第12話 片角の忌み子



「そんな、カイデルまで!アムルさん、カイデルは本当に死んだのですか!」


「胸に投擲槍が刺さっている。カイデルが吸血鬼ヴァンパイアなら、生きているかもしれんがな。」


白木の杭じゃなくても、高い魔力を持った武器で胸を刺せば吸血鬼でも殺せるんだが。半世紀前は亡者どもをずいぶん滅ぼしたもんだ。


「僕の仲間に不浄なアンデッドなんていませんっ!そもそもアンデッドは死んでいるからアンデッドなんです!」


ジョークだよ。ユーモアを介さないあたりがアステアの信者らしい。とはいえ、不謹慎だったな。


「いい仲間だったようだな。配慮に欠けた言葉だった。ルシアン、カイデルが連れて逃げていた女子供は山賊達の手に落ちたようだ。エメリーとカイデルの死を無駄にしない為にも救出するぞ。」


「先生、この人達はどうしましょう。」


レイがメイジスタッフで救出した女子供を指した。


「みんな固まってくれ。これから草木に見える魔法をかける。アイシャ、ルル、縛り上げた山賊達に猿ぐつわをかけて茂みに放り込め。まとめて隠蔽する。」


準備が終わったので、女子供と捕らえた山賊に、範囲を拡大した幻影隠蔽の魔法をかける。これで魔力探知マナサーチでもかけられない限り、見つからないはずだ。山賊のリーダー、片角は"アムルタートの槍"を使えるぐらいだから、魔力探知ぐらいは使えるはずだが……


「もし、夜明けまでに俺達が戻らなかったら、茂みを出て王都へ向かうんだ。縛り上げた山賊達は放っておいていい。だが心配するな、俺達は必ず戻る。」


女子供の不安そうな返事が聞こえたが、安心させている暇はない。俺はアイシャ達を連れて村へ向かう事にした。


───────────────────


やっぱりというか、当たり前というか、村は山賊達に占拠されていた。


「金目のモノを漁り、酒と食い物を奪う。これぞ山賊だな。」


千里眼の魔法は思うさまに村を荒らす山賊達の様子を捉えていた。


「先生、感心している場合ではありません。山賊が20人はいますよ?」


まだ高位魔法の千里眼が使えず、代わりに使い魔のカラスで村の様子を探るレイに窘められてしまった。どうも俺には緊張感ってものが欠けているようだ。


「じゃあ数には数で対抗するか。」


「アムルさん、応援を待ってる時間なんてありません!山賊達は荒らすだけ荒らしたら去って行きますよ。」


生真面目な神官戦士にせっつかれたが、慌てる必要はない。


「応援はじきに来る。ここは石切り場だ。」


俺は手頃な大きさの石をストーンゴーレムに変えてゆく。10体、いや、15体あればいいかな?


「スゴい!一瞬で石をゴーレムに変え、同時に15体も使役出来るだなんて!アムルさんは人形使いパペットマスターなのですか!?」


ゴーレムの使役に特化した付与魔術師を"人形使い"と呼ぶらしいが、俺はゴーレム使役は得意って訳じゃないんだがなぁ。俺の母、泉の魔女ドルエラの技を見てきたせいで、どうにも自信が持てない。


「アイシャ、赤い屋根の家が見えるな?」


「はい!」


「山賊達がゴーレムに気を取られている間に、あの家に行け。捕まった女子供が閉じ込められている。女子供を救出したら、さっき隠した村人のところへ戻って俺の帰りを待つんだ。」


「先生一人で片角の魔族と戦うんですか!? 私達も…」


「ダメだ!!片角は魔界魔法を使う。今のおまえ達がそんなものを喰らえば即死する。」


「……でも……」


「アイシャ、先生の指示通りに動きましょう。村人の救出と保護、それが私達の仕事です。」


俺の正体を知っているレイがアイシャをなだめた。


「では俺が石塊どもと一緒に村に突入する。レイ、使い魔を使ってタイミングを計れ。村人の救出は任せたぞ。」


「はいっ!」 「ニャ!」 「了解しました。」 「アステアの名の下に!」


ルシアン、魔王の息子に秩序の女神は加護をくれないと思うぞ?


───────────────────


「なんだテメエは!」 「かかれかかれ!」 「殺っちまえ!」


なんでこう、山賊や海賊ってのは芸がないんだ。イキがるのはいいが、ストーンゴーレムはおまえらにゃ荷が重いんじゃないか?


おやおや、結構頑張るじゃないか。2体ばかりは破壊してのけたか。基礎を囓っただけでも剣術の嗜みがあるのは大きいようだな。ならば、魔法で石塊どもの援護でもしてやろう。


まとめて放った魔力擊を喰らった山賊達はバタバタと倒れてゆく。こっちに注意を引き付ける為にゴーレムを作っただけで、おまえらごとき、ハナから敵じゃない。


轟音と共に火球ファイアボールが炸裂し、数体のゴーレムが木っ端微塵になった。……真打ち登場か。


「人形使いとはいえ、一人で乗り込んでくるとはいい度胸だな。」


魔力の籠もったハーフプレートの上からフード付きのトラベラーズマントを羽織った男が、村長宅らしい屋敷のバルコニーの上に立っていた。……火球をあの距離から届かせるとは、かなり魔法に長けた奴だな。


「おまえが"片角"か。高い所から見物してないで降りて来いよ。」


「俺が魔族と知りながらやって来るとは愚かな奴め。腕に覚えがあるようだが、身の程を教えてやろう。」


飛翔の魔法を使ってヒラリと地上に降り立った片角、降りてくる時にフードがめくれ、側頭部の巻き角があらわになった。


「どうやら本当に魔族のようだが、なぜ、魔族のおまえがなんで山賊の頭なんぞやってるんだ? 眷属の妖魔はいないのか?」


「人形使いよ、こんな話を知っているか? とあるところに狂った魔獣使いビーストテイマーがいた。その魔獣使いは魔獣を使役するだけでは飽き足らず、自らの手で新しい魔獣を作り出そうとしたのだ。錬金術の心得もないのにな。」


「ほう? それで?」


会話には付き合っておくべきだな。アイシャ達に時間が出来る。


「そこでその男は交配という手段を取った。手始めに獅子と虎を掛け合わせてみたのだ。ライオンとタイガーの間に生まれた猛獣をライガーとでも呼ぼうか。男はライガーを親となった種である獅子や虎と戦わせてみた。結果はどうなったと思う?」


……悪い予感が当たったようだ。片方だけの角、人族の剣術、山賊が手下、これだけ材料が揃えば、嫌でも答えに行き当たる。


「ライガーが勝った。珍しい事じゃない。近縁種を交配させた場合、親の能力を超える子が誕生する事がある。魔道学院の誰ぞがそんな論文を書いた事があったな。」


「その通りだ。さすが魔術師だけあって博識だな。ハーフエルフは人間からもエルフからも爪弾きにされる事が多いと聞くが、混血児の中にはエルフの魔力と人間のタフさを併せ持つ、極めて優れた個体もいる。親の長所をいいとこ取りし、短所を克服した強力な個体がな。」


親の長所を両取りした混血……エミリオがそうだ。高い魔力と強い体を持ち、将来を嘱望されている。アイツはいずれ上級メンターになり、ギルドの幹部、いや、ギルドマスターになってもおかしくない逸材だ。


「人間とエルフの混血でさえそうだ。さて、ここで問題を出そう。もし、高位魔族と人間の間に子が出来たらどうなると思う? 魔族は個体としては人間よりも遥かに強いが、成長性に乏しい。人間はひ弱な存在だが成長性に富み、S級冒険者ともなれば高位魔族とさえ渡り合える。もし、魔族と人間の長所を持ち合わせた者が存在するとすれば……どうなるかな?」


片角の左目が紫に染まる。紫のオッドアイは高位魔族の証だ。


「やはりか。おまえは高位魔族と人間の間に生まれた混血児だな?」


「そうだ。……おまえにわかるか? 魔族と人間の間に生まれた俺の苦しみが!! 俺の母は魔族に捕まり慰み者にされた。そして偽善者ヅラした冒険者どもが徒党を組んで魔族を駆逐し、助け出された母は俺を産んだ。なぜ……俺を産んだと思う?」


「………」


「復讐の為だよ!!魔族にいたぶり尽くされた女は、忌まわしい魔族の子を産み、いたぶる側に回ったんだ!だが、浅はかな女は魔族の力を甘く見ていた!ただの女ごとき、齢5つの魔族でも殺せるという事を知らなかったのさ!……魔族も人間も、こんな世界もクソ喰らえだ!!誕生を祝福されるどころか、呪われる忌み子の俺が、綺麗ぶった世界をぶっ壊してやる!!全部ぶっ壊して、ガラクタになった世界の頂点に立ってやるのだ!!」


憎悪と怨嗟に満ちた紫の瞳が、この男の受けた虐待の酷さを物語っている。




魔族と人間の間に生まれた忌み子、か。殺すには忍びないが、この男を放っておけば、世界に厄災を撒き散らす火種になる。……せめて同じ半人半魔の俺の手で、始末をつけよう。野望を捨てる気がないなら、殺すしかない。



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