第11話 神官戦士は正義に燃える



鷹の飛翔ホークフライトの魔法を全員にかけ、師弟揃って夕暮れの空を飛ぶ。


「お空を飛ぶのは気持ちいいのニャ!レイも早く覚えるのニャ!」


「無茶言わないでください。鷹の飛翔の下位魔法である飛翔フライトだって習得難易度は導師級なんですよ。」


レイほどの才能があればじきに導師級にまでは到達出来る。問題はその先へ行けるかだ。期待の新星と騒がれたのに成長が尻すぼみになっていき、並の冒険者で終わった若者を何人も見てきた。それだけに、どうしても心配してしまう。


「そうなんだぁ。でもこんな高位魔法を使える先生が、どうして中級メンターなんですか?」


初めて空を飛ぶアイシャの気持ちも高揚しているようだ。俺も覚えたての飛翔の魔法を使った時はテンションが上がったなぁ……もう二十年近くも前の思い出だが……


「上級メンター試験を受けるのが面倒くさいからだ。」


「……先生。」 「そんな事だろうと思っていました……」 「思ってたのニャ!」


生徒達の心底呆れ返った視線が背中に刺さる。ほっとけよ、俺はしなくていい努力は、一切やらない主義なの!


「面倒くさがりの先生も、生徒は心配。だからこっそり様子を見てくれてたんですね!」


ま、それがギルドの決まりだしな。……でもないか。前の勇者候補がヤバい依頼を引き受けた時は、影からこっそり様子を伺っていた。幸いにして俺が手を出す必要はなかったんだが……


S級冒険者が視野に入ってきた彼女に、もうお節介な保護者は要らない。そしてアイシャ達にはまだ俺が必要だ。少なくともA級冒険者になるまでは、な。


「アイシャ、冒険者ギルドには隠しルールがあってな。初めての冒険に出るルーキーパーティーは、指導メンターが様子を伺う事になっているんだ。最初の冒険は全滅確率が突出して高い。個々の力が弱い上に仲間同士の連携も下手くそなんだから、当然だな。……だが、おまえ達は初めてとは思えないほど連携が取れていた。いいパーティーだ。」


「私達は仲良しだから!」 「ニャ!」 「フフッ、そうですね。」


「そんな仲良しパーティーに小言を言っておこう。まず全員の減点ポイント、ゴブリンは夜行性だと教えたろう。なのに村に到着したからってみんな揃って寝ちまうかね? そしてルル、レイが結界魔法を覚えるまでは、鳴子を仕掛けておくように言ったはずだ。それは道中だけではなく、村に着いても同じ事なんだぞ?」


「うニャ……反省なのニャ……」


「だがいい仕事もした。アイシャが甘さを克服出来たのはルルのお陰だ。よくやったぞ。」


「ニャ♪」


「アイシャ、優しさと甘さの違いはもうわかったな?」


「はいっ!私はもう迷いませんっ!」


「レイ、オーガのいる部屋に入る前、ルルが「血の匂いがする」と言っただろう。あの時点で防護魔法をかけておくべきだった。理詰めの学問と違って冒険には機転も必要だ。」


「はい。先生、ルーキーパーティーのお守り役に関しては沈黙を守る、でいいのですね?」


「ああ。指導メンターが新人の見守り役をやるのはベテラン冒険者なら誰でも知っている事だが、口外しないのがギルドのルールだ。保険が掛かっていると知れば、冒険の緊張感が損なわれるからな。アイシャ、ルル、おまえら二人は特に注意しろ。」


「なんでルルとアイシャには念を押すのニャ!」 「そうです!レイはオッケーで私達はダメなんですか!」


おまえら二人は話を聞かずに行動する事があるからだ。いい加減自覚しろ。


─────────────────


目的地の村までもう少しだな。俺は三人に地上に降りるよう合図し、千里眼クレアボイアンスの魔法で周辺を探索する。生存者がいるならこの森に逃げ込んでいるはずだが……


「先生、どうして目を瞑ってるのニャ?」


「シッ!ルル、先生は魔法で周囲の探索を行っているのです。」


……見つけた、生存者だ!生き残りの冒険者が一人、村の女子供を連れて逃げてるようだが、追っ手の山賊達が迫っている。


「こっちだ!着いてこい!」


駆け出した俺の後を追ってくる三人。だが、レイが脱落しそうだ。俺は鈍足の魔術師に加速ヘイストの魔法をかけて脱落を防ぐ。


「ハァハァ、先生、ありがとうございます。」


加速の魔法をかけてもルルより足が遅いのか。溢れる才気に目を眩まされて、短所を軽く見ていたようだ。


「レイ、王都に帰ったらランニングを日課に加えろ。ここまで鈍足だとは思ってなかった。」


敏捷性が取り柄のネコ科の獣人、ルルは言わずもがな、アイシャも田舎育ちだけに健脚だ。なのでレイの鈍足ぶりが一層際立つ。


「……脚力を鍛えるより、加速の魔法を覚えた方が早くあり…」


「冒険者は体が資本だ。ガタガタ言うなら"毎日10キロのランニングをこなす"という誓約ギアスをかけるぞ。」


「……はい。」


よろしい。レイは脚力だけではなく、体力も不足しているからな。基礎体力をつけるにもランニングはうってつけだ。生まれた時から魔王級の体力を持っていた俺はランニングなんかした事がないので気が引けるが、純粋人族であるレイは鍛錬しないと体力はつかない。


「早く逃げてっ!コイツらは僕が引き受けるっ!」


構えたメイスで山賊5人と戦う神官戦士の姿を視界に捉えた。非力な女子供を逃がす為に盾となった神官戦士だったが5人全員を足止めは出来ず、漏れた2人は女を攫おうと下卑た顔で汚い手を伸ばす。


「なんだ!? 蔦が腕に巻き付いて……」


初級のドルイド魔法だ、バカ。バカじゃなきゃ山賊なんかにならんか。


手近な木から伸ばした蔦で自由を奪った2人はアイシャ達に任せ、腰のナマクラを引き抜いて神官戦士に加勢する。


「誰だキミはっ!?」


「おまえの味方、コイツらの敵。見りゃわかるだろ? ミッチから話は聞いた。」


「よかった!ミッチはうまく逃げ伸びたんだな!キミの風貌からして山賊かと思ったよ!」


……失敬な。助けるのヤメんぞ。


「おまえは下がってろ。」


「悪に背を向けて逃げられるかっ!僕は正義の女神、アステアの使徒だ!」


コイツは秩序の女神アステアの神官戦士か。


地母神アイロアの妹、女神アステアは法と秩序を司るとされている。お堅い価値観を重んじる一派だけに、アステアの信者には頭が固いのが多いんだよな。しかも意地っ張りも多いときたもんだ。


「言い方を変えよう。……邪魔だ。」


右手に構えた一山いくらの長剣ナマクラで3本の山賊刀バンデッドソードを弾きながら、空いた左手で正義の味方を後ろに突き飛ばす。


特売品の安物だけに刃毀れが激しいな。だが安物の方が俺には向いている。なぜなら手入れの必要がないからだ。安物の剣を使い捨てにする、それが俺のスタイルなのだ。


3人いるなら2人は殺すか。俺は力任せの斬擊で山賊2人を斬り殺し、残る1人は顎を蹴飛ばして地を這わせる。


……俺にとっては大差ないが、この3人は山賊の割りには剣術の基礎が出来ていた。魔族のリーダーとやらが指南したのだろう。だが、魔族には魔族の剣術がある。なのにコイツらの剣術は、人族のものだった。片角の魔族は、俺のように人族の剣術に有用性を見出したのだろうか?


「つ、強い!キミ、いや、貴方は何者なのですか?」


尻餅を付いたままの正義の味方に問われたので答えてやる。


「アムル・アロンダート、王都の冒険者ギルドで中級メンターをやっている。おまえはどこの所属だ?」


窮地を救われたとはいえ、ずいぶんしおらしくなったな。世俗の身分であれ、個人の実力であれ、力を持った者には敬意を払う、それもアステア信者の特徴なのだ。"力のある者が法を守るからこそ、秩序が生まれる"と女神アステアの神殿では教えているらしい。


「僕はティンカーベリー支部所属の冒険者、ルシアン・ファルークです。中級メンターなら実力はA級冒険者と同等……お願いです。僕に力を貸してください!」


「魔族が出たらしいな。どんな奴だ?」


「スゴい威力の魔法槍マジックジャベリンを使います。魔術師のエメリー、僕達のリーダーは一撃で胸を刺し貫かれて……死にました。あれは古代語魔法ではなく、魔界魔法だと思います。アステアを信奉する者として悪に背を向けるのは辛かったのですが、せめて村人達を逃がそうと思い、泣く泣く……」


魔界魔法、威力のある槍、……"アムルタートの槍"だ。親父殿の魔槍を借りて悪さをしやがるとは……日がな一日、酒をかっ喰らってはゴロ寝してるだけの無害な魔王の名を貶めやがって!


「そうか、辛かったな。他の仲間はどうした?」


「盗賊のミッチに助けを呼びに走らせ、戦士のカイデルは僕と同じように女子供を連れて逃げているはずです。村の男達には老人を連れて逃げるように言いました。……山賊のリーダーに勝てない以上、バラバラに逃げた方がいいと思って……」


魔術師でパーティーリーダーのエメリー、戦士のカイデル、盗賊のミッチ、神官戦士のルシアンの4人パーティーか。リーダーがいきなり倒されるという状況で、この神官戦士は的確な判断をしている。頭の固い正義漢が多いアステア信者にしては上出来だ。


「わかった。山賊を一人生かしておいたが、聞く事はなさそうだな。」


「ですね。この悪党には僕が正義の鉄槌を……」


メイスを片手に気を失った山賊に近寄るルシアンの肩を掴んで引き留める。


「よせ。この男は法の名の下に裁かれるべきだ。それが法と秩序の女神、アステアの教えだろう。」


「……はい。仲間の仇だけに熱くなってしまいました。アステア様、未熟な僕をお許しください。」


メイスを腰のホルダーに戻し、胸の聖印を握りしめたルシアンは信奉する女神に懺悔した。


「戦士のカイデルは俺が魔法で探す。あの三人はアイシャ、ルル、レイだ。治癒薬を持っているから傷の手当をしてもらえ。」


「自前の魔法で治します。魔力薬マジックポーションがあったら分けてください。戻ってから対価は支払いますから。」


こんな時にも律儀に対価なんて言うあたり、やっぱりアステアの信者だな。


「魔力薬は魔術師のレイが持っている。俺がカイデルを探している間にアイシャ達に自己紹介でもしておいてくれ。」


アイシャ達が自己紹介を済ませ、捕らえた山賊をロープでグルグル巻きにしている間に千里眼で戦士カイデルを捜索する。……手遅れだったか。戦士カイデルは、もうもの言わぬ死体になっている……


地面に引きずられた足跡が残っている。カイデルの守っていた女子供は山賊達に捕まったようだ。




気が重いが、ルシアンに仲間の死を伝えねばならんな。それから救出作戦を考えよう。



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