第3話 昔馴染みはエルダーエルフ
心配するエミリオを説得して、俺はアイシャを冒険者として認可した。ひと月ほどの基礎訓練を終えた彼女には、なんとか簡単な冒険に出られるだけの力はついたはずだ。となれば、次に必要なのは"旅の仲間"だ。
彼女が順調に成長しても、
力量に応じてパーティーの編成を変える者もいるが、アイシャには最初に組んだ仲間と共に、目的を達成して欲しい。メンターをやってみて実感した事だが、力量が同程度ならビジネスライクにメンバーを変えてきたパーティーより、未熟な頃から苦楽を共にしてきたパーティーの方が強い。そしてキーとなるのは後衛の要、魔術師だ。王都ヴィーナスパレスのギルド本部に適任者がいないのならば、支部をあたってみるしかない。
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ランディカム王国第二の都市、トリュニアン。エルフやドワーフ、
夕闇が迫り、道行く人々の長く伸びた影を踏みながら、人間の半分ほどの背丈のドワーフやショーティスが往き来する。この街は紡績だけの街ではなく、手先の器用な彼らの産み出す様々な工芸品も特産品なのだ。
そんな街並みを眺めながら俺は歩を進め、彼女が待つ会員制の高級酒場のドアをノックした。ドアが開かれる事はなく、中から覗き穴の蓋が開いて、現れた二つの目が訝しげに俺を観察する。
「どちら様でしょう? 当店の会員様ではないようですが……」
「フィルマースに伝えてくれ。"アムルが来た"とな。」
覗き穴の蓋が閉まり、しばらくしてドアが開かれた。貴族や名を馳せた冒険者専用のこの店で、煤けたローブ姿は嫌でも目立つ。店員に案内されて二階へ上がるまでの間、俺は好奇の視線に耐えなくてはならなかった。
二階の一番奥の部屋の前に立った店員は、俺に一礼してから静かにドアをノックする。
「フィルマース様、アムル様をお連れしました。」
「そう、ご苦労様。話が済むまでは誰も二階に上げないで頂戴。」
「承知しました。それでは。」
店員は足音を立てずに階下へ降りてゆく。店のグレードに相応しい腕を持っているようだな。おそらく冒険者上がりの人間なのだろう。俺はドアを開けて室内に入り、後ろ手で閉める。豪奢で広い室内には尖った耳を持つ華奢なエルフが一人、椅子に腰掛け、佇んでいた。
「久しぶりね、名も無き勇者。」
「名無しだった訳じゃない。名乗る訳にはいかなかっただけだ。」
半世紀も眠っていたせいで、勇者だった頃の俺を知っている人間はほとんどいない。仲間も作らず、必要最小限の人間にしか関わらなかったせいで、元々俺を知る人間は数少なかったのだが……
今でも現役なのは、長命種のエルフであるこのフィオナ・フィルマースだけだろう。仲間を持たなかった俺だが、フィオとは共に旅をしていた時期がある。容貌に優れると評されるエルフ族より、さらに完成された容貌を持つ古エルフ。ただ彼女は森の奥で悟ったような事を言ってるだけの仲間達とは違って、徹底的な実証主義者だ。自分の目で見て確かめ、認めた事象に対しては偏見を持たない。
「今は偽名を名乗ってるじゃない。アムル・アモンダート、だっけ?」
「アロンダートだ。」
「半世紀前もそんな感じで偽名を名乗ればよかったんじゃないの?」
「それだと弱体化しちまうんだ。」
「え!?」
「魔族には面倒なルールがあるんだよ。自らの意志で名を偽った場合、使えない魔法とかがあるんだ。膂力や体力も落ちちまうしな。」
エルフの中のエルフ、
「逆じゃない? 高位魔族には「真の名」を隠し、知られた場合にはその相手に服従しなきゃいけない、なんてのもいたはずだけど。」
早いとこ本題に入りたいが、この女の機嫌を損ねるのはマズい。今回は俺が頼み事をする立場だからな。
「魔王は逆だ。名前を隠す事が禁忌なのさ。俺が倒した魔王バエルゼブルだって、その名は知られていただろう?」
「あれって真名だったの。ああ、それはそうか。魔界魔法って要は魔王の力を借りてるんだものね。自分でも使う癖にうっかりしてたわ。私が得意な
おまえが得意にしてる「アムルタートの槍」はそうだな。俺は詠唱ナシで使えるが。
「そうだ。親父殿に感謝しろよ?」
「貴方だってよく使ってたじゃない。私と違って詠唱もしないで。」
「俺はアムルタートの息子だぞ。許可なんか要る訳ないだろ。生まれた時から使える力だ。」
「ズッルッ~い!私があの魔法を覚えるのに何年かけたと…」
そんな事知るか!とにかく本題に入らせてもらうぞ!
「フィオ、有望な若手魔術師を知らないか? 駆け出し冒険者だとなおいい。」
「って事は見つかったのね? 第二の"女神の血を引く勇者候補"が?」
「ああ。アイシャという村娘で、訓練させている最中だ。」
「最初のコより才能ありそう?」
「わからん。ガッツと体力は上っぽいが、最初の娘が
「ちょっとぉ、そのコで大丈夫なの? 魔王を相手に喧嘩しようってのよ?」
「無理だと思えば俺が出て魔王を倒し、問題を先送りにするだけだ。」
「でもそれじゃあ、根本的な解決にはならないのよね?」
「ならん。以前に教えた通り、魔王に倒された魔王は、時を経れば復活する。魔王同士の共食いを防ぐ為のルールではないかと親父殿は言っていたな。真実かどうかは定かじゃないが、おおよそそんな事情だろう。」
「はぁ……半世紀後もピッチピチで人生を謳歌してる私としては、魔王バエルゼブルなんて滅んじゃって欲しいのよねえ。ところでアムル、貴方の寿命ってどうなのよ? 人間並み、それとも魔王みたいに超長命?」
……ピッチピチねえ。齢200を超えた古エルフがピッチピチかぁ? フィオは古エルフ族の中では最年少らしいが……
「さあ? なにせ魔王と人間の間に生まれた子なんて俺だけだし、そもそも親父殿の話では魔王に子が出来たなんて事自体が初めてだったとか。魔王は単体として強すぎる種だけに、子は為せないと親父殿は思っていたようだ。」
「そこらが不分明だから、人間並みの寿命だった場合に備えて氷の柩で眠っていたって訳ね。」
「そういう事だ。そろそろ話を戻していいか?」
「オーケーオーケー、若手魔術師の話ね。いいのがいるわよ。私の弟子になったばかりだけど、将来有望そうな奴が。顔はまあまあハンサムってレベルだけど、魔法の素質はそんなレベルじゃないわ。」
フィオは滅多な事では弟子を取らない。これは本当に有望そうだぞ。
「顔はどうでもいい。少しその男と話をさせてくれ。人柄もいいのはわかっているが。」
「確かに根暗だけど、性格もいいわ。でも性格がいいのが、なんでわかった訳?」
「そんなの決まっている。
「あら、嬉しい事言ってくれるじゃない。秘蔵のワインを開けちゃうわね♪」
見るからに高そうなワインがグラスに注がれ、香り豊かな銘品を手にしてから、詳細を話してやる。
「なにせ、気分屋でワガママなフィオの弟子が務まるんだからな。人格者に決まってるさ。」
「言ったわね!ワインを返しなさい!」
「もらった以上は俺のモノだ。残念だったな。」
テーブル越しに手を伸ばすフィオをスルリと躱して、ワインを口にする。……うむ、いいワインだ。
アイシャを支える魔術師のアテもついたし、のんびり祝杯といこうか。
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