第20話 勇者に必要なもの…それは根性



アイシャとリリア達が修行を始めてから二ヶ月あまりが過ぎ、各々の力量は相当に上がってきた。最も成長著しいのはアイシャで、王都の正騎士を凌ぐ剣の腕前を身に付けている。パーティーを組んだ当初はルルやルシアンより未熟だったアイシャだが、もう立派な主戦力でパーティーリーダーだ。


「また負けたのニャ!ルルも修行に励んでるのに、悔しいのニャ!」


「はぁはぁ、……鍵開けも出来ないし、治癒術も使えない私が、白兵戦で負ける訳にはいかないから!」


ルルを退けたド根性娘は息を整えてから、リリアと訓練を始める。……アイシャは、半魔の身体能力を持ち、実戦で腕を磨いたリリアとも互角に戦えるようだ。これは互いに負けまいと精進した結果かな。やはり好敵手の存在は若者を成長させる。


……そろそろアイシャも副職サブクラスを考える時に来ているか。理想なのは女神アイロアに帰依し、聖戦士パラディンになる事だろうが、自分がどう生きるかは、アイシャ自身に決めさせたい。


「私達のリーダーは、凄まじい成長振りです。先生、アイシャはやっぱり女神の血を引く勇者なんですね。」


レイが俺の傍でそっと囁く。そう言うレイも修行の結果、導師級の実力を身に付けている。ルル、ルシアンも順調に成長しているし、もう新米パーティーではない。実力的にも中堅と言えるだろう。


俺は小声でレイに答える。


「女神の血云々うんぬんより、アイシャ本人の資質だろうな。高い学習能力とカンの良さ、速さと強さを兼ね備えた肉体、そしてなにより……根性がある。」


女神の血が役立つのは、"女神アイロアの剣"を与えてからだ。あの剣の真の力を引き出せるのは、女神の血を引く者だけなのだから。A級冒険者になった時に卒業の証として、アイシャ達には魔法の武具を贈る。冒険者だった頃に集めたマジックアイテムから選んだ、剣、盾、鉤爪、杖だ。A級冒険者にでも過ぎた品だが、いずれ魔王と対峙する時には、武具に相応しい力を身に付けているだろう。


─────────────────


修行を続ける事しばし、ドルさんを引率役として中層階の攻略を達成したアイシャ達に、俺は深層階への侵入を許可する。


「アムル氏、深層階は危険ではないか? 中層階とはレベルの違う凶悪な魔物が出現する。アイシャ殿達の成長振りは認めるが、まだ時期尚早なように思うがの……」


ドルさんは心配げだ。確かに深層階ともなると、中層階とは比較にならない魔物や魔法生物が出現する。中層階までならドルさんが付いていれば万一もないが、深層階となるとどうなるかわからない。


「ほんの触りを見せておくだけだ。深層階の攻略にはS級以上の力が必要だからな。もちろん、深層階には俺も同行する。」


「アムル氏が同行してくれるなら、どうにかなるじゃろう。やってみるか。」


「儂も行こう。アイシャ君達に深層階のなんたるかを見せた後に、封印を掛けておく必要があるからのう。」


杖を携えた大賢者は厳かにそう言った。


「スゴい!先生に竜騎士、さらに大賢者まで加わったパーティーだなんて!これなら魔王だって倒せちゃいます!」


興奮したアイシャが鼻息を荒くし、俺が実際に魔王を討伐した事を知る大賢者と若き魔術師は顔を見合わせて笑った。


────────────────


深層部上階の大広間に待ち構えていたのは、角が生え、獅子に似た頭と蠍のような尻尾を持った5匹の魔獣だった。さしずめ深層階の門番、といったところだな。


「みんな、あれが"マンティコア"だ。尾には猛毒を持ち、鉄をも噛み砕く牙を持つ。深層階では弱い部類だが、十分気をつけるように!」


「「「「はいっ!」」」」 「ニャ!」 「……わかった。」


「ドルさん、ファルケンハイン師で2体受け持ってくれ。俺も1体受け持つ。アイシャ、リリア、工夫して2体をなんとかしてみろ。」


短槍ショートスピアを構えたドルさんが一番槍となって魔獣と戦い始め、迷宮の床から大地の精霊アースエレメンタルを召喚した爺さんがそれに続く。


……一番強い個体は、後ろで控えているアイツだな。ブロックしようとする2体をいなしながら魔獣のボスに接敵した俺は、安物の剣に鋭刃シャープネスの魔法をかけてから斬りかかる。強化魔法でもかけておかないと、特売品の剣はあっさり折れてしまうだろう。


「グガアァァァ!!」


吠えるな、吠えるな。その気になれば一刀で斬って落とせるんだぞ。アイシャ達に経験を積ませる為に、遊んでやるからかかってこい!


「リリアちゃんは右を!」 「うんっ!メイちゃん、援護よろしくっ!」 「……任せて。」


パーティーリーダー二人は、左右に分かれてもれた魔獣に相対する。


「ルシアンは私、ルルはリリアちゃんに加勢してっ!レイは状況を見ながら適時、魔法で援護!」


「オッケー!」 「ニャニャ!」 「了解です。」


うんうん、アイシャはリーダーとしても成長してるな。治癒術を使える二人を分散させて毒に備えさせたか。


ドルさんと爺さんは早々にマンティコアを片付けて見学モードに入った。俺はもう少し八百長試合を続けるかな。オレの正体を知っているのはレイと爺さんだけだ。中級メンター以上の力を持っている事は他の皆にも、もうバレているが、大賢者や竜騎士に匹敵すると悟られてもなんだし……


「グルル……グガァ!」


お~、めんこいめんこい。牙で捉え、尻尾で刺そうと必死ですなぁ。その尻尾を掴んで、ポイッとな。


……あ、力を入れすぎたよ。額から壁に叩きつけられたマンティコアの角が折れ、地面に落ちて動かなくなった。八百長って難しいな。


手加減に失敗し、試合が終了してしまったので、俺も見学モードに入る。


ルシアンを庇ったアイシャが毒尾を喰らったが、庇われたルシアンがすぐに解毒キュアポイズンをかけて治癒。その間はレイが魔法盾マジックシールドで二人を援護か。うんうん、それでいい。


リリア&ルルのコンビもなかなか上手いな。速い毒尾はルルが鉄爪で弾き、リリアを牙の攻撃に集中させている。決定力は自分よりリリアが上と判断し、自身は援護に回る。ルルは自分の役割を理解している猫娘だ。


ルルの鉄爪、メイベルの魔法で援護されながら、優れた腕力で魔獣を叩くリリア。内気で可愛い娘だと思ってたんだが、実はパワーファイターだったんだなぁ。アイシャは軽戦士フェンサー系だが、リリアは重戦士タンク系、しかも受けたダメージを自分で癒せる重戦士だ。冒険者ギルドに入会出来れば、引く手あまただろうに勿体ない。ま、冒険者ギルドに入らなきゃ冒険出来ない訳じゃなし、問題ないか。


───────────────────


無事にマンティコアを倒したアイシャ達を少し休ませてから、さらに奥へと進んでみる。


おっと、次のお相手は地獄の番犬ケルベロスか。部屋の造りも関所っぽい大門があるし、どうやらコイツらが本命の番人、いや、番犬だったらしい。


……いつも思うんだが、コイツらなに食って生きてやがんだかねえ。長年の疑問はさておき、ケルベロスは今のアイシャ達ではしんどいかもな。しかも門の左右に一体ずついやがるし。


「ドルさんとファルケンハイン師は、左のケルベロスを頼む。アイシャ、リリア、総掛かりで右のを相手してみろ。危ないと思えば、俺が加勢するから。」


冒険者達が返事をする前に門番ゲートキーパー二体は襲いかかってきた。挨拶代わりに吹かれた炎の息吹ブレス、爺さんの魔法盾はブレスを完璧にブロックしてみせたが、メイベルの魔法盾は破壊され、炎が若者達に迫る。それを予期していたレイの耐熱ファイアーレジストでダメージを抑えたアイシャとリリアが、先陣切って魔犬と交戦を開始した。


例によってサイドに回ったルルは牽制しつつ、脇腹を攻撃。ルシアンはリーダー二人の背後で防護プロテクトの魔法で援護する。レイ&メイベルの魔術師コンビはといえば、メイベルが詠唱の短い攻撃魔法で気を逸らさせ、レイは時間のかかる攻撃魔法の詠唱を開始か。いいぞ、全員が自分の役割を果たそうとしている。




俺の手を借りずに地獄の番犬に勝てたなら、ここでの修行は終わりでいいだろう。……みんな、頑張れよ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る