第13話 神殺しの魔剣



片角の瞳にチラつく狂気が、説得は無駄だと教えている。だが、それでも俺は……


「片角、俺の話を聞け。おまえの境遇には同情すべき点がある。母親を殺したのはやむを得なかった。そうしなければおまえがいたぶり殺されていただろう。側頭部に生えた角が邪魔をして、人族の世界に入れてもらえなかったのもわかる。だが、俺ならおまえが普通に暮らせる世界へ連れて行ってやれる。だから…」


「聞いた風な事を言うな!!貴様に俺の何がわかる!!」


ストーンゴーレムを蹴散らし、鷹の飛翔ホークフライトを使った片角は猛禽類のように襲いかかってきた。剣を抜いて応戦したが、気の迷いのせいか、防戦一方に追い込まれる。


「待て!話を聞け!!」


「やかましい!死ね!!」


やはり聞く耳を持たないか。鷹の飛翔を使って取り敢えず逃げる。片角の実力は本物だ。コイツとの戦いにアイシャ達が巻き込まれたら、死にかねない。


上空からチラリと地上を観察、生き残った山賊は10人、残ったストーンゴーレムは6体、戦力的には互角イーブンだ。もし山賊達が勝ったとしても、数は半分以下に減っているだろう。だったらアイシャ達の敵ではない。後は俺が離れた場所で片角を仕留めれば問題は解決する。


月の明かりに照らされながら、俺と片角は空中で何度も斬り結ぶ。コイツ、かなりの使い手だな。そうとう修練を積んだのか、それとも天性の剣士なのか……


「人形使いの魔術師かと思っていたが、魔法剣士だったか!……やるな、俺とここまで斬り合えたのはおまえが初めてだぞ!」


「そりゃどうも。おまえの人生最後の相手に相応しいだろ?」


よし、村から十分離れた。この渓谷で決着をつける!


渓谷の中心にある滝、その前に広がる川沿いの岩場に舞い降りた俺は、傷みの激しい剣を投げ捨て、片角と対峙した。


「なぜ剣を捨てた。降伏するつもりか?」


「あと2、3合打ち合えば真っ二つに折れるだろう。特売品の安物なんでな。」


「腕に見合わぬ剣など使うからそうなる。安物買いの銭失い、いや、命失いだったな。」


「俺が安物の剣を使うのには理由がある。一つは手入れをせずに使い捨てに出来る事。もう一つは……」


空中に描かれた魔方陣から、醜い老人のレリーフが刻まれた漆黒の魔剣が現れる。彫刻の口が、生物のように滑らかに開き、久しぶりに会った使い手に挨拶してきた。


「久しぶりじゃの、若様。かれこれ2年ぶりになるのかのう?」


腰に下げる剣が安物でいいのは、俺には親父殿からもらった神殺しの魔剣、"ベルフェゴール"があるからだ。


「ベル爺、もうボケたのか? まだ2年は経ってない。金策の為に潜ったダンジョンの最下層で、吸血君主ヴァンパイアロードに出くわしたのは1年半ほど前だったはずだ。」


「フェフェフェ、そうじゃったかのう。いやはや、千年以上も魔剣をやっとると、どうにも物覚えが悪うなって困るわい。」


千年どころじゃないだろう。ベル爺が自我に目覚めてからでも、数千年は経ってるはずだ。


知性持ちのインテリジェンス魔剣ソードだと!き、貴様、一体何者だ!」


神殺しの魔剣は片角の存在に気付き、せせら笑った。


「なんじゃこの小童は。若様、こんな小童を相手に儂を呼び出されたのか?」


「吸血君主よりはデキる相手だ。不足あるまい。」


「それはそれは。ほう、よく見れば紫の斑目パープルオッドアイに巻き角、此奴こやつは魔界貴族のなにがしかですかえ?」


「そうらしい。人間の成長性に魔族の基礎能力を持つ危険人物だ。」


「フェフェフェ、それは楽しみじゃ。小童、この年寄りをせいぜい愉しませておくれ。」


「その禍々しい魔剣……貴様は魔族なのか!」


ここなら誰も聞いてはいない。最後の機会だ。


「違う。……おまえと同じ半人半魔だ。」


「なに!?」


「俺の境遇はおまえとは違うが、少しだけならおまえの気持ちがわかる。人界をぶっ壊すなんてバカを言わずに…」


「うるさい!同じ半人半魔なら俺に手を貸せ!手を貸さないなら殺すまでだ!」


……やれやれ、俺の周りは人の話を聞かない奴ばっかりだな。


「フェフェフェ、この身の程知らずが。おまえごときが若様を殺すじゃと? ヘソで茶が沸くわい。フェフェ、儂にヘソなんぞありゃせんがのう。」


このバカ、挑発するな!


「ぶっ殺す!!」


ほら見ろ。面倒くさい事になっただろうが。


柔い安物と違って、神殺しの魔剣なら加減せずとも折れる事はない。久しぶりに全力で戦うとするか。さっきの空中戦で片角の腕は見切れた。コイツの強さはS級冒険者と同等以上だが、SS級とまではいかない。ならば魔王化する必要はない。片角の忌み子よ、一旗揚げようとした矢先に俺と出会った不運を呪え!


「くうっ!さすがは俺と同じ半人半魔だ、歯応えがあるっ!だが俺の本領は、剣ではなく魔界魔法よ!ラー・アムルタート・アルマディル・スーリヤ……」


詠唱しながら距離を取った片角は魔界魔法"アムルタートの槍"を放ってきた。魔法槍マジックジャベリンを遥かに凌ぐ威力を持つ魔槍は、俺の体に触れる直前に蜃気楼のように霧散し、消滅する。


「なんだとっ!?」


「片角、俺にアムルタート系の魔界魔法は通じない。」


「なぜだっ!アムルタートの槍は魔王にさえ有効打となる必殺の魔界魔法!この魔法が通じない相手は魔槍の守護者、魔王アムルタートだけだ!……ま、まさか……」


「フェフェフェ、その守護者の息子に通じる訳があるまい? 若様もまた、魔槍の守護者なのじゃからして。」


「見せてやろう。これが本物の"アムルタートの槍"だ。」


詠唱なしで射出された魔槍が片角の右肩に刺さり、落ちた魔剣が地面に刺さった。


「……まさか魔王の息子だったとはな。同じ混血なら魔界貴族より魔王が強いに決まっているか……」


「勝てないと悟ったなら俺の話を聞け。いいか、俺の親父殿は魔界の一部を切り取り、箱庭にしている。そこならおまえでも…」


「……無用だ。今、わかった。俺が求めていたものは……俺自身の破滅…」


「待てっ!早まるなっ!」


距離をあったのが災いした。俺が制止する前に……片角は刺さった魔剣を左手で取り、自分の胸に突き立てていた。


「ごはっ!!」


「バカ野郎!!親父殿の箱庭でなら、おまえだって…」


仰向けに倒れ、吐血する片角は険の削げ落ちた顔で笑った。


「……いいんだ。魔王の息子、おまえの名を聞かせてくれ……」


「アムルファス・アムルタート。おまえの名は?」


「……クローグ。……母を殺した後に、俺を拾ってくれた養母がつけてくれた名前だ。……養母は……母さんは……優しかったんだ。……10歳になった俺の頭に……巻き角が生えてくるまではな……」


そう言って片角の半魔、クローグは涙ぐんだ。


「……その養母も俺が殺した。……優しかった母さんとの思い出が壊れてゆく事に……耐えられなかった……今でも思い出すんだ……優しかった母さんの……死に顔を……」


俺は運命に翻弄されて破滅を望み、死にゆく男の手をしっかりと握った。


「……後悔している……母さんが……生きてさえいれば……きっと……わかり合える日が…………」


「そうだな。きっとおまえの母さんは、おまえが愛する息子だった事を思い出していただろう。」


「……本当に……そう思うか?」


「ああ。」


焦点の定まらない目で俺の顔を見たクローグは、寂しげな笑顔を浮かべたまま息を引き取った。


遺体を抱えた俺は滝の傍にある眺めのいい高台に移動し、へし折った安物の剣をスコップ代わりに使って、悲しみに満ちた半生を終えた男を埋葬する穴を掘る。


「若様、穴を掘るならウッドゴーレムでも造って掘らせればよいじゃろ?」


「いいんだ。この男は俺の手で葬ってやりたい。」


遺体を埋めて石の墓標を立てた後、渓谷を後にする。




村へ戻る道中、俺は呑気で自堕落な親父殿と、しっかり者で優しい母の顔を思い出していた。アイシャ達の成長に目処が立ったら、久しぶりに箱庭に帰ってみるか……



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