第15話 初級メンターの秘密



「またソファーで寝てる!アムル、もう昼だよ!起きるんだ!」


エミリオ、掃除に来てくれたのは有難いが、耳元でがなり立てないでくれ。


「……夜明けまでレイに魔法を教えてたんだ。もう少し寝かせといてくれ。」


「へえ、ものぐさなアムルにしては珍しいじゃないか。やっぱり生徒は可愛いんだね。」


可愛いのは確かだが、あそこまで頑張る気はなかった。授業を切り上げようとしても真面目っ子のレイときたら"もう少し、もう少しだけ"と、とにかくしつこかったのだ。レイがあの歳であそこまでデキるのは素質ではなく、あの勤勉さにあったようだ。


ソファーで二度寝を決め込む許可を得た俺は、遠慮なく惰眠を貪る。その気になれば1週間ほど不眠でも平気な俺だが、惰眠を貪るのは大好きなのだ。


目覚めた時には、散らかった部屋は綺麗に片付けられていた。エミリオとアイシャの間では"週ごとにお掃除役を交代する事"で、話がついたらしい。今はそれでいいとしても、アイシャ達が成長すれば長旅に出る事もあるだろう。その間はどうなるのかねえ……やっぱりお掃除ゴーレムの開発が急務だな。


……ん? シャワーを浴びる音がするな。綺麗好きのエミリオがシャワーを使ってるようだ。


おっと!脱衣場のタオルを切らしたままだぞ。持っていってやるとしようか。


─────────────────


「まったくぅ!アムルったらタオルまで切らしてるじゃないか!」


脱衣場にはシャワーを終えたエミリオがいて、すっ裸のままタオルを探していた。


「だと思って持ってきたぞ。はい、これ……はいぃ!?」


ちょっと待て……なんでエミリオの胸に大きな膨らみがあるんだ? これは一体どういう事なのでしょう?


「………きゃあああぁぁぁ!!」


マンドラゴラの悲鳴もかくやという叫び声を上げるエミリオ。いや、ソロの冒険者だった頃に薬師の依頼でマンドラゴラを採取した事はあるが、ここまでの悲鳴じゃなかったぞ。


「……え、え~と。とりあえず、タオルはここに置いとくから……」


「いいから出てって!!」


石鹸のつぶてを喰らいながら、慌てて脱衣場から逃げ出す。


"キザ男の田舎者疑惑"どころのインパクトじゃねえな。"驚愕の事実判明。エミリオ先生、実は女だった"ですか。……どーなってんだよ、一体……


───────────────────


いつも通りの衣服でリビングに入ってきたエミリオ。いつもと違うのは頬が赤い事だ。


「……見たよね?」


「……見ました。」


見なかったは通らない以上、素直に答えるしかない。


「……アムルのエロ助。透視シースルーの魔法を悪用してたりするでしょ?」


してない。考えた事はなくもないが、未遂であれば犯罪ではない。


「……限りなく事故だと思いますが……」


実際、事故だ。いいモノ見た感はあるが、事故である事実は変わらない。


「……どう思った?」


「……眼福でした。」


よくあんなデカい胸を隠せてたもんだ。普段はサラシをキツく巻いてたんだろうか? 


「ひっぱたく前に答えを教えてあげる。衣服に幻影イリュージョン隠蔽ディスガイズがかかってたんだよ。」


なるほど、納得しました。サラシとかでカバー出来るサイズじゃなかったもんな。まさか普段着に魔法がかかってるなんて、誰も思わない。


「なんで女の子だって隠してたんだ? まさか養母のファンバスティン司教も知らないとか……」


「お母さんは知ってる。僕はスラム街の孤児だったから……周りには女だってバレないようにしてたんだ。スラムに孤児の女がいれば、どうなるかはわかるだろ?」


そりゃな。無法者の慰み者にされるか、体をひさぐ羽目になるかの二択だろうが……


「だがもうそんな必要はないだろ? 今のおまえはファンバスティン司教の養子で、ギルド本部のメンターなんだから。」


「……そうなんだけど。長い間、自分は男だと思って生きてきたから……それが普通になっちゃって……」


「わかった。俺は沈黙を守ればいいのか?」


「お願い。女なのがバレたら虚偽記載でメンター資格を剥奪されちゃうから。」


その問題があったか。ま、虚偽記載は俺もやってる事なんだが。"魔王の息子です"なんて馬鹿正直に書く訳にもいかなかったから、やむを得ん嘘ではある。


「今のうちにギルドには話した方がいいと思うがな。司教の口添えがあれば、穏便に済みそうな話だ。」


俊英のエミリオはギルドの幹部達から期待されているし、同僚メンターからは信頼されていて、ギルドに所属する冒険者の人気も高い。間違っても放逐されるような事にはならないだろう。厳重注意と始末書ぐらいは覚悟しなきゃならんだろうが……


「お母さんもそう言ってる。でも……踏ん切りがつかなくて……」


逡巡している間に体の方は立派な女になっちまったってか。エミリオがメンターになってからずっと付き合ってるってのに、俺の目もなかなかの節穴らしい。


「干渉するつもりはないが、同僚として言わせてもらえば、早めに踏ん切りをつけた方がいい。面倒は後になるほど増えていくはずだ。」


「……わかってる。もうちょっとだけ時間が欲しいんだ。」


「オーケー。弁護人が必要なら俺が名乗りを上げるよ。……いいモノ見せてもらったし。」


「メイスで思いっきり殴るよ?」


やめれ。エミリオは細身だけど、怪力なんだから。


話がつくのを待っていたかのように元気よく鳴らされるドアベル。いったい誰だよ。


「ものぐさの先生~!可愛い生徒が遊びに来ましたよ~!」


「アイシャがなんで!? アムル、僕におかしいところはない?」


幻影隠蔽が永続化された衣服は正常に機能しているようだ。おっきな胸はまな板に見えてる。


「大丈夫、胸はぺったんこに見えてるよ。だが顔が赤いな。」


「脱衣場で冷やしてくる!」


脱兎のごとくリビングから飛び出すエミリオ、入れ替わりにアイシャとルルが入ってきた。


「何しにきた? 俺は休日だと言っておいたはずだが。」


「先生は各地の名産品を冷凍保存してるってアイシャから聞いたのニャ!」


食い意地の塊か、この猫娘め!


「ルル、何が食べたい?」


アイシャ、ここは他人の家だってわかってるか?


「肉とさかニャ!」


肉と魚ねえ。とことん動物食だな、おまえは。野菜も食えってレイが言ってるだろうが……


「オッケー♪ 先生宅の食材庫の中身は全部覚えてるから、私に任せて!」


俺ん家の食材庫の中身を暗記する前に、汎用魔法の一つでも覚えなさい。


遠慮という言葉を知らない小娘と猫娘は、解凍したテーブル一杯の名産品をがっつき始める。


「アイシャ、今週は僕がお掃除当番だったはずだけど?」


顔の火照りが収まったエミリオがアイシャに小言を言ったが、新米冒険者はどこ吹く風と聞き流す。ルルに至っては飯に夢中で、エミリオの存在にすら気付いていない。


この食いっぷり、二人は暴食の魔王の血を引いているのかもしれんな。


「エミリオも飯にしろよ。この二人に何を言っても無駄だ。」


「怠惰なメンターに暴食の生徒。罪業を司る魔王が見たら、大喜びしそうな光景だね。」


だろうな。だが"暴食の魔王バルゼブフ"はもう滅んでる。遥か昔に女神の一柱と相打ちになったからな。……怠惰の魔王親父殿は、自分が食う訳でもないご馳走には興味なんてないか。息子の俺が言うんだ、間違いない。


アイシャ、ルル、今日は目一杯食うといい。明日用意する訓練用ゴーレムを、その分キツくしてやるからな!



……世界各地で集めてきた名産物の仇は、俺が取ってやる。食い物の恨みとは、かくも恐ろしいのだ。


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