その時には深層階の封印を解いてやってくれ。大迷宮を制覇出来るようでなければ、魔王には勝てない。」
「心得た。ところでアムル君、自分の数値が知りたくはないかの?」
歳は取っても若き日と変わらぬ好奇心を覗かせる目。アイシャと同じく、この爺さんも知りたがり、なのだ。
「爺さんが知りたいんだろ。いいさ、測ってみてくれ。」
測定球の数値が目まぐるしく上昇してゆく。4000、5000、6000、まだ上がるのか。
「6666か。流石じゃのう。封印を解けばどこまで上がるものやら恐ろしいわい。古エルフのフィオ君がここを訪れた時に測らせてもらったのじゃが、彼女の数値は5622じゃった。SS級冒険者は5000台の数値を持つ、と考えれば良さそうじゃな。」
やはりドルさんの実力はSS級か。リリアとメイベルの世界漫遊の旅には、最強のボディガードが付いている。これなら心配する必要はなさそうだ。
「爺さん、改良を済ませた測定球が完成したら、一つもらうぞ。今度、箱庭に帰った時に、親父殿の数値を測ってみる。魔王アムルタートと魔王バエルゼブルの両者を知る俺の感想では、親父殿はバエルゼブルよりも強い。俺の数値と親父殿の数値の差、それが分かれば、アイシャ達がバエルゼブルに挑める力量があるかどうかを測る指針になるかもしれん。」
身内の贔屓目かもしれんが、1対1で怠惰の魔王と強欲の魔王が戦えば、怠惰の魔王が勝つ、というのが俺の感想だ。全般的に能力が高いのが魔王だが、バエルゼブルはどちらかと言えば、魔法攻撃を得意としていたように思う。親父殿のような、アホみたいな腕力と冗談としか思えない強靱さはバエルゼブルにはなかったからだ。おそらく
範囲殲滅型とはいえ、魔王の力は人族を遥かに凌駕する。……だが女神の剣の加護を受けた勇者アイシャが覚醒し、強力な仲間達と協力して戦えば……魔王バエルゼブルに打ち勝ってくれるはずだ。
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