第4話 たとえ誰にも知られなくとも



テーブルの上には空になったワイン瓶が転がり、結構夜もふけてきた。


「そういや、"話が終わるまで誰も二階に上げるな"とか言ってただろう。店員が首を長くして待ってるんじゃないか?」


「いいのいいの~、SS級冒険者である私に逆らえる会員なんて、この店にはいないから~♪」


出逢った頃から性格が変わってないな。誰もが認める実力者なのに、一匹狼……一匹エルフなのはその性格が原因だぞ。SS級冒険者ともなれば、爵位の低い貴族など目じゃないほど、存在が重んじられているのも事実だが……


「あ~そうだ。貴方から頼まれてた事なんだけど、ちょっと目処がついたかもぉ~……」


「そんな大事な話は酔っ払う前にしとけよ!酒が入ってからするんじゃない!」


「うるしゃい!魔王バエルゼブルが人界に出現出来た理由なんだけど、なんらかのアーティファクトを使ったんじゃないかと思うのよ。」


「おいおい、アーティファクトってのは女神が人間に力を与える為に造り出した神器だぞ。なんだって魔王がそんなモノを持ってるんだ?」


「それはまだわからない。でもレッサーアーティファクトに「異界の門」ってのがあったのよ。なんでそんな物騒なモノがあるのか知らないけど、高位魔族を集団で呼び出せる超危険な代物で、SS級冒険者には極秘で回収依頼が出されてる。異界の門と同じ原理のグレイターアーティファクトがあれば、魔王だって呼び出せそうだと思わない?」


本来、別の用途に使うアーティファクトだったが、魔界と人界を繋ぐのもにも使えた、という事かもしれんな。


「命名すれば「異界の大門」ってところか。魔王バエルゼブルのいた魔界にでも設置されてるのかな?」


「そんなとこじゃない? あ!アムル、大門を手に入れて父親を人界に呼ぼうなんて考えてないでしょうね?」


「親父殿は人界に興味がない。自分の箱庭で、絶賛引き込もり中だ。しかも自分ではなにもせず、領域の支配まで母さん任せときた。」


慈愛、秩序、叡智、女神達に己が司る美徳、概念があるように、魔王にはそれぞれ、司る罪源がある。俺の親父、魔王アムルタートが司るのは「怠惰」だ。親父殿は怠惰の魔王らしく、とにかく怠け者でなにもしたがらない。自分の領域を魔界とも切り離し、切り取った箱庭でぐうたらしてるだけ。人間側から手出ししない限り、干渉してこないだろう。


「怠惰の魔王は優雅で自堕落な生活を満喫してるって事ね。……あれ? アムルのお母様って世界最強と謳われた大魔術師"泉の魔女ドルエラ"よね? いくら強くても人間なのに、まだ存命なの?」


「母さんは"ある方法"で老いない体になっている。親父殿が"愛する妻と死別するのはヤダ"ってごねるから、仕方なかったらしい。眷属である高位魔族達までが、母さんに泣き付いたらしいしな。怠惰な親父じゃ箱庭の切り盛りも出来ないし、当然と言えば当然なんだが……」


「……なんだか魔王や魔族とかが、急に愛らしい存在に思えてきたわ……」


「そんな甲斐性なしの親父殿だが、力だけなら他の魔王からも一目置かれるれっきとした魔界の王様だ。間違っても刺激したり、怒らせない方がいい。……酷い目に遭うぞ。」


魔王はすべからく討伐すべし、なんて理由で箱庭に乗り込んできた勇者パーティーを造作もなく壊滅させてるからな。王の依頼でパーティーの消息を辿ってきた母さんと出逢って、拝み倒して嫁にしちまったあたり、相当変わった魔王ではあるが……


「……魔王アムルタートにはノータッチが賢明みたいね。」


「それがいい。強欲の魔王、バエルゼブルと違って、刺激しなけりゃ害はない。もし魔界の大門なんてアーティファクトが存在し、それを使ってバエルゼブルが人界にやってきたっていうなら、俺が魔界に乗り込んでアーティファクトを破壊するって手も取れるな。フィオ、その件の調査は任せていいか?」


「引き受けたわ。魔界の門は一つじゃないみたいだから、なんとか現物を手に入れたいものね。……ところでアムル、貴方は怠惰を美徳にする魔王の息子なのに、なんで面倒を背負い込んでまで世界を救おうとしているの?」


「……なんでだろうな。バエルゼブルみたいに支配欲の塊でなんでも奪おうって奴が大嫌いだから、かな?」


共存可能な相手を殺し、支配する。そんな輩は魔族だろうが人族だろうが反吐が出る。もし人族が"魔王は魔王である事が罪"なんて言い出して親父殿の箱庭に攻め入るのなら、俺は魔族の側につくだろう。


「気に入らないからぶっ潰す、それだけでこんな面倒を引き受けるものかしら? 魔王討伐の目的って、普通は名誉や地位、それに伴う財産なんだけど、貴方の場合はそれでもない。」


「名誉や地位はいらんが、金だけはいるな。豪華な屋敷に住みたいとは思わんが。」


メンターは結構いい報酬をもらえる仕事だから、なにも問題ないが。どうしてもまとまった金が要るなら、適当なダンジョンに潜ればいいだけだ。


「答えを教えて上げましょうか? 貴方がなんで、こんな事をしているのか、その理由を。」


「フィオにはわかるのか?」


「ええ。……それは貴方が"勇者"だからよ。誰も知らない名も無き勇者、でも私だけは知っている。アムルファス・アムルタートこそ、真の勇者なんだってね。」


「……ありがとう、フィオ。」


「今夜は目一杯、飲みましょう。名も無き勇者に乾杯♪」


何杯目だがわからないグラスを合わせ、古エルフと魔王の息子は酒を酌み交わす。


───────────────────


「う~イテテ。アムル、お水頂戴、お水!」


水差しからコップに水を入れ、氷結魔法で冷やして手渡す。毎度の事だが、世話の焼ける女だよ。


「ありがと。……ところでアムル、泥酔した私にいやらしい事をしなかったでしょうね?」


「誰がするか!ペタンコまな板の体なんて触っても面白くない!」


「言ってくれるじゃない!二人で旅をしてた時、私の水浴びを覗いた癖に!」


「おまえが水棲モンスターに襲われて悲鳴を上げたから駆け付けただけだろうが!」


あの頃のフィオにはまだ可愛げがあった。いつの間にか、というより半世紀の間に近接戦まで身につけて、すっかり可愛げはナリを潜めてしまったが……


「アムル、勇者候補の二人が期待外れで、また貴方が魔王討伐に向かう事になったら、今度はついて行くからね。……もう私は足手まといじゃないから。」


「フィオ、もしそうなったら今度も…」


「オーケー、この議論はまたにしましょう。弟子に会わせる前に一つお願い。彼には全ての事情を話すわよ?」


「魔王復活が近い事とアイシャが女神の血を引き、魔王に「真の死」を与えられる存在だという事は知っておいた方がいいな。なにせ、パーティーの参謀役だ。」


「全ての事情を話すと言ったでしょ。それには貴方の正体も含まれるわ。」


「……それは…」


「超高度な魔界魔法を指南出来るのは貴方だけ。破壊力において古代語魔法を凌ぐ魔界魔法は、魔王討伐に必須でしょう? そうなれば、どのみち貴方の正体は彼に露見する。アムルもわかってるでしょ、魔王バエルゼブルは、本物の魔王。魔王を自称する魔王もどきとは、格が違うんだから!」


「フィオの言う通りだな。わかった。信じてくれるかどうかは別として、彼には全ての事情を話しておこう。」


魔王討伐に成功したとされる勇者パーティーは過去にも存在しているが、彼らが討伐した魔王とは、真の魔王ではない。力のある魔界貴族が、魔王の手の届かない人界で王を僭称していたに過ぎないのだ。魔界における王とは司る罪源を持ち、女神アイロアの封印によって人界への道を閉ざされた者だ。7人いる魔王の中で、バエルゼブルだけが、なんらかの手段を以て人界への侵入に成功した。人間はひ弱で普通なら中級魔族にさえ勝てない非力な存在。だが魔族にはない成長性を持ち、俺の母、泉の魔女ドルエラのように、高位魔族でさえ裸足で逃げ出す強力な存在にもなり得る。



可能性を開花させ、母のような力を持った人間が力を合わせれば、真の魔王に打ち勝つ事だって可能なはずだ。


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