第6話 獣人族の少女



玄関の外まで見送りに出てきた賢者の卵に、要請と提案をしてみる。


「では王都の冒険者ギルドで待ってる。身の回りの整理がついたら、すぐに出立してくれ。住居は俺が探しておこうか?」


「いえ。本を中心に結構な大荷物になるでしょうから、適当な館を買い取るつもりです。王都に腰を据えて、修行に励むのがいいでしょう。」


レイは本当に人間が出来ているな。気取り屋のサイファーに爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい。


「うニャ!レイ、お昼ご飯の時間なのニャ!」


従僕用の平屋の窓から勢いよく飛び出してきた粗忽者は獣人だった。四つ足で駆け寄ってきた猫耳娘は、来客には目もくれずにレイにすり寄る。ネコ科の獣人族のようだが……レイの従僕だろうか?


「ルル、まずはお客様に挨拶しましょう。」


「レイのお客様で、ルルのお客様じゃないのニャ!」


「それから四つ足で走る癖は直しなさいと言いましたよね?」


「レイは細かいのが玉に瑕なのニャ。それよりご飯なのニャ!」


どうやら従僕ではないようだな。主に飯をせがむ従僕がいたら、即、暇を出される。そもそも、この猫耳娘は家事なんて出来そうもない。


「レイ、この猫耳娘は?」


「ルルリラといいます。同居人といいますか、うっかり餌付けしてしまったというか……」


「お腹がペコペコだったからご飯を食べてたら、レイがいたのニャ!」


「ルル、正確には私の屋敷に食料を盗みに忍び込んだ、です。キッチンに座り込んで乾燥魚をがっつく姿が可哀想だったので、まともな食事を作ってあげたら、居着いてしまって……」


いい人オーラが出ている若者だと思ったが、見間違いではなかったようだ。


「ご飯!ご飯なのニャ!」


「ルル、私は王都に行く事になりました。ですからルルも新しい居場所を見つけなさい。言っておきますが、もう盗みはダメですよ? ルルは手先が器用で腕力も体力もあるんですから、ちゃんと働いて…」


「レイはどっかに行っちゃうのニャ?」


「人の話はちゃんと聞きなさい。最初に言ったでしょう、"王都に行く"と。」


「じゃあルルもついて行くのニャ!」


「遊びに行く訳ではありません。詳しく言ってもわからないでしょうから簡潔に言いますが、私は"大切な役目を授かった"のですよ。」


「なんだかよくわかんニャいけど、それならルルが手伝ってあげるのニャ!ひ弱なレイには"ぼでぃがーど"がいるのニャ。」


「困ったな。ルルは人の話を聞かない上に、言い出したらきかない、二重に厄介な性格なんですよねえ……」


「だったらこの娘も連れて行ったら? 道中の弾除けぐらいにはなるでしょ。」


面倒臭くなったらしいフィオが投げやりにそう言い捨てたが、この娘を旅の供にするのは、案外悪くないかもしれない。


「師匠、弾除けはあんまりです。そういう乱暴な物言いが、師匠の株を下げているのですよ?」


言うな。フィオの高ビーな性格はもう治らん。万病を癒やす一角獣ユニコーンの角を持ってきても無理だ。


「レイ、そうしてやれ。この小娘は生活力が皆無っぽいし、保護者が必要だ。手先が器用で腕力も体力もあるなら、前衛兼、盗賊としてパーティーに入れられるかもしれん。」


メンターとして断言するが、この小娘は一人にしたらロクな事をしないタイプだ。悪気があろうとなかろうと、他人様が迷惑を被るに違いない。


「誰が生活力皆無なのニャ!オッサンは失礼なのニャ!」


やっぱりすぐに手が出るタイプか。ため息をつきながら、鉤爪を伸ばして引っ掻こうとする手を掴んで放り投げてやる。空高く投げ捨てられた獣人娘は、空中でクルクル回って態勢を立て直し、華麗に着地。訓練などした事がないだろうに、この身のこなしはさすが獣人族だ。


「オッサンはルルを怒らせたのニャ!もう引っ掻くぐらいじゃ済まさないのニャ!」


人よりも猫に近い目が細まり、鉤爪がさらに伸びる。獣人族は種別にもよるが、闘争本能の強い種族だ。


「俺はオッサンではない。まだ二十……いくつだったかな。とにかく、まだ三十にはなってないはずだ。」


「ルル!爪を引っ込めて、先生に無礼を詫びなさい!」


叫ぶレイを手で制し、俺は獣人娘と対峙した。


「構わん。この小娘には"上には上がいる"という事を"体で"理解させる必要がある。さあ、かかってこい。」


偽名を名乗り、封印がかかった状態とはいえ、俺の力はSS級冒険者より上だ。未熟な獣人が束になってかかってこようが、どうという事はない。


「オッサンこそ"世界は広い"って、ルルが教えてやるのニャ!」


左右に大きくステップしながら、距離を詰めてくる。なかなかの脚力だ。


「レッスンその一、本能に任せて無闇に跳びかかるな。獣人の死亡原因、ナンバー1だ。」


ステップから跳躍、空中から繰り出された鉤爪を掴んで、今度は地面に叩きつけてやる。


「ぎニャ!」


加減したとはいえ、結構な力で叩きつけてやったのに、ルルは即座に立ち上がって連続バク転、距離を取った。なかなかタフだな。獣人だけあって天性の戦士、いや、格闘士らしい。


「オッサンだと思って加減したのが間違いだったのニャ。本気でいくから覚悟するのニャ!」


……俺はそんなに老けて見えるのだろうか……


本気とやらを出したルルだったが、俺にしてみれば、羽虫が子猫に変わった程度だ。何度も地を這わされたルルだが、それでも立ち上がってくる。身体能力は申し分なく、根性もある。アイシャを支える仲間としてのテスト、見事に合格だ。


さて、そろそろ加減を抑え目にして、身の程を教えてやるか。渾身の爪擊を拳で撥ねのけてから、バックステップで距離を取ろうとするルルより速く動いて、背後から両肩を掴んでやる。ギリギリと指がルルの肩に食い込むと、獣並みの本能でルルは悟った。俺がその気になれば、両肩を握り潰せると。


「……参ったのニャ。オッサンは強いのニャ……」


比喩ではなく、本当に尻尾を丸めて、ルルは降参した。


「オッサンではない。おまえの先生メンター、アムル・アロンダートだ。ルルリラといったな。俺がおまえを鍛えてやる。強くなって一流冒険者になれば、旨いモノが食い放題だぞ。」


「ホントにニャ!」


「生徒に嘘は言わん。本当の事だ。」


嘘は言わんが、隠し事はする。レイ以外の生徒には、俺の正体は明かさない。俺の正体を明かすのは"魔王バエルゼブルを倒せる見込みがついた時"だ。


「先生、よろしくなのニャ!ルルは一流冒険者になってみせるのニャ!」


丸めた尻尾をパタパタ振って、拳を握り締めるルル。食い気に釣られてだろうが、やる気になってくれたようだ。


勇者に賢者、格闘士兼、盗賊。メンバー集めは順調だな。後は神官か。今は剣術に手一杯だが、アイシャにはいずれ聖戦士パラディンを目指して欲しい。となれば慈愛の女神を奉ずる神官が理想だな。




アイシャは地母神アイロアの血を引く勇者だ。最高の聖戦士になる資質があるはず……


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