第18話 思わぬ邂逅



いくらルシアンの治癒力が高いとはいっても、毎日毎日ダンジョンアタックでは体が持たない。なのでダンジョンに潜るのは一日おき、合間の日は座学のお時間だ。知識も力、優れた冒険者とは知勇を兼備している者だからな。


レイは冒険に出る前からかなりの知識を有していたし、ルシアンも基礎は出来てる。だから男二人は中、上級コース。女二人は初級コースからだ。


魔法ではなく知識となれば、俺より爺さんのが上だ。ちょっと用事もあるし、座学は任せてしまおう。


「爺さん、夕方までアイシャ達に座学を教えてやってくれ。俺は友人に会いに行くから。」


「友人? 誰じゃね?」


「ドルさんっていう竜人だ。この近くに住んでいる。」


「ドルさんとはドルーク・ドラグモット卿の事かね。……アムル君にも友達がおったのじゃな。」


爺さん、それは失礼を越えて暴言だからな!


「爺さんもドルさんを知ってるのか?」


「たまに料理を作りに来てくれておる。竜人とは思えないほど、気さくな男じゃな。」


「アストリアが竜人のスタンダードって訳じゃない。あんなのが多い事も確かだがな。それじゃあ、行ってくる。」


塔を出た俺は、小一時間ばかり歩いた森の中にあるドルさんの庵へと向かった。


──────────────────


「これはこれは、"遠方より友来たる"じゃな。」


庵の外で薪割りをしていたドルさんは、首に巻いてる手拭いで体の汗を拭いた。


「久しぶりだな、ドルさん。」


上半身が裸のドルさんは、素人目にもわかるほど鍛え上がった体をしている。鋼のような筋肉に無数の傷痕、過去を語らないドルさんだが、さぞかし名のある戦士だったに違いない。


「これは天佑、というべきじゃろうのう。」


「天佑?」


「アムル氏、もうじきリリア嬢が訪ねてくる事になっておる。夢を……諦められんようでな。」


「リリアは冒険者になるつもりか? という事は……」


「彼女の石化の邪視は左目だけじゃった。眼帯をすれば、人を石化させる事はない。いの一番にアムル氏に報告したかったらしいが、あいにく留守。そりゃそうじゃな、賢者の塔に来ておったのじゃからして。」


「そうか。……よかった。」


「冒険者になる夢を叶えたい娘がやって来る時に、メンターの青年が現れた。これを天佑と言わずして何と言おう。」


「しかし、リリアは冒険者ギルドに所属する事は出来ないぞ。正体が露見したら、面倒な事になる。ギルドの幹部も節穴ばっかりって訳じゃないからな。」


日陰倶楽部最古参の会員で、口の固いドルさんには、リリアは自分の秘密を打ち明けている。


「ワシが所属して依頼を受ければよい。実際、そうしておる者もいるのじゃろ?」


ギルドを追放された冒険者が、正規の冒険者と連んで仕事をする事はある。無論、ギルドは禁じてはいるが。とはいえ、れっきとした正騎士が小遣い稼ぎでギルドメンバーと組む場合もあるから、ギルドもそのあたりの取り締まりは緩い。"正規の冒険者に仕事を出しただけで、誰と組んだかまでは把握していない"というスタンスだ。もちろん、駆け出し相手にそんな事はしない。それなりの実力がある者にしか、単独での受注は認めていない。


「ああ。ドルさんが名のある戦士だった事は言わなくてもわかる。だが、いいのか? 隠匿生活を楽しんでいたんだろう?」


「構わん。ワシはリリア嬢が気に入っておるでな。広い世界じゃ、嬢ちゃんと同じような事情を抱えておる者もおろう。そんな若者を探しながら旅をするのも、面白かろうよ。」


長い顎髭を撫でながら、壮年の竜人は笑った。


「わかった。だが神官はどうする?」


リリアがハーフメデューサだけに、神官を仲間にするのは困難だ。俺みたいな例外を除けば、冒険に治癒役は必須だからな。


「嬢ちゃん本人じゃよ。リリア嬢は、ドルイド魔法を使えるらしい。しかも世界樹起源の治癒術をな。」


世界樹起源のドルイド魔法を使う者なら、治癒術は得意中の得意だ。リリアの父親は、森に住む薬師だった。ドルイド魔法は治癒士でもあった父親から習ったのだろう。そうか、父親のように治癒士として生きていこうにも、石化の邪視があるから、人と接する事が出来なかったという訳だな。


「アムルさん!どうしてここに!」


俺が振り向くと、そこには背嚢を背負ったリリアが立っていた。


「早かったのう。ま、立ち話もなんじゃから、中へお入り。茶でも淹れよう。」


「はいですぅ!」


駆け寄ってきたリリアと軽く抱擁を交わしてから、俺はドルさんの庵へ入った。


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茶を飲みながらリリアと話してみたが、彼女の意志は固いようだった。だったら、俺に出来る手助けはしてやりたい。


「オーケー。意志が固いのはわかった。リリア、俺はしばらくこの近くに滞在しているから、剣の基礎を教えよう。ドルさんはかなりの腕前だが、それでも数が多過ぎれば、全員をブロックは出来ない。二人旅の間は、自分の身は自分で守る必要がある。」


「はい。私が冒険に出るなら一緒に行きたいってコが一人います。日陰倶楽部のメイちゃんなんですけど。」


「メイベルか。あの人見知りが大丈夫かね?」


日陰倶楽部の会員と話す時でも、目深にヴェールをかけてる娘なんだが……


「私とは大の仲良しですから、きっと大丈夫。私が半魔だと打ち明けたときも"……そうなの?"って動じませんでしたし。メイちゃんが言うには"……魔物より人間の方が怖い"んだそうです。」


魔物より人間の方が怖い、ねえ。確かに人間には下手な魔物よりタチが悪いのもいるがな。


「彼女は魔法図書館の司書だったな。それで冒険に出ようという事は、おそらく魔術の心得があるんだろう。」


「はい。メイちゃんはそう言っていました。」


竜戦士、ドルイド、魔術師、冒険がやれなくはないな。娘二人は未熟でも、ドルさんは手練れの戦士だ。


「よし、お茶を飲んだら腕を見てやろう。」


「はいですぅ!」


「じゃあワシはメイベル嬢を迎えに行くかの。ものはついで、実戦魔術をアムル氏に指導してもらうのがいい。リリア嬢、この庵は好きに使ってくれればよい。」


「ありがとう、ドルさん。」


旅支度を整えたドルさんを見送ってから、リリアに剣の基礎を教えてみよう。


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結果から言えば、リリアに剣の基礎を教える必要はなかった。夢を諦められない彼女は、独学で剣の修練を積んでいたのだ。しかもハーフメデューサの彼女は、膂力も体力も並の人間を遥かに上回っている。今の時点で言えば、アイシャよりも強いくらいだ。……いや、間違いなく強い。彼女には石化の邪視という切り札がある。相手が魔物なら躊躇いなく使えるし、人間が相手でも全滅させる前提なら問題ない。生かしておく価値がない悪党相手に遠慮なんて要らないからな。その心構えを教え込むのは、俺の役割だろう。


「よろしい。基礎は出来ているようだ。」


「はいっ!アムルさん、いえ、アムル先生、ありがとうございましたっ!」


てっきりアイシャ達が最後の生徒になると思っていたんだがな。とんだ伏兵がいたもんだ。


「リリア、あの塔が見えるな?」


「はい。あれが賢者の塔、ですね。」


「俺はあそこに滞在しているから、出稽古に来るといい。腕前の見合う訓練相手がいる。」


同世代の好敵手ライバルの出現は、アイシャにとってもいい刺激になるだろう。


「ひょっとして、アイシャさんですか!先生が目をかけて育ててるって話の!」


「そうだ。いい訓練相手になるだろう。お互いにとってな。」


「了解ですぅ。アイシャさんには、負けませんから!」


おお、リリアの目が燃えている。両拳を握り締めて身を震わせるリリアの姿は、なんだか必要以上に力が漲っていた。




なんでそこまで張り切るのかはわからんが、これならいいライバルになってくれそうだな。


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