第17話 大賢者ファルケンハイン



賢者の塔はランディカム王国と妖精王国の国境を分かつ山脈の麓にある。特に急ぐ旅ではないので、のんびりと物見遊山もしていたから、到着まで10日ほどかかってしまったな。


「見えてきたぞ。あの塔が目的地だ。」


「先生、あれは大賢者ファルケンハイン師の住まう塔ではないですか!まさか先生は大賢者とお知り合いなのですか?」


ルシアンが当然の疑問を口にした。大賢者と中級メンターに接点なんざ、普通はない。飛龍ワイバーン古龍エルダードラゴンぐらい、格の差があるからな。


「まあな。ちょっとした頼み事なら聞いてもらえる程度の付き合いだが……」


嘘も方便、としておかないとな。事実は大賢者ファルケンハインが駆け出し魔術師だった頃の師匠が、俺の母さんだった。半世紀前は若き魔術師だったファルケンハインが、目覚めてみれば大賢者。人族って奴は成長性が高いよ。


「それでもスゴいです!あのファルケンハイン師の知己だなんて!」


「ルシアン、ファルケンハインさんってそんなにスゴい方なの?」


田舎育ちのアイシャは賢者ファルケンハインを知らないようだ。まあ、田舎の村には彼の著作もなかったろうしな。


「ファルケンハイン師は10年前までランディカム王国の宮廷魔術師を務めておられたお方だ。現女王、セントリス・ランディカム陛下の教育係も兼任された超一流の魔術師なんだぞ。知らなかったのかい?」


「うん。知らなかった。」 「のニャ!」


このパーティー、男衆が知識分野担当なんだよな……


「知った以上は、礼節を守るように!各国の王でさえ一目置いて接する大賢者に、粗相があってはいけないからね。」


上下関係に煩い秩序神の信徒は、娘二人に注意を促す。


「あまりしゃちほこばらなくても大丈夫だ。そんなに気難しい爺さ…賢者じゃない。」


「先生、今、"爺さん"と言いかけましたか?」


ジト目で牽制してくるルシアン。本当にお堅い性格してるな。


「気のせいだ、いくぞ。」


生徒達を連れて、石造りの塔へ歩みを進める。


───────────────────


塔の入り口の前に立つと、ズズズという音を立てながら大きな扉が左右に開いてゆく。


「入るぞ、ついてこい。」


塔の1階には泉と庭園があり、中央には螺旋階段が設置されている。


「わっ!この階段、勝手に昇っていきますよ!」


アイシャ達はビックリしたようだが、爺さんは付与魔術を極めた母さんの愛弟子だ。この程度は余技みたいなものさ。


塔の最上階で階段は停止し、俺は大賢者の書斎に一行を案内する。魔道書が山積みになった書斎の奥に、大賢者ファルケンハインは佇んでいた。


「よう来たな、アムル君。元気そうでなにより。」


「ファルケンハイン師こそ息災なようで安心した。皆、この方が大賢者ファルケンハインだ。挨拶しなさい。」


横一列に並んで頭を下げる冒険者3人。ルシアンがキョトンとしているルルの頭を掴んで頭を下げさせる。


「ほっほっほ。まあ、そう硬くならずともよい。アムル君、早速かかろうか。まずこれを受け取りなされ。」


大賢者が指を鳴らすと、机の上にあった皿が浮遊し、パーティーの前まで飛んできた。


「みんな、皿に置いてあるペンダントを胸から提げろ。ファルケンハイン師は、塔の近くにある古代遺跡の管理者でもある。その遺跡が見つかったから、王都からこの地に居を移したと言ってもいい。おまえ達には、その遺跡を探索してもらう。」


「「「はいっ!」」」 「ニャ!」


アイシャ達がマジックアイテムを首から提げたのを確認してから、使い方を教える。


「今は青く輝いているが、受けたダメージ、魔力マナの消耗具合を判断して、ペンダントの宝石が黄、赤と変色してゆく。4人のうちの1人でも黄になったら、塔へ引き返してくるんだ。それから地下2階への階段を見つけても絶対に降りない事!これは非常に重要な事だ、わかったな?」


「はいっ!」 「了解なのニャ!」 「わかりました!」 「先生のお言葉通りに。」


「よし。準備が出来たら遺跡探索に出発しろ。遺跡内には有用なマジックアイテムなどもあるはずだから、腕を磨きながら、装備も整えられるはずだ。遺跡の場所はこの塔から東に向かえば、じきわかる。」


今まで禁じていた遺跡探索、しかも大賢者が管理する大迷宮での冒険だ。張り切ったパーティーは素早く準備を整え、塔からほど近い古代遺跡へと出掛けていった。


しばらく経ってから爺さんは机の上に水晶球を置き、合言葉を唱える。水晶球には迷宮の入口に入ってゆく4人の姿が映っていた。


「爺さん、地下1階と2階は頼んだ通りにしてくれたか?」


浅い階層の探索は別の冒険者によって既に終了している。だから思った通りの敵、宝物を設置しておける。数年前、中層階から魔物が上がってこれないように、俺と爺さんで封印をかけておいたから、万が一もない。


「うむ。アムル君に頼まれた通りに設えておいたよ。ふふふ、アイシャ君達も出来レースだとは思っておるまいて。」


「地下1階の探索が終わる前に、レイはタネに気付くだろう。自分達に都合のいいマジックアイテムばかり見つかるのだからな。」


「ほう。あの若いのは優秀なようじゃな。」


レイは俺が仕組んだ事だと気付いても、皆には黙っているだろう。だからこそ、これからの冒険に必要なアイテムを置いておけた。アイシャ達に必要なものは装備と自信だ。与えられた物ではなく、勝ち取った物にこそ価値がある。俺がアイシャ達に与えるマジックアイテムは、俺の指導が必要なくなった時に卒業証書代わりに贈る品だけだ。


「魔術の才能と地頭の良さは別物で、両方を備える者は稀だ。レイに賢者の資質があると言ったのは、そういう意味だよ。爺さんの若い頃に、よく似てるだろ?」


「……そうかものう。アムル君、ドルエラ様はお元気かえ?」


「親父の箱庭で元気にしてるよ。」


「それはよかった。儂ももう長くはない。死ぬる前にドルエラ様に会っておきたいものじゃ。」


「爺さんはまだまだ健在だよ。死ぬ死ぬ言ってる年寄りほど、長生きするもんだ。ま、今度箱庭に帰った時、親父殿に爺さんを連れてきていいか、頼んでおこう。」


「そうしておくれ。師の造り出した魔道の楽園を見てみたいからの。荒涼とした魔界を、地上と変わらぬ環境に創り変えたのじゃろう?」


「ああ。太陽みたいな光源を創ったお陰で、作物もよく育つ。働き手には不自由しないしな。」


大地獣ベヒモスを農耕馬代わりに使ってるぐらいだ。地上よりも豊かかもしれん。


水晶球に爺さんが設置したガーゴイルと戦うアイシャ達の姿が映った。


「おうおう、頑張っとる、頑張っとる。この娘が魔王を倒す未来の勇者様か。アリシア君ではダメなのかね? いい素質を持った娘さんじゃったが……」


駆け出しだった頃のアリシア達も同じ試練を乗り越えた。アイシャ達にも出来るはずだ。


「才能だけならアリシアが上だ。だがな、なんというか、魔王としてのカンが囁いたとしか言い様がないんだが……"魔王を倒す勇者はこの娘だ"と、俺は思ったのさ。」


「魔王の息子にして元勇者のアムル君が見込んだのなら間違いなかろう。なんとしてでもバエルゼブルに「真の死」を与えて滅ぼさねばならん。」


「あまり過度な期待はしないでくれ。難しいようならまた俺が出張るまでだ。それで半世紀の平和は買える。」


「……それがそうとも言えないんじゃよ……」


なに!?


「爺さん、どういう事だ?」


「宮廷魔術師を引退し、この塔に引きこもってからというもの、儂は様々な魔術研究に没頭してきた。最近の研究……研究ではなく、解析と言った方がいいかの。ある高名な冒険者パーティーが持ち込んできたアーティファクトがあるのじゃが、それを元に解析を進めておるテーマは"超常的存在の輪廻、その周期を縮める魔道力学"じゃ。」


「魔王の復活サイクルを早める方法があるというのか!」


「古代人の魔法都市ではそんな装置が造られていたらしい。竜族の知性を奪った大規模儀式魔術を応用して、肉体を破壊された魔王や女神といった超常的存在を早期に復活させる事は、理論上可能。復活したバエルゼブルがその事に気付けば、半世紀どころか10年……最悪の場合、1年と3月で復活してくるかもしれん……」


「爺さん、その研究を詳しく教えてくれ!」


「うむ。アムル君の意見が聞きたくての。資料は用意しておいた。」


アイシャ達の迷宮探索をチラ見しながら、爺さんのまとめた論文に目を通してみる。




……なんてこった。魔法装置一つにつき、魔王の復活を9年9ヶ月短縮出来る。五芒星ペンタグラムを描くように配置する必要があるにしても、5つまではいける。最大で48年と9カ月も短縮可能だ……



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