第14話 怠惰なメンターと勤勉な生徒
「……そうですか。そんな事件があったんですね。クローグさん、可哀想です。」
水晶球に映ったリリアの顔が悲しげに曇る。ハーフメデューサである彼女にとって、半人半魔クローグの半生は他人事ではないのだ。
「そんな悲しそうな顔をするなよ。だから話したくなかったんだ。」
「いえ、アムルさんが気にする事じゃありません!話してくださいとせがんだのは私ですから!」
「……ありがとな。リリアに話を聞いてもらって楽になったよ。俺も半人半魔だけに、身に詰まされてな。」
魔王の息子である事までは話していないが、リリアには俺が半人半魔である事は打ち明けている。十代半ばまで成長したリリアは石化の視線を開眼させてしまって、生まれ育った村の人間達に殺されそうになった。たまたま通りかかった俺が、石化した村人を元に戻し、故郷から遠く離れた場所で彼女が自立出来るように手助けをした。手始めに、自分が魔物の血を引く娘だと知り、ショックを受けた彼女を勇気づける為に、俺も半分魔族である事を教えたのだ。
「えへへ。お役に立てたならなによりですぅ♪ アムルさんには助けてもらってばかりだったから。スーちゃんも嬉しいみたいですよ♪」
彼女の頭から生えている蛇、スーちゃんも嬉しそうだった。メデューサは髪の毛全てが蛇なのだが、ハーフメデューサの彼女は蛇の髪は一本きり。最近では切り離す事も出来るようになったらしいが、スーちゃんはリリアの頭にひっついているのが好きらしく、いつも頭に同居している。
「そうだ。リリア、少し実験してみてくれないか?」
「はえ? 実験ですかぁ?」
「ああ。クローグは片角で、魔力も角から発生していた。だから、ひょっとしてリリアの魔眼も片目だけなんじゃないかと思ってな。」
本当にただの思いつきだが、ダメ元で試してみる価値はある。
「でも実験だなんて。生き物を石化させちゃうかもしれないんですぅ。そんなの可哀想ですよぉ。」
「なに、いつも宅配を頼んでいる行商人に雌鶏を二匹、買ってきてもらえばいい。石化させちまったら、大事にしまっとけ。俺が訪ねた時に
「や、やってみます。も、もし、石化の視線を放つのが片目だけだったら……」
「そうだ。眼帯でもすれば、街に出掛けられるぞ。スーちゃんは切り離せるようになったんだろ?」
リリアが口元に指を伸ばすと、体を切り離したスーちゃんが、その指に巻き付く。よしよし、これなら普通の蛇にしか見えない。
「ああ、どうしよう!……夢みたいです!私が街に出掛けられるだなんて!」
「喜ぶのはまだ早い。あくまで仮説なんだからな。」
「明日、行商人さんが頼んだ商品を持ってウチに来ます。次の買い物リストに雌鶏を二匹、書き足しておきますから!」
本当に片目だけが魔眼であって欲しい。そうすれば、リリアは街に出掛ける事が出来るようになる。正体が露見する可能性があるから、友達は出来ないかもしれないが、隠れ住むだけの暮らしからは解放されるのだ。
「そう言えば、生き残ったミッチさんとルシアンさんはどうされたんですか?」
「ミッチは引退するとさ。冒険者を続ける限り、今回みたいな事件に出くわす可能性はあるからな。怖くなったんだろう。」
「そうですか……ルシアンさんは?」
「アイシャ達のパーティーに入った。そうせざるを得ない事情もあるしな。」
「事情、ですか?」
夢に溢れた冒険生活の、世知辛い現実ってヤツを教えておこうか。
「依頼に失敗して、仲間を失った冒険者がリスタートするのは大変だって話だ。まず、冒険者ってのは、大なり小なり縁起を担ぐ。依頼に失敗した験の悪い冒険者の仲間になりたがる奴はまずいない。今回の件は運が悪かったとしか言いようがないんだが、仔細な事情は関係者しか知らん。依頼に失敗し、仲間も失ったルシアンの能力を疑問視する連中も多い訳だ。験の悪さに悪い噂、こうなるとなかなか仲間は集まらない。」
「でも、……誤解なんですよ? 駆け出し冒険者に高位魔族以上の力を持ったクローグさんの相手なんて無理ですぅ。」
「リリアだって村人を故意に石化させた訳じゃない。だが、村人達は聞く耳を持たなかった。結局、事態を打開したのは言葉ではなく、魔法による威嚇。俺が通りかからなかったら、リリアは殺されていたかもしれないんだ。」
「……そうかもしれませんけど……」
「身に降りかかった不幸は、自分で振り払うしかない。ルシアンは自分の力で悪評を覆す活躍を見せるしかないのさ。冒険者ってのはそういう世界だ。ま、気鬱になりそうな話はここまでにして、楽しい話をしよう。前に話したキザ男のサイファーだけどな、実は田舎者疑惑が出ている。」
「田舎暮らしが悪いとは思いませんけど? 私も田舎町から離れた一軒家で暮らしてますし……」
「悪いなんて言っちゃいない。でも"本人が都会っ子ぶってる"なら話は別だ。」
「ふむふむ。それでそれで?」
「奴が故郷だと言い張ってる街出身の若者がギルドに冒険者として登録された。でも、ソイツの話じゃサイファーの逸話は一度も聞いた事がないんだとさ。」
「大きな街なら、別におかしな事じゃないですよ?」
キョトンと小首を傾げるリリア。ま、凡庸な人間なら無名で当然なんだけどな。
「普通はそうだ。でもな、サイファーは上級メンター、つまりS級冒険者に匹敵する実力を持っている。そこまで素質のある奴は、大抵幼少期になんらかの逸話があるもんなんだ。天才だの神童だの、そういった噂がな。」
俺は"都会っ子を気取るキザ男サイファー、実は田舎者だった説"をリリアに開陳してみる。それが事実かどうかなんてどうでもいいんだが、くだらない話だからこそ、笑えるものなのだ。
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本当にくだらない(しかも事実かどうかも定かではない)話を終えて、引き込もり部屋から出た時に、ドアベルが来客を告げてきた。魔術師の目を飛ばし、誰かを確認。……レイが訪ねてきたようだ。
「お邪魔します、先生。……本当に散らかってますね……」
「明日あたり、片付け人がやってくるはずだ。」
レイに椅子を勧めてから自分も着座する。指を鳴らして煮炊き台のコンロに火を灯すと、浮遊したヤカンがコンロに着地した。ヤカンの中に小さな氷塊を作って、お茶を湧かす準備は完了だ。
「先生は手を抜く事には手間を惜しまないんですね。お掃除ゴーレムも作ってみては?」
「目下、試作中だ。レイ、わざわざ休日に何の用だ?」
「休日なのは先生だけで、今日は平日のはずですが……」
「女神の定めた休日なんて、魔族の俺が知った事じゃない。レイ、小言を言いに来たのか?」
「いえ。ルシアンの事ですが、本当にパーティーに入れていいものなのか……彼は
言いたい事はわかる。アステアの信者は大抵、"魔族絶対殺すマン"なのだ。
「アイシャが決めた事だからな。俺の正体を知る者を、レイのみで留めればいいだけだ。ルシアンも素質は十分、今の実力で言えばアイシャより上だろう。」
「はい。神官としても戦士としても有望株です。アステアの信者なら魔王バエルゼブルが復活したとなれば、必ず討伐しようと張り切るでしょうしね。」
「その魔王討伐にしても、マストオーダーって訳じゃないからな。あまり気張る必要はないんだぞ?」
「私達では無理だと思えば先生が出張る、という話ですよね? でもそれでは根本的な解決にはなりません。また半世紀後に魔王が復活してしまいます。」
「二度ばかり先延ばししてやれば100年経つ。おまえ達は地上の人間ではなくなっているだろう。」
「でも先生が……眠っては魔王を倒し、また眠って魔王を倒す。そんな輪廻を繰り返す先生はどうなるんですか!」
「大丈夫だ。おまえの師匠は1000年以上生きる。友達がいなくなる訳じゃないさ。」
そもそも半世紀前から俺の友達はフィオしかいないしな。……今はそうでもないか。エミリオや日陰倶楽部の連中がいたっけ……
「魔王は必ず私達の手で倒しますから。先生、ご指導をお願いします。」
「それがベストな解決法には違いない。せっかく来たんだ。母さんから教わった"ドルエラスペシャル"をいくつか伝授しよう。」
「ありがとうございます。休日返上ですね。」
「連休だからな。今日くらいはいいさ。お茶を飲んだらレッスン開始だ。」
「……先生、明日も平日ですが?」
さっきも言っただろ。女神の定めた休日なんか知った事じゃない。
今は使えない高等魔術でも、レイならいずれは使いこなすようになれるはずだ。実用性の高い魔法を選んで伝授する事にしようか。
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