第16話 かつての生徒



メンターは複数のパーティーの指導にあたるのが普通だが、現在の俺はアイシャ達の指導しか行っていない。ギルドの幹部達は面白い顔をしなかったが、トップのギルドマスターが黙認している為、特に問題にはならなかった。ギルドマスターが黙認を決め込んだ理由は"SS級冒険者であるフィオの口添えがあった"から、だ。


冒険者達の上澄みの中の上澄み、SS級冒険者ともなれば、ギルドマスターといえど無碍には扱えない。国家に大きな影響がある(もしくは存亡に関わる)ような事件が起きた場合は、SS級冒険者を頼らざるを得ないからだ。


冒険者の指導という最大の仕事が極端に減った俺は、王都に留まって雑務をこなす事が多くなった。雑務とは、新米冒険者が模擬戦に使うゴーレムの作製作業だ。同僚メンターの要望に応じて、様々な強さのゴーレムを造る。メンターとしての本分を半ば放棄したカタチの俺が、それでもメンターでいられるのは、この特技が重宝されているからというのもあるだろう。


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「精が出るね。でも、そろそろお昼だよ。一緒にギルド酒場に行かないか?」


今日も今日とて、ギルドの工房でゴーレム製作に励む俺を昼メシに誘ってきたのはエミリオだった。


女の子だとわかっちまった当初は距離感に迷ったものだが、エミリオの態度が今まで通りだったので、俺も気にしない事にした。


「オーケー。頼まれた分の製作は今日中に終わる目途がついたし、そろそろメシにしよう。」


「アムルはどうしてアイシャ達以外の生徒を受け持つのをやめたんだい? みんな不思議がってるけど、ギルドマスターは何も言わないし……」


「ちょっと楽がしたいだけだ。新米の面倒を見るのは神経を使うだろ?」


アイシャ達が最後の希望だ。仮に新たな勇者候補が見つかったとしても、育成する時間が足りない。もし、アイシャ達ではバエルゼブルを倒せないとなれば、俺がやるしかない。


ギルド酒場で日替わり定食を食べながら、エミリオは質問を重ねてくる。


「まさかだけど、引退なんて考えてないよね?」


「さっきも言っただろ。楽したいだけだって。」


すまん、嘘だ。アイシャ達が魔王を討伐したらギルドから身を引く。時たまダンジョンに潜って日銭を稼ぎつつ、のんびり暮らすつもりだ。


「だったらいいんだけど。」


エミリオは出世しろよ。今の調子で研鑽を続ければいい指導者になれる。末はギルドマスターか大司教だ。


「先生、お久しぶりです!」


高位神官専用の法衣を纏った冒険者に挨拶された。彼女はかつての生徒で、もう一人の女神の血を引く娘、アリシアだ。長旅に出ていたようだが、ヴィーナスパレスに帰ってきたらしい。


「アリシアか、久しぶりだな。竜人国ドラガニアでの活躍は聞いている。駆け出し時代のメンターだった俺も、鼻が高いよ。」


素質だけならアリシアはアイシャより上だろう。人族としては最高クラスの魔力を持っている。最年少で秩序神アステアの高司祭になった素質は伊達ではない。


「今でも先生メンターです。先生、私達は竜人国での功績が認められてS級冒険者に任命される事になりました。」


竜人国で大功を立て、S級冒険者としての認可を受ける為に本部へ凱旋してきたか。アイシャ達がS級冒険者に到達するのに、どれぐらいの時間が必要かな……


「おまえ達のS級への昇格は、幹部会の満場一致で決定したらしいぞ。普通、誰ぞは異議を申し立てるものなんだがな。」


ギルド内にも派閥抗争はあるからな。満場一致って事は、誰もが認めざるを得ない功績と実力の証だ。しかし、地母神アイロアの血を引く娘が、秩序神アステアの使徒か。……いや、アステアはアイロアの妹神だ。そう不自然な話でもない。


「俺達のS級昇格に異議を挟む者などいる訳がない。己の目が節穴だと言うようなものだ。」


青く輝く竜鱗鎧ドラゴンスケイルを纏った青年。アリシアが所属するパーティーのリーダー、アストリアのご登場か。魔術師のシーラと盗賊のミストは相変わらず竜人様の腰巾着をやっているようだな。


「そうかもな。ま、おめでとうと言っておこう。」


アストリアは竜人国の貴族の子で竜人だ。竜人とは体のどこかに竜痕ドラグスティグマを持つ、かつては竜だった者達。神世の時代、古代人と竜族はこの世界の覇権を巡って争い、古代人達が勝利した。当初は巨大な体に膨大な魔力と知性を持った竜族が優勢だったらしい。だが、古代人の叡智は竜族以上だった。魔法を極めた古代人達の超大規模儀式魔法によって竜族の知性は封印され、本能だけで動く体のデカい爬虫類にされてしまったのだ。


儀式魔法の効力が世界に広がりつつあり、阻止は不可能と悟った竜族は選択を迫られた。竜の体に留まり、知性を失うか。竜の体を捨てて、"人間"として生きるか。アストリアは人間になる事を選んだ者達の末裔だ。コイツと同じ竜人であるドルさんが同族を嫌っているのは、尊大な奴が多いからだ。"巨大な体と翼を持ち、世界を席巻していた過去を忘れられない懐古主義者どもとは付き合えんよ"と言っていたな……


「俺からも言っておく。一時期、極々短い間だけ、俺達のメンターだったからといって、デカい顔はするなよ? 師匠面したアンタに、あちこちで吹聴して回られちゃ迷惑だからな。」


こめかみに血管の浮かんだエミリオに目配せして、黙っていてもらう。コイツは性格に難はあるが、実力は紛れもなくS級だ。


「アストリア!先生に失礼でしょう!駆け出し時代はお世話になった方なのよ!」


言っても無駄だ、アリシア。もしコイツがこんな性格でなければ、女神の血を引く聖女を擁する勇者として、魔王討伐を任せていただろう。もっとも、勝手にバエルゼブルを倒してくれないかなと、淡い期待はしているがな。


「メンター制度なんて才能のない奴らだけでやってればいい!俺達みたいな優秀な者は、独自でやればいいんだ。SS級冒険者になったら、俺がギルドの制度改革をやってやるさ。」


「頑張れ。話は済んだようだし、飯の邪魔をしないでもらえるか? 冷めると台無しなんでね。」


「フンッ!ギルド酒場の安い定食がアンタにはお似合いだ。いくぞ、みんな!」


アストリアの後に続く腰巾着二人。アリシアは去り際に一礼してから仲間の後を追う。一行の姿が消えてから、憤懣やるかたないとばかりにエミリオは形相を変えた。


「なんであそこまで言われて黙ってなくちゃいけないんだ!いくら新進気鋭のS級パーティーだからって、かつて指導してもらったメンターに対して恩知らずもいいとこだろう!」


「奴は嘘を言ってる訳じゃないのが問題なんだな、これが。」


「え!?」


「アリシアとアストリアは抜けた才能があったからな。誰が指導しても、いや、指導なんぞ受けなくても、S級冒険者になれていただろう。最初にパーティーを組んだ魔術師と盗賊はアストリアの性格に厭気がさして、早々に離脱したがね。」


その選択は正解だ。例え性格に我慢してついていったとしても、途中で首にされていた。アストリアは才能のある奴しか認めない。正確には才能があって自分に従順な者しか、だ。アリシアはアストリアの素質を認め、勇者にしたいと願っているようだが……


「実力があるのはわかったよ。でもあの性格でよくS級への昇格に異論が出なかったものだね。」


「アストリアはギルドの幹部には受けがいい。貴族や身分のある者への礼節は心得ているのさ。」


「……ますますイヤな奴だとしか思えないんだけど……」


同感だ。奴がバエルゼブルを倒して世界の救世主になったら、箱庭に帰るかな。


「レイ、もう大丈夫だ。手を離していい。」


ギルド酒場の入り口でアイシャとルルの襟首を掴んでいたレイが手を離すと、二人は猛ダッシュで駆け寄ってきた。


「アイツ、無茶苦茶失礼なのニャ!」 「そうです!先生の生徒だったんでしょう!」


「誰もがおまえ達のように生きてる訳じゃないさ。もし、悔しいと思ってくれるなら、アイツらを超える冒険者になってくれ。」


「はいっ!必ず!」 「なってみせるのニャ!」 「……やってみせます。」


……レイの目が完全に据わっている。たぶん、レイが一番怒らせたらいけないタイプだ。滅多な事では激昂しない分、怒ったら恐ろしい。


「冒険は無事に終わったんだな?」


俺の言葉に頷く一行。思ったよりも帰ってくるのが早かったな。パーティーを組んでから二ヶ月あまり、手際が良くなってきたようだ。


「ルシアンはどうした?」


俺の質問にレイが答える。


「神殿に行っています。収入を得た時は必ず喜捨してるみたいですから。」


「そうか。今日はゆっくり休んで、明日の朝、みんなでここに集合してくれ。強化合宿を行う。長旅になるから、そのつもりでな。」


「強化合宿ですか!楽しみですっ!」 「頑張るのニャ!」 「先生、目的地はどこですか?」


「それは着いてのお楽しみだ。かなりハードな合宿だぞ。覚悟しておくように。」


合宿が終わる頃にはB級冒険者になれるだけの実力がついているだろう。




目的地は「賢者の塔」だ。ファルケンハインの爺さんに会うのも久しぶりだな。


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