第9話 初級冒険者の定番、ゴブリン退治



アイシャ達の選んだ初仕事は「村を襲うゴブリンの退治」だった。順当にして妥当な選択だな。


初級冒険者御用達と言える下級妖魔、それがゴブリンだ。平均的な村人よりは強いが、少し心得のある成人なら勝てなくはない相手。だがゴブリン最大の武器は手に持つ錆びた銅剣ではない。ゴブリンの武器、それは"数"だ。


ネズミ算式に増えるとまでは言わないが、ゴブリンはコボルドと並んで妖魔最高の繁殖力を持つ。親父殿の箱庭には下級妖魔も多く暮らしているが、ゴブリンだけはいない。母さんの話では、コボルドは教育次第でコボコボはしゃぐだけの従順な働き手になるらしいが、ゴブリンの教育は無理だったとの事。つまり生物としての有り様が、他者に危害を加えるだけというハタ迷惑な生き物なのだ。より強い妖魔の配下になる事もあるが、それはあくまで自分達の欲求を満たせるからで、忠誠心からではない。強い相手に従いはすれど、手癖の悪さは治らない。そんな因果な生き物がゴブリン、駆除する以外に方策はない。


初めての依頼を引き受け、王都を旅立ったアイシャ達を魔術師の目ウィザードアイで追尾しながら後をついてゆく。夜の見張りを交代でこなし、山賊に出くわす事もなく、アイシャ達は依頼を出した村に無事到着した。


村長に挨拶した後にゴブリンがいると思われる洞窟の場所を村の狩人から聞き出し、作戦を立てる。夜に活性化するゴブリンの習性を踏まえ、村に一泊して朝に出発する事にしたようだ。そうそう、たかがゴブリンと侮って失敗する新米もいる、慎重に行動した方がいい。だが、ゴブリンは夜に行動する。夜襲を掛けてくる事だってあるんだぞ。三人揃って寝ちまっていいのか?


村の周囲に魔法の結界を張ってから、俺は村外れの大木の枝をベッドに眠りについた。


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うなじにチクチクと刺激が走る。誰かが結界に踏み込んで来たな。目を覚ました俺は魔術師の目を飛ばして侵入者の姿を確認する。……やっぱりゴブリンか。家畜か作物を盗みにきたようだな。三人の中で一番感覚が鋭いのはルルだ。放っておいても気配に気付くかもしれんが、メンターとして少し手助けしてやるか。


そっと村長宅の鶏小屋に近寄り、窓から小石を投げ込んで鶏を起こす。これで村長宅の離れで眠っているアイシャ達は物音に気付いたはずだ。案の定、鉄爪を装備したルルが離れから飛び出してきて、畑を荒らすゴブリンの姿を発見した。


「アイシャ、レイ!ゴブリンなのニャ!」


元から軽装のレイはいいが、アイシャは広刃剣ブロードソード小盾スモールシールドを持っただけか。ま、ゴブリンはたったの三匹だからなんとかなるだろう。


「ルル、アイシャ、防護魔法をかけます!少し待って!」


うんうん、それでいい。その後はライトの魔法で視界を確保だぞ。おまえとアイシャは夜目が利かないんだからな。


「ギャギャギャ!」


魔法の灯りに照らされたゴブリン達は手にしたカボチャをルルに投げ付けてから、錆びた剣を抜いた。オツムの弱い下級妖魔の悲しさだな。冒険者と村人の区別がつかないのか?


飛んできたカボチャを鉄爪で両断しながら距離を潰したルルは、一撃でゴブリン一匹を仕留め、二匹目と相対する。遅れて到着したアイシャも残るゴブリンと対峙し、戦い始めた。レイは様子を見ながら魔法で援護する構えか。


錆びた剣を鉄爪で跳ね上げ、ルルがゴブリンを仕留める。食い意地も大したものだが、格闘士としての素質も大したものだ。それに躊躇なく殺せるあたり、レイと出逢う前からそれなりの修羅場を潜ってきてるようだな。


対してアイシャはまだ甘い。腕前を考えれば致命の一撃を叩き込む機会はあったというのに、どこか腰が引けている。アイシャ、目の前のゴブリンは大した相手ではないが、ここがおまえの最初の試練なんだぞ。生命を持たないゴーレムは破壊出来ても、生き物であるゴブリンを殺せないようでは、冒険者として先はない。


仲間が倒され、一匹になったゴブリンは背中を向けて逃げ出した。アイシャは逃げる背中に向かって広刃剣を振り下ろそうとしたが……ためらいが邪魔をした剣は空を切り、ゴブリンには当たらなかった。


舌打ちしたルルは高く跳躍し、背中からゴブリンを一刀両断にする。結構な返り血を浴びたルルだったが、拭う素振りも見せずにツカツカとアイシャに歩み寄り、胸倉を掴んだ。


「アイシャ、どういうつもりニャ?」


「ど、どうって……」


「コイツを逃がせばルル達の事を仲間に伝えるのニャ!それでゴブリン達が警戒したらどうするのニャ?」


「そ、それは……」


「アイシャ、ルルの言う通りです。私達を恐れたゴブリン達は逃げ出し、他の場所で悪さを始めるかもしれません。そもそも、妖魔を殺す事を躊躇うようでは冒険者など……」


「アイシャが魔物に手加減しても、魔物はアイシャに手加減してくれないのニャ!先生も"誰かがしくじれば、それは個人の失敗では済まされない。その失敗のツケはパーティーで払う事になる"って言ってたのニャ!」


「……そうだね。ごめん、ルル、レイ。私が甘かった。次は失敗しないから!私が躊躇えば、ルルやレイまで危険に晒される。もう、同じ失敗はしない!」


「本当にですよ? もし、また躊躇う素振りが見えたらパーティーは解散です。私やルルが、アイシャの甘さに付き合って危険に晒されるのは面白くありません。」


「……わかってる。一度だけチャンスを頂戴。次こそ、先生に鍛えてもらった成果を見せるから!」


頑張れ。アイシャの持つ優しさは勇者の資質なんだ。だが時には非情になれずして、冒険者は務まらない。ゴブリン達を統べるボスさえいなければ、ルルとレイだけでも依頼は達成可能だろう。アイシャが甘さを捨て切れないなら、そこまでだ。生まれ育った村に帰し、冒険とは無縁の生活を送らせた方がいい。


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すぐさまゴブリン達を討伐に向かうか、夜が明けるまで待つかを相談したアイシャ達は、夜明けまで待つ、という選択をした。朝になっても仲間が戻らない事をゴブリン達は不審に思うかもしれないが、夜中に森に乗り込むよりはいいという判断だ。


ハーフプレートを着込み、険しい顔をしたアイシャを先頭に、パーティーは朝焼けの森の中を進んでいく。ほどなくしてゴブリンの潜む洞窟の前に辿り着いた一行は、相談を始めた。


「レイ、ここには木が一杯あるからウッドゴーレムを作って。ゴーレムに松明を持たせて洞窟内を先行させよう。」


「足音を忍ばせて不意を打ったらどうかニャ?」


「それが出来るのはルルだけです。金属鎧のアイシャは音を立てますし、私も忍び足には自信がありません。気付かれる前提なら前衛を増やして先行させるのはいい手です。先生に教わったウッドゴーレムの作り方を試すいい機会ですしね。」


レイは手頃な木の枝を集め、二体のウッドゴーレムを造り出した。うむ、初めてにしてはいい出来だぞ。


松明をかざしたゴーレム二体を先頭に立てて、パーティーは洞窟内を進んでいく。レイが魔術師の目を覚えていれば偵察に使っただろうが、あいにく高等魔術だからな。いくら賢者の素質があるレイでも使用する域に到達するには時間がかかるだろう。


そしてアイシャ達は狼を連れたゴブリン達とエンカウントした。ゴブリンは狼、時には野犬をペットとして飼っている事がある。


「アイシャは狼の相手をするのニャ!」


人型のゴブリンよりはいいだろうと判断したか。つまり、ルルはまだアイシャを信用していないって事だな。


「いえ、素早い狼はルルが適任!ゴブリンの相手は私がやる!」


そう、それでいい。リーダーとして最善の戦術は選び取った。さあ、アイシャ。ここが分水嶺だぞ!


「私は!冒険者として生きる!私が何を求めているのかを知る為に!」


心の迷いを断ち切ったアイシャの剣が、ゴブリンを両断する。残るゴブリン達がウッドゴーレムを攻撃し、松明を地面に落とさせたが、レイが素早く魔法の灯りで洞窟内を照らした。煌々と灯る光が冒険者としての第一歩を踏み出したアイシャの姿を照らし出す。




勇者アイシャの最初の冒険が、いよいよ始まったのだ。


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