第7話 中級メンターの休日
アイシャを鍛えながらレイ、ルルの到着を待つ。残るメンバー、神官を探してはいるが、なかなかこれ、という逸材には出会えない。フィオもそっち方面には伝手がないみたいだから、俺が探すしかないのだが、俺の方にはもっと伝手がなかったりする。半人半魔の俺は、神殿関係者との接触は避けてきたからだ。例外はエミリオぐらいだが、彼に伝手があれば、いの一番に神官をメンバーに入れている。
いったん適当な神官をパーティーメンバーに入れておいて、もっといいメンバーが見つかったら取っ替える、という訳にもいかない。明確に禁止されている訳ではなく、そういう方針のパーティーも存在しているが、アイシャにそんなドライなメンバー入れ替えは出来ないだろうし、して欲しくない。レイなら汎用魔法の
考え事はここまでにして、もう寝るか。明日は大好きな休日だ。俺はどんなに忙しくても、週に一度は休みを設ける事にしている。暇な時にはもっと設ける。これだけはやむを得ない、俺に流れる血の半分は「怠惰の魔王アムルタート」の血なのだから……
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思うさま惰眠を貪り、寝床を出る頃には陽射しは強くなっていた。いつも通りだ、俺は休日に朝日を拝んだ事がない。欠伸をしながら地下室に降りた俺は、氷結魔法で凍らせてある各地の名物料理の中から、昼飯のチョイスを始める。
……う~む、今日はアルフヘイムの王都に行った時に買い溜めしてきた、妖精工房謹製「夏野菜たっぷりピザ」にしよう。なんでもかんでも氷結魔法で保存出来る訳ではないが、ピザはかなり氷結魔法と相性がいい。なんでみんな真似しないのかと思っていたのだが、氷結魔法はともかく、
リビングに戻った俺は焼き皿に載せたピザを暖炉に入れ、永続化をディスペルして、発火の魔法をかける。何度も焼け焦げピザを作りながら練習した甲斐があって、今では完璧に焼けるようになった。庭園を眺めながらピザとワインを楽しみたいところだが、あいにく俺の住居に庭はない。あったところで雑草の王国になるだけだからだ。街中にある連結住宅の一棟、それが俺の安らぎの場なのだ。
焼き上がったピザを半分に切り分け、盛り付け皿に移してから、残りの半分に
「お~い、誰かいるか~い?」
俺が水晶球に呼びかけると、背面の水晶球が反応した。手をかざしてネックレスみたいに数珠繋ぎになった球体を回し、前後を入れ替える。
「あっ!アムルさん、お久しぶりですぅ!」
水晶球に映ったのは片目が前髪で隠れた女の子、リリア・リースリンドだった。
「久しぶりだなぁ。他には誰もいないのか?」
「今日は平日だし、まだお昼ですから、みんな寝てるかお仕事かですぅ。アムルさん、日陰倶楽部に私みたいな在宅仕事のメンバーを増やしましょうよ~。」
「そうだな。そうすればリリアも寂しくなくなるだろう。」
俺が結成した「日陰倶楽部」とは文字通り、世間の日陰者が集う倶楽部だ。目立ちたくない人間や亜人が集まって、雑談や趣味の情報交換をしている。中にはリリアみたいに、のっぴきならない事情を抱えている者もいたりするが。彼女はハーフメデューサ、本物のメデューサほどではないが、その目には石化の魔力が宿っている。抵抗力の低い一般人がリリアと目を合わせれば、彼女の意志に関係なく石に変わってしまうのだ。だから彼女に普通の友達は出来ない。友達どころか、正体を知られれば迫害されるだろう。
とある事情で彼女と知り合った俺は、魔法の水晶球を彼女に与えて近況報告をするようになった。そうするうちにメンバーが増え、今では大陸各地の日陰者が集う日陰倶楽部が誕生したという訳だ。「友達の友達は別に友達ではない、でも日陰者同士は仲良くやろうぜ」が我々、日陰倶楽部の趣旨である。
「やや、これはアムル氏ではないですか。日陰倶楽部に顔を出すのは久しぶりですなぁ。」
水晶球が新顔の姿を映し出した。彼は
「あ!ドルさんだぁ!こんにちは!」
「リリア嬢、アムル氏、お暇なら川魚のムニエルの作り方を教えて進ぜようか? 良い具合に泥抜きが終わった川魚がおるのでな。」
「はい、見たいで~す!」 「ドルさんほどうまく料理は出来ないだろうが、参考にさせてもらうよ。」
「ドルさんのお料理教室」は独身者しかいない日陰倶楽部では人気のコンテンツだ。手抜きレシピから手をかけた逸品まで、ドルさんの料理は幅広い。この名人芸は、魔王討伐の一人旅をしていた頃に見たかったなあ。そうすればあんな侘しい飯を食わずに済んだ。
「本日の素材は岩魚、まず…」
「ドルさん、待って!記憶球を持ってきますから!後からみんなとシェアしないと!」
リリアの姿が水晶球から消え、パタパタと足音だけが聞こえる。日陰倶楽部ではこんな感じで趣味の映像をシェアし、楽しむ事が多い。魔力の高いメンバーだけの会ならではのお遊びだな。
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「……仕上げにレモンの輪切りを載せ、パセリの微塵切りをかける。これで岩魚のムニエル、いっちょ上がりじゃ。付け合わせはジャガイモとブロッコリーあたりがよかろう。」
名人芸を拝見したリリアと俺は水晶球に向かってパチパチと拍手した。晩飯は残りのピザを食べるつもりだったが、これを作ってみようかな?……やっぱ、やめとこう。ドルさんほど上手には作れないし、面倒臭い。
……ん? 玄関の呼び鈴が鳴ってる。やれやれ、今日は休みなんだぞ。世間様は平日だろうが、俺は休日なんだ。
「客が来たらしい。リリア、ドルさん、席を外すぜ。」
部屋を出て扉に
「こんにちは、先生!!」
……この娘は、なんでいつも、こうまで元気なんだろう。
「アイシャ、今日は訓練は休み。俺はそう言ったよな?」
「はいっ!ですから遊びにきました!お邪魔しま~す♪」
待てっ!ズカズカ中に入り込むんじゃない!特に書斎は止めろ!
「……ちょ!? なんですか、この散らかり具合は!足の踏み場もないじゃないですか!」
……なんでよりによって、一番散らかってる部屋に踏み込むんだ……
「足の踏み場ぐらいはある。ないとしたって、
「これ、タダの本じゃなくて魔道書じゃないですか!しかも本を開いたまま伏せておくなんて、背表紙が傷んじゃいますよ!」
「初級の魔道書なんてタダの本みたいなモノだろ。」
「わかりました。私がお片付けします!」
「なにがわかったんだ!俺は何も言ってないだろう!」
「この分だと他のお部屋も似たような感じのはず。私、こういう部屋を見ると無性に片付けたくなるんです!」
おまえになって欲しいのは勇者で、ハウスキーパーじゃない!
「どいてください!先生は、とりあえずそこのソファーに座ってて!」
その有無を言わせない迫力あるお顔は、訓練の時に見せてくれ。
諦めた俺はソファーの上で胡座をかき、突如襲来したハウスキーパーが腕まくりして攻撃を開始するのを眺める事にした。
ルルは人の話を聞かないとレイがボヤいていたが、アイシャも似たり寄ったりだ。パーティーを組ませて大丈夫かねえ……
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